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幕間:エルフ村長視点

―――――エルフ村長視点――――――



「事もあろうに『見逃せ』とはどうゆう了見ですッ!?」


 私は唾を撒き散らすようにして叫んだ。

 今、目の前にあるのは超遠距離連絡用の魔道具だった。縁どりされた鏡に映っているのは己の姿ではなく、秋の大陸にあるハイエルフの里の代弁者だった。

 500年ほどの長い生を持つ私たちエルフよりも、さらに高位の存在。千年単位で生き長らえている生物。

 長く重ねた年月により、その精神は生き物のそれより植物に近いとすら言われている種族の代弁者は、私には理解できない答えを告げた。

 目下の最大の懸案事項であるあのユージーン・ダリアのことだ。


「どういうことですかッ!?貴方がたが私達に押し付けている掟を、そちらの都合だけで一方的に破ろうというのですか!?」


『それが代表の決定だ。覆すことはできない』


 なんと勝手な言い様でしょうか……ッ!

 いつも掟、掟と居丈高に命令を下してくるクセに、今回の事に限ってその掟を破れという。言っていることがブレているというレベルの話ではない。




 この大陸に拠点を築くにあたり、地元住民との関係をいかにすべきかとの議論で当初は揉めに揉めていた。

 大陸の民に混じり、その中で妖精の女王の教えを守ろうという融和派。

 他の大陸のように隠れ里に閉じこもり、そこから監視をする閉鎖派。

 ハイエルフの監視から逃れ、氏名を捨てて自由に生きようとする開放派。

 それぞれがそれぞれの想いを抱え、自分の身の振り方を決めかねていた。


 エルフの里というのはなにも夏の大陸にだけ有るものではない。

 姿を変え、形を変え、その土地ごとにひっそりと存在している。

 隠れ潜みて世界を裏から監視し続けるのが我々の役割だ。


 しかし、この夏の大陸では前提が違った。

 水源となる湖は人魚族に支配されているからだ。

 水の流れは海との合流地点まで監視され、不正に利用しようとすればたちまちに露見してしまう。暑さゆえの消耗で、水の魔道具ではまかないきれない分はどうしても土地に頼らざるを得ない。、

 この大陸で密やかに生活するのは不可能に近かった。


 おおやけに存在を示し、王家の庇護の下に入る。

 エルフの里が取った答えは少ない選択肢の中で、最も安全なものだった。

 今まであまりなかった他種族との全面的な交流。当然、里の中では少なくない反対もあった。

 それでも。

 それでもこの選択は私にとって最良のモノだったと思う。

 新たな世界は眩く、目新しいものに満ちていた。人々は暖かく受け入れてくれた……わけではなかったが、それでもそのコロコロと変わる表情は、感情は見ていて心温まるものだった。いつの日か無くした己の感情の起伏を思い起こさせてくれた。

 人々の暖かさに触れて、湧き上がっていた反対論も少しずつ消えていった。


 だからこそ、人々に危機が迫った時に、俗世のことだと達観せずにエルフの里は立ち上がろうとした。今から十年以上前の話だ。

 少なくない数の村人が魔法を使ってあの炎龍を撃退しようと提案してきた。村長になったばかりの頃の私も同じくそれに賛同した。

 私は嬉しかったのだ。無表情、無感情だと言われ続けていたエルフもこうして熱い感情を叫べるのだと。


 それを…………ッ!

 それを『掟の為』だと許さなかったのはハイエルフだろうに!

 炎龍との戦いで犠牲が出ることを、魔法の技術が流出することを恐れて炎龍討伐への参加を認めなかった。

 結果、甚大な被害と引き換えに、炎龍は山に帰った。

 私の友人と言える人も死に、生き残った者たちは今でも恨みを抱いているというのに。

 今また、炎龍が現れてその暗い影を落とさんとしている。再度の討伐にもハイエルフは許可を出さないだろう。

 世界のために。掟のために。


 掟を押し付けながら、今はそれを破れという。

 ならば私たちのあの苦しみは一体なんだったというのか。

 夜が来るたびに戦場にいる友を思って泣いた夜は一体なんだったのだ?

 共に戦場に立ち、一緒に死んでやることも出来なかった無力を呪った日々はいったいなんだったのだ?

 今なお苦しみから解き放たれぬ者が涙に枕を濡らしているというのに!


 たった一つの例外が同胞でも友人でもない、異邦の子供だというのか……!?


「あの子供の危険性を理解していないとは言わせません!妖精眼を持ち、好戦的で魔法に対しても非凡の才能があるのです!アレが危険分子でないならば一体何が危険なのですか!?」


『それでもだ。代表には代表の考えがお有りなのだろう』


「それを示してくださいと言っているんです!理由も言わずに危険分子を見逃す事などできるとお思いですか!?」


 煮え切らない態度の代弁者に苛立ちが募る。

 あの子供は普通ではない。今までも魔法を研究するために人が送られてくることはあった。だがその誰もが複雑なエルフ語の前に挫折していった。

 基本的に統一されている人間の言葉と違ってエルフの言語はひとつの単語に複数の意味を持たせる。人間の言葉しか教わらない者にエルフの言語は……魔法はあまりにも難解だ。

 それが何だ?あの子供は並の大人ほどの理解力を持ち、並の大人以上の忍耐力を発揮する。苦しいはずの学習もなんてことはない。難しくなればなるほどにユージーンの目の光は鋭くなっていくばかりだ。

 加えて魔法陣を見ることができるということは、魔法の改造が容易にできる。事実、一度だけ見せた魔法回路は改造の手が入って消費魔力や効率を格段に向上させていた。

 恐らく余剰魔力の欠片も漏らすことなく発動するだろう。

 あれがもし、完全にエルフの言葉をモノにしたらどうなるか、火を見るよりも明らかだ。

 だから今は子供だましのような単語しか教えていない。

 戦闘用の魔法に流用できたとしても、それは既存の魔法以上のことはできないだろう。


『ユージーン・ダリアのことに関しては代表が独断でお決めになられた事だ。分家・・ごときが逆らえる案件ではない』


「代表が……?」


 ありえない。ハイエルフの代表が……最も妖精の女王に近き『妖精種の王族』とも言うべき方が、ただの人間の子供に気をかけるなどあるわけがない。

 それは大樹が己の枝に這うアリに気を払うことに等しい。

 どういうことなのか。

 あの子供の背後には何があるというのか。

 仮に何が居たとしてもハイエルフの代表にそんなことを言えるのは、それこそ妖精の女王くらいしかいない。


 コレをただの気まぐれという言葉で片付けるには、違和感がありすぎる。

 厳格な『掟』を覆すだけの何かがあると考えるべきだ。


『それと件の少年に対して伝言がある。「いつの日かハイエルフの里を訪ねてくるように」との事だ』


「正気ですか……!?ただの人間をハイエルフの里に招くおつもりなのですか!?」


『それが代表の言葉だ。ただし、「鍵」は渡さなくても良い』


「…………わかりません。貴方がたが何を考えているのか。私には全くわかりません!」


『わからなくとも良い。お前たちはただ、使命を守ることだけを考えていろ』


「待って下さい!話はまだ――――」


 その言葉を最後に、鏡の中に映る景色は見慣れた部屋を映すようになってしまった。通信が切れたか……。

 結局、向こうの真意は分からなかった。あの厄介な子供に手を出すことができないという言葉だけが残っていた。


 炎龍の活動外周期といい、ハイエルフの里の事といい、裏側で何かが起こっているのは間違いない。

 そのどれもが自分たちの触ることができない場所にあるというのが歯痒くてしょうがない。


 いくら人と交わろうと、いくら世界のために動こうと。

 所詮私たちは傍観者にしかなれないのか……!


「…………考えていてもどうにもなりませんね。後は頼みますよ……コネホ殿」


 裏にも表にも触れないというのなら、舞台に上がった者たちに想いを託すことしかできない。その背に声をかけてやることしかできない。

 あの御仁ごじんならば、きっと悪いようにはしないだろう。


「さて、そろそろ時間ですね。準備しなくては」


 こういう時ばかりは無表情はありがたい。これなら不審がられることは無いだろう。

 今の彼は客人だ。彼自身に思う所がないわけではないが、礼を失するのはコネホ殿の顔に泥を塗るのと同じだ。…………ハイエルフの指令が『手出し無用』ならばなおさら。

 感情を殺さねばいけない。

 気持ちを切り替えて望むとしましょうかね。


「そういえば……貴方はどちらなのでしょうね、ユージーン」


 表なのか裏なのか。

 あるいはそのどちらでもなく、彼こそ自分達と同じように、その狭間に生きる者なのかもしれない。

 皮肉なものだ。あれほど自分たちとは違う者なのに。

 彼ほど感情の起伏を見せる人間はそうはいない。常は澄ました顔をしているが、ちょっとからかえば牙を剥いて唸りを上げる。その単純さは、感情表現の豊かさは自分達には無い。

 返す返すも彼自身に思う所はある。だがそれでもユージーン・ダリアという人間は興味深い。

 さぁ。憂さ晴らしを兼ねて今日も彼の講義に向かうとしましょうか。


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