魔人の目的
「本当に良かったです?レリュー様のそばに居なくて」
「ああ。あれだけ警備がいたら魔人でもそうそう手を出せないだろうしな」
俺とルイ、チャルナはエストラーダの街に出てきていた。
昨日は宴会の後、疲れ果てたかしまし娘達が寝てしまったので『望翠殿』のレリューの部屋まで運んでもらった。で、そのまま泊まって来たわけだ。
今は街に必要なものを揃えるために鍛冶屋を目指している。
ケーラはそのままレリューのところで留守番。今は二人して部屋の中で大人しくしているはずだ。
チャルナは珍しそうに街の中を見回して落ち着かない。ウロチョロしないように手を捕まえているがこっちの話を完全に聞いていないようだ
「で、でもいくら警備が厳しくても魔人には関係ないはずです」
「ま、そうだろうな。だが魔人は今ことを荒立てるわけにはいかないんだよ」
多種多様な人波の中をかき分けるように進んでいく。
会議が近いとあって商人やら見物人やらが集まっているのだろう。
開催1ヶ月前だというのにかなりの人数だ。
「どういうことです?」
「んー……そうだな。ルイ、魔人の目的ってなんだと思う?」
「質問に質問で返さないで欲しいです…………。ええと……それが分かれば苦労しないのです。それが分からなかったからレリュー様はあんなに悩んでいたです」
「いいや。俺が言ってるのは『レリューが狙われた理由』じゃなくて『魔人の目的』だよ」
分かりやすく誘拐犯で例えるなら魔人が誘拐犯、レリューが人質だ。
そのまんまじゃねぇか。
営利目的の誘拐なら、人質が狙われる理由は『金持ちの娘だから』となる。そして犯人の目的は仮に『借金を返すため』ということにしてみよう。
これが『動機』だ。
今回のレリューの誘拐で疑問になっていたのは『なぜレリューなのか』という部分。
俺が聞いているのはなぜ犯人は犯行に及んだのか、という『動機』だ。
言ってることが三文推理小説じみているが、この際理解できればそれでいい。
「それは…………魔物以外の全ての種族の絶滅です」
「そうだ。その通り」
それが本能に根ざしたものなのかそうでないかは知らないが、大抵の魔物は魔物以外の生き物を、特に人を積極的に殺そうとする。知恵のついた魔人でもそれは同じだろう。
生存本能に従って動物を殺して食うのとは違う、明確な殺害の意思。
「ならば、今の自分より確実に人を殺す方法とはなんだ?」
「…………物凄く単純に動物的に考えて、より強い者に人を殺してもらうこと、です」
「なら魔人よりも強い者ってのは…………?」
ここまで言ってようやく理解したのか、ルイは顔を青くした。
「古今東西、魔人が……魔族の部下がやることなんて決まっている」
そう、それはゲームでお馴染みの――――
「魔王、復活……!」
呟くようにルイの口からその言葉が漏れる。
なかなかロマン溢れる単語だよな、魔王復活。
いいねぇ。伝説の剣とか勇者の鎧とか探したくなる胸躍るイベントだ。
それが自分の身に降りかからない限りは。
「天上殿会議は魔王の晴れ舞台としてこれ以上ないほどおあつらえ向きだ。世界のトップが勢ぞろいするタイミングなんてそうそうない」
「確かにそうです……」
「もし、ここで会議を叩くことができれば人の社会は大いに混乱する」
俺としてはそれはそれとして大歓迎だ。
世界が混乱すれば、ターブの望む平穏な世界をぶち壊せる。
だが俺はそれを望まない。
なぜかはわからないが、世界を混乱させるのは俺でなければいけないという強迫観念が拒否感を呼び起こす。
なんでそんなことを考えているのかは自分でも分からない。
「仮に魔王復活のために、あるいは魔王にレベルアップするためにレリューが必要だとする。今、レリューを攫うために騒ぎを起こせば…………どうなる?」
「……各国の王族が警戒してエストラーダに来なくなります。じゃあ、今は安全だとご主人様は言いたいです?」
「俺の推測が正しければ、の話だ」
奴らが行動を起こすとすれば王族が到着してからだろう。
レリューを攫い、魔王を召喚してから会議に乗り込んで事を起こそうとするはずだ。
そんな美味しい機会を俺が逃すわけにはいかない。さっさと山登りしてトカゲ狩りに勤しみたいところだが、あいにくそう簡単に行かないようだった。
『申し訳無いのですが人魚族の方でも人手が足りていません。その上行くのが炎龍山脈に麓とあって行きたがる者もいないため、選出に時間がかかります』
レリューの母は宴会が終わった後にそう告げてきた。
仮にも他国の貴族を護送するというのだからそれなりの規模の人数が必要になる。あれから数時間しか経っていないのにもう聞いてきたのか。
こちらもこちらで用意の時間が必要だから、すぐに行けなくても問題はない。あまりに時間がかかるのは困るが。
「で、では早くお知らせしなくては……!」
「アホか。俺が思いついたんだからとっくにコネホ辺りが教えてる。それでも止めないのは理由があるんだろ」
利権か見栄かは内部の者にしか分からない。そこまで考えても俺自身に意味は無い。大事なのは何が起こるか、誰が起こすかだ。
「――――それが……」
「ん?」
「それが本当に正しい事だと思っているです……!?誰かの命が危険に晒されているのに、無理に開催して良いと思っているのです!?」
ルイが、怒っていた。
手のひらに爪が食い込むほど強く拳を握りしめている。
「例え何があろうとも、危険があるならすぐに中止するのが普通です!それを……自分たちの都合に合わせて開催するなんて……!」
ふむ…………。持ち前の正義感には危険の中での開催はお気に召さなかったらしい。
上の人間の決めたことだ、と納得せずに反抗するその心は立派だし言ってることはまっとうだ。
だが……。
「お前がいくら訴えようと会議は開かれる。お前の掲げる『騎士道』は無力だ」
「――――ッ!」
「悔しいと思うか?おかしいと思うか?だが力無き者には声を上げることすら許されない。それがこの世界だ」
「――――間違ってるです!そんなのは……!」
まったく。暑苦しいこった。
騎士道騎士道と理想を喚くことしかできないなら、そんなものはただの絵と変わらない。地球にもいたな。ただ声を上げて不平不満しか零さない、理想に取り憑かれた弱者は。
「ならば力をつけろ。議会の本部にムリヤリ押し入ってもいい。襲ってくる魔人をぶっ飛ばしてもいい。間違っていると声をあげても周りが無視できないくらいに力を付けてやれば、お前の考えを押し通せるだろう」
「…………力でムリヤリなんてルイの騎士道が許しません!なんとか議会を説得してみせます!」
俺がルイに目を付けたのは反応が面白いというのもあったが、こうして俺に真っ向から反抗出来るからだ。
このまま何もせずに田舎者の愚想で終わるのか。
折れることのない誇りを体現するのか。
もしもルイがその主義主張を貫き通せるのなら。
――――コイツは俺の、より良い玩具になってくれるだろう。
「ま、なにはともあれレリューを守れる戦力は必要だ」
「…………です。そこだけは同意するです」
見上げれば剣と盾の描かれた看板がある。
お目当ての鍛冶屋に着いたようだ。
「さぁて。戦力増強といきますか」
店の中は雑多に置かれた武器や防具で狭い印象を受ける。
壁にはやや高そうな剣と盾が飾られ、奥の壁際には店番と思われる男が居た。
「らっしゃい。嬢ちゃん達、何の用だい?料理用のナイフならうちじゃ扱ってねぇぞ」
「武器の買取とそれに代わる新しい得物を見繕って欲しい」
「なんでぇ、冒険者の客かい。坊主はお使いか」
「そんなとこだ」
チャルナとルイは駆け出しの冒険者でもまだ通じるが、俺は流石にダメらしい。
いちいち反応すんのも面倒だ。適当に流すに限る。
「双剣を中古で買い取って欲しい――――おい。チャルナ、こっち来い」
「うにゃ」
店の中でウロチョロしていたチャルナを呼び、その腰につけていた双剣をカウンターの上に置かせた。
「ふぅん……。結構使い込んでるじゃねぇか。ちぃとばかり刃こぼれもあるし、あんまり高くは買い取れねぇぞ?」
「構わん。その代わり、適当な双剣をあてがってくれ」
「あいよ。最近は奴隷に剣を持たせるのが流行ってんのかね…………」
何事か呟きながら、剣を持って店の奥に消える。どうやら金やらなんやらはカウンターの裏から繋がるバックヤードの部分に置いてあるらしい。
春の大陸で買った双剣は、チャルナの無茶な使い方でだいぶガタがきていた。砥石なんかでメンテナンスはしていたのだが、目に見えて草臥れてきたのでこの機会に買い替えを考えていたのだ。
さて、もう一つの買い物の方は、と。
ルイに視線を向けると置かれている盾をいくつか手にとって見ているようだった。
ルイの使う『護剣流』とやらは基本的に守りを主眼に入れている流派らしい。ルイ本人は攻撃的なんだがな。
今までは頑固に剣だけで戦ってきたのだが、俺にボコられて盾の必要性を痛感したようで、鍛冶屋に行くと言ったら付いてきた。
並んでいる盾はほとんど鉄製で、酷く重そうだった。
たまに木で出来たものもあるが、縁が鉄でコーティングされている。
ルイが今持っている盾だけは、完全に木でだけで作られているようだ。
「そんなもんで防げるのか?」
「あ、ご主人様。大丈夫です。これは柔らかい木で出来ていて、相手の剣を食い込ませて止めるための盾なのです」
へぇ。そんな使い道があるのか。
どうにも盾というと硬さばかりに目が行くがそんな使い方もできるんだな。
「だがそんなもん、何回か使えばもうダメになるだろ?なんでそんなモンを買おうとしてんだ?」
「ルイの小遣いではこれくらいしか買えないのです」
「ん?いや、俺が出すつもりだったんだが」
「え?」
あれ?なんでこんなにびっくりしてんだ?
「仮でも主人は主人だからな。騎士にイイ物使ってもらわないと俺が困る」
「え、えと、ルイが多少強くなってもご主人様は困らないと思うのです……」
「良いからもらっておけ。いい主人を見つけた時にみすぼらしい装備してたら笑われんぞ」
「…………はい」
よし。一応は納得したようだ。
とはいえルイが金属製の盾を持てなかったら意味がないが。
「とりあえずどれくらいの盾までなら大丈夫だ?」
「ええと、ルイは獣人です。だからある程度重くても問題ないのです。これなんかはどうです?」
そう言ってルイはひょいと金属製の盾を持ち上げる。
これなら心配いらないか。
鑑定すると『アイアンラウンド』と出た。鉄製で円形だからか。
完全な円形ではなく一部が欠けている形だ。大きさもルイの上半身がギリギリ隠れる位の物だし、ちょうどいい。
手のところがグリップ式なので持ち替えも簡単だろう。店の中には革帯などで完全に腕に固定されるタイプの物もあったが、あれではちと不便そうだ。
「ならそれでいいか。サーベルの新しいのはいらないか?」
「まだ使えるのです」
「よし。なら決まりだ」
丁度、店の奥から出てきた店員に盾も渡しておく。
その後にルイも一緒になってチャルナの双剣を見せてもらった。
「これなんかはどうだい?魔物の骨で出来てんのさ」
「おもしろそうだ。…………だが、ここは鍛冶屋だろ?それ金属使ってねぇじゃん」
「馬鹿いうな。コレはこれで特殊な処理がしてあって金属並みの強度と鋭さを持ってんだ。他のどこの店がそんなもん取り扱うってんだ」
なるほど確かに。
持ってみると他の金属製の双剣よりは格段に軽い。これで切れ味もそれなりならばかなり使い勝手がいい。
鑑定すると『ブレードツナ・ツイン』と出た。たしか、ブレードツナってのは馬車の護衛の時に倒した魚の魔物の名前だったはず。
アレからできてんのか。骨もとっておけば良かった。
「にゃ。マスターあたしこれがいい!お魚の匂いがする!」
「匂いでわかるのか……」
底なしの食い意地だなコイツ……。
鑑定を持ってない限りそう簡単にわかるわけがないと思うのだが。
「そうだな。これをもらおう」
「あいよ。んじゃこれを握ってくれ」
そう言うと店員は棒状の粘土のようなものを持ってきた。
なんだこれは?
「これで握りの型を取って柄を削り出すからよ」
「ああ、なるほど。そういう使い方か」
至れりつくせりだ。
以前に買ったときは適当に揃えただけだったし、こんなサービスがあっても気にしなかっただろう。そのうち買い換えるつもりだったからな。
ルイとチャルナの両手の型を取って武器の買い物の方は終了だ。
ここからは俺の交渉だ。
「ひとつ聞きたいんだが、魔導鋼のような魔力の通りの良い鉱物で出来た剣は無いか?」
「ああ?そんなもん何に使うんだ?」
「いや、杖の代わりに剣に宝玉を嵌めたら戦いながら魔法を使えるかも、ってな」
この世界では杖に宝玉を嵌めて増幅器として使う。
俺が欲しているのは『武器精製』の芯となる武器だ。だが一般的にはそんなことまでして戦いはしないだろう。並大抵の相手なら普通の魔法で事足りる。
咄嗟に出たでまかせの答えがそんな代替案だった。
「アホかボウズ。いいか?魔導鋼なんて柔らかい金属で剣なんか作ったらすぐにおシャカになっちまう。あれは魔力の通りはいいが格段に脆いもんなんだ」
確かに魔導鋼は柔らかい。俺が拳銃型魔道具に装填している弾丸。アレも魔導鋼から作ったものだ。
「なら『硬化』の魔法で固くすればいいじゃねぇか」
「それこそアホの発想だよ。魔法の負担も馬鹿にならない。魔法の負荷と打ち合いの負荷で一発で壊れちまうよ」
魔法の使用は対象の物にも負担をかけるらしい。
どうにも上手くいかないものだ。
「いや待て。古代遺物の剣はどうなってる。あれなら魔法を使いながら剣術で戦える」
「そんなもん俺に聞いたってわかるか!未知の鉱物で出来ているのかもしれねぇし、特別な手法で作られてんのかもしれねぇ。だがな、そんなもんあったらこんなとこで呑気に鍛冶屋やってねぇよ!」
ごもっともで。
「とにかく!グリップ作んのにしばらくかかるから何日かしてから取りに来てくれ。お代は今払ってくれよ」
「あいよ」
それなりの金額が俺の記録板から抜けていく。
俺の外套型魔道具『セグメントオブダークネス』…………長いから『セグメント』でいいか。あれよりは流石に少ないが、やはり武器は武器。高い。
ドラゴンの討伐もすぐには行けない。魔人も当分襲ってこない。
討伐の準備もほどなく終わるだろう。
となればしばらく冒険者家業でも再開して金を稼ぎますか。
今のところの楽しみは人魚族の御伽噺くらいか。
さっさと俺を護送するメンバーを決めて欲しいもんだ。