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学習の合間に


 エルフの里。滞在三日目。

 今日は村長の方で何か用事があるらしく、午前中は好きにしていいと言われたのでチャルナ達が取った部屋で身を休めていた。

 俺の部屋は別にとってあるのだが、襲撃が無いとも限らないのでココで休んでいる。エルフからのと、魔人からの襲撃を警戒している。今のところはなんともない。

 チクチクと手元の布に針を通す。

 今作っているのは、桃を抱いたフェアリーのぬいぐるみだ。ここ最近、作ってなかったらチャルナにどやされたからな。


 それにしても女子の部屋というのはなんとも不可思議なものだ。俺も同じ間取りの部屋を同じ建物にとっているが、自室の木の香りとは全く違う、どこか甘い匂いがする。

 きっとあれだ。女子力だ。

 女子力が気体となってにじみ出ているのだ。マジパネェ。


「あはッ!あははははッ!くすぐった、うふふ。そんな所舐めないでくださッ……チャルナさん!舌がッ!ひゃうッ!舌がザラザラしててッ!あはははははは!」


「にゃうー」


 部屋の中ではレリューとチャルナがいちゃついていた。

 さっきまで食べていたバナナチップスのカケラがレリューの口の付近にくっついていたらしく、目ざとく見つけたチャルナがペロペロと舐め取っているのだ。

 猫の舌は人型の今もその特徴を引き継いでいるらしく、舐められているレリューはとてもくすぐったそうにしている。

 チャルナは何故か下の方に降りてきていて、首の当たりを舐めている。

 中学生くらいの女の子達が、絡み合っている。

 絡み合って、ペロペロしているのだ……!

 いい光景だ。素晴しい。

 ふたりが食い意地張っているからこそ起きた奇跡である。

 いい眺めだ。この部屋に来て良かったと心の底から思う。


 ……まぁ、見方を変えれば猫が魚に食いついているバイオレンスな場面に見えるのだが。レリューが人魚の姿だから尚更な。


「あわわわわ……。な、なんか見ちゃいけない光景になってるです……」


「あ、あはは……お店のお姉さまがたでもたまにああいう・・・・人がいるけど、間近に見るのは初めてだなぁ……」


 顔を赤くしたルイとケーラが部屋の隅っこでゴニョゴニョ言ってるな。

 耳年増仲間か。仲のよろしいことで。

 ケーラはあの店で働いているあたり、そういった話題には耐性があると思っていたが、女同士のそういった話にはノーガードだったのだろうか?


 それはともかく。

 インモラルで退廃的な空気が部屋に満ちている。

 良いッスなぁ……。実に良い。

 ホモな話は人を選ぶが、百合な話は万人に受ける。

 今ばかりはあの中に飛び込む気にはなれない。

 愛でろ。見て愛でるのだ。

 今の俺はただの置物。ただの家具。ただの観賞植物。見ているのは俺だが。


「はーい。これ以上は年齢制限にひっかっかってご視聴できませーん」


「むがッ!?だ、誰だ!?」


 いきなり視界が暗闇に包まれる。背後に忍び寄った誰かが俺の目を手で塞いでいる。

 ヤメろ!俺はもうちょっとあの楽園を見ていたいんだ!

 というかこの声は!このパターンは!


「てめッ!リツィオ!お前か!離しやがれ!」


「はい、残念。確かに声をかけたのは私だけど、抑えてるのはルカでーす」


「はぁ……はぁ……」


「うひぃぃぃぃぃ!?」


 息が!?

 微妙に荒げた生暖かい息が俺の後頭部のあたりにィィィィ!?


「あッ!姉さん!ご主人様に何してるです!?」


「…………」


「無言はヤメろ!?」


 本気っぽくて怖いからな!?


「離、せッ!」


「ああ……」


 名残惜しそうな声が後ろから漏れる。

 バカ野郎。俺の方が残念だよ!見ろ!お前らが来たせいで注意が完全にこっちに逸れてるじゃねぇか!

 かくなる上は飛び散りやすいお菓子を作って再現させるしか……!サクサクしたパイとか。


 というかなんでこいつらがココに?

 この里に残る俺たちと違って、リツィオ達は今日、普通にエストラーダに行く。この2日間も特に接触は無かったのだ。何故今更。

 今、この里に残ったからといっても、別段離れ離れになるということはない。『天上殿会議オリュンポスサミット』がある今は、絶好の稼ぎ時だ。

 各国の要人、その護衛、見物人がエストラーダに集結する。なので集客を狙って巡業商団ストラーダもしばらくの間、留まる予定なのだ。


「ちょとね……。エストラーダに着いたらしばらく会えなくなりそうだから、さ。挨拶に来ようと思って」


「なんだ。律儀なやつだな」


色々と・・・お世話になったからね」


 ニュアンス的にオークの軍のことか。

 なんとなくリツィオは寂しげに見える。…………だから本当のコイツは無表情がデフォなんだっての。引きずられんな。

 エストラーダでする事が何かは知らないが、これっきりなんてことになったらまずい。

借りをまだ返してもらってない。


「わかってるんだろな?借りを返さねぇとどこまででも追っかけていくからな?」


「うんうん。分かってるって。オネーサンにエッチなことする約束、しっかり覚えてるって」


「ちょッ!?どういうことです!?何をするつもりです!?」


 盗み聞きしていたルイが過剰に反応する。

 心配しなくても何もねぇよ。

 リツィオが俺にモーションかけてくるのは、何かに利用しようとしているからだろう。そうでなければ8歳の俺にナニをしようなどとは持ちかけてこないはずだ。

 オークの軍を片付けたらそれで終わりかと思っていたが、まぁだ何かさせようとするつもりらしい。油断ならねぇ。


 大体、今の俺に迫ってこようとするやつになんざ、ロクなヤツはいないだろう。

 リツィオしかり、ミゼルしかり。

 どちらも俺の力を引き入れようとして近づいて来ていた。

 俺から何かする分には『子供のイタズラ』で済む。

 え?済むよな?済ませてほしい。

 と、とにかく、向こうから来る場合はとにかく警戒が必要だ。子供の頃から『色』の味を覚えさせたら簡単に堕落する。情も移る。それを狙ってきているのだろう。

 真っ向から相対したら負けるから、搦手でくる。気をつけなければ。


 まっとうに俺を本気で好いて迫ってくるヤツなんていない。

 そんな酔狂なヤツは――――――


『そ、の・・・。おっ!お嫁さんになってあげてもいいですわよ!!?』


『私と……ニャンニャン、して?』


 ………………。

 …………。

 ……居たよ。どこぞの勘違いツンデレ王女と、愛玩動物。

 セレナのことなんてほぼ一年ぶりに思い出した。考えないようにしていたのに。

 そのセリフを言われたときの状況を思い出してしまった。セレナの突き出された唇がフラッシュバックする。


「顔赤くなったです!これは確実に何かあるですー!」


「ばッ!?何言ってんだ!?なんもねェよ!」


 しまった。つい考え込んでしまった。これでは何かあると言っているのと同じだ。

 顔に手を当てると口元のあたりが引きつっているのが分かる。触れている肌が熱いのも感じた。

 はっとして周りを見ると、ルイやレリューが訝しげな顔でこちらを見ていた。チャルナは意味が分かってなさそうだ。首を傾げている。

 ケーラは仕方ないとでも言いたげに苦笑している。ルカは……何の感情も浮かんでいない。鉄面皮というかなんというか。

 そしてリツィオは――――


「――――んふ。むふふふふふふふふ……。そっかー。ユー君は顔を赤くして妄想するほど期待してたんだー?ゴメンね?待たせちゃって」


「違うっての!いいからさっさとどこにでも行け!この色ボケ娘!」


 喜色満面でにじり寄ってくるその顔に、持っていた綿球を投げつけた。

 なんでそんな笑顔なんだよ。俺をからかってそんなに楽しいか。

 もしくは色仕掛けの口実を見つけて満足しているのか。

 相変わらず裏が読めない。


「出発まではもうちょと時間があるし、この部屋で過ごしてくよぉー。それまで良いコトしよう?」


「するかっ!お前が出ないなら俺が出てくわッ!」


 やりかけの針仕事を中断してアイテムボックスに仕舞いこみ、立ち上がって扉へ向かう。これ以上ココにいたら何か非常にまずいことになりそうだ。

 こんな時はさっさと退散してしまうに限る。


「村長の所行ってくる!それじゃあなッ!」


「あッ!コラ!ユー君!?」


 丁度、昼になるところだ。今なら行っても大丈夫だろう。

 扉を乱暴に開いて逃げるようにその場を後にした。というか逃げた。

 ――――扉が閉まる一瞬、見えたリツィオの顔はやっぱりどこか寂しげに見えた……。





 妙に機嫌が悪い村長との講義を終えて、俺は森の中を歩いていた。

 辺りは光虫が飛び交っているせいか、それほど暗くない。木の根が張り出したりして不安定になっている足場でも問題なく歩けるくらいには。

 それにしてもなんなんだかね。アイツ、いつにも増して毒舌が酷かった。今日は妙に弄られることが多いな。厄日か?

 いつもなら真っ直ぐ部屋に戻ってまた本を開いているのだが、今ばかりはそんな気分になれない。ちょっと離れた森の中をぶらぶらとあてもなく歩いている。

 もちろん警戒はしている。部屋に荷物はないから、ココで襲われても襲撃者をぶちのめした上で真っ直ぐ逃げられる。

 この辺は魔物に対する結界のようなものを張っているらしく、先程から一回も遭遇していない。警戒するのはエルフの襲撃者だけでいい。



 歩きながら考えているのは今後のことだ。

 エストラーダに着いたらそこから湖を渡って炎龍山脈に行き、頂上にあるという巣でドラゴンを倒す。これが今考えているプランだ。

 湖を渡るのは人魚族のツテを活用することでクリアするつもりだ。水の中にも魔物はいるだろうから、俺が泳いでいくのは現実的に難しい。

 水中と地上では戦い方が全く異なるだろう。いくら身体機能上昇(大)で肺活量が増加しているといっても、引きずり込まれてしまえば遠からず溺れ死ぬ。

 身体能力が増していても水をかき分けながらでは、まともに戦えない。水棲の魔物には水に棲む者の協力が必要だ。

 レリューを助けていたのがここで活きてくる。王族さまさまだ。


 さて、問題はドラゴンを倒す算段だ。

 以前に邂逅した時はかなり乱暴な方法で手傷を負わせた。

 尾を切り落とすことはできたが、あの方法で倒しきれるとは思っていない。

 危険性を認識したからこそあの場では逃げたのだし、最低限の学習能力はあると考えて良いだろう。ならば対策を立てられてるとまではいかないが、警戒はされているのは確実だ。


 こちら側の問題はひとつに集約される。

 俺の攻撃能力の不足だ。


 あの時は魔法弾バレットの魔法では傷つけられなかったせいで、あの巨体相手に接近戦を挑む羽目になった。

 エルフの言語を習った今でも、威力はあまり変わっていない。

 なんというか、戦闘に流用できる語句が少ないのだ。向こうの方で情報について制限があると見ていいだろう。魔法弾は牽制程度にしか使えない。


 ミゼルの部下たちが放ったツガイの儀式魔法を打ち破った、魔力の奔流。

 あれならあるいは、と思うがあまりアレを使いたくない。魔力を使いすぎると生命力が枯渇してしばらく起き上がれなくなってしまう。

 そもそもドラゴンの表皮が儀式魔法より脆いというのは希望的観測じゃないだろうか?いや、そうでもないのか?辺り一帯消し飛ぶみたいなこと言ってたし。

 魔力の奔流については不確定要素が多すぎる。使えないものとして見ておくほうがいいだろう。


 ならばまた、同じように接近戦になる。

 身体機能上昇が(中)から(大)に上がっていることを考えても大丈夫だと思いたい、が、不測の事態を考えればあと一つ何か欲しい。

 秘密兵器・・・・もあるにはあるが、どっちかと言うとアレはスムーズに攻撃に移れるようにするものだし。

 武器精製ウエポン・クラフトの魔法はあの戦いでその脆弱性を露呈させた。中空のパイプ構造をなんとかしなくてはいけない。何か芯になるものでもあればまた違ってくるが……。エストラーダに行った時にでも何か良いものを探してみるか。


 問題は山積みだ。

 せめて俺の身長がもっと高ければやりようはあるだろうに。

 あの後も考えたが、各種改造が影響を及ぼしているのは俺の肉体そのものだ。

 ならば俺の体の体積が大きければ、媒介となる筋肉の総量が大きければ、その分改造の影響も大きくなるのではないか?と。

 例えば俺の体の運動量を10とする。そこを『ススメ』による改造で10倍して100となったとする。これが今の俺の力だ。

 身長が伸びれば当然筋肉の量も増えて運動量も増える。

 10から20になったとして改造で10倍=200になる。

 効率的な動きができたとして、200が250になったり300になったりもするだろう。


 ま、事はそう簡単にはいかないだろうけどな。

 『ススメ』の改造が倍率設定になってるとは限らないし。

 ただ、筋トレしたときに数倍になってるかな?という感覚があるだけだ。ちょっとした腕立て伏せをし続けたら今まで持てなかった物が軽々と持てたりした。

 筋肉量が、身長が大きくなればやりようがあるという所以である。




 と、そこまで考えていたら突然視界が開けた。

 森が拓かれ、整備された水路が見えた。

 ああ、なんで結界が張ってあったのかと思ったら、碧湖から水を引いているのか。ライフラインだからな。しかし考え込んでいるうちに随分歩いてきてしまったようだ。

 コレを下流に沿って降れば村に戻れる。ボチボチ帰らないといけない時間だろうし、丁度いい。帰るか。


 穏やかな水流の音を聞きながら村を目指す。

 だいぶ村に近づいてきたと思うと同時、風に乗って歌声が聞こえてきた。


「…………こんな時間に誰が歌って……。いや、待てよ……」


 この歌声というか歌い方は聞き覚えがある。

 リツィオだ。

 聞いたのは一度だけだが特徴的な歌い方だったので覚えがある。

 しかしアイツは午後になってから商団と共にエストラーダに向かっているはずだ。

 まさか残ったわけじゃあるまいな……?


「〜♪〜〜♪」


 近づくほどにはっきりと歌が聞こえて来る。

 ああ……アイツが歌っていると思っても……綺麗なモノはいいものだ……。


 ん、ん……?なん、だ……?

 思考が……まとまらない……?

 これには……覚えがある……。精神魔法にかけられていた時の……?

 だが、俺には……効かないはずだ。

 な、ぜ……?


「――――あれ?ユージーンさん?」


 歌声が止まるとともに俺の名を呼ぶ声が聞こえた。

 思考を遮っていた霧が晴れて明瞭なものに戻る。


「う……」


 頭を振って頭の中のモヤを散らす。


「すみません……ここなら誰も来ないと思ったんですが……」


 顔を上げた先にいたのは何故かレリューだった。

 水辺にある岩に腰を乗せて、魚の尾びれを水中に伸ばしていた。

 光虫の照らす森の中、幻想的な容姿の人魚の王女は申し訳なさそうにそこに佇んでいた。


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