エストラーダへ
俺達がエルフの村に留まるようになって12日が過ぎた。
あれほど警戒していたエルフの襲撃は無く、平和なものだった。
相変わらず村長の教えることはどこか制限されたものだったが、むしろ覚えるのに丁度いい範囲に収まっていた。
レリューも思いつめたりはしていないようだが、見えないところで緊張しているようでケーラ達から離れて考え込んでいるところをたまに見かけた。
今日中にエストラーダに着くというのに、大丈夫だろうか……。
2日ほど前にコネホたちとは別の巡業商団が来ていたため、これに乗ってエンコントロ・エストラーダへ向かう。既に乗る馬車の手配は終わって乗り込んでいる。
今々出発するという頃になって、エルフの村長が俺たちの乗る馬車に顔を出した。隣にいるのは…………ああ、魔道具を頼んだ女じゃないか。
「出発すると聞いて急いで持ってきました」
「すまんすまん。危うく忘れるところだった」
「それなりに価値のあるものなんですから忘れないでください」
女が手に持っていた布を広げる。
俺が持ち込んだ『夜天布』とやらで作られたそれは、布を重ねた状態であるためか特徴的だった星の輝きが見られなくなっていた。その代わり重厚感のある黒がその色味を増して目を惹く。
良かった。ラメ入りの服とか勘弁して欲しい。
服の形としてはどコートのようなデザインだ。てっきり天使のつけているような体に巻きつけるタイプのモノにでもなるのかと思っていたが、随分と違う出来上がりだ。
しかし、見ていて気づいたことがあった。コレは………………。
「……モロに特攻服なんだが……」
「トッコウフク、ですか……?」
「ああ、いや。なんでもない」
不思議そうに呟く女に返事をした。
出来上がりを見てまさかと思ったが、地球でバイクに乗って暴走しちゃってる方々ご愛用のあの服にそっくりだ。膝までのロングコート…………ではなく長ランタイプで、黒い布地に光の加減によって魔方陣の回路が浮かび上がる。
それがなんとなく『喧嘩上等』だとか『愛羅武勇』とかの刺繍を連想させる。
俺以外に不審そうな目で見ている者はいないから、この異世界では割と普通のデザインなのだろうか?
というか、俺にこれを着ろと?
…………デザインの指定をしなかったのはまずかったのかもしれない。
「魔方陣は魔力を通すと浮かび上がるようになっていますが、隠せるようにもできます。今は試用のために軽く魔力を通していますが」
「是非隠してくれ。あまり目立つようだと警戒されて意味がないからな」
適当な理由で魔法陣を隠してもらう。
これで見た目はただの黒いロングコートに見えなくもない。
「ではちょっと着てみてください。不自由があれば軽く手直ししますので」
「ああ」
渡されたそれに袖を通す。
ただの服とは思えない重量だが、俺ならば問題なく着れる。
手を動かしたり、腰を捻ったりしてみるが動きの邪魔になることはないようだ。
それはそれとして……。
「これクソ暑いな……」
「当たり前でしょう。気温がこれほど高いのに、そんな分厚いうえに黒い服を着て熱くない訳がありません。馬鹿なのですか?」
黙ってろ長耳村長。
少々考え無しに頼んでしまったが、いざとなれば魔法で体温調節すればいいか。もしくは日中着ないとか。夜の防寒具としてなら問題なく使えそうだ。
「気密性は俺が頼んだ注文のせいだな。動きの方は問題ない。魔法としてはどれほどの強さのものにまで耐えられる?」
「縫い込めた魔法は『硬化』『障壁構築』『反発』『変形』と『自己修復』になります。いずれも注ぐ魔力量によってその効果は変化します。防げる範囲は…………そうですね。やはり注ぐ魔力の量にもよりますが、ツガイ魔法一発程度が人の男性の限界じゃないでしょうか」
ふむ……。俺にその限界は当てはまらないが、この魔道具、結構効率がいいんじゃないだろうか?
人間の男の魔力はツガイの魔法よりも格段に少ない。それを防げるとなればかなりの一品だ。
「良い品物のようだな。ありがとう」
「ありがとうございます。ではお支払いを」
「ああ。…………はいよ。これでいいか?」
「はい。確かに」
記録板からごっそりと金額が引かれる。お陰で中身がすっからかんだ。
まぁ必要経費だ。仕方ない。
エストラーダに行ってから冒険者ギルドとかで適当に稼がせてもらうか。
鑑定で魔道具のコートを見てみると『セグメントオブダークネス』というなんとも中二臭い名前が出た。直訳すると『闇の欠片』だ。
この名前で見た目が黒い特攻服、ってのはどうなんだ。特攻玉砕してこいと?砕け散って小さなかけらになれと。そう言う意味か?
ま、コレはこれでおいおい試していくか。
今はもうひとりの来訪者――――村長の方の用事を済ませよう。さっさと終わらせないと馬車が出発してしまう。
「んで?お忙しい村長さんは何の御用で」
「…………非常に伝えようか迷ったのですが、ここで聞かせないと後々何かのトラブルにつながりそうなので言っておきます」
「さっさと言え。時間はないぞ?」
「私は当初、貴方をこの村から出さないつもりでした。しかし、ハイエルフの里の方から働きかけられました。『一切の手出し無用』と」
なんだそりゃ?なんだってハイエルフがエルフの里の事情にしゃしゃり出てくるんだ?
ダリア家が何かした…………ってのはいくらなんでも考え過ぎだな。あの家にそんなことする理由もないし、第一どうやって俺がトラブルに巻き込まれているとわかる。
いや……無くもないのか。
この血に流れている(かもしれない)エルフの血。それに関係しているとすれば事前に予測くらいは立てられる。
「その上で貴方をハイエルフの里に招待したいと言っていました」
「ああ?忙しいんだよこっちは。用があるならそっちから来いと言っておけ」
「いつか、と言っていましたから死ぬまでに行けばいいでしょう。あの方々にとって人の生など一瞬と同じですから」
そりゃまた気の長い話で。
千年単位で生きるハイエルフ。そりゃ俺みたいな短命の生き物からしたら時間の感覚が理解できなくてもしょうがないか。
エルフの本家ならこの村にあるモノよりも強力な魔法についての記述もあるかもしれない。行ってみる価値はあるか。
「気が向いたら行こう。茶で飲んで待ってるんだな」
「伝えておきますよ」
さらっと流してしまったが、しっかりと飼い殺し宣言されたな。
あるいはこの会話自体が既に何かの罠で、油断したところをグサッ!とやられるかもしれない。事前に10日ほども油断させるために手を出さない期間を置いたとすると、相当周到な計画だ。エストラーダに着くまで警戒は解かない方が良いだろう。
向こうが俺のことをただの子供だと考えているならここまでの警戒はいらないだろうが、どこから情報が漏れているかも分からん。用心に越したことはない。
「貴方がどんな後ろ盾を持っていようと、これだけはお願いしておきます。みだりに子種を撒き散らさないように。貴方の態度如何ではハイエルフの命といえども排除しますので」
「わかってるっての」
「そうですか。――――――そろそろ出発するようですね。コネホ殿によろしく言っておいてください。それではまた」
「もう会いたくないがな」
きっと会うとすればそれは俺の排除に来た時だ。
そうでなくてもこの毒舌野郎には金輪際顔を合わせたくない。
村長が馬車を離れると見計らったかのようなタイミングで馬車が動き出す。
徐々に小さくなっていく姿を見つめながら、俺は手の中のコートを撫でた。
警戒していた襲撃は無く、あっさりと次の日にはエストラーダに到着していた。
エストラーダは碧湖に面した巨大な都市だ。
建物はみな白く、行きかう人々はそれぞれ特徴的な姿をしている。水面にそれらが映る景色はどこぞの水上都市のような趣があるな。
白い建物に雑多な人々。湖を挟んだ反対側には炎龍山脈の荒々しい山肌が遠くに見えている。それらが美しい湖面に映っている。観光名所にでもなりそうだな。
街に近づくにつれて人の影が多くなってきた。
これまで見てきたような様々な獣人や妖精がいるかと思えば、全く見たことない生き物もいる。人種のサラダボウル、と言われたのはアメリカの某都市だったが、ここはそれ以上に人種に統一感がない。サイズが違う。形が違う。
アルフメートでも多くの人類種以外の者を見かけたが、ここはむしろ人の方が少ない。面白いところに来たもんだ。
馬車から顔を出してエストラーダの町並みを眺めていると、同じように見ていたルイが興奮した様子で口を開いた。
「うわー……。すごいです。人がいっぱい居るです……!」
「ルイは里から出たことがなかったと言っていたな」
「そうなのですご主人様。こんなに人がいるのは見たことなかったです!」
「この中にはお前の主になるかもしれない奴が居る。そう思うとワクワクしないか?」
「いいえ。探すのめんどっちいのです」
やる気あんのかコラ。
だが、確かにこの中からたったひとりの主を見つけるのは面倒そうだ。
パッと見てわかるような目印があるわけでないし。ひとりひとり面接して周るわけにはいかないだろう。
そのへんコイツはノープランで来ているっぽいから、一年で連れ戻されるのがオチか。
「ひっさしぶりだよー。みんな元気かなー?」
「みんなってのは誰のことだ?ケーラ」
「あ、うんとね。ストラーダに乗ってるのは分店みたいなものでね。こっちに本店があるんだ。コネホさんは本店の店長に席を譲って、隠居気分でこっちに来てたんだ」
「へぇ。そうだったのか。んじゃこれから行くのもその本店か」
「うん。そだよー」
俺達がエストラーダに滞在する間に泊まるところはコネホに手配を頼んだ。
その本店とやらに泊まることになるだろう。娼館に泊まる……俺のナリがこんなんじゃなきゃ存分に胸躍るシチュエーションだろう。
ナニをするにもナニが小さいからどうしようもない。というかそんなことしようにも、いいところで耳鳴りがしてきてぶっ倒れる。
そもそもガキを相手に商売するような奴もいないだろう。
「………………」
レリューは何も言わずにただ湖の方を見つめていた。
その心境はどんなものなのだろうか。
今か今かと焦れているのか。それとも恐ろしい事実が待っているかもしれない場所に行きたくないと思っているのか。
あるいはレリュー自身にもわからないのかもしれない。
「お。アレが『天上殿会議』の会場か」
「うん。そだよ。あれがこの街のシンボル――――『望翠殿』だよ」
街の中でひときわ目を引く建物。
湖に面して半円を描くように柱が並んでいる。イメージとしてはコロッセオか。あの歴史的建造物が半分になって、湖に向かってその中身を晒していると考えれば最も近い。
きっと円の中心に演説の段でも置いてあるのだろう。
それを見る聴衆からすれば、演説者は雄大な湖と山を背にして喋っているように見えるはずだ。
視覚効果を狙っているのか、ただの設計者の趣味かは知らないが、なかなか見ごたえのある演説になりそうだ。
馬車が街中に入る前に関所で検問をしていた。
当たり前か。世界各国の王族が集結しているんだ。こんな所で謀殺なんてされたら面倒事のオンパレードになりそうだからな。
屈強な男たちが馬車をひとつひとつ検めていく。種族はバラバラで、獣人もいればリザードマンもいる。こいつらが連合軍か。
レリューを見つけたひとりが、驚いた顔で声を上げた。
「なんと!人魚族のレリュー様ではありませんか!いらっしゃるとは聞いてましたが、この馬車にいらっしゃるとは。すぐに使いの者を出して知らせます」
「ええ。お願いしますね」
「はッ!――――おい!すぐに伝令を出せ!人魚族と本部にだ!」
男が命令を下すとすぐにその部下らしき者が走っていった。
長かった護衛生活も、これで終わりか。
すぐに俺たちの乗っていた馬車が切り離されて、兵士の連れてきた馬に繋がれる。関所を超えて街の中を走り、物々しい砦のような場所に案内された。
ここが『本部』なのか。
誘導された場所には大勢の兵士が待ち受けていた。これが全部レリューを守るために集まったってのか?精々10人くらいだと思っていたが、桁が違う。100はくだらない数の兵士が何も言わずにこちらをただ見つめていた。
「流石にこんだけ居たら魔人でも簡単には姿を出さないだろうな」
「そう、ですね……」
「にゃー……」
浮かない表情のレリューを慰めるかのようにチャルナが寄り添う。
ケーラもルイも心配そうに見ていた。
「――――到着いたしました。すぐにお迎えが参りますのでしばしお待ちを」
御者席にいた兵士がそう告げてきた。
実際、すぐに誰かが馬車に近づいてくる気配がある。馬車の覆いがずらされて初老の男が顔を出した。
「おぉ……レリュー様……!よくぞご無事で!」
「ただいま、トマス。心配をかけたわね」
「いえ!ご無事であるならば心配なんぞいくらでもおかけください!」
普段とは違う喋り方をしたレリューに、初老の男が大げさに返事をした。
そこでふとこちらに気づいたようで不審そうな目を向けてくる。
「姫様。こちらは……?」
「私の恩人と友達よ。この方々のお陰で無事に帰ってくることができました」
「おお。そうでしたか。これは失礼を。わたくし、カンタンテ王に仕えるトマス、と申す者です。姫がお世話になったようでお礼申し上げます」
慇懃に頭を下げてくるトマス。
聞きたいことは色々あるがそれをしている場合じゃない。
「堅苦しいのは後にして、先にここから移動させたらいいんじゃないか?後ろの兵士が暇そうにしてるぞ」
「それもそうでございますね。それでは場所を移しましてそちらで。既にコネホ様も到着なされています」
「待ってトマス!ひとつだけ……ひとつだけ聞かせて」
レリューが声を上げてトマスを制止する。
少しだけ息を整えてから意を決したように疑問をぶつけた。
「みんなは……お父様達は御無事なの……?」
「はい。それはもう。皆様レリュー様のお帰りを首を長くしてお待ちになっています」
「そうですか。良かった……!」
不安がひとつ解消されたからか、大きく息をついて安心した様子だ。
ケーラたちもホッと胸をなでおろしている。仲が良かったから薄々レリューの不安に気づいていたらしい。
さて、そうなると魔人は人魚の王族ではなくレリュー自身を狙っていたことになるが……。今はどうでもいいか。