表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
138/198

エンチャント


 さっそく望翠殿の敷地から出る…………前にちょっとした確認をしなければいけない。


「おい。警備長」


「……なんだ?」


 兵の頭越しに警備長に呼びかけると不機嫌そうな声が返って来た。

 まだ俺が魔人側のスパイだと思ってるらしい。コネホの手前、反応しないわけにはいかないが、きっと俺ひとりだと即座に槍を突き出していただろう。

 そういえばコネホは普通に警備長に命令を下していたが、いったいどんな関係だったのだろう?警備長も『コネホ殿』と呼んでいたようだし。

 ……今はいいか。


「望翠殿の中でも反乱を起こさなかった兵と起こした兵がいたはずだ。違いは無かったか?」


「違いは……特に無かったはずだ。みな気絶させると起きる頃には正気に戻っていた」


「ふむ……」


 何が違うのだろうか?魔法に対する耐性か?

 いや、そもそも魔法はいつかけられた?俺が出発した後?それともずっと前?


「王族の護衛騎士団は操られなかったんだよな?」


「ああ。そうだ。王族の方にもそうした混乱は見られなかった」


「だとすると……王族の到着する前から仕掛けがなされていた、と考えるのが無難か」


「かもしれないな」


 だとすれば、だ。

 狙いはこの大陸の連合軍のみということ。そしてこの望翠殿は舞台・・に仕立て上げられている可能性が高い。

 包囲を徐々に狭めていることからココに人を集めるように仕向けられているのは確実だ。


 大方恐怖に怯える民衆を集め、その緊張感が高まった時に魔王の姿を現して脅威を示す、というのを狙っているのだろう。

 なんとも回りくどいことをする。確かに大きなイベントにはそれにふさわしい舞台が必要だと思うがここまでするか?普通。


「気絶すると正気に戻る……仕掛けは王族の到着前…………ということはもしかして昨日までの時点で気絶するほどの衝撃が加えられると操られない……?」


 俺がぼんやりと考え事をしているとケーラのつぶやきが聞こえてきた。


「そりゃどういうことだ?」


「あ、えとね。警備長見てて思ったんだけど、もしかしたらその仕掛けって何かの衝撃で解けちゃうんじゃないかな、って。ここにいる人の中にも訓練とかで頭をぶつけて伸びちゃってる人とか居たし」


「ふむ……考えられなくもない、か?」


 ケーラがそれを知っているのはレリューに聴かせる土産話を探していた時に見つけたのだろう。

 そしてケーラは警備長が俺にぶっ飛ばされている場面を見ていた。あれも王族が到着する前の話。そのふたつを結びつけて考えたのだろう。


「記憶に留めておく。もしかしたらなにか手がかりになるかもしれない」


「あ、うん。役に立てれば良いんだけど」


「心配すんな。身の安全を一番に考えて待っていろ。すぐにレリューを連れて戻ってくる」


「うん。ユージーンも気をつけてね。無茶しちゃダメだよ」


 頷いてから踵を返して走り出す。

 まずは人手を……それも戦闘力がそれなりにある奴らを探さなければ。





 望翠殿から少し離れるとそこには逃げ惑う人達でいっぱいだった。

 包囲から逃げ、守りの堅い望翠殿に向かう人波がこちらに押し寄せてくる。

 それをかき分けるようにして進むのはちと効率が悪いので、手頃な建物の屋根に登って、屋根から屋根へ飛び跳ねるようにして進んでいく。


「ちょ……です……はぁッ!はぁッ!ま、待つですー!」


「ん?」


 後ろからの声に振り向けば、ルイが必死になって屋根をよじ登ってくるところだった。なんだあいつ?てっきり望翠殿に残ったんだと思ったが……。


「何してるんだこんなところで?」


「る、ルイも行くです!お手伝いするです!」


「手伝い、なぁ……」


 正直、少しでも人手は欲しい。

 ルイは戦闘力もあるし、護剣流の技は兵士を気絶させるには丁度いい。俺と同行して探し物をするにはうってつけだと思う。

 それでも――


「お前はダメだ。すぐに帰って望翠殿にいろ」


「ッ!?なぜです!?ルイも戦えるです!」


「……さっきまで自分の戦い方を見失っていたような奴が、正気を失っている兵士を救うってのか?とんだ茶番だな」


「――ッ!!」


 俺がルイの姿を見つけたとき、ルイは力任せに剣を振って危うく怪我をするところだった。

 何を熱くなっていたのか知らないが、完全に自暴自棄に見えた。

 ルイの本来のスタイルは防御中心。感情に任せて剣を振るうような戦い方は……危なっかしくてしょうがない。足でまといと言っていい。


「で、でもご主人様だって感情のままに剣を……ッ!」


「俺は俺のスタイルがある。感情を沸き立たせて魔法を使うのが俺のスタイルだ。お前は違うだろ?例え表に感情を出しても頭の根っこのところは冷静でなくちゃいけない。それが護衛というものだ」


 心は熱く、頭はクールに。

 なんかの漫画でそんな言葉を見た事があるが、ルイの戦い方はまさにそれが合う。


「それは……そうです……」


敵も己も・・・・見えていないような奴がまともに戦えると思うなよ。そんなヤツは遅かれ早かれ死んでいくことになる」


「…………」


 まだ納得しかねているようだ。

 ……あまり言いたくはないのだが……


「自分が死ぬくらいなら良い。いや、良くはないが……誰かを守る、というのはそれで終わりじゃない。その先があるだろ。

 お前が居なくなったら誰が主を守る?お前は自分の主を死なせたいのか?」


「ち、ちがッ……!」


「なら大人しくしていろ。足でまといだ」


「ッ!」


 ここまで言えば少なくとも無茶な真似はしないだろう。

 ショックを受けているようだが、当たり前のことを言ったまでだ。

 …………俺が説教できるようなことじゃないがな。こんな所で無駄死にでもされたら後味が悪すぎる。


「それでも……」


「ああ?」


「それでも今の主はご主人様なのです。主のそばに居るのが護衛なら、ルイがいても良いはずです」


「そうは言ってもお前……俺は仮の主だろ」


「仮でも主は主です。何を言われようとも付いていくです!」


 …………忘れていた。こいつ、面倒臭いくらい真面目で……頑固だった。

 俺が少しくらい何か言った所で意思は変わらないらしい。

 ふんじばって置いてっちまおうか。

 いや、ムリヤリついてくるか。


「お願いするです!今度は冷静に戦うですから!」


「…………はぁ……。『今度』があるということに感謝しとけ」


「――!!はいです!」


 寝覚めの悪い展開はもう勘弁だ。ここら辺で食い止めないければいけない。

 ルイが死なないように見張りながら、戦うことを覚悟しとくか。





 走りながら簡単に俺の今置かれている状況(湖の底の神殿から山に転移した事など)を話すと、ルイは大げさに驚いた。


「そんなことがあったです!?」


「つってもコネホの婆さんは信じてなかったみたいだがな」


「ご主人様言ってないです。もう山脈にいるって言ったらきっとびっくりしたです」


「……あれ?言ってなかったか?」


「最初っから最後まで喧嘩腰だったです」


「……ま、証明する方法も無かったからどっちにしても同じだろ」


「てきとー過ぎるのです……」


「うるせぇ。…………さて、着いたぞ」


 眼下にあるのは一軒の建物。辺りには気絶させられた兵士と無数の魔獣の死体が転がっていて、それを踏み潰しながらさらに何匹もの魔物が建物に押し寄せ、集っている。

 見下ろした先にある建物に掛かっているのは『鞘に収められた剣を掴んだ鷹の紋章』の看板。


「……冒険者ギルド、です?」


「ああ。兵隊どもが役に立たないなら残る戦力はここの荒くれどもだ」


 元々、大規模な催しとあって集まっていた人員はかなりの数だったはずだ。

 ここならある程度の力がある冒険者が多いし、この状況ならギルドに残って抵抗していると思っていた。

 とはいえ、まずは魔物を片付けないと話もできない。


「さっそく戦いだ。さっき言ったこと忘れんじゃねぇぞ!」


「ハイですッ!」


 無駄に返事だけは威勢がいいな。

 さて、チャルナの身体能力だけでも十分突破できると思うが、念のためだ。魔法を重ねがけしておこうか。


「『我らがしるべ 我らが絆 主命に於いて 我命ず』」


 呪文を唱えているのはチャルナの体ではない。

 山脈にいる俺の本体が詠唱し、チャルナの体を通じて魔力を流す。


「『与えるはイカヅチ 流れ伝うる命の流れ 命はヒカリ ヒカリは流れ 全てを滅する奔流へ! 破滅の雷光 いざそこに』」


 魔法陣から流れ出した眩いばかりの電流がチャルナの体に絡みつく。

 痺れるような感覚はない。濃密な生命力の流れが、この体を包んでいるのを感じる。


「『エンチャント・サンダー』」


 俺の詠唱と共に持っていた双剣にまで電流が走る。

 以前にキアラが披露した付与魔法『エンチャント・ファイア』の雷版だ。双剣をチャルナの体の一部とみなし、その斬撃に電流を乗せることができる。属性は風。

 兵士の意識を奪うにはこれが一番適しているはずだ。


 魔物は……見たところトカゲや昆虫系の魔物が多いようだ。厄介なのは昆虫系か。甲殻に阻まれて電流が流れない可能性がある。


「ルイ。お前が前にオーガの村長に使っていた『振透擊』だったか?アレは虫にも効くのか?」


「はいです。振動した剣を相手にぶつけるだけなのです。だから虫にも効くです」


「なら虫はお前に任せる。俺は兵士とトカゲをやる」


「了解です!」


 ギルドの入口付近では中に侵入されまいと冒険者が頑張っている姿が見えるが、数に押されているように見える。

 …………いや、逆か。数に押されないように入口が限定されている室内に立て篭っているのか。

 どっちにしろさっさと片付けないとまずいことになる。


 屋根の上からギルドを囲んでいる魔物の上に飛び降りて、剣を脳天に刺しこむ。

 バチバチという電流の音と肉の焼ける匂いと共に、剣が根元まで沈んだ。

 死んだ魔物がエーテルになり、俺とルイの体を包む。


「なッ!?なんだ!?魔物がいきなり爆発した!?」


「くッ……!新手か!?」


 いきなり現れた俺たちに冒険者達が気づいたらしい。入口の方から騒ぐ声が聞こえる。まぁ魔物を片付けていったら誤解も解けるだろう。


「ルイッ!あとついでに冒険者ども!ちぃとばかり目を閉じろ!」


「がうッ!?わ、わかったです!」


「ついでってなんだ!?」


「よくわからんが言うとおりにしないとまずそうだぞ!?」


 俺の大声に反応して、というか派手な登場に反応して兵士も魔物もこちらを見ているのは好都合だ。

 俺は両手に持った双剣を素早く交差させた。

 付与された電流がスパークし、眩い光を放つ!


「ぎゃああああああああああああッ!?」


「グルゥオオオオオォォォォンッ!?」


「目が!?目があぁぁぁぁぁああああッ!?」


 モロに直視してしまった兵士と魔物が目を抑えて悶絶する。

 …………ひとり目を閉じなかった冒険者が巻き込まれているが、まぁしょうがない。

 近くにいた兵士の首筋に帯電した剣を押し当てる。


「げあッ!?」


 おお。いい感じに意識を刈り取れたらしい。崩れ落ちた兵士は白目を剥いてビクンビクンと体を痙攣させている。

 押し当てたところは剣の形にヤケドを負い、さらに放射状にミミズ腫れが走っ……て……いる……。

 ……というかこれ、出力強すぎたか……?


「も、もういいです?」


「あ、ああ!そっちの連中もいいぞ!早いトコ片付けろ!」


「分かった!」


 さすが、歴戦の戦士だ。ルイなんかよりも立ち直りが早い。

 すぐにそれぞれの獲物でもって迎撃に当たる。


「卑怯なのは気が引けるです……えいッ!」


 ルイも例の振透擊で虫と兵士を気絶させていく。虫の魔物については後々まとめて片付けよう。

 俺は残ったトカゲ型の魔物を片付けるために、出力を上げた電流を纏った剣を振り上げた。


次は3月7日金曜日に更新予定です

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ