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明かされた正体


 開かれた会議場、その最前段に困惑と緊張が広がっていた。


「なんで……なんでリツィオ様がここに居るですッ!?」


「…………いったいなんだと言うのです?この者は怪しい者ではありません。即刻離しておやりなさい」


 ルイの疑問の声に答えず、冷徹な声で指示を下すリツィオ。

 その姿はもはや見慣れた娼館の歌姫の姿ではない。

 ひと目で高級なものと分かる布地で出来た衣装に身を包み、いつもは流れるままにしていた銀の長髪をひとまとめにしていた。

 何より、その銀髪の隙間から垣間見える耳は――――


「エルフ……ッ!?」


 そう、リツィオの耳はエルフ特有の長さを持っていた。

 そして褐色の肌。

 何よりこの場に居るということ

 これはつまり……


「貴様らッ……!このお方を誰だと思っている!?砂漠を治めるダークエルフの女王、リツィオ・ワースティタース様だぞ!頭が高い!」


「…………やはりな」


「あら、貴方はあまり驚いていないのですね?」


「予想していなかったわけじゃないからな」


 旅をする上でずっと疑問に思っていた。


 ――――なぜ夜にしか活動しない彼女の肌が褐色なのか、と。


 この夏の大陸の日差しはキツい。言うまでもないことだ。

 あまりにキツい日光は容易に命を奪うつるぎとなる。それを防ぐ方法も夏の大陸では確立されていた。

 だが逆に、日中仕事をする人間ならいざ知らず、夜にしか活動しない娼館で働く彼女が日に焼ける道理はない。

 そこが違和感として燻っていた。


 ダークエルフだと気づいたきっかけは単純だ。

 俺に見せた無表情。

 完璧な魔力制御。

 オークの軍を排除してくれという依頼。


 疑い始めれば想像はどんどん確信になっていった。

 そうなれば後は簡単だった。

 ダークエルフの王族が戦争の一年前から各地を回っているというのは噂として聞いていた。それがある日パタリと足跡を追えなくなってしまった。ダークエルフの村に帰った、というわけでもない。

 身を隠して情報収集していたのか、裏で各種族の有力者にコンタクトをとっていたのか。

 どちらにしてもそんなことをするには巡業商団ストローラーズを利用するのは間違いない。


 決定的にリツィオが王族だと思ったきっかけはレリューだ。

 レリューはリツィオを知っているようだったし、歌い方までそっくりだった。

 アレは……レリューとかなり親しい位置にいたということではないか?

 王族レリューと親しいということはそれなりの身分が求められる。そして王族に近しい者、あるいは立場を同じくする者といえば…………それもまた王族だ。この大陸にはあとひと種族しかない。


 点と点が真実の輪郭を浮かび上がらせていく。


 ――――リツィオはダークエルフの王族で何らかの事情で身分を隠し、娼館に身を寄せていたのではないか……?


 点同士を繋げるのはあくまで想像でしかない。だが、それでも心の片隅に書き留めておくくらいの真実味はあった。

 そしてその想像は今、確かな現実としてそこにある。





「それで……?ルイは何を伝えようとしているのですか?」


「あ……、そ、そうです!レリュー様が……人魚族の王女が魔人に攫われました!どうか会議を中止して欲しいのです!」


 リツィオの言葉に慌ててルイが目的を思い出す。

 闖入者を見つめていた王族たちもこれには色めき立って反応する。


「なんだと!?それではこの会場にも来るのか?!」


「やはりこの会議を狙っているのでしょうか!?」


 いきなりもたらされた情報に会議場は混乱に陥った。

 焦って自らの護衛団に討伐の指令を出すものも出る始末。

 議場にルイが入った時点で俺が止める意味など無くなってしまった。もう何とでもしろ……。


『皆様、どうか落ち着いてください』


 壇上のリツィオが声を出すとそれは拡散されて議場に響く。何かの魔道具でも使っているようだ。

 感情の篭らない平坦な声を聞いて、浮き足立っていた王族たちは徐々に落ち着きだした。


『魔人が現れたとしても問題ありません。ここにいる皆さんを守るのは、それぞれの国から選ばれた精鋭ではありませんか。この望翠殿に集った彼らは、この世界で最も強い力であるわけです』


「おお……。そ、そうだな……」


「ええ。ええ。彼らなら問題ないでしょう」


 ああ、クソ。結局はこうなるんだよな。

 目に見えていた結果だとしても舌打ちしたくなる気分だ。

 王族というのは己の命と同じくらい、おおやけでの体面というものを気にする。あんなことを言われてそれでも逃げの姿勢をとるようなら、『臆病者』と後ろ指を刺されることになる。


「なんで……ッ!どうしてです!?早く逃げないと魔人が……ッ!」


「無駄だ、ルイ……。今更何を言ってもこいつらは動かない。それが王族というものだ」


「――ッ!お願いですッ!お願いします!会議を止めてくださいッ!じゃないとレリュー様が!レリュー様が…………ッ!」


 俯くルイの言葉に耳を貸す者はいない。

 同格の王族ならともかく、一市民の言葉にいちいち耳を傾けたりはしない。

 結局、カンタンテ王やリツィオと話をするしか道は無い。

 そしてそれは今ここでできる話ではない。


 俺は泣いているルイと立ち尽くすチャルナを抱き上げて会議場から離れた。





「彼女……ルイちゃんは?」


「塞ぎ込んでいるんでな。しばらく休ませている。今ここに来てもできることはない。無理にでも休ませないと後が持たない」


「……そう」


 夜。

 あの緊急会議が終わってからカンタンテ王とリツィオ、レリュー母を加えて再度会議を開いた。今の状況についても話はしてある。

 今、部屋にいるのは上記の三人とコネホ、トマス、俺だ。チャルナとルイは別室で休ませてる。

 ルカはなんとも言えない表情で俺と顔を合わせた後、部屋の外でダークエルフの兵と共に警備をしている。


 あれからカンタンテ王とリツィオがレリュー救出に向けた軍を編成しようと議題をあげたが、今はむしろエストラーダの警備を強める時期だと言う反対意見が噴出したらしい。

 王女ひとりの身柄と、大勢の王族。どちらが大事なのか、と。

 レリュー救出に割ける人員すら惜しいということか。


「…………どれだけ見栄を張っても、結局は我が身惜しさに人を切り捨てるか……」


「娘を見捨てよ、と儂に表立ってかかってくる者もおったな。せめてこの大陸の軍だけでも動かせれば別だったものを。虫唾が走るほどの臆病者よ……!」


 カンタンテ王が吐き捨てるようにそう言った。

 今、エストラーダにある軍隊で最も数が多いのは各種族からなるエストラーダ連合軍だ。せめてこれを動かせたら魔人の討伐もなんとかできる。

 ともあれ、愚痴っていてもしょうがない。

 動かせる戦力でなんとかしなければ。


「実際、今動かせる戦力はどれだけある?」


「人魚族と僅かな近衛兵だけですね。ダークエルフの軍はまだオークとの戦いでの疲れが抜けていない上にほとんど防衛隊の方に接収されてしまいましたから」


 俺のつぶやきに答えたのはリツィオ。

 カンタンテ王の前とあって丁寧な口調だが、その感情は見えない。会議場で自分の身分がバレてから俺と話すのは今が初めてだ。

 っと。そういえば俺の方の口調を戻してなかった。


「すいません。カンタンテ王、ワースティタース女王。とんだご無礼をしておりました」


「よいよい。今更何を繕う必要があるか。お主のことは妃から聞いておる。貴重な戦力でもあると。でなければ子供にこんなこと口出しさせないわ」


「私の方も元の口調の方が馴染みがありますので。それに今は緊急時。些細なことを気にかけている場合ではありません」


「気遣い痛み入ります。」


 普通なら下手な言葉遣いだけでも不敬罪になるようなことだが、随分と気前が良いな。

 リツィオはともかくカンタンテ王の方は娘がさらわれたとあってかなり焦っている。今は藁にも縋りたい気分なのだろう。


「水中戦力の人魚族では山脈に行けない。実質使えるのは近衛兵だけかのう……」


「それも炎龍山脈に行くには時間が足りませんね……」


「いきなり打つ手なし、という状況か。まいったな……」


 魔人はあの転移魔法を使えば炎龍山脈まで楽に行けるだろう。

 こっちはそれなりの人数をあの場所まで運ばなくてはいけない。


 一度、魔人が使っていた魔法をコピーできないかと試してみたが、上手くいかなかった。どうにも発音が独特過ぎて詠唱ができないようだ。

 春の大陸でラティから手に入れた魔法陣も試してみたが、無理だった。

 ならば魔道具に刻んで、とも考えたが転移は細かく変数を設定するところがあるようで、式が固定化される魔道具ではうまくいかない。

 俺の魔法知識が不十分、というのもあるだろう。


「俺の居た国…………アルフライラの王に掛け合って護衛を工面してもらった、として、それで魔人を撃退できるか?」


「正直厳しいでしょうね。精鋭の大きめな護衛団が3つほど必要でしょう」


「そこまでか」


「一体で国を滅ぼすような怪物だからな。囮の兵士を使って、奪還のみを考えた場合でその数。アルフメートだけ入れても焼け石に水だのう」


 キツイな……。俺だけでも魔人かドラゴンの討伐は可能だろう。

 だが最悪、魔人2人にドラゴン1匹というパーティを組んでこられたら俺でもどうなるか分からない。

 予備戦力として軍が欲しかったのだが……。

 戦力の充実については諦めよう。俺ひとりでなんとかしなくてはいけない。


「仮に戦力を少数精鋭で揃えたとする。それをどうにかして山脈まで運ぶ手立てはあるか?」


「そちらも厳しいですね」


「場所が場所だけにのう。同じ距離ならまだなんとかなったが、炎龍山脈となると……」


「……同じ距離なら、というのは?何か方法が?」


「なんじゃ知らんのか?各国には竜籠という移動手段があっての。比較的飼い慣らし易い飛龍を数匹用意して人の乗った籠を持ち上げて運ぶ、という手段じゃ。今、エストラーダに来ている王族もそうやって来たはずじゃ」


「それが炎龍山脈では使えないと?」


「強い生き物……炎龍の縄張りに入ろうとすると飛龍が嫌がって暴れるようになるんです」


 なるほどな。

 俺よりも遅く出発したアルフメート王がそれほど遅れることなくエストラーダに着いたのはそういうことか。

 少なくとも地上を馬車で走るよりは早いのだろう。

 だがそれも使えないとなると…………手は残されていない。

 それでもどうにかしなければレリューの命が危ない。

 そう考えればそう思うほど考えはまとまらない。

 いたずらに時間だけが過ぎていった。




 ふと、巡らせていた思考の中に引っかかる物があった。


「そういえばメモにあった『神殿』ってのは何なんだ?」


「それは私からお話しましょう」


 それまで部屋の片隅で顔色の悪いレリュー母に寄り添っていたトマスが声を上げた。


「炎龍が休眠している間、山脈に挑む者が居ましてな。山の中腹の辺りに半壊した神殿らしき物がある、というのは以前から噂になっておりました。おそらくそれのことでしょう。この辺りで神殿といえばそれしかありません」


「それがいったいどう関係してくると言うんだ?魔人がいるのは山の頂上だぞ」


「そこまではわかりかねますが……」


 魔王が神の力ででも封印されているのか?

 いや、そもそもこの世界の宗教は『英雄信仰』だ。『神殿』というのがまずおかしい。あいつらは神界とやらに引きこもっている、というのが一般的な常識だ。

 果たして何を崇めているのか……。


「何があったかはわかってないのか?」


「分からないようです。噂では潜入した冒険者がいなくなり、しばらくしてから湖に浮かんできたらしい、というのは掴めていますが」


「……山の神殿で居なくなった奴が湖で……?」


 どんな難事件だよ。火曜のサスペンスじゃねぇんだぞ。


「噂話はともかくとして、だ。レリュー様が神殿と書き残した以上、何らかの関係はあるんだろうさね」


 今度はコネホか。

 王族と話すのは遠慮していたらしい。王族というよりカンタンテ王と、言うべきだろうか。

 リツィオが潜伏先にコネホの娼館を選んだということはそれなりに信頼関係があると見るべきだろう。

 それはともかく。


「例えば?」


「魔王復活の儀式までそこで監禁しておく、とかね。魔人なら中を探索しても問題ないかもしれないから、魔物共から隠しておくには丁度いい場所になるだろうさ」


「なるほどな……」


 魔人がそれを会話の中で漏らす、というのも十分に考えられる。

 例の食い込んでいる方は頭が軽い感じがしたからな。ありえない話じゃない。


「だが……それが分かったところでどうなるって言うんだ?」


「まぁ、監禁場所が分かったところでそこまで行けなきゃ意味がないからね……」


「…………」


「…………」


 重苦しい沈黙がその場を包む。

 魔人の下にまで辿りつけたとしても、それはレリューが生贄にされた後。ならばなんの意味もない。

 俺達が欲しいのは居場所の情報じゃない。

 移動するための『手段』だ。

 今の状況ははっきり言って……八方塞がりだ。





 それぞれが解決策を見つけようと考え込んでいる。

 この中にはレリューを諦めてエストラーダに防衛力を集中させようと思う者は居ない。それぞれがレリューのことを大切に思っているんだ。…………リツィオはどうか分からんがな。


 カンタンテ王が何気なく、机の上に置かれた本に手を伸ばす。考えに何か転機が欲しかったのだろう。

 あれは……人魚族の御伽噺をまとめたレポートだ。

 『ススメ』にコピーした後、オリジナルの方は必要なくなったのでレリューの部屋に置きっぱなしだった。

 レリューが懐かしがって気晴らしに丁度良かったんだよな。


「…………神殿……御伽噺……。そういえば人魚族にもそんな昔話があったのう……」


「……どんなものですか?」


 気分を変えようと思ったのだろう。カンタンテ王がなんとなくこぼした言葉にコネホが反応する。

 俺にも興味がないわけではない。


「なんでも海の底には神殿が3つあっての。それぞれが不可思議な力で繋がっておるそうだ。古代の人々は離れた神殿同士を自由に行き来したという」


「それは……なんともおかしな話ですね」


「人魚族でもあるまいし、人が水の中を自由に動けるわけが……」


「分かっておるよ。これはただの御伽噺。おかしな与太話――――」



「――――話を続けてくれ。カンタンテ王」



「ユー、ジーン……?」


 『ただのお話』に食いついた俺にその場にいた全員が注目しているのが分かる。

 だが……まさか……。

 そう・・、なのか……?

 これほど都合のいい話がそんな簡単に出てきて良いのだろうか……?


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