幕間:ドルフ視点
―――――ドルフ視点――――――
息子の五歳児とは思えぬ笑い声を聞いて儂は大きなため息を吐いた。
「大丈夫ですか?」
息子付きのナタリアが声をかけてくる。今はその気遣うような視線が心に沁みる。思えばこのメイドには苦労をかけている。いつかいたわってやらねばな。
「ああ。心配事が今更10や20増えたところで変わりはせんよ。それにしても『分別がつかないタマに見えるか』などと戯けたことを抜かしおって。」
「そうですね。あれはわざと挑発しているのかと思いましたが・・・。」
「・・・・自覚がないらしいな。キョトンとしておったわ。」
はぁ、と2人揃ってため息を漏らす。『分別がつかないように見える』のではなく、『完全に分別がついてない』のだ。分別がついているようならそもそもトラブルを起こさない。
こうと言ったら曲がらない性格と、並々ならぬ興味が合わさってユージーンはまるで暴走した暴れ馬のようだった。
「ナタリア。使いを出して街に知らせろ。あやつの戒めを解いたことを。」
「かしこまりました旦那様。」
一礼して去っていくメイドの背を眺めながら、儂は昔のことを思い出していた。
ユージーンは話せるようになってからその利発さを発揮した。幼い子供とは思えぬ手段で監視の目をくぐり抜けることは赤ん坊の頃からだ。 その時は、「手がかかるが将来、智将として名を馳せるかも知れぬ」などと無邪気に喜んでいた儂も、時が経つにつれて思い違いを知った。
手がかかるどころの話ではない。やることなすこと滅茶苦茶だった。とにかくこちらの施した妨害も斜め上な方向で突破していく。先ほどの酒のカードが良い例だろう。考え方が根本的に違う。
弟だと思って舐めてかかっていた上の兄2人も口喧嘩では完全に負けを決め込んでおり、今では手を出さないようになっている。
かなり早い段階から、あやつが魔法に興味を持ったことに危惧を抱いた儂は、屋敷内、並びに近隣の街に布令を出した。ユージーンに魔法について教えることを禁ずる、と。家の魔術に対する方針は昔からあるもので、街の方でも周知のものであった。あっさりと知らせは広まり、あやつは魔法を学べない。そうなるはずだったが・・・。
なんと伝令を任された者の足を止め、広まり切る前にほかの街に逃げ込もうとしたのだ。関所で眠っている所を捕獲され、連れ戻されたあやつはこともあろうに儂に剣を向けた。
無論敵うものではなかったが、たった数度の打ち合いで目に見えるほど成長しおった。あの時ほど空恐ろしいものはなかったな。勝ったら俺に魔法を教えろ、などと完全に頭に血が上っている様子だったが、そんなことを言う度胸、正規の騎士でも持つ者がいるだろうか?
どこで育て方を間違ったのやら、と思ったがそもそも赤ん坊の時から暴走しておったのだ。誰にもどうしようもない。むしろ、基本的な礼儀作法、言葉、文字を教えたがそこについては標準以上の成果を残した。普通なら学校に通い、何年も学ぶことで習得する教養をいともたやすく獲得したのだ。喋り方も年を追うごとに幼さが抜け、はっきりとしたものになっていった。その瞳は明確な知性の輝きを宿していた。
しかし粗野な立ち居振る舞い、不遜な言葉遣いがあの目つきの悪さと合わさって、どうにも街のチンピラのようになってしまう。あのツンツンはねた髪も妙に攻撃的な印象を残す。
基本的に魔法が絡まなければ、穏やかなのだが。・・・・見た目はともかく。
薄い赤が混じった金の髪。切れ長の鋭い瞳。端正な顔立ち。パーツを一つ一つ捉えてみると美形といっても差し支えないはずなのに、容姿全体として見るとどうにも今ひとつだった。今頃はその今ひとつな顔に狂気の混じった笑顔を浮かべているに違いない。
これからあやつは6歳になれば鍛錬を始め、7歳からは学校に通う。今、魔法を解禁しなければ、このどちらかを疎かにしていまうだろう。遅かれ早かれ知るのならばむしろこのタイミングしかない。
そうは思っていても波乱の予感にため息が漏れてしまう。気持ちを引きずったまま儂は書きかけの書類に取り掛かった。