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警備と貴族


 レリューはトマスが慣れた様子で抱え上げたので、輝石を使う必要が無くなった。

 聞けばトマスはこうして地上での雑務をこなす役職なのだという。人とのやり取りが出てくればどうしてもそういった役目は必要なのだろうな。


「レリュー様……少し見ていない間に成長なされたようで……私は嬉しゅうございます」


「成長、ですか……」


「ええ。こうして居ると以前よりも重みが増しているようで」


「そ、それは……」


「幸せな重みですよ。やせ細っていたらどうしようかと思って心配していましたが、杞憂だったようですね」


 明らかにトマスは感動しているのだが、女の子にそんなこというのはどうなんだろう。あとレリュー。恨めしそうにこちらを見ても無駄だ。摂取したカロリーは自己責任でどうにかしろ。


「さ。つきましたぞ皆様方」


 トマスがある一室の前で止まる。扉の装飾がここだけ凝っている所からもこの部屋が客室か貴賓室のような扱いのところだと分かる。

 扉を開けるとそこにはコネホと人魚の女、それと武装したいかつい男がいた。

 人魚の女は水を満たした水槽のようなものの中に身を浸している。対面には同じように水槽が置いてあるのでこれにレリューが入るのだろう。


「お母さん……!」


「ああッ!レリュー!よく無事で!」


 母親か。確かにどことなく似ているな。

 走り出して抱き合う……のは無理なので、代わりなのかトマスが抱えたレリューを近づけると二人して抱き合って再開を喜んだ。


「うう……ッ!泣けるのです……!」


「いや、そうか……?」


 文化の違いだろうか?なんとなくアホくさいというかまどろっこしいというか。

 ルイが鼻を鳴らして涙ぐんでいても俺は冷めた目でその光景を見ていた。

 しばらくしてレリューの母親がこちらに向き直ると改めて礼を言った。

 その頃には俺たちも椅子に座って一息入れていた。


「貴方がたがレリューをあの悪しき魔人の手からお守りくださったのですね?心からお礼申し上げます」


「まだ終わりではないですよ。魔人共は生きています。礼を言うなら魔人を倒した後にしてください」


「貴様ッ!王族に向かってなんと無礼な口の聞き方かッ!」


 突如、それまで静かに成り行きを見守っていたいかつい男が怒声を飛ばす。

 暑苦しいやつだな。一応王族というので敬語を使っているのでいいじゃないか。これがもう少しかしこまった場所とか、国のトップなら最大限の尊敬語で改まって話すっての。


「良いのです。見ればまだ子供。少々の無礼を見逃さなければ話も出来ません」


「ですが……」


「それよりもこれからどうやってこの子を守るか、そういうお話をする方が建設的でしょう警備長殿」


 コイツ警備長だったのかよ。

 そうでもなければ王族がいる場所で武装していられないか。


「はッ!ではレリュー様にはこれから各大陸の王族と同じように『望翠殿』にある宿泊施設にご宿泊いただきます」


「あそこに……?私があそこに行ったら他の王族の方に迷惑では……?」


 レリューのような人魚が人の施設に泊まる事の面倒さ。

 レリューが泊まることで生じる魔人からの干渉の危険。

 そのどちらも迷惑となり得る。

 他人のことを大切にするレリューでなくとも心配にはなるわな。


「正直に言いますと、警備の人数が圧倒的に足りません。ここで別々の所で警備するとなるとどちらかが手薄になってしまいます」


「ならいっそ同じところに泊めてしまえ、ってか。ちと乱暴すぎないか」


 俺が口を挟むと忌々しげにこちらを睨んでくる警備長。

 お前にまで敬語を使うつもりはない。

 言いたいことは分かるが、それでも国際問題になることを考えればそれは軽はずみな行動としか言えない。


「各国の王族は自前の護衛団を伴っているはずだ。ある程度警備が薄くなっても問題はないはずだが?」


「そうも言ってられないのが貴族社会というものです」


 俺の疑問に今度はレリューの母親が答える。


「ある程度の警備を見せておかねば、この国自体が軽んじられてしまいます。『この程度の警備しかできないのか』『この国から舐められている』。そう感じさせないためにも警備は充実させないといけません」


「見栄というものですか。なんとも厄介な話ですね」


 そんなものに邪魔されて娘のために警備を割けない。

 この女の苦悩はどれほどか。

 俺も一応その見栄の大切さは理解はしている。だが、その上で面倒と言っているのだ。


「それと、警備のためにレリュー様には王族か貴族の方しかお会いになることは出来ません」


「そんなッ!?」


 悲鳴をあげたのはルイだ。レリューとは真面目な性格が合っていたのか、護衛と王女という身分の違いがあっても仲が良かったようだ。

 エストラーダに行けば会えなくなると知っていたはずだが、それでも同じ街にいて会えないというのは受け入れられなかったのか。


「一切会えないというのはいくらなんでも酷いです!」


「黙れ小娘!本来ならば貴様のような身分の者が声をかけられるような方ではないのだぞ!身の程をわきまえよ!」


 この警備長、こっちのことがとにかく気に入らないらしい。

 言ってることは実にまっとうなことだが、さっきから睨みつけてくる視線に怒気を感じる。

 まぁ手柄を無くした上に、護衛をしてきたのがこんな子供なら馬鹿にされていると思ってもしょうがないか。


「貴族が会いに行けるなら、私達が会いに行ってもいいでしょ?全くの他人ならまだしも友達だもん!」


 ありゃ。今度はケーラか。

 何だかんだで面倒見がいいから心配になったのか?


「お前らはただの平民だろう!しかもお前に至っては汚らしい娼婦だ!そんなものを『望翠殿』の中に入れられるか!」


「…………仮にも王族を保護してくれた者にそんな言い方をしても良いのか?」


「良いに決まってるだろう!何の力もないどこの馬の骨ともわからんやつに何を言ったところでどうすることもできまい!」


 レリューもレリューの母親も眉をひそめているというのに、怒りに任せて怒鳴る警備長。

 ふむ……久しぶりにこんなゲスなやつに出会ったな。こう言う奴が足元掬われると面白いんだよな。

 会いにいけないというのは至極真っ当な話だ。考えるまでもない。当然だ。ホイホイ気軽に会いに行けるなら警備の意味がない。

 しかしここまで言われなきゃいけないことをルイとケーラはしただろうか?


「ならば聞くがお前こそ馬の骨じゃないのか?」


「貴様ッ!?」


「ユージーンッ!?」


「黙って見てろコネホ。…………でどうなんだ。さっきから喚くばかりしか能がないようだが、そんな馬鹿が警備長なんてやってて大丈夫なのか?」


「貴様……ッ!」


「貴様貴様言ってないでさっさとかかってこいよ。それともなにか?そのよく回る口でナニを咥えてその地位まで来ただけで、腕の方はからっきしじゃないのか?軍隊の中では男娼というのが流行ってるみたいだからな」


「――――ッ!」


 俺の露骨な挑発に青筋浮かべた警備長が腕を振り上げる。

 流石に警備長を任されているだけあって、動きは早い。


「きゃあッ!?」


 反射的に悲鳴が上がったが、それはすぐに止まった。


「え…………?」


「なんだと……?」


 警備長の拳は俺の顔に当たって止まっていた。

 俺は椅子に座ったまま微動だにしていない。衝撃はそれなりにあったが足で踏ん張って耐えた。身体機能上昇(大)のおかげかそこまでの痛みはないな。


「この程度か。これならまだ親父の一撃の方が痛かった」


「小僧ッ!貴様何者だッ!?」


「何のちからもない、ただの小僧だろ?お前がそう言ったんだ」


 俺は左の頬にある警備長の腕を掴んで、そのまま無造作に横に振り抜いた。。


「ぬうぉッ!?」


 短く悲鳴を上げた警備長が床から浮き、テーブルの上スレスレの空中を滑って奥の壁にぶつかった。


「ぐあッ!?」


 近くにあった調度品をなぎ倒しながら、一瞬壁に張り付いた警備長は、そのままズルズルと壁を滑って床に落ちる。

 幸い気絶はしていないようだが、すぐには動けそうにない。


「よっしゃッ!ナイス、ユージーン!」


「あわわ……だ、大丈夫でしょうか……」


「問題ないです。いざとなればご主人様に全部責任負わせてトンズラするです」


「にゃー!」


 俺の力に慣れっこな4人はあまり驚いた様子はない。

 というかルイ。あとでお仕置きな?


「何事ですか!?」


 室内の騒ぎに気づいたのか、廊下にいた護衛が扉を開けて入ってきた。

 壁際でへたりこむ警備長に気づいたが、何が起こっているのか分からなかったようで不思議そうにしていた。

 それもそうか。客観的に見ればただ警備長がコケたようにしか見えないのだから。


「なんでもない。ただ調度品に引っかかっただけだ」


 コネホが咄嗟にでまかせを言うと護衛は納得してすぐに首を引っ込めた。


「貴方はいったい……?」


 レリューの母が驚きに目を見開きながら疑問を口にした。

 ガタイのいい男が小さな子供にぶっ飛ばされたのだ。驚くのも無理はない。


「俺が魔人から逃げてレリューを守ったとでも思いましたか?こんなふうにのしたに決まってるでしょう」


「アレを決まったことにしないで欲しいです……」


「みゃ」


「まぁ、無茶だよね」


「です」


 うっさい。今イイトコなんだから引っ込んでろ。


「ぐ……小僧……ここで暴れたところで貴様が門前払いなのは変わらんぞ」


「いいや。お前は貴族なら入れると言ったな?これでどうだ」


 俺は懐から鳥のレリーフが刻まれた金属板を取り出した。

 ほぼ一年ぶりに引っ張り出してきた物だ。


「それは…………海外渡航許可証!?貴様ッ!他国の『渡り鳥』か!」


「おうよ!春の大陸アルフメート国が貴族、ユージーン・ダリアだ!てめぇの言った通り、ご立派な貴族様なら面会させてくれんだろ!?こいつらは俺の使用人だ。――――ガキに負けるような警備は門前とやらで吠えていろ!」


 正確に言えば貴族なのは俺の親父で、俺自身はただの子供だ。

 ただ、名前の後に『ダリア』と苗字がついているので、その名に連なる者だと分かるはずだ。この世界では苗字を持つのは貴族か王族くらいしかいない。

 親の威光に頼るのは情けないが使えるものは使わせてもらおう。


「く、くそ……!」


 くくく……。負け犬の顔を見下ろすのは実にいい気分だ。

 子供に実力で負け、さらに己の責務すら果たせないとなれば相当な屈辱だろ。

 このことを表立って非難しようとすれば、一生『子供に負けた警備』として陰口を叩かれる。さらには国際問題になってしまう可能性もある。

 あいつには何もできない。屈辱を抱えたまま、目の前を過ぎる俺たちを指を咥えて見ていることしかできないのだ。

 例え警備としての真っ当な仕事だったとしても、俺が気に食わなかったらこうなるのだッ!

 くくくくく……!あーっはっはっはっはっはっはっはっはっは!


「――――ユージーンが貴族……!?」


「い、いやいやいや!ご主人様みたいなのが本当に貴族なわけ……」


「で、でもこれ本物ですよ!?ほら、苗字もあります!」


 …………あれ?ギャラリーがなんで信じてないんだ?俺、前にも言ったよな?

 そういえばあんときも信じてないみたいだったな。


「偽造じゃない?よく調べてみてよ」


「でもこれ本物っぽいです。春の大陸から来たって言ってましたし」


「チャルナちゃん?ユージーンのおうちってどんなところだった?」


「うにゃ?んーと……。おっきくて人がいっぱい居たよ?」


「で、では本当に貴族です……!?」


 恐る恐る振り返るルイにニッコリと笑顔を返してやる。

 もちろん親指を立てた右の拳で首を掻く動作も忘れない。


「めっちゃ怒ってるです……」


「ど、どうしよ……」


「もうハチミツはイヤですよぉ……」


 ちょっとしたトラウマになっているらしい。失礼なこいつらには後々でなにか報復するとして、今はこっちだ。

 まだ呆然としているレリューの母、腰を抜かしているトマス、頭を押さえているコネホ、未だに起き上がれない警備長。そいつらを睨んでから宣言する。


「この中で異存のある者は?明確に反対意見を言えないようなら好き勝手にレリューのところを訪れさせてもらう。いいな?」


 反対の声を上げるものは居なかった。



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