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救いの道は深き高みにありて


「ああぁぁぁぁああああああッ!?うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「うるっさいッ!!黙って泳げ!」



 戦いの場を水中に移し、俺と兵士、そして魔物たちの戦闘は第二ラウンドに移行していた。

 兵士が必死に泳ぎ、その背に乗った俺が魔法で迎撃する。

 辺りの水中は魔物から流れる血と掻き回される水流によって、視界がかなり悪い。


「おい!大丈夫か!?こんなんでも前に進めるんだろうな!?」


「そ、それは大丈夫だが……そっちの息はもつのか!?」


「ああ、そっちは心配ない!――そらッ!前から来たぞ!」


「ひぃッ!?」


 △セット:ラウンド・レーザー△


 大口開けて迫る魚型の魔物に対して土属性の魔法弾バレットを連射する。

 口の中に殺到した魔法弾によって内側から魔物が弾け飛んだ。


 今の俺の口元には魔法で圧縮した空気が漂っている。

 こうでもしなければすぐに溺れてしまうからだ。

 いくら身体機能上昇(大)で肺の機能が上昇していたとしても、戦闘の中では体の中の酸素はすぐに尽きてしまう。

 それを防ぐためにこうして酸素ボンベの代わりとなる物を用意しているのだった。


「くそッ!やたらと動きの速い奴が居るッ!攻撃が当たらん!」


「あいつは水棲馬ケルピーだ!水辺に出るとは聞いていたが、こんなところまで!ああぁぁぁッ!なんで俺がこんな目にいぃぃぃぃぃぃッ!」


 背後……水面から魔物の大群が追ってくる。

 集まった魔物の中を強行突破してきたのだが、その中から一匹の魔物が突出してきていた。


 そいつはだった。

 水中を蹴るようにして近づいてくる体は馬そのものだが、下半身が魚になっている。揺れるタテガミは海藻の

 一見して尋常な生き物ではない。


 そんな生き物が右に左に大きく進路を変えながらこちらに迫ってくる。

 魔法弾はその動きに翻弄されてうまく当たらない。

 命中補正(中)のスキルで弾は曲がるがそれすらもジグザグに跳ねて避けてしまう。

 まるで水中ではなく、草原で悠々と駆けているようにすら見える。


「機動力が桁違いだ!陸とは違って上下にも動けるからかなり厄介だぞ!」


「身に染みて味わわせてもらってるよ!」


 不思議と水中でも響く兵士の声に怒鳴り返す。

 アイツを止めるには足止めをしなければ……!

 ふと、拳銃型魔道具フライクーゲルを握る手に視線を落とす。

 俺の手を包むのは黒い手袋。

 俺の秘密兵器・・・・その1だ。


 こいつなら……あるいは……ッ!


 戦闘の高揚を魔力に変え、それを手袋の魔方陣に通す。

 人差し指の先から泡のように見える魔法弾が生み出される。


 ――よし!水中でも誤作動はない。


 生み出された泡の玉はふわふわと浮かび、途中で大きく膨らみながらケルピーにたどり着く。

 そして――――


 バァンッ!


「ーーーーーッ!?」


 声にならない苦鳴が水中に響く。

 球状の魔法弾が破裂し、そこから出現した炎がケルピーの体を舐め尽くす。

 水中にもかかわらず、だ。


「な、何をしたんだ……!?」


「なぁに。ちと改造した魔法弾でぶっ飛ばしただけだよ……!けっけっけ。上手くいった」


「だ、だが、なぜ水の中で炎が……?」


「魔法は魔力を燃料にして燃えるからな。酸素が有ろうと無かろうと関係ない。――――気ぃ抜くな。まだ生きてんぞ……!」


 見れば炎に包まれながら、馬の魔物はまだ健在だ。

 その瞳にさらなる敵意を漲らせ、こちらに突撃してくる。


「潜れ!あいつの後にも控えてる連中はいるんだぞ!」


「わ、分かった!」


 兵士に激を飛ばして急がせる。

 怒りに燃えるケルピーの背後からは魔物の大群が迫っていた。




「――――見えたッ!神殿があるぞッ!」


 いったいどれほど深く潜ったのか。

 魔物の巣の底、遥かな水底にその白き神殿は鎮座していた。

 水面近くのドンパチに全て寄せ付けられたのか、魔物の姿はない。


「突っ込めッ!」


「言われなくてもッ!」


 勢い込んで水底に向かう兵士。

 コイツを帰らせるためにも魔物の数は極力減らさなければいけない。

 山に転移する俺はともかく、この兵士は湖の中でしかいられない。

 そのまま兵士を帰らせるためにはこの魔物どもが邪魔だ。


「――――特にテメェはなッ!」


 魔物の先頭を走るケルピーに狙いをつける。

 この魔物の中でダントツに早く、かつ兵士に追いつける早さを持つケルピーだけは絶対に残す訳にはいかない。


 手袋に魔力を通し、無数の魔法球を生み出した。

 それを水中にばらまく。

 ケルピーはそいつの痛さをよく知っているはずだ。

 当然避けようとする。


「そいつが命取りになる……ッ!」


 魔法球を避けるコースは限られている。

 案の定、魔法球の隙間を縫うようにして駆けてくる馬に俺は拳銃型魔道具の照準を合わせた。

 

「あばよッ!馬面野郎ッ!」


 殺到する魔法弾がケルピーの体をずたずたに引き裂いた。

 と同時に、突っ込んできていた魔物の群れが魔法球に触れる。


 ズンッ!ズドドドドッ!!ズドォォォォォンッ!


 連鎖的に爆発した魔法球によって魔物の群れは半数以上が壊滅したようだ。

 残るのはところどころが欠けた魔物の体。

 爆発によって散らされた血煙と、濃密なエーテル光が辺りを包む。


 爆発の衝撃波がこちらに到達する前に、俺と兵士は神殿の中に転がり込んでいた。




「はぁッ!はぁッ!はぁッ……!は、はは、はははははッ!い、生きてる……。俺、生きてる……ッ!生きてるぅぅぅーッ!」


「あー……壊れちまったか……」


 何かがブッ飛んだ表情でひたすら笑い続ける人魚の兵士。

 まずったなぁ……。どうしよう。

 これからひとりでここから抜け出さないといけない、とは言いにくいな……。


 何はともあれ無事に神殿が見つかったんだ。転移する所を探さなくては。

 薄暗い神殿の中を慎重に進んでいく。

 魔法の明かりを灯し、ところどころ朽ちかけた柱の間を泳いで、それらしきモノがないかひと部屋ずつ見ていくことにした。


 作りとしてはシンプルな構造になっている。

 真っ直ぐ伸びた廊下に、扉がいくつか。

 おそらくこの廊下の先に目的のモノがあるはずだ。

 場所によっては崩れているところがあるので、そういう時は近くの部屋に入って壁をゆっくりと魔法で崩す。


 神殿の壁や柱は見たところ劣化した様子がない。

 それどころか海藻のひとつも生えていない。

 崩れているのは恐らく地殻変動の時の影響だと思われるが、それ以外で劣化した様子が見られないのだ。

 何百年と人の手が入っていないのにこれはおかしい。

 転移門のように神の手で作られたものなのか?

 魔物も寄り付いていないようだし……。


「な、なぁ……?結局お前は何しにここに来たんだ?」


 後ろをずっと付いてきた兵士が声をかけてくる。

 ようやく冷静になったか。ずっと笑い声を上げながら後ろにいるもんだから、妙に怖かった。


「レリューが行方不明になっているのは知っているな?」


「ああ、知っている。王女のレリュー様だろう?俺も捜索に駆り出されていたし。…………というか王女様を呼び捨てにするな!」


「後にしろ。……レリューを救う手がかりがここにあるんだよ」


「はぁッ!?こんな魔物の巣の中心に!?」


 俺は探索を続けながらこれまでの経緯を話した。

 兵士はひどく驚いていたが、最終的には納得したようだ。

 ちなみにレリューを救う方法は魔人に見つからないようにこっそりとさらってくる、ということにしてある。

 真っ向勝負を仕掛けるとかいったら面倒な事になりかねん。



 そうこうするうちに目的の部屋を見つけたようだ。

 いきなり開けた場所が目の前に現れる。

 白い石づくりの床一面に魔方陣とも異なる怪しげな文様が彫られ、その中心にガラスのような質感の透明な筒状のモノが置いてある。

 それも二つ・・


「なぁ。お前のさっきの話が本当ならさ、片方は炎龍山脈に繋がってるんだよな?」


「ああ」


「ならもう片方は?」


「推測だが……多分白砂漠だろうな」


「…………それって大丈夫なのか?」


「いいや。おそらく行った瞬間に砂に埋もれる羽目になる」


「ダメじゃんッ!」


 神殿の話がリツィオから出てこない以上、あったとしても砂の中だ。

 白砂漠の砂は海水の染み込んだ土が乾燥してできたものだろう。

 それが風に巻かれ、神殿を地中深くに埋まらせてしまったとしても不思議ではない。


「最悪、転移した瞬間に爆発するかもな」


「なんでッ!?」


「そういうもんだ」


 転移した場所に何らかの物質があれば、それと融合してしまうくらいのことはあるだろう。漫画的に。

 本当に最悪の場合、核融合を起こしてドンッ!で終わりだ。

 水中にあった神殿なのだから水は排出するなりなんなり機能はついているはずだが、砂まで排除できるのか分からない。


「前に冒険者が踏み込んでいた、という話が本当なら問題はない。……はずだ」


 そういえばあの話の冒険者の死体はどうやって水面まで浮かんだのだろう?

 仮に山からここまで転移したとして、水中に来てパニックになって死ぬ。そこから水面まではどうやったら行ける?


 ふと思いついて天井まで泳いだ。

 水中なのでよくわからないが、なんとなく傾斜がついている気がする。これに沿っていけば……あった。

 部屋の片隅、目立たないところに大きく穴が空いている。

 ここから外に向かって流れていったのだろう。人の水死体は内部にガスが溜まって浮いてくる、というのをサスペンスな話で聞いたことがある。

 途中で魔物になんか食われていたら…………さぞかし悲惨な光景になっていただろうな……。


 ま、今はそんなことよりも装置の方を動かさないと。

 幸い、山脈に通じるとおぼしきガラスの筒はすぐに見つかった。

 向かって左側の方にあった筒は半開きになり、人の手の跡や靴の形がうっすらとホコリ残っていたからだ。

 おそらく件の冒険者が必死にもがいた痕だろう。

 もう片方は分厚いホコリがそのまま残っていた。


 ガラス以外に操作盤らしき物がないのでこれに入ればいいのだろう。

 俺が筒の扉部分に手をかけると、それまでじっとこちらを見ていた兵士が声を上げた。


「あ、あのさ。ありがとうな」


「……?おかしな奴だ。喉元にナイフ突きつけてこんなところまで連れてこられてお礼を言うとは。筋金入りの変態かお前」


「い、いや。それについては一言言いたいが……レリュー様をそんなに必死になって助けてようとしてくれて、ってことだよ」


「はッ、馬鹿か。俺は俺の打算で動いてんだ。普通にお礼なんて言ってんじゃねぇよ」


「それでもな。王女様が無事に帰ってくるなら、打算があろうと無かろうとありがたいことなんだよ」


「…………そうかい」


 ちッ……。なんか妙に調子狂う。

 俺は俺の損得勘定で動いてんだ。レリューの事も含めて。

 なのにこうして真っ直ぐに礼を言われると、どうしたら良いのかわからなくなる。


「…………こっちも助かった」


「え?」


「お前がいなければここまで来れなかったからな。礼を言っておく」


「……ああ。どういたしまして」


 ちょっと照れくさそうな兵士と握手を交わす。

 鱗が付いている上に、日頃武器を握っているからか、かなりゴツゴツした手だ。


「今なら魔物が少ないはずだ。底の方を辿って行けば恐らく怪我なく帰れるだろう」


「ああ。こんなところで死んでたまるか。そっちのほうこそヘマしないでくれよ」


「誰にモノ言ってやがる。問題なんてねェよ」


「そうか……そうだろうな」


「じゃ、お互い無事に帰れたらまた会おう」


「……ああ」


 ガラスの扉に手を伸ばす。筒の中に入って扉を閉めると、すぐに真っ白な光が文様の上を這い回る。

 魔法による起動じゃない。恐らくこれそのものが古代遺物アーティファクトなのだろう。


 眩いほどの光に照らされながら、ガラスの向こう側で手を振る兵士が見えた。

 なんか無闇に死亡フラグ立てた気がしないでもないが、大丈夫だろう。


 俺は、俺の力は死亡フラグそんなものに負けるほど弱くない。

 きっとこの兵士もそうだろう。


 閃光が視界を覆うと兵士の姿はすぐに見えなくなってしまった。

 ……そういや、名前聞き忘れたな……。




「……着いたようだな」


 俺がガラスの扉を開けると、中に溜まっていた水が一斉に溢れて乾いた床を濡らす。

 そこは水中でもなくましてや砂の中でもない。

 紛れもなく大地の上だった。


 水を吸ったコート型魔道具セグメントが重い。

 ああ、そういえば『反発』の魔法を刻んであるんだった。あれをうまく使えば……。

 ちょっとした思いつきで『反発』の魔方陣に魔力を通す。

 …………よし。水気だけが上手いこと飛んでいった。

 対象を選択して魔法を行使することができるらしい。コイツは便利だ。


 さて、ここにとっ捕まってるレリューを探さないとな。

 移動やら魔物やらに手間取って既に時間は昼を超えているはずだ。

 早くしなければ……。



 水中の神殿とほぼ同じ作りの神殿の中をくまなく探す。

 あの転移装置のあった場所はガレキで上手いこと隠されていたらしい。そうでなければ魔人が気づいてしまうからな。

 専門職の冒険者ならともかく、魔人には見つけにくいだろう。


 神殿を探し回って見たが、どこにもレリューの姿は無かった。

 換金場所がここではないのか、あるいはもう儀式に使われてしまったのか。

 こうなってはしょうがない。

 一度、頂上に登って魔人やドラゴンのいるところを見てこなければいけない。



 慎重に神殿から出てくると辺りの景色が見えてくる。

 山肌はコロコロとした黒っぽい土でできているらしく、踏み出した足が少し埋まる。

 辺りには木が無く、遥か下の麓のところに木々が広がっているのが見える。

 身を隠すところは…………たまにある突き出た岩の影くらいか。

 山の頂は遥か上。アレを登れと言うのか……。

 さんざん泳いだ後に山登りってどんな鉄人トライアスロンだよ、ドチクショウ……。

 心の中で文句を言いながら、俺は歩き出した。



「ッ!?」


 相変わらず代わり映えのしない山肌から目を逸らし、ふと見上げた先に、それはあった。

 エストラーダ。

 湖の向こう側。地平線の近くにあの街が見える。

 白い建物が立ち並ぶその美しい街には今、黒い煙が立ち上っていた。

 火の手が上がっているのだ。

 それも尋常な数ではない。


「何があったって言うんだ……!?」


 まさか魔人がもう攻めてきたのか!?

 読み違えて誰も居ない山に登っているのか、俺は……!?

 街の状況がここからでは分からない。

 戻るべきか、進むべきか。


「そういえば……あの魔法が使えるはずだ」


 キアラから習った『契約した魔獣と視界をリンクさせる契約魔法』。

 今までチャルナは近くにいたからあまり使う必要がなかったが、この状況なら有効なはずだ。

 契約者の声を届ける魔法を併用すれば指示も出せる。


 焦る心を必死に押さえつけながら、俺は魔法を詠唱し始めた……。


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