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失策


 エストラーダに到着して2週間。

 結局今日まで俺の護送メンバーは決まらず、天上殿会議オリュンポスサミット開催まで今日を入れると残り3日となっていた。

 時間がかかる事に警備に人員が回され、より一層決定を難しくしていた。

 多分、裏の方で今ドラゴンを刺激されると困るやつが居るからだろう。

 常識的に考えて人がドラゴンを討伐するなど無理だ。

 いたずらに人をやればせっかく大人しくなっているドラゴンが怒り狂って会議場に降りてくるかもしれない。そうなればこの国の、この大陸は文字通り世界中から非難されることに違いない。

 そう考えるやつがいてもおかしくはない。

 俺は会議が終わるまで大人しくせざるを得ないようだ。


 会議が近づくに連れ街は一層の騒がしさに包まれ、人の数もどんどん増えていった。

 集まった人はこの大陸の者だけだはなく、他国から来た者も多くいるようだ。人の数は増え続け、エストラーダには収まりきらず今では郊外にテント村のようなものまで出来る始末。

 俺が来た時期というのは丁度いい時期だったようで、人が少なかったらしい。来訪者の中で余裕を見て来た者はもっと早く来るし、ギリギリまで地元に居た者はもっと遅い便で来る。

 遅く来た者は泣く泣くテント生活だ。たいていの宿屋の部屋は既に埋まっている。


 俺は、と言うとコネホの娼館で世話になっていたためにテント生活をまぬがれていた。


「あら、おはよう。何だかんだで早起きね、『英雄っ子』さん?」


「その妙な肩書きをヤメろ。うっとおしくてかなわん」


「はいはい。おはようユージーン」


「ああ。おはよう」


 店の一階部分、普通なら使用人が暮らす部屋の一室に俺は居た。

 エントランスホールに顔を出せば、二階の大階段から見覚えのある娼婦に声をかけられる。

 そいつらの言う『英雄っ子』とはドラゴンを退けた、という噂を茶化して言っているらしい。

 遠征組…………巡業商団ストローラーズに居た娼婦連中が付けたあだ名を本店の奴らが信じず、俺がホラ吹きのような扱いを受けている。

 表立ってからかう奴らはいないが、こうして何気なく言われる時もある。


「お客を見送ったばっかりでお腹すいてるのよ。何か作ってくれない?」


「あいよ。…………今まで相手してたのか?随分ねちっこい客だな」


「なに馬鹿なこと言ってるのよ。お相手・・・は昨日のうちに済ませたの。おんなじベットで寝てただけ。さっきお帰りになられたのよ」


「そうか。――――さて何を作ります?お嬢さん」


 ふざけてかしこまった態度を取ると、その娼婦は可笑しそうに微笑んだ。

 俺が丁稚じみた真似をしているのは、単に仕事がなかったからだ。

 エストラーダに来てしばらく金を稼ごうと冒険者ギルドに行ってみたのだが、そこには大量の人がいた。

 旅先に来て稼ぐアテを探しているのは誰も同じだったらしい。

 コート型魔道具セグメントの『変形』機能を使って目深に被れるフードを作り、仕事を探したが良い条件の物は他の冒険者に取られてしまったらしい。

 あっても遠い村まで行かなくてはいけなかったりするものばかりだ。近場の魔物討伐依頼なんてもちろん無くて、テントの設営や採取依頼までごっそりと無い。

 運良く緊急依頼で郊外のテント村に湧いた魔物討伐になんとか参加出来たくらいか。


 ちなみに春の大陸にいたトサカ野郎に似たような馬鹿に声をかけられたが、何かを言う前に床に沈んだ。というか沈ませた。

 どうにも定期的に子供がギルドに入ってくることがあるようで、ああやって露払いの役目をもつ組合員がいるらしい。

 俺はニセの肩書きで登録してあるので、そのギルド証を見せたらだいぶ怪しまれたが、依頼の受注はさせてもらえた。



 とはいえ、いつまでも緊急依頼を待つわけにもいかないので適当な仕事を探していたら、娼館で細々とした仕事をやってもらえないか、ということを娼館の主に言われた。

 コネホから主人の座を譲ってもらえたという二代目は、厳しそうな顔立ちに似合わず気配りの上手い男だったようだ。

 客(仕事の、ではなく)として呼ばれていた俺にそんな仕事を回すのはどうかと思ったが、結果として助かっている。


「お。おはよーユージーン。さっそくなんか作ってー」


「おはようございます、ユージーンさん」


「へぇへぇ。今やりあすよーっと。料理長、ユージーン到着しました」


「おう!早くしやがれ!手が足りねぇんだよ!ったく、店長ももっとまともな使用人を見つけてこいってんだ!ようやくまともにナイフを振るえる奴がいたと思ったら口が悪いわ態度が悪いわ――――」


 娼館の食堂に入ると、娼婦の何人かに声をかけられる。既に何人か起きだしてきているらしい。おざなりに返事をしてから厨房の中に入る。

 料理長がせわしなく働いているのを尻目に、俺もツマミのようなものを作り始めた。


 こんな風に厨房で料理を作ったり、ベットメイキングしたりとほぼ使用人のような生活をしているが、特に文句はない。なかなか面白い生活だ。暇を潰すには丁度いい。

 忙しいのは大体客が入ってくる夜と、こうして娼婦達が起きだしてくる朝。

 昼は他の使用人たちだけでも十分なくらい仕事がない。

 俺はあくまでただのヘルプだしな。




「あ、ご主人様いたですー!」


「マスターッ!」


「おう、来たか。そんじゃ行くか」


 待ち合わせていたところにチャルナとルイが現れる。

 娼館に泊まらせるのは何かと問題がある。主に道徳的な。

 なので、チャルナ達はレリューのところで護衛の名目で住ませてもらっている。ケーラも同じだ。

 こうして昼の空いている時間に落ち合って街の見物をしたり、軽く稽古をしたりしている。

 ちなみに今日は街の観光だ。


「やっぱり都会に来たからには色んなとこ見てみたいです」


「うにゃー。チャルナもチャルナもー!」


 と、こんな調子である。

 最初のうちは『望翠殿』から出られないレリューに気を遣っていたが、逆に気を遣わせてしまっているとレリュー本人が気に病み始めた。

 今となっては本人達が都会を楽しむ為というよりかはむしろレリューに土産話を作るために、というのが主目的になってしまっている。

 魔人が動くのは恐らく明日以降。今、動いても警備が厳重に時間を与える事になるので、動きはしない。実質今日が会議前最後の休日だ。


「やっぱり人が随分多くなってきたです」


「ま、天上殿会議オリュンポスサミットの始まりがもうすぐだ、ってのもあるからな」


「にゃ。レリューのお部屋のところでいっぱい人が居たよー」


「そうなのか」


 会議の始まりが明後日、ということで街の盛り上がりはピークに達しようとしていた。街に人が溢れ、街中をまっすぐ歩くのもままならない。

 チャルナの話からすると『望翠殿』にも王族が続々と集まってきているようだ。一時期は『望翠殿』入りする王族のパレードが連日見ることができたが、今は流石に落ち着いてきている。

 それでも街は開催の準備もあってか、かなり騒がしくなっている。


「…………結局、リツィオ様は見つからなかったです……」


「…………ああ」


 ルイが沈んだ声を出す。

 エルフの村で別れたリツィオ、ルカは挨拶に来た時の言葉通り、街の中を練り歩いても見つかることはなかった。

 商団の連中で動向を把握していないのはアイツ等だけだ。

 コネホは望翠殿で何らかの用があるのか、たまにしか娼館に帰ってこない。

 ロレンス、キアラ(ミケ)は冒険者らしく仕事を探しているようだ。ギルドに行った時に会うことがあった。

 他の商人たちはそれぞれ街の各所で売り方をしている。街の散策で会うこともある。

 しかしリツィオ達だけはさっぱりとその足取りを追えなくなってしまったのだ。


 とはいえその行き先が分からないわけではない。

 一応の推測は立ててある。

 俺の考えが間違ってなければ、今頃リツィオたちはあそこにいるはずだ。

 だが――――


「――この騒ぎの中じゃ落ち着いて話もできねぇ。このお祭り騒ぎが終わってからゆっくり話そうぜ」


「そんなのんきなこと言ってるのはご主人様だけなのです……」


 うるせぇ。こっちだって色々あるんだよ。




 街の中を適当に散策する。

 街の中は売り子の掛け声と通行人の世間話で騒々しい。

 売り出されている物は様々だ。

 常日頃なら売り出されていないような変な物……パチモンとかバッタもんなんて言われるものが出てきている。

 会議に合わせて田舎から出てきた世間知らずなんかに売り付けるにはいい機会だからだろう。


「『これだけで騎士になれる!なりきり叙勲騎士セット』……!?ご、ご主人様!コレ!コレ買いましょう!」


「うるせぇ!?さっそく妙なもんに引っかかってんじゃねぇよ!」


 なんだそのペラい鎧!似せるにしてももうちょいなんかなかったのか!?


「マスター!マスター!コレ!これ買って!」


「置いてこい!なんだその毒々しい魚!?チャレンジ精神旺盛にも程があるわ!」


 と、まぁ。まさに田舎から出てきた世間知らずを率いている俺が言えた義理じゃないが。

 適当に見繕いながら土産になりそうなものを探す。


「おお!坊ちゃん達。今日は何を探してるんだい?」


「っと。またあんたか」


 こうして何日もうろついていると顔を覚えられることが結構多い。

 今話かけている男は、妙な食物を扱っていて俺たちも何回か利用している。


「いつもどおり、病気で出てこられないやつに面白いもんを持ってこうとしてんだよ」


「ではこれなんかいかがかな?食べると声が変わるという一品なんだが……」


 ヘリウムガスでも入ってんのかよ。

 ま、面白そうだしちと買っていくか。

 品質の確認はルイ辺りに食わせてみて腹痛を起こさなかったら良しということで。


「ならそれを5つもらおう」


「はい!ありがとうよ!坊ちゃん達はいつも変な物を買ってくれると商人うちでも話題になってるからね。ひとつサービスしておくよ!」


「お、ありがとうな。歩きながら食わせて宣伝してくるよ」


 宣伝も兼ねてこうしてサービスしてくれるのは助かる。

 怪しい色のフルーツをカゴにもらい、その場から離れた。


「そんな怪しいものをレリュー様に食べさせて本当に大丈夫です?」


「ダメならダメでトマスとかお前とかに食わせて楽しませればいいだろ」


「なんか釈然としないです……」


 ぼやくルイを連れてもう少し街をうろついてから『望翠殿』に向かった。

 道すがら、トマスから受け取っていた人魚の御伽噺について考える。


 ほとんどが人魚族の栄光に関わるような怪物の退治話だったり、行ってはいけない場所に棲む魔物についてだったり。

 地球の御伽噺と大して変わらないものだったが、なかなか興味深いのは人魚独自の視点から見た地上の事だ。

 交流が無かった頃の話だろうか。地上の人間を野蛮な種族だとして水場に近づけないようにしていたという記述がいくつか見られた。人魚側からしてみれば水を飲みに来る人間は自分達の縄張りにちょっかいをかけに来る獣に見えたことだろう。

 立場が変われば同じものでも違った物に見える。

 それを理解するのは自分の価値観が変わるようで楽しい。


「レリュー様、楽しんでくれるです……?」


「ん?ああ。問題ないだろ。いつも大げさなくらいリアクションしてくるからな」


「にゃあっ。だから選ぶのたのしーよ?」


 なんとも呑気なチャルナの声に不安そうだったルイも安心したらしい。 

 毎回遠慮してるんだか何なんだか知らんが、同じことを聞いてくる。

 確かにレリューの故郷、人魚の里はエストラーダの水辺にある。だが今までは陸に上がれることがなかったから、街の様子がとても気になるらしい。

 ましてやトマスが大切なお姫様に怪しげなものを買ってくるわけもなく。

 結果として俺たちが持ち込む変な物に大きな反応を示すのだった。


「ケーラが残って今までの旅の話をしてるのも、レリューが他の場所についてあまり知らないからだろ。俺たちがこうやって上品な場所では手に入らないような下品な物を持ち込んだら、そりゃあ喜ぶだろ」


「…………同じく上品な貴族であるはずのご主人様は、もはや慣れきっていて平民と言われても違和感ないです」


「今なんて娼館暮らしだしな」


 家の連中にバレたらなんて言われるか。特にメイドのエミリア。

 元から地球の小市民だったから大して違和感もないが、貴族の子供が下町で暮らすのはよっぽどのことがない限り有るわけがない。

 典型的な『下賎な者と遊ぶんじゃありません!汚れる』的な小言を聞かされること間違いなしだ。


「アホなこと言ってないで行くぞ」


「はいです」


「うにゃ」


 もう『望翠殿』が近い。

 ボチボチ散策を切り上げてレリューのところに行こう。




「…………?なんだ?ヤケにざわついているが……」


「なにかあったです……?」


 『望翠殿』に近づくにつれ、衛兵がそこかしこを走り回っているのをよく目にするようになった。衛兵自体はそこまで珍しくもないのだが、そろって焦った表情で走り回っている。

 イヤな予感がする……。


「急ぐです!」


「ああ。チャルナ!来い!」


「にゃ!」


 混乱の中心、望翠殿。

 衛兵が入り乱れ、見物人で壁ができているその入口に、見慣れた姿がある。


 警備長と――――ケーラだ。

 レリューの部屋に居たはずの……。

 人波をかき分けながら進むと俺の姿に気づいたケーラが、近づいてきた。

 その顔は涙に濡れ、色を無くしていた。


「あ、ゆ、ユージーン…………!どうしよ!どうしよう!?レリューちゃんが……!」


「まさか……!」



「レリューちゃんが居なくなっちゃったの!!」



 ケーラの悲痛な叫びに俺は己の失策を知った。


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