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便宜と報酬



「先程は失礼しました。警備長にもきつく言っておきますので」


「いや、こちらこそ挑発するような真似をしてすみませんでした。だがこちらにも同行者をけなされて黙っているわけにはいかないという事情があることを汲んでいただきたい」


「そこについては警備長の到らないところでしょうね。それと無理して敬語を使う必要はありませんよ」


「ではお言葉に甘えて…………粗野な言葉で話させてもらう」


「はい。かまいません。…………娘にあれほど仲の良い友達ができたのは良かったと思っています」


 レリュー達が父親と妹に無事を報告する(――と、いう名目で逃げる)ために席を外して、来客室の中にはレリューの母親とコネホ、それと俺だけが残った。

 警備長は医務室行き。トマスはレリューの付き添いだ。

 俺もレリューの後について行きたかったのだが、用があると呼び止められていた。


「あの子は昔から引っ込み思案でなかなか人との付き合いが無かったので、ああして同じ年頃の子と仲良くしているのを見ると安心します」


「レリューは人に気を遣う傾向が強いみたいだからな。なかなか気の休まる友人ができにくいというのは同意する」


「あら?貴方は友達ではないのですか?人ごとのように言ってらっしゃるけど」


「俺はただの護衛。向こうも友達だとは思ってないだろう」


 出会いからして友好的ではないからな。

 下手したら自分を食おうとする化物とでも思っているのかもしれない。


「さて、世間話をするために呼んだわけではないだろう?そろそろ本題に入ってくれ」


「なんというか、本当に子供らしくない御人おひとですね。他の大陸の貴族という方々は、みなこのような方なのでしょうか」


「俺は俺でちと特殊だからな。その辺は考慮してくれ」


「そうですか。では――――改めてありがとうございました。ユージーンさん。娘を助けていただいて」


 そこまで言うとレリューの母は頭を下げる……ようなことはせずに俺の手を取った。

 王族というのは気軽に頭を下げることはない。それが例え命の恩人だったとしても。弱い態度を見せると、それを隙だと思って付け込んでくる者はいくらでもいる。

 気軽に頭を下げてくるのは地球の日本特有だ。他にお辞儀の文化がないとは言わないが、これほど簡単に謝罪したり頭を下げたりするところはそう多くない。

 文化の違うところなら、それが例え隣あった国でも『謝罪=負け』と考えるような国もある。

 こちらでも王族は頭を下げない。上から目線で褒美を取らせる。

 王家の頭はそれほど軽くないのだ。

 手をとったのは友好を示すための握手、か?

 この辺は国によって作法が違うからどうしたらいいのかは分からない。


「どういたしまして、と。無作法なものでな。多目に見てくれ」


「はい。外でするにはまずいですが、その口調も態度も個人的な付き合いなら問題ありません」


 寛大な王族で助かるな。

 人によっては面倒事になると思っていたから一安心だ。


「さて。こうしてお時間を取っていただいたのは、あなたへの報酬に関してです」


「…………俺にくれると言うならありがたく頂こう。だが、そっちにいるコネホにもそれなりに必要になるぞ?俺は確かに護衛をしたが、商団の護衛の方が多く居た」


「そちらに関しては既にお話は済んでいます」


「そうか」


 コネホに視線をやると頷きが返ってくる。交渉は無事に終わっていたようだ。

 なら俺への報酬は商団の護衛とはまた別に、という話なのだろう。てっきりひとまとめでもらうもんだと思っていた。


「ユージーンさん個人には褒美として金貨5枚が与えられます」


 金貨5枚か。それだけ貰えたら、魔道具に使った分を補ってまだお釣りがある。

 俺のような子供の小遣いとしては破格もいいところだ。

 確かに魅力的だが…………。


「その金貨の代わりに便宜を図ってもらうことは出来るか?」


「便宜ですか……?」


 目を丸くして驚くレリューの母。

 金貨5枚分の便宜…………家を建ててもお釣りがくるほどの『便宜』とは一体何なのか。そう考えているのだろう。


「俺を炎龍山脈のふもとまで運んで欲しい」


「ッ!?え、炎龍山脈……!?」


 言わずと知れたドラゴンの住処。その麓。

 この大陸に暮らすものならばそれは『谷に突き落としてくれ』と言っているに等しい行為だ。それほどドラゴンという存在は恐れられている。


「ダメです!あのような場所に何をしに行くというのですか!?」


「決まってる。ドラゴン……炎龍を倒しに行くに決まってるだろ」


「む、無理です!魔人とは違うのですよ!?いくら強くたって生きて帰ることは出来ません!」


「俺が死ぬも生きるも勝手だろう。そこで何をしようともあんたたちに迷惑がかかることはない」


「貴方のような子供をあそこに置いて行くなんて狂った真似ができる訳がないです!」


「だからこそ金貨相当の『便宜』なんだ。それが俺の欲する褒美なんだよ」


 元々、レリューに頼んで人を手配してもらうつもりだったが、ここで頼めるというのなら言っておこう。

 恩人を死処に置いてくるなど、正気の人間にできることではない。それが子供ならば尚更だ。

 だからこそ褒美を盾にして主張を通させてもらおう。


「狂っているのですか……!?コネホさんも何か言ってください!」


 話にならないとばかりにコネホに援護を頼むが、当のコネホは俺をじっと見つめたまま、何も言わない。

 こいつはわかっているはずだ。俺がドラゴンを倒すために動いていたのを。俺ならばそれができるということを。


「…………すみません。王妃さま。あたしには止められませんよ」


「――ッ!?何故ッ!?こんな子供がみすみす死にに行くのを黙って見ているというのですか!?お金のために気でも狂いましたか!?」


「こいつは…………ユージーンは ア ホ です」


「…………はい?」


「…………おい?」


 いきなりコネホの口から罵倒の言葉が飛び出してきた。

 場を読まない、脈絡のない言葉にレリューの母も一瞬あっけにとられる。


「人様に迷惑かけておきながら平然と次の欲求してくるわ、常識のブッ飛んだことしでかすわ。なまじ頭良さそうに振舞ってるだけに余計に腹立つんですよ」


 なんでお前俺の事いきなりディスってんだよ?

 そんなに俺が嫌いか。俺は俺なりにどつき漫才みたいないい関係だと思って…………は、無いな別に。うん。

 ダメじゃん。

 好かれる要素ないな。というかむしろこのバアさんに好かれてるとか吐き気がするな。


「アホなことしでかすし、アホなこと言い出すし、本当に手に負えないクソガキなんですがねぇ――――」


 そこまで言うとコネホは俺の頭を思いっきり掴むと乱暴に髪を撫でた。


「アホのように強いんですよ、このガキは。こいつなら、あるいは私たちの復讐・・・・・・を任せてもいいんじゃないか、って思うくらいに」


「よろしいのですか?」


「はい。コイツ以外にはもう倒せそうな者は私たちの世代にはもう出てきてくれないでしょう。それこそ英雄召喚で呼ばれてくる者以外には」


「――――そう……ですか。貴方がそこまで入れ込むほどの……」


 ………………。

 …………なんつーか、ね。あんたらがわかってても俺はさっぱりわからんとですよ。

 なんなんだ。この言いよう。まるで前にもこんなふうに話をしたことがあるような雰囲気だ。

 しかもただの話じゃない。復讐・・の話だ。

 ドラゴンが起きたのは……前に起きたのは八〇年以上前じゃないのか?俺があそこで出会うまでドラゴンは寝ていたはずじゃなかったのか?

 なぜこいつらは数年前の話をするかのような口調で話す?

 どこかの知り合いがドラゴンにやられたのを旅の途中で知ったものだと思っていたが、それだと王妃がそれを知っているような態度をとっているのはおかしくないか?

 俺の知らない何かがあったのは間違いない。


「…………本当に生きて帰ってくるのですね?その算段があると?」


「ああ」


「ではユージーンさん。貴方の願い聞き入れましょう。…………少しでも危ないと思ったらすぐに帰ってくるのですよ?恩人を死地に送り込んで永遠の別れになったなんてことになれば、私はあの子に顔向け出来ませんから」


 釘を刺されたが許可は出された。

 これであのトカゲ野郎をぶちのめすことができる。

 それにしてもコネホ。お前はいったいなんなんだ?

 少なからぬ村の代表者と面識がある。王族とのつながりもある。

 とてもではないが一介の商人ではありえない。

 裏で娼婦を回しているというのなら表立って賞賛なんてできないだろうに。娼館の仕事以外での『何か』があるというのか。

 ケーラに後で聞いておくか。


「ああ、ついでにもう一つ頼んでいいか?」


「危ないのはなしでお願いしますね?」


「なに。別段そうおかしな話じゃない。人魚に伝わる御伽噺を知りたいんでな。それが書かれている書物か、知ってる人物を紹介して欲しい」


 ちょっとばかり気になることがある。

 それを気にしたきっかけはレリューだったが、アイツはロクにその手のものを知らないようだったし。


「あんたはえらく落差があることを頼むねぇ……」


「趣味だ。実益とはまた別さ」


 コネホの呆れた声に適当に返す。ま、確かにギャップがあるのは自覚しているさ。

 片方は死地に送ってくれ。もう片方は御伽噺を教えてくれ。

 何の関係もないように見える。

 だが、人は楽しみがあるからこそ戦場から帰ってこようとする活力を生み出せるのだろう、と俺は考えている。

 よく戦争モノであるだろう?恋人の元に帰ろうと死力を尽くす軍人の話とか。友のために必死に国に帰ろうとする民間人とか。

 俺の場合はそれが本だっただけだ。


「それくらいなら問題ありませんね。本なら用意できますから後でトマスにでも持って行かせます。レリューのところに運んでおいたら後で見れますよね?」


「ああ。そのうち尋ねるだろう。じゃなかったらウチのかしまし娘にでも運ばせるさ」


 お使い名目で何度も行き来できるから、あいつらにとってもいい話のはずだ。

 いや、そんなことなくても結局は入り浸りになるだろうから同じか。

 と、そんなことを考えていると、レリューの母が怪訝そうに尋ねてきた。


「…………本当にそれだけで良いのですか?貴方を運ぶこと、御伽噺を教えること。貴方の要求は二つ合わせても金貨一枚にもなりません。王族の娘を助けたことに対する報いとしては少な過ぎるのですよ?」


「構わん。俺にとっては十分金貨5枚相当の価値がある」


「ですがそれでは示しというものがつきません」


「俺のようなガキが功労者という時点でそんなものは無意味だ。対外的には商団を立てて置けばいいなら俺への報酬なんて俺自身が納得するかどうかだ」


 俺が魔人を退けたなんて誰も信じないだろう。実力を目の当たりにした商団の連中以外は。

 表向きはコネホのとこの商団がレリューを見つけて保護したことになる。俺に対する示しなんて表に出ない。なら俺が望むもので納得すれば終わりだ。

 俺を運ぶことになるやつはきっと罪悪感に苛まれる。その分が金貨に値するとでも思ってくれればいいさ。………………俺本人にとっては御伽噺の方が価値があるんだがなぁ……。


「よく分からない方ですね。貴方は」


「よく言われるよ」


 大げさに首をすくめて見せるとレリューの母はクスクスと笑い始めた。この辺は親子でよく似てる笑い方だ。


「さぁ。私たちも参りましょう。きっとあの子達が待ってるはずですから」


「おう。じゃ、俺がその水槽ごとお連れするよ」


「え…………?無理ですよ。この水槽、兵士4人がかりで運ぶのですから」


「問題ない」


 レリューの母が入っている水槽ごと抱え込んで持ち上げる。水槽+水+レリュー母で結構な重さになっている。だが俺にはなんのことはない。

 軽く手を水槽の底にかけて抱きつくようにして持ち上げる。

 重さは問題ないのだが、手が回らない。腕の力でムリヤリ持ち上げて支える。


「きゃ!?…………すごい。本当に持ち上がりました……」


「普通の子供ではないというのはご理解していただけましたか?」


 なんでお前がちょっと誇らしげにしてんだよ、コネホ。

 これも俺の力の一端に過ぎないと理解したのか、身を乗り出してこちらを観察していたレリューの母は納得したように頷いた。

 …………あの……そこで頷かれると顔が近くなるんですけど……。





 大量の護衛を引き連れながらレリュー達を追って湖との堺に行ってみると、どこのボディビルダーかと思うような肉体美のおっさんにレリューが抱きかかえられていた。


「お、お父さん!離してくださいぃぃ!」


「いいや!ダメに決まってるだろう!久しぶりに帰ってきた娘をどうして離すことができよう!心配をかけおってコイツめ!」


 アレがレリューの父、人魚族のトップか。

 三叉槍トライデントなんか持ってディ○ニー作品とか出演してそうな感じだ。

 嬉しそうにレリューに高い高いしているその姿は、王族というにはあまりにアットホームな印象だ。

 ルイ達は…………端っこの方で呆れたように見ているな。チャルナとケーラは人魚族の子供と遊んでいるようだ。どれほど長い間、そこでそうしているのか、すっかりびしょ濡れになっていた。

 人魚の子供はどれもレリューよりも年下のようだ。水面から顔を出しているのは分かるが水中に何人かいるようで正確な数はわからない。ひとりふたりではなく5人ほどか?


「…………コホン。アナタ、そろそろお止めになられたらいかがです?」


「――――ハッ!?」


 人魚の王はようやく子供達以外の視線に気づいたらしく、慌ててレリューを降ろして外面を繕い始めた。今更遅いというのに色々と残念な人だ。

 きっとレリューの残念なところはコイツから引き継がれたに違いない。


「おお!そのほうがコネホが言っておったレリューを助けてくれたという少年か。改めて礼を言おう」


「は。恐悦至極にございます、陛下」


 こちらも外面を取り繕って真面目に返答する。

 俺は良くても王家で不興を買ったらダリア本家の方に迷惑がかかるからな。


「これからレリューが戻ったことを祝う宴を開く。お主とお主の仲間もそこに招待しよう。表立って紹介できないのは残念だがな」


「ありがたき幸せ」


 と、こんなもんでいいか。いつも横柄な態度とってるからこんな時のちゃんとした言葉遣いなんて慣れてない。

 家が家だからな。必要最低限の礼儀しか教えられてない。俺も俺で他の貴族に接触する機会を想定してなかったから、適当に流してただけだったしなぁ。


 その後、水路の張り巡らされたカフェのような場所で宴会が開かれた。

 あの水路は人魚のために設置されたものらしい。多くの人魚が入れ替わり立ち代わりレリューに帰還の祝いを告げに来ていた。

 引きこもっていたと言う割に、多くの者が本心からレリューの無事を祝っているようだ。なかなか人気あるじゃねぇか。

 当のレリューは、と言うと気恥かしそうに礼を言っていた。多分、照れとちょっとした罪悪感を感じているのだろう。


 さて、俺の役目は一つ終わった訳だ。

 後は俺の好きなように動ける。いよいよ炎龍山脈に登って取り逃がした獲物に引導を渡してやることができる。

 入念に準備しておくか。


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