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妖精眼

「魔法陣を読む、あるいは見るということは、世界に焼き付いた意味を読み取るということにほかなりません。ただの人間にはそれができない」


「ああ、そういえば他の連中は見えないって言ってたな」


 言い方はやや大仰だが詠唱中の魔法陣が見えていることが分かればいい。


「それが見えるのは一部の妖精種とエルフです。私達が何故見えるかと言うと遥か太古に妖精の女王が『世界の観測者』として授けたと言われています」


「妖精の、女王…………」


 今まで読んだいかなる文献にもそんな存在は語られていなかった。

 ……興味深い。地球なら妖精の女王タイターニアというキャラクターがいたが、こちらでは聞いたことがない。そして『世界の観測者』とはなんだ?


「詳しいことはハイエルフの里にしか伝わっていないですが、古に神々と共に世界を作ったと言われているそうです。その女王は、世界を守り、世界を見つめ続ける者として、自然と共に在る妖精を作られました。

 世界のことわりに干渉する魔法を見る能力はその際に授けられたそうです」


 エルフと妖精種の創造主というヤツか。

 ハイエルフの里にその文献があるのなら是非とも見てみたいものだ。こいつらにとっては聖書のようなものだろう。

 しかし今は気になることは他にある。


「その女王が魔法を特別視していたのは、普通の現象ではないからか?ならば何故お前らは逆に魔法を得意とする?」


「女王は魔法をいつか世界を壊すのは行き過ぎた魔法の力だと考えていました。そしてそれに対抗するのもまた魔法の力だと。特別視、と言われたらそうなのでしょうね。

 結果として我ら妖精種は抑止力としての魔法の力を磨くこととなったのです」


 とはいえそれを妖精種以外の…………特に人間に盗まれていてはしょうがないだろ。世界を壊すかも知れない奴らに技術供与していては世話ない。

 魔法技術をあまり広めようとしないのは、なにも国防のためではなくそこら辺から来ているのかもしれない。



 ま、問題はそこじゃない。


「つまり、妖精種ではない俺が魔法陣を見ることができるのは『妖精眼』を持っていた妖精種、もしくはエルフの血が混じっているからだ、と言いたいのか」


「しかもその魔力の質を見るにほぼ確実にエルフです。貴方のような粗暴なクソガキが、高貴で優雅なエルフの血を引いているとは認めがたいですがね」


 そんなことを言われても寝耳に水すぎる。

 あの脳筋一家にエルフの血が流れているとは俺も信じられん。魔法についても禁止していたくらいだし、どうにも胡散臭い。

 俺の体に施された改造によって見えると考える方がまだわかりやすい。

 とはいえ俺が魔法陣を見ることができるのはれっきとした事実だ。


「人間とエルフの混血……ハーフエルフというのは聞いたことがあるか?」


「いいえ。ありえないはずです。エルフは厳しい戒律によって人間を始めとする他種族との婚姻が禁止されています。当然そういった行為も。…………あなたはいったいなんなのでしょうね?」


「禁止する、ってことは作ること自体は可能なんだろ。大方、キツい戒律が嫌になって逃げ出した、とかじゃね。案外お前らが知らないだけで外界にはいっぱい居るかもしれないぞ?」


「そんなことはありませんよ」


「どうしてそう言い切れる?お前らは……エルフはハイエルフの里からこの大陸に渡ってきた。エルフの冒険者もたくさん居る。人との接触を完全には絶っていない以上、その可能性はゼロじゃない」


「………………」


 俺がそう言うと村長は黙り込んでしまった。感情が薄いだけで、表に浮かんでこないだけで、エルフにも感情はある。情に流され、関係を持たないとは絶対に言えない。

 俺に流れているというエルフの血。両親が普通の人間である以上、それ以前の先祖の血に混じっていたのだろう。

 俺がターブの改造で普通じゃない体になっているので、それの影響でエルフの血に眠る能力が引き出されたのかもしれない。

 改造によって付与されたか、それとも改造によって目覚めたか。

 だが今はそれは関係ない。

 居てはならない『魔法陣が見える人間』が居るのが問題なのだ。


「…………ハイエルフの里に報告をしなければいけませんね」


「勝手にしろ。返事が来る前に俺はここから居なくなる」


「いいえ。あなたにはここにいて頂きます。これ以上、その血を拡散させられては困りますので」


 にわかに剣呑な雰囲気を帯びる村長。

 そう来るよな。面倒だが。

 俺の遺伝子そのものが機密情報の塊みたいなもんだ。おいそれとそこらの奴に種付けされては困るだろう。それを防ぐには一族郎党根絶やしにするか、徹底的な監禁、飼い殺ししかない。

 コネホとの約束も今は埒外だ。なんといってもこれは正当防衛。

 襲われておいて何もするなとは言えないだろう。


「俺とやりあうつもりか。良い度胸だ……!」


「ふふふ……コレを見ても同じことが言えますか……?」


 何だあの含み笑い。村長は意味ありげな仕草で懐に手を伸ばす。

 武器でも仕込んでいるのか。

 狭い部屋の中で立ち上がり向かい合う。

 この距離だ。魔法を唱える間もなく一撃を打ち込めばそれだけでカタがつく。

 【剣豪の系譜】もレベル4に上がって「身体機能上昇(大)」を手に入れた。慣らしも兼ねて暴れさせて貰う……ッ!


「っらぁッ!」


「ッ!」


 俺の踏み込みに反応しきれず、村長は手を突き出すことしかできない。

 足を運んだ先、村長に俺の手が届く範囲で俺と村長の腕が交差した。

 捉えきれない速さで俺の拳が村長に届く…………ことはなかった。


「な、に……?」


 俺の目の前には突き出された村長の手。

 そしてその先に握られた――――


「――――エルフ、複語小説・・・・…………っ!?」


 そうラベリングされた本が俺の眼前にある。


「貴方がこの3日間で覚えられる範囲の外側にある表現が多数使われています。一定の法則に沿って読めば冒険小説。またある法則に沿って読めば恋愛小説、と読み方によって内容が様変わりする本です。貴方がここに留まれば、この本を読むお手伝い・・・・をして差し上げます」


「なん、だと……っ!?」


 そんな暗号満載の符丁小説みたいなものがあるとは……ッ!エルフの言葉でないとできない小説だ。

 き…………気になる……ッ!気になってしょうがない……!

 ここで村長を殴り飛ばして脱出するのは簡単だ。この本も奪い取ってしまえばいい。

 だが……だがこの本の中身を読めないと意味がないッ!もし中途半端に読み方を誤解したまま奪ってしまえば隠された物語が読めなくなってしまう。


「この本の中身を全て読むには、ここに留まってお勉強するしかありません。加えて言うならハイエルフの里も非情ではないので貴方を殺してしまおうなどということにはならないはずです」


 暗に自主的にこの村に留まることを強制してくる村長。

 恐ろしい男だ。俺が本に執着していると短いあいだに理解してこの交渉条件を持ってくるとは。あるいはコネホからリークされていたのかもしれない。


「…………」


「どうしますか?ここでお勉強していくか、私からこの本を奪ってあるかもしれない読み方を探し続けて悶々とするか」


 そんなもんどうするかなんて決まっている。

 ここで言った口約束なんて守られるなんて保証はない。ハイエルフの里に至っては会った事も見た事もない連中だ。そんな奴らが不都合な相手に誠意ある対応なんてするだろうか。

 保証などどこにもない。

 誰が自分の命を秤にかけてまで、たかだか本のために留まるというのか?

 俺が成し遂げたいと思っていることは、1ページよりも軽いものなのか?

 俺がどうするかなんて最初から決まっている。

 ………………。

 …………。

 ……。




「はぁ!?この村に留まる、です!?」


「い、いきなりですね!?」


「ユージーン、どうしちゃったの!?」


「にゃう!?」


 俺がこの村に留まる旨を告げた所、ケーラ達は一斉に疑問の声を上げた。

 ………………いや、だってホラ。な?わかるだろ?あんな素敵アイテム出されたらちょっとここで休んでいってもイイかな?とか思うじゃん。

 命をかけられるかと言われたら喜んで差し出すし、使命もちょっとくらい休憩しないと息が詰まる。

 何より、俺にとって本より大事なものはないし、1ページよりも重いものなんてない。

 それが俺のジャスティス。


「ちょっとばかりやることができた。この村で何日か留まってからお前らを追いかける」


 真面目な顔を取り繕って、もっともらしいことを言ってみる。

 実際、エストラーダはもう目と鼻の先。ここで何日か留まったところで問題ない。

 いざとなればこの村の守りを突破して逃げ出すこともできるはず。問題はない。無いったらない。


「で、でも護衛はどうするです?肝心のご主人様が居ないとレリュー様が危険なのです」


「ううぅ……もしかしてまた、ワザと隙を見せておびき出す作戦ですか?」


「あ、ああ。似たようなものだ。そろそろ仕掛けてくるだろうと思っていたが、ついにここまで来てしまったからな」


「…………怪しい」


 ケーラが懐疑的な視線を向けてくる。

 怪しいのも当然だ。そんな作戦など考えていないんだから。完全に突発的な思いつきだもんな。あるわけない。

 俺は慌ててルイに視線を向けた。


「ルイ。仮とは言え俺は主だ。主命として告げる。俺の代わりにレリューを守ってやれ」


「で、でも相手は魔人なのです……ルイにはかなわないです……」


 うじうじと悩んでいるらしい。

 相手が超常の魔人ともなるとコイツでも尻込みするのか。


「お前の騎士道というのは勝てる相手にしか挑まない卑怯者のことなのか?」


「ち、違うです!ルイは卑怯者じゃないです!」


「よし。ならば大丈夫だ!相手が魔人だろうとお前ならばレリューを守りきれるだろう!任せたぞ!」


「でも、魔人が相手では……」


「できるできる絶対できる!やる気になればなんでもできる!どうして諦めるんだそこで!」


 勢いに任せて押して見るか。

 たぶん襲ってこないだろうし、気合を入れさせるだけでいい。


「お前になら絶対できる!やればできるんだ!やらずにどうする!」


「う、わ、分かりました!ルイの騎士道と命にかけてレリュー様をお守りするです!」


「よし!お前に任せた!」


「ハイッ!」


 ちょろい……。

 こんな安い挑発で乗ってくるとは。自分でやっておいてなんだが将来が心配になるレベルだ。

 ルイはこんなもんでいいか。残りを説得するか。




「さて、レリュー」


「な、何ですか……?」


「帰ってきたらいっぱいお菓子作ってやるから」


「そんなんじゃ騙されません!?」


 チッ!ダメか。

 流石に王女様。ただの食い意地が張った人魚ではないということか。さてはて、どうやって丸め込もう?

 んんー……。レリューはたまに人の顔色を伺うクセを覗かせる時がある。王女としての教養なのか、コイツの元からの性質なのかは知らないが、今はそれを利用させてもらうとしよう。


「なんだ?レリューはルイが護衛じゃ不安なのか?」


「えッ!?い、いえ!そんなわけでは……!」


「そぉーかぁー。ルイじゃダメなのか〜」


「…………ルイじゃだめ、です……?」


 涙目になったルイからの援護射撃。

 それを受けたレリューが露骨に慌てだした。いいぞ。もっとやれ。


「ち、ち、ち、違うんですよ!?ルイさんが嫌だとか不安だとか、そんなことはありません!」


「なら俺が居なくても大丈夫だな?」


「――――ルイがしっかりとお守りするです……だから捨てないで欲しいのです……」


「う、うう……わ、分かりました……」


 よし。レリューが折れた。

 これで後はケーラとチャルナだけ……。


「いや、思ったんだけどみんな一緒に残っちゃダメなの?」


「…………え?」


 ケーラが何気なく放った一言に、俺の回転していた思考が止まる。

 いや、待て。そんなことしたら非常にまずい。

 あの村長、いざという時は俺を殺そうとするだろう。俺も俺で殺されるのは勘弁だからムリヤリ脱出するだろう。こいつらがもし居れば、その争いに巻き込まれて、最悪人質になってしまうかもしれない。

 お荷物必至だ。


 だが、こいつらの……ケーラの後ろにはコネホが居る。

 恩人と言われているバアさんの後ろ盾持ちならそうそう簡単に手は出してこない、はず。レリューも王族の娘だしな。

 悪意のないこいつらを連れていけばちょっとした牽制になるかもしれない。

 あくまで想像だ。

 はず、かも、と続けてはいるが上手くいく可能性はある。

 ふむ……。ちと村長にカマかけて反応を見てから決めてみるか。


「――――この村の受け入れる場所があるか分からないから、村長と話してから決める。それでいいか?」


「え?そんなあっさり?」


「えぇー……ルイの葛藤はいったい……」


「私もです……」


「にゃうー……」


 俺が放った一言でケーラ達は一気に体を弛緩させた。よっぽど気を張っていたらしい。

 なにもココで永遠に分かれることになるわけじゃないだろうに、大げさな。

 今の商団はエストラーダで一旦留まるらしいから、向こうまで行けば合流できる。次に来る商団に乗れば容易に行けるしな。

 俺ひとりなら走ればなんとかなるが、この団体ならちと難しい。

 俺だけが拘束されるような事態になるようなら、ケーラ達を次の商団に乗せて行けばいいか。

 楽観的に考えているが、ダメならダメで、さっさと追い返せばいい。


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