光明
「つ、続きもなにも……確認のしようも無い、本当にただのお話だぞ?」
「良いんだ。とにかく続きを」
「と、言われてものう……。人魚族に伝わっているのは海底に神殿があるということ、それらが繋がっているということだけだ。湖にいる儂らには海に出ることは叶わぬ。陸に住まうお主らにだって……」
「いいや。違う……!違うんだ!だけじゃない!その情報があれば十分だ……!」
こんな所から突破口が開けるとは……!
「これだ!これだよ!これが移動の『手段』だ!」
「で、でもユージーンさん?繋がっているのは海底の神殿同士で山の神殿とは繋がっていないんですよ?」
今まで黙っていたレリューの母がおずおずと言う。
俺がいきなり変なことを言い出したので心配になったのだろう。
順を追って説明しなければ分からない。俺もちょっと興奮しすぎていた。
「あー……そうだな。すまない。今から順を追って説明していく」
「え、ええ。お願いしますね」
さしものリツィオでさえちょっと引き気味だ。
まぁそう見えるだけだが。
「どっから話したもんかな……。ああ、そうだ。あれにしよう」
「ほんにおかしな子供よのう……」
「こいつに関してはそれだけで済ませられないから面倒なのですよ……。はぁ……」
うるせぇ。
と、そんなこと言ってる暇はない。
「まず、人魚というのは湖には居ない生き物だ」
「「「はぁッ!?」」」
いきなりの前提大否定に思いっきり驚きの声が上がる。しかも本筋とは関係ないように見える話だ。
だがここから話をしなければ先に進めない。
「ま、ウチの所の伝承だがな。人魚という種族は川には居ない。大抵は海にいるとされる種族だ」
人魚の英語読みはマーメイド。もしくはマーマン。
マーという言葉はラテン語のmare、つまりは『海』に由来する言葉だ。
日本だけで見ても人魚伝説は多い。
北から南まで津々浦々にある。
その多くに共通する事は全て海岸に近い地域、ということだ。
それがモデルとなったジュゴンのためなのか、川に住むカッパとの棲み分けの結果なのかは分からない。
「でも……それはユージーンさんのところのお話でしょう?ここでも通用するとは……」
ごもっともだ。
異世界でまで俺の世界の理が通じるとは考えていない。
そもそも人魚の一種と考えられているローレライはライン川に伝わる伝承だ。地球でも場所によっては違うことも十分考えられる。
「その辺はしっかり別の証拠がある。――コレだ」
「それは…………魚の魔物かのう?」
「そうだ」
俺がアイテムボックスから取り出したのはいつか倒した魚の魔獣。その死骸だ。
「こいつは『白砂漠』で出てくる魔獣だが……さて、魔獣というものの定義はなんだ?
」
「それは……エーテルの吹き溜まりに触れたものが魔物化したモノです」
「ではこの魔獣はいったいどこから来たんだろうな?」
「それは……」
答えは誰も知らない。
そのはずだった。
「本来海に暮らす種族が居て、本来海にいた生物の魔物がいる。ならばこうは考えられないか?」
意地の悪い笑みを浮かべ、その答えを告げる。
「『ここは海だったのではないか』、と」
「そんな馬鹿なことがあるわけ……」
「ないと言えるのか?」
「…………」
ありえない、というのは簡単だ。
誰も確認のしようがない。科学技術の発達していないこの世界では。
ススメのメモを起動し、そこにこの大陸の地図を描く。
逆向きのハート型。それを点線で表現する。
「おそらく太古の昔はここら辺一帯全て海だったはずだ。それが地殻変動で盛り上がり、中央の部分だけ取り残された。人魚族はこの時に大地の変動によって海に出られなくなり、取り残されたその場所で生き続けた。炎龍山脈も変動によって出来上がったのだろうな」
大陸の中央、北から南にジグザグに山を表すようにして線を付け足した。
これが炎龍山脈だ。
その周りはまだ湖、とも言えない海水に満ちた場所だ。
部屋の中の全員の視線が俺の描いた地図に集中する。その中でトマスが皆を代表して口を開いた。
「チカクヘンドウ、と言うのがなんのことかはわかりませんが……。それで?藍玉碧湖は海水じゃないですよ?」
「いい質問だトマス。……じゃあ、コネホ。このエストラーダには雨が多い、ということは無いか?」
「それは……あるよ。もう少し後の時期になると雨季に入る」
「だろうな。仮にそれが西から運ばれて来るものだとしよう」
山脈の左(西)に風と真っ黒な雲を描く。
雨雲が西から来ると仮定した話だ。
「山脈にぶつかった雨雲は、そこで大量の水を落としていく。そうして身軽になってから山の向こう側に流れて行くんだ。そうなると山脈の西では大量の雨が降り、東では乾いた風が吹いている状態になる」
「そうなると……どうなるんだい?」
「海だった場所はしだいに真水の割合が増えていき、逆に反対側の場所からは水分が奪われる。何年、何百年、あるいは何万年もそんなことを続けていくと…………出来上がるのが『白砂漠』と『藍玉碧湖』だ」
「筋は…………通ってるね。一応」
「だのう……」
「…………」
俺の話にそこに居た全員が息を飲む。
今の話をどう飲み干していいものか、考えているようだ。
当たり前だ。自分の立っている場所が元は海だなんて、簡単に信じられない。
俺が子供だというのを差し引いてもな。
この大陸の特殊な気候や地理条件を考えた上での珍しい事態だろう。
魔物は当時の魚が魔物化した物が子孫を作って生き残ったものか、はたまた化石がエーテル溜りに触れて変化したのかは分からない。
ま、とにかく。
「さて……以上を踏まえた上で先ほどの御伽噺を思い出すと……?」
「「「ッ!?」」」
気づいたらしいな。
この辺り一帯が海だったとしたら山脈にある神殿は御伽噺の神殿のうちのひとつ、ということになる。
そして――――
「山脈に……レリューの近くに繋がる神殿がこの湖にもある可能性は十分にある……!」
「それを使えば……!レリューは……ッ!」
「アンタはまったく……とんでもないこと考えるね……」
「いやはや……大したものでございます」
「さすがは春の大陸の貴族、といったところでしょうか」
順にレリュー母、コネホ、トマス、リツィオのコメントだ。
そしてカンタンテ王は――――
「…………あるとすれば魔物が居て接近を禁じられているあの水域の底か」
既に神殿があるとおぼしき場所に見当を付けていた。
俺からペンを受け取ると、地図にその場所を書き込み始めた。
場所は……エストラーダから南東。
ここに神殿が……!
「だがのう……。あの海域は魔物の巣だ。ちょっとやそっとではなんともならんぞ。それに海底に神殿が有るということは行ける兵士も限られてくる」
「ああ。人魚族の兵は山脈に転移したら活動できない。必然的に行くのは人間の兵士……。それも濡れた装備で限られた人数での作戦行動になる」
そして少数の兵を送ったところで結果は目に見えている。動きに制限が出る状況ならなおさら。
普通に考えれば死にに行くのと同じだ。
ひとつの問題がなくなっても、次の問題が出てくる。
「ここまで来てまた問題か……。非常に厄介だのう……」
「…………もういい時間だ。一旦解散して休息しよう」
夕日はとうに沈み、窓の外は完全に暗くなっている。
このまま考えていても煮詰まった頭ではこれ以上良い案は浮かんでこないだろう。俺は休憩を申し出た。
「娘が攫われて危機に晒されているというのに……休めるとは思えんが」
「それでも休まなければ体を崩すだけだ」
「あなた……」
「…………分かった。一度解散するとしよう」
渋々、といった様子で休憩を受け入れるカンタンテ王。
彼も、レリューの母も本心では決して休むような気分ではないだろう。
彼らだけじゃない。この場にいる誰もが呑気に休むことよりも、走り出したくなるような焦燥感に身を任せるままに議論したいのだろう。
それでも一度休まなければ体の方がもたない。
次の日の朝に会議を再開することを約束し、この日はお開きになった。
翌日。
会議の開催を明日に控えているとあって早朝から起きだして働いている者も多いようだ。辺りが未だ薄暗い時間でもちらほらとひとの影が見える。
薄モヤが巨大な建造物にかかり、望翠殿は神秘的な佇まいを薄明の中に浮かび上がらせている。
動きだした人々はこれから起こる世界的なイベントの中心となるその建物を見上げ、それぞれの感慨に浸ってから働き出すのだ。
街全体がお祭りに向けて力を蓄えて待ち構えているような気がする、そんな朝。
俺は――――
「――動くな。声を上げるな。殺されたくなければ大人しくしていろ」
「ひぃッ……!?」
水辺でとある人魚族の首にナイフを突きつけていた。
目の前にいるのは湖を警備していた人魚族のうちのひとり。年若い兵士で場慣れしていない様子が伺える。
俺はそいつに背後から忍び寄ってオンブされるようにしがみついている。
「な、な、な……!?貴様……!?」
「俺の言うとおりにすれば危害は加えない。まず、騒ぐな。悲鳴のひとつでも上げたらそれが途中から断末魔に切り替わるハメになるぞ……?」
「わ、分かった……」
「よろしい」
実に聞き分けのいい事だ。
これからやることを進めやすい。
「湖の中で魔物が湧いている巣のような場所があると聞いた」
「ああ……ある……あるにはあるが……そんなことを聞いてなんになる?」
「俺をそこに連れていけ」
「ッ!?」
酷く動揺している気配が伝わってくる。
わざわざ魔物の巣に連れて行け、などとこんなことをしている危険人物が言うことではない。
たぶんいい感じに頭の中が混乱しているのだろうな。
だが、こっちはそれに付き合っている暇はない。
「疑問など捨てておけ。お前ができるのはただそこに案内することだけだ」
「……お前はいったいなんなんだ……?お前、人間の子供だろ……?なぜそんなところに……」
「聞こえなかったのか?疑問を置いて案内しろ。別にお前じゃなくても案内人はたくさんいるんだから、な」
「わ、わかったよ……」
渋々湖の水面を滑るようにして移動し始める兵士。
俺もしがみついた時点で半分ほど水の中にいるのだが、これが結構冷たいんだよな。夏の大陸とはいえ、夜はそれなりに冷え込む。
まだ日もさしてない早朝なら水も身を切るような低温になっていてもおかしくない。
温める魔法を準備しながらこれからの事について考え始めた。
俺がこんな犯罪まがいのことをしているのはもちろん、山脈に通じるという神殿に行くためだ。
カンタンテ王達との話し合いではああ言ったが、手がないわけではない。
俺が直接乗り込んでいってレリューを奪還、魔人とドラゴンを討伐する、という方法だ。
ちなみにチャルナもルイも湖に入る時点で足でまといになるのは目に見えているから置いてきている。
策とも言えないただの突撃だが、それなりに勝算はある。
元々ドラゴンとの再戦に向けて準備をしていたんだ。こちらの用意は万全。
だが、それを仮にあの場で言った所で反対されるのがオチだ。
この世界の人々は薄情というわけではない。
むしろ、身近に魔物の驚異がある分、人情味に溢れている者が多い。
さて、そんな人々が子供をドラゴンの討伐に向かわせることになんの良心の呵責を覚えることがないだろうか?
答えは分かりきっている。
レリューの母があれだけ反対したように、明らかに危険な場所に俺が行くのを必死に止めようとするだろう。
こっちは時間がないんだよな。
そんな面倒な事に時間をかける余裕はない。
なのでこうしてこっそり出かけてきているわけだ。
そもそも本来なら死の危険が高い『渡り鳥』に子供がなること自体が異例だ。
申請が通ったのは俺がミゼル達の事件で実力を示したから、というのもあるだろう。
それ以前にダリアの教育方針が千尋の谷方式でなかったら申請すら出来なかった、あるいは取り消されていただろうな。
と、考え事が脱線してきているな。
「……おい。着いたぞ」
ふと、それまで押し黙っていた兵士が声を上げる。
随分長い間考え込んでいたらしく、太陽はとっくに顔を出して頭上に輝いていた。
水中に視線を下げると、そこが見えないほどの深さの青の中に揺らめく影が見えた。
予定通り魔物の巣に着いたらしい。
辺りは魔物の巣とは思えないくらいに穏やかだが、これから水中に潜るこちらとしては嵐の前の静けさとしか思えない。
「ご苦労。じゃ、あの中に突っ込んでくれ」
「はぁッ!?お、俺に死ねと言うのか!?」
露骨に狼狽えんな。
本当に兵士かコイツは……。
「あー……言い方が悪かったな。俺が魔物を蹴散らすから、お前は底を目指して泳いでくれ」
「お前みたいな子供にそんなことができるわけが――――」
ザパァッ!
兵士目の前で水面が大きく盛り上がり、中から凶悪なツラの魔物が顔を出す。
あー……結構大声出してたからな。聞こえてたんだろ。
「ぎゃああああああああああああああッ!?」
「うるせぇ……。黙れよ」
「いや、でもま、まままま魔物がッ!」
「よく見ろ。もう死んでる」
「は……?」
バチャッ!
派手な音を立てて魔物は水面に倒れ、そのまま動かなかった。
「え……?」
俺の指差す先、魔物の土手っ腹に大きな穴が空いている。というか開けたのは俺だが。
「い、いつの間に……」
「お前が叫んでる間にだよ。俺が持ってる魔道具の力でな。こいつがあるから間違いなく大丈夫だ。安心して潜れ」
「お前……本当に何者だ……?」
「聞いても納得できんだろうからやめておけ」
それよりもさっきの水音と、撒き散らされた魔物の血で水中の魔物が目を覚ましたらしい。黒い影がこちらに浮上してきていた。
兵士の方もそれに気づいたらしく、体を震わせ始めた。
さきほどまでの静かな水面が荒れそうな予感に、俺は手に持った拳銃型魔道具を握り締める。
ここで時間を食うわけにはいかないんでな。さっさと終わらせてもらおう。