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仕掛け



「いやぁ助かったよ。いきなり攻め入られたもんだから満足に籠城もできなくてね。あのままじゃ危ないところだったよ」


 一段落着いたギルド、その屋内に俺とルイは迎え入れられていた。

 周辺の敵勢力は粗方カタがつき、気絶させられた兵士は収容されて治療を受けている。いつもは冒険者がうろつくロビーも今は負傷者と気絶した兵士が横たわり、野戦病院のような様相になっている。

 粗末な寝具に寝かせられた戦士の間を、民間人とおぼしき人々が慌ただしく行き来していた。


 俺の目の前にいる40代の男はギルド所長代行だという。本来の所長は手練の冒険者を率いて逃げ遅れた市民を探しに行っているらしい。


「今、このギルドに残っている戦力はどれくらいだ?」


「どれくらい、と言われても……。上位の冒険者はだいたい所長と一緒に行ってしまったからね。ココに居るのは中堅から下位の実力の者が百人くらいかな」


「ふむ……」


「足らない、です……どうするです?」


 戦闘をするには十分、と言える数だが……これで広いエストラーダを探すには不十分な数だ。

 しかもギルドを拠点とするならここを防衛する人員を残しておかなければいけない。


「仮に気絶から回復した兵士を勘定に入れるとして、それでも探索には人が足りないか……」


「えっと……なんのお話かな?お嬢さん?ここの守りをするには十分だと思うんだけど……」


「ああ、言ってなかったな。実は――」


 簡単に魔人のカラクリを探していることを告げ、ここの冒険者に協力を頼みたいことを伝える。


「ふむ……それは……可能性としては確かにありえるね」


「本当にあるはずなのです!信じて欲しいのです!」


「ああ、いや、何も信じてないわけじゃないよ。でもここでは民間人の保護もしているし、あまり人を割くことはできないよ」


「だろうな。この辺の魔物を可能な限り掃除したとしてどれほどの人をやれる?」


「この建物とその周辺で最低でも半数の五十人は必要だね。残りの五十人を簡単に五人十チームとして編成すれば…………いや、足りないか。」


 十チームか……。戦闘をしながら探索すると考えるともっと数が欲しい。

 だが、これ以上に少ない人数でチームを組めば魔物に襲われたときに多勢に無勢で押し切られてしまう。

 倒れた兵士、上位冒険者を入れてもどれほどの足しになるか。マズイな……。


「ありゃ?チャルナちゃん?何してんのここで?」


「ん?」


 声がする方を見れば見覚えのある露出の派手な女が怪訝な表情で立っていた。

 アイツは……確かコネホの娼館で働いていた娼婦のうちの一人だ。このギルドは娼館から近い場所にあるから手頃なココに避難してきたのだろう。


「ちょっと話が聞こえたんだけど、人手が足りないって?」


「ああ。魔人の仕掛けを探すために人がいるんだが……」


「わ。ちょっとユージーンっぽいね、その喋り方」


「というか本人だ。魔法でチャルナの体を間借りさせてもらっている」


「へぇー。さすがは英雄っ子。そんなこともできるんだ」


 ……マイペースか、こいつ。今はそんなことを話している暇は無いってのに。

 さすがの俺もちょっとイラっとしたぞ。


「手伝ってあげよっか?あたしらで」


「……は?」


「だぁーかぁーらぁー、うちの娼館のみんなで探すの手伝ってあげよっか、って話」


「ちょ!?ちょっと待つです!いくら冒険者が居るといっても外は魔物と正気を失った兵隊さんたちがウヨウヨいるのです!危険なのです!」


 ルイがもっともなことを言うが、娼婦の女は意に介さないようだ。


「うちらだって裏社会の人間だからね。最低限、武器の扱いは習ってるよ。このままココにいても、いつかは魔物に完全包囲されちゃうかもしれないじゃん?ならできることはしておくべきかなーって」


「で、ですが……」


「もちろん希望者限定で強制はしないよ?」


「……ルイ、この際だ。使えるモノは使わせてもらおう。そっちも良いな?言い出したからにはこっちの指示に従ってもらう」


「はいさー。ま、ユージーンが音頭とってるなら大丈夫でしょ」


 なんとも軽いノリだ。

 本当に分かっているのだろうか?


「…………横から失礼しまさぁ。その話、こっちにも関わらせてもらえませんかねぇ?」


「今度はなんだよ……ってアンタは……」


「いつもご贔屓してもらってるね。嬢ちゃん、いや、中身は坊ちゃんか」


 今度は明らかに商人風の身なりの男が話しかけてきた。

 というかこいつは俺がたまに利用していた妙な食物屋の店主だ。最近ではレリューが居なくなった日にヘリウムガスモドキの果物を買い取った。


「なんなんだ、お前ら。盗み聞きでも流行ってんのか」


「そりゃあ外からの救援隊かと思っていたお人が、ロビーの真ん中で騒いでたら嫌でも耳に入りまさぁ」


「……それもそうか」


 見渡してみればどいつもこいつもこちらを見ていた。

 血で汚れた鎧に身を包んだ冒険者も、

 煤けた服に身を包んだ市民も、

 先程身を起こしたように見える兵士も。


 そこには先程までの悲痛な表情はない。皆が皆、決意に満ちた目をしていた。

 静寂の中、ロビー中の視線を集めながら、俺は口を開いた。


「どこまで聞いていたか知らないが、もし参加する気ならひとつだけ言っておく。探索に参加する市民だろうが、戦闘を受け持つ冒険者だろうが関係ない。自分の命を最優先で考えろ。無理をする必要はない。――――これが絶対原則だ」


 なんで俺が仕切る羽目になっているのか。この街の住民でもない俺が。

 そんなことが一瞬頭を掠めたが俺が持ち込んだ話だ。俺が挨拶するのは当たり前か。


「改めて言うが、探してもらいたいのは現在この街に攻め込もうとしている魔人の仕掛けた魔道具…………古代遺物アーティファクトに似たモノだ。そいつが兵士の意識を狂わせている、と考えられる」


「もしそれを基点に混乱が広がっているとしたら、兵士の集まるところにその仕掛けがあると予想されます」


 今のところ操られているのは兵士のみだ。なら兵士の集まるところにある、と考えるのは妥当な判断だ。

 今になればなぜこちらが警戒する時間を与えることになる昨日の時点で事を起こしたのか、その理由もはっきり分かる。

 時間を置けば置くほどあちらのコマになる兵士が集まってくるからだ。あるいはこっちの油断を兵士を通じて知っていたのかもしれない。


 昨日の騒ぎで集めた兵力をなぜ今日に決起させたのかはわからない。時間を置いた方がコマが多く集まるのなら、会議の当日に決起した方が戦力が多くなるのだが……。

 もしかしたら兵士の集まりが予想以上に少なかったのかもしれない。集まれるだけ集まった状態だったのなら時間を置くことは対抗策の用意を可能にさせるだけだ。


お決まりセオリー通りならその仕掛けの周りには戦力が充実しているはずだ」


「それを探していただくのは捜索組、叩くのは冒険者などの戦闘組にしていただきます。組み分けはこっちの職員で割り当てましょう。協力いただける方はカウンターにお並びください」


 所長代理の一言で集まった人々が動き出す。

 今の話を聞きながら書いていたのか、大きな依頼書が掲示板に張り出された。

 『緊急依頼 魔人の仕掛け捜索』と書かれている。中身は先程の俺たちの言葉にさらに細々とした注意事項が書かれている。

 倉庫の中身も緊急措置として配給されているようだ。


「……ここであっちを叩かないとジリ貧になることを、皆さんご理解しているらしくて助かるよ」


 代理はそんなことをいって笑っているが、こっちはそれどころではない。

 俺の提案で多くの人が動いている。納得し、それぞれが自ら選択した結果だとは言え、きっかけとなったのは俺の言葉だ。

 そう考えると、この作戦で死人が出るとしたら俺のせいだ。


 俺の言葉で、人が死んだということだ。


 重い、な……。

 決していい加減な推測で言ったわけじゃないとはいえ、確たる証拠はない。

 推測が間違っていて無駄死にされるのが一番寝覚めが悪い。


「…………ちょっと先駆けて仕掛けを探してくる」


「え?る、ルイも行くです!」


 追いかけてくるルイを引き連れて、俺は入ってきた時までとは違う慌ただしさに包まれたギルドから外に出た。




 ギルドの周りにうろついている敵対者を排除して、露払いをしておく。

 その上で最も近くにあった連合軍の兵士詰所に向かった。


「うあ……もの凄い数の敵なのです……!」


 ルイの感嘆が表しているように、ギルドを覆っていた魔物と兵士の総数の数倍はあろうかという数の影がひしめいていた。

 ここまで来る途中にはそれなりに魔物も兵士もいたが、こんなに多いとは思わなかった。


 今いる場所は街の入口、検問をしていた関所だった。どうやらこの近くに兵士の詰めている場所があるらしい。

 門の向こう側にはさらなる魔物の増援が見える。

 辺りには魔力ともつかない何らかの力が満ちているのを感じる。これを辿って行けば魔人の仕掛けが見つかるはず。

 とはいえこの中を突っ切っていくのはかなりキツい。


「一旦引き返したほうがいいです。今のご主人様とルイだけじゃ進めないです」


「…………それもそうだが、ここまで来たんだ。俺の方ももうちょっとで山頂に着くし、最後に確認だけしてこよう」


「どうやって?」


 その質問には答えず、俺は次の魔法を唱え始めた。

 契約魔法士、あるいはビーストテイマーと呼ばれる人々の使う戦闘用の魔法は主に2種類。

 先ほど使った属性付加の『エンチャント』。

 そしてもう1つが――――


「『我らがしるべ 我らが絆 主命に於いて 我命ず』」

「『与えるは 混沌の野を駆け回る生命の躍動 命を歌い 生を唄い 輝ける天に踊り狂わん』」


 ――身体能力強化の『ストレングス』。

 ここまでの詠唱でも魔法は完成するが、それでは全身に均等に魔法の力が掛かってしまう。今、必要なのは全体の強化ではない。

 なのでここからはアレンジ・・・・だ。


「『願わくば旋律を足へ 鼓動のままに歩を刻み 遥かな星に舞を捧げん』」


 エルフの里で習得したのは新しい単語だけじゃない。

 その呪文構築論も俺なりに解釈したモノを取り入れている。お陰で魔法回路を効率化するだけでなくこうしたアレンジも効くようになった。


「『ストレングス』」


 同じ魔法でも魔力が集中する先は違う。

 本来ならば全身に降り注ぐ魔力が、今は腰から下、足に集中しているのがわかる。見ればうっすらとチャルナの足が光り輝いている。


「な、なんの魔法です?」


「チャルナの足を強化した。こいつでバレないように仕掛けのところまで行く」


「……ルイを置いていったら承知しないのです」


 先回りされた。

 隠密行動は複数だとばれる確率が格段に高くなるから、ルイはここで留守番させるつもりだったが釘を刺されてしまったな。

 しゃあない。お荷物だろうとなんだろうと連れて行くしかないか。




 顔を赤くしてドギマギしてるルイをお姫様ダッコして、身を隠しながら屋根から屋根へ飛び移る。

 人二人分の体重がかかっているというのに、足音はまったく無い。


「……音が無くて気持ち悪いです」


「こいつに乗り移ってから気づいたが、どうやらチャルナは猫の時の要素を引き継いでいるみたいだな」


 視界が高くなった、ということの他に薄暗い部屋の中でも見渡しがよく効いた。

 猫の目は瞳の中に反射板のような役割を持つ器官があって、多少の光があれば人には見えないような暗闇もよく見える。


 それと同じように猫足……音を立てないような柔らかな筋肉質を人の形になっても受け継いでいるようだ。

 それに魔法をかけてさらに強化したので派手な動きをしても音がならない。気づかれない。


 物陰に隠れながら力の密集地点を目指す。

 深部に近づくにつれて徘徊する魔物と兵士の数は増えていったが見つかることなく目的の場所に辿りつけた。

 見張りと思われる魔物をルイに倒してもらい、詰所の一室に入る。


「あれは……鏡、です……?」


「浮いてるけどな」


 ルイに言った通り、部屋の真ん中には鏡のような物体があった。

 金属板を磨き上げ、円形に加工したような形の鏡。周りを白い骨で囲ってある様子は雪の結晶のようだ。

 鏡からは白い煙のようなものが吹き出している。


 これで間違いないだろう。


 剣を一閃させて鏡を両断すると部屋に満ちていた濃密な力が消滅したのが分かった。

 幸い、この鏡に近づいたから正気を失う様な事はなかった。

 金属音を立てて床に転がったそれを回収する。これでミッション終了だ。

 これと同じ物があとどれくらいあるのかはわからないが、『ある』という確証は取れた。

 後はギルドに戻って代行に鏡のかけらを渡せばいい。


 帰り道、操られていた兵士がいたるところで倒れ、魔物同士が争っているのが確認できた。魔物は動かない獲物に興味はないらしく、今のところ倒れている兵士を食ったりはしていないようだ。

 縄張り争いの方に忙しくて捕食するのは後回しらしい。


「回収しなくて大丈夫です?」


「俺らの仕事じゃない。ギルドの連中に任せよう」


 隠れる必要もなく、格段に早いスピードでギルドに戻る。

 丁度編成が終わったところらしく、いくつかのグループが外に出てきていた。


「……すごい、です。ご主人様は」


「あ?何がだよ?」


「ココに居る人達を動かすキッカケになったのはご主人様なのです。いろんな人たちと繋がりがあって、ええと……なんて言うか……上手く言えないです」


 そう言う割に顔が暗いじゃねぇか。なんなんだ、コイツは。

 別に俺が居るから娼館の連中や商人どもが協力したわけじゃない。タイミング的に情報を持ってきたのが俺だったというだけだ。


「……それに比べてルイは……」


「あー……メンドくせぇ……。お前もレリューとおんなじようなこと悩んでやがったのか」


 きっかけは俺が叱責したことからだと思うが、エルフの村でうじうじ言っていたレリューと姿が被る。

 どいつもコイツも……まったく。この非常時に呑気に悩んでられないだろうが。


「レリューにも言ったがな、俺と同じ役割なんて誰も期待してない」


「で、でも……」


「お前は護衛だろ?俺とお前で目指した英雄が違うように、俺とお前の役割も違うはずだ。お前がなりたい『英雄の形』はなんなのか、もう一度考えてみろ」


 俺が答えを知っているわけじゃない。訳知り顔で説教していても、探し求めた答えはコイツの中にしかない。


 求めた答えが出るまで世界の状況は待ってくれるわけじゃない。

 悩んでいても立ち上がり、剣を振るわなきゃいけない。


「俺の本体がそろそろ頂上につく。レリューをつれて帰ってくるまでに答えを見つけていろ」


「……ッ!」


 ルイの反応を見ないで歩き出す。

 今度はもう、追いかけてくることはなかった。


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