幕間:魔人ルト視点
―――――魔人ルト視点――――――
暗闇の中に光が浮かぶ。
湖を超えたその先、人間どもが集まる街の灯り。
『天上殿会議』と呼ばれる祭典の開催が残り一ヶ月を切ってますますその灯りは強くなっているみたい。
いったいあの光の下にどれほどの人間が集まっているのかしら?
「――――アタシたちにとっては反吐が出そうな光景ね」
人に仇なす魔人。それがアタシ達という存在。
アタシ達からすればあの街は死体に群がるウジ虫の塊にも思える。
今すぐにあの街を、あの光を、人間どもを叩き潰したくてしょうがない。ここ最近ずっとこうだ。破壊対象を目前にしながら手を出せずにこまねいている状況は思ったよりずっとストレスが溜まる。
無意識のうちに固く握り締められていた手に、柔らかくて暖かい感触が被さる。
「ダメだよ、ルトちゃん。ガマンガマン」
「…………わかってるわよ。心配しなくてもひとりで突っ走ったりしないってば」
声をかけてくる相方に返事をする。
柔らかな笑みを浮かべてアタシのはやる気持ちを抑えてくれるのは同じく魔人のルティ。アタシとは正反対の穏やかな性格をしている。
いつもなんでつるむ事が少ない魔人のアタシ達が、こうして一緒に旅をしているのかと思うが彼女の性格に依るところが多い気がする。
アタシの喧嘩っ早い所をルティが抑える。
ルティの引っ込み思案な所をアタシが引っ張る。
今までそうして長い間やってこれた。そしてこれからも、ね。
「せっかくこのクソ暑い大陸で長いこと準備してきたんだから、今更ぶち壊すような真似しないわよ」
「そうかなぁ……?」
「そうよ!」
実はちょっとだけ飛び出して行ってしまいたいと思っていたことはナイショだ。
何しろ人間なんてアタシ達が本気を出せば吹き飛んでしまうような存在。
そんなものに長い時間をかけさせられたなんて屈辱もいいところよ。
「屈辱といば……あの人間のガキ……ッ!今思い出しても腹立つわ!」
「ルトちゃん、その考え事からいきなり話を引っ張ってくるクセ、直したほうがいいよ?」
「うっさい!あのガキのせいで計画に狂いが出てこんな面倒な事しなくちゃいけなくなったんでしょ!」
「はぁ……。その子ってあれでしょ?人魚の王女様の誘拐を邪魔した子」
「そう!なんなのよアレ!?反則でしょ!?」
得体のしれない魔法を使うわ、人間のくせに魔人並みの力を持つわ。
何より腹立つのは自分よりも上位の生命体に対してぞんざいな扱いをしたこと!
いくら人が強がっても所詮は人。
その存在よりも高位の命には潜在的に怯えを持つ。
だけどあの子供は違った。
「なんなのよ!魔人に向ける感情が敵意でも怯えでもなく、興味と億劫さって!」
「忘れた方がいいよぉルトちゃん……。あんなの勝てっこないって。そもそも何を根拠に興味とか言ってるの?」
「勘よ!絶対忘れてなんかやるもんですか!あのクソガキに目にもの見せてやる!」
表面上は怒りや性欲を前面に出していたように見えるが、アレは違う。
あの瞳の奥底には魔人をオモチャとしか見ていない、冷徹な光が宿っていた。
こう言えばどんな反応をするのか。
この攻撃はどんな意味があるのか。
新しいオモチャを隅々まで遊び尽くそうという無邪気で冷徹な意思。
許せない。
自分達のことをただの玩具程度にしか見ていなかったのだ。
これからその鼻を明かすのだと思えば、くだらない下地作りも耐えられる。
「王女はもうエストラーダ入りしてるんでしょ?」
「うん。駒から送られてくる情報だと、一緒にあの子もいるよ」
「なら避けられないじゃない!いい?絶対に今回の作戦は成功させるわよ!」
「わかったから落ち着いて。ほら、こっちの子が起きちゃうよ」
「…………とっと、そうだったわね」
ゆっくりと振り返る。
薄闇の中、差し込む月明かりを赤い鱗が反射する。
山肌をくり抜くように広く開けられた場所。
そこに居る真っ赤な巨体は目立った動きを見せない。
どうやら眠り続けているようね。
「コイツが今回の作戦の要だからね。機嫌損ねたら面倒なことになるわ」
「分かってるなら大声上げないでよぉ……」
「いいじゃない。こうして寝てるんだし」
視線を人間の街に戻す。
遠くに見える街の灯り。アレがもうひと月もしない内に炎と悲鳴に満たされる。
「…………精々今のうちに浮かれていなさい。夢のような時間を過ごしなさい」
街にいる人間に、…………とりわけ生意気だったあの子供に向けるように言葉が滑りでる。
事を起こす以上、あの子供がしゃしゃり出てくるのは確実だ。
まだアタシ達を…………魔人を倒せるという夢物語を描いているようなら――――
「――――アタシ達がそれを悪夢に変えてあげるわ」
これは戦線布告。
戦いに向けた意思の証。
奪われたあの人を取り戻すための、戦いの始まり。
絶対に負けることは許されない。
せめてあとひと月の繁栄を楽しむがいいわ。
眼下の街の光が揺らめく。
人の光が、命の光がアタシの決意に負けないようにさらに光を強くした気がした。