動き出す事態
泣きながらうろたえるケーラをひとまず落ち着かせ、事情を聞こうとレリューの部屋に向かう。
部屋の中にはコネホとレリューの母、トマスが既に集まっていた。全員落ち着かないようで、レリューの母に至っては顔を青くしている。
当たり前だ。一度攫われた娘がまたいなくなってしまったのだ。
そこに俺、ルイ、チャルナ、警備長が入る。
「ケーラ、何があったんだい?」
「こ、コネホさん……。わからないんです!私がちょっと離れて戻ってきたら、レリューちゃんが居なくなってて……!」
「ふむ……。それはどのくらいの時間だい?」
「2、3分も離れていませんでした」
「その短時間に何者かが現れてレリュー様を連れ去った、と……?」
「まさか!部屋の外には常時兵が居ます!その者らに気づかれずに連れ出すことなどできる訳がありません!」
コネホの言葉に警備長が食いつく。
確かに扉の外にはふたりの兵士がいた。サキュバスの魔人対策として女性兵士だった。
サキュバスの魔法は同性には効きが悪い。どちらかが操られるような魔法を使われていたとして、抵抗できる。その稼いだ時間でもう片方が助ければいい話だ。
「その兵士達はなんと言っている?」
「…………何も聞こえなかったし、出入りした者も居なかった、と言っております」
俺に対しての敬語はかなり不本意らしく、苦々しげにしている警備長。
こいつは他国の貴族に手を上げたことで何がしかの罰を受けたらしく、しばらく姿を見ることはなかった。
一度見回りの兵士に聞いてみたが、減棒と人魚の王直々のお叱りを食らっていたとか。
他国の貴族……それも公爵級の貴族の子息に、王族の前で手を上げたにしては軽い。俺が挑発したこと、俺自身が身分を明かしていなかったことが考慮されたらしい。
また、この人手が必要な時期に上の者がいなくなると警備に支障をきたす恐れがある、というのも軽くなった一因かもしれない。
それでも王族の前で暴力沙汰を起こしたことは変わりない。結果として罰を受けることになった。
もしこれが抜刀しての騒動だったら間違いなく首が飛ぶ。命拾いしたな。
「そいつらをここに」
「…………承知」
扉の外に声をかけると入室時に見かけたふたりの女性兵士が入ってくる。
間接的に聞いたって埒があかない。こういうのは直接聞かなければな。
「春の大陸貴族、ユージーン・ダリアだ。貴様らにもう一度レリュー王女が居なくなった際の事を聞きたい」
「…………はい」
ん?なんだ?このふたり……。
「彼女が居なくなった時、貴様らはどこにいた?」
「…………扉の外で警備をしていました」
「何もおかしなことはなかったのか?通った者は?」
「…………誰も何も問題ありませんでした」
「……そうか」
「やはりそこの娼婦が金欲しさに連れ出したのではありませんか?」
「なっ!?そんなことするわけないでしょ!?」
「どうだか。所詮卑しい身分の者でしょうからね」
警備長とケーラが何か言っている。
が、今は置いておこう。
兵士ふたりの様子が明らかにおかしい。兜に遮られてよく見えないが、目が虚ろで声に抑揚が感じられない。
「…………全員、この兵士から離れてくれ」
「……っ!?まさかこのふたりがスパイなどとお考えになられているんじゃ……」
「違う。離れるのは俺からだ。危険だからな。……見てろ」
俺が異様な発言をして近づいても女性兵士達は反応をしない。
ようやく何かがおかしい事に気づいて部屋の中にいた者は距離を取る。
体に触れても動かない。これは――――
「何者かに暗示をかけられているようだな」
「まさかっ!?サキュバス対策は万全だったはず!」
「いいや。これはサキュバスじゃない」
「ならばレリューは……娘は誰が……!?」
「おあつらえ向きにここにヒントがある」
「そ、それは……!?」
「目の前にいるだろ。こいつらだ」
「なんと……!?」
暗示を掛けられた者がいる。ならばあるいはこいつら自身がレリューの行き先を知っているかもしれない。
もちろん、闇雲に暗示を解けば答えが得られるとは思っていない。夢の中にいるのと同じ状態だ。ふとした弾みで忘れてしまうかもしれない。
だから――
「『我と我が名と我が標 誓いによりて彼を誘う 惑いの調べ いざここに!』」
「『洗脳』」
「そ、その魔法は!?」
そう。いつぞや春の大陸でミゼルに使われた洗脳魔法だ。
一応記憶しておいたが、使いどころが微妙で持て余していたのがここに来て日の目を見た。暗示状態のまま、俺に主導権を移すことができれば、あるいは……!
適当に弱めた魔法の音波をふたりの兵士に浴びせかける。
「…………俺の声が聞こえるか?言っていることがわかるか?」
「……ハイ」
元が暗示にかかった状態だから効果のほどは今ひとつ分からない。
だが虚ろだった瞳からさらに感情がなくなっている気がする。
「俺の質問には全て正直に答えろ。お前らの主はこの俺だ」
「ハイ。ご主人様……」
「レリュー王女が居なくなる直前、なにかおかしな事はなかったか?」
「……いいえ」
「では誰がお前らに暗示を掛けた?」
「何もありませんでした……」
ちッ。ダメか。
よっぽど強く暗示をかけられているのか?
いや、まだだ。根気よく矛盾を突いていけば暗示が解ける可能性はある。
「何も無いのにお前らは暗示に掛けられたのか?しっかり思い出せ」
「………。………そう、いえば……歌が……」
「歌?」
「部屋の中から歌が……聞こえてきて……それで頭がボーっとして……」
歌……。
まさか……!
「それから?」
「それから……レリュー様に呼ばれて中に、入ったんです……」
「レリュー王女はなんて?」
「私を運んで欲しい、と……」
「ッ!?」
思いもよらなかった言葉に背後で息を飲む気配がした。
この兵士たちが言っていることが本当なら、レリューは自分で出て行った事になる。
サキュバス対策が効かなかったのも当たり前だ。レリューの歌は魔法じゃないし、聞こえる範囲に居た者全てに影響する。
だが、なぜ?どこに?
「……王女はどこに行った?」
「……わかりません。覚えていないんです」
「そっちのお前は?」
「わかりません」
ダメか。ここに来て記憶の糸がほつれてしまったようだ。
だが、手がかりは残っている。
「警備長!この付近で警備をしていた者達の中で様子のおかしいものを探してください!」
コネホも同じことに思い至ったらしい。鋭い声を上げて支持を飛ばす。
「この人魚用の水槽は4人でなければ運べない!アタシらが来た時にはこの部屋には水槽は無かった!だったら水槽ごとレリュー様は運ばれた可能性は高い!このふたりの他にいるはずだ!水槽を運んだ兵士が、あとふたり!」
そうだ。このふたりの体は濡れていない。
ならばレリューを直接抱きかかえて連れて行ったわけではないだろう。
何を思って水槽ごと連れ去った……いや、連れ去られたのかは知らないが、手がかりはまだ繋がっている。
残りの兵士ふたりの記憶を探ればレリューがどこに運ばれたのか分かるかもしれない。
「はッ!今すぐ近くの部屋の警備を集めさせます!念の為、各国の王族の皆様を一箇所に集めて今後の対応について協議した方がよろしいかと!」
「そうですね……警備兵の動きで何かが会ったことはもう知れてしまっているはず。今何も発表しなければ余計に混乱を招きます。王に掛け合って緊急会議を開くように具申してみます」
レリューの母の方でも方針が決まったらしい。今のところは王女が自分の意思で居なくなった事を告げておくしかない。
まだ魔人の関与は不明だが、あの真面目なレリューが歌を使ってまで居なくなったのだ。何かがあったのは間違いない。
そっちにかけずらっている暇はない。王族は王族でやるべきことがあるだろう。
レリューを探すのは警備と俺の役目だ。
「ルイ……!チャルナ……!絶対見つけんぞ!魔人がいたら人の留守にコソコソ忍び込んできたそのツケを存分に支払わせてやれッ……!」
「はいッ!」
「にゃッ!」
声をかけて部屋を飛び出す。
魔人の行動を読み違えていた己への怒り。
レリューがいなくなることへの焦り。
その両方が血流に乗って全身を駆け回っていた。
まだだ!俺はまだ……!満足してないぞ、レリュー!
こんな所でお前がいなくなっちゃ困るんだよ……!
まだまだお前に利用価値がある。
こんな所であっさりと生贄になんてなられたらどうしてくれるんだ。
食わせてないおかしなものだってまだある。
いつもみたいに食い意地張って消化してもらわないと困るんだよ!
お前が居なくなったらチャルナもルイも寂しがる!
だから……絶対に無事でいろ……!レリュー……!