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エルフの言語


 推薦書を村長に持っていくと心底驚かれたが、その後はトントン拍子で話が進んでいった。途中で魔法技術を口外しない旨の誓約書に署名を書かされたが、それ以外は想定内だった。

 誓約書には魔法陣が描かれ、この薄紙一枚が魔道具なのだと分かる。なんでも、書かれた内容の事を反故にすると、自動的に呪いが発動するとか。これにもランクがあって一番キツいもので反故イコール即死。最低ランクのものでも体の一部に欠損が出る。

 思ったよりも怖いじゃねぇか。そこは想定外だよ。ビビらせんな。




「まずは記述式の内容について覚えてもらいます。魔方陣に書き付けるエルフ文字。これを読めて理解するようになれば自在に操れます」


「…………そうなのか?えらく簡単だな」


 俺に教えているのはエルフの代表……村長だ。

 水盆、という水のスクリーンを指でなぞるとなぞられた場所が白くなって線になる。魔道具の生産地だけあってこういうファンタジーな道具は豊富にあるらしい。


「いいえ。魔法の内容が操れるようになるだけで、魔法回路をいじれなければ消費の削減はできません。加えて魔道具を作れるようになるには細かい魔法陣を限られた面積に正確に刻む必要があります。人間の使う彫刻用の魔法は消耗から来るゆらぎが大きいのでそこまでの作業は難しいでしょう」


「それもおせーて?」


「ダメです。流石にここまで教えることはできません。いくらコネホ殿の推薦であっても」


 …………しっかり情報の出し渋りはしてくるらしい。

 チッ……ケチめ。

 とはいえ魔法陣の改造はしているし、魔道具も改造した魔法で制作している。実際は教わることはない。

 じゃあ恨むことねぇじゃねぇか。


「では私に続けて言ってみましょう。『パドゥ』」


「『パ、パドゥ』」


 なんか小学校のときの授業を思い出す。ちと気恥ずかしいな。見た目は幼児だが、中身はそろそろ三十路だぞ。

 うねうねとのたくったエルフ文字とやらは、酷く読みづらい。人間が通常使っている文字はアルファベットを崩したようなものなのでまだ理解しやすいのだが。


「はい。よろしい。これは『どチビ』という意味です」


「ソレなんの魔法で使うんだよッ!?」


 案外コイツ意地が悪いな!無表情でキツい言葉吐かれると傷つくんだぞ!?


「いえいえ。簡単というのでこれくらいならご理解も簡単でしょう」


「……いつかその耳にマスタード塗って舐めまくってやる」


「なぜ自らそんな罰ゲームじみた真似をしようとするのでしょうか……。さて次の文字です」


「意外と旨みがあって丁度いいんだよ……真面目に教えろよ」


「ではコレを。『ナール』これで炎の意味になります」


 ちゃんとできんじゃねぇか。ようやく実用性があるものになったな。これは少し馴染みがある。魔法弾の属性を変更する時に何度か目にしていた。


「はい。『ナール・パドゥ』で『燃え立つようなどチビ』になります」


「意味わからねぇけど猛烈にケンカ売られているのだけは理解したよ!表出ろこのクソ長耳!」


「おやおや。いいのですか?コネホ殿から大人しくしているように言われてたのでは?」


「ぐッ…………!性格悪いなアンタ……」


 なんとなく無表情の裏で腹を抱えている気がする。

 時おりなじられながらも俺と村長は講義を続けた。





 教えられる異郷の言葉はなんとも理解しがたいものだった。

 まず、同じ単語でも意味が複数ある。

 『え、日本語も同じじゃん。雲と蜘蛛とか』なんて考えていたが、考えが甘かった。

 例えば先程聞いた『パドゥ』、意味としては『チビ』『印章』『地平』『添え木』……などなど。

 『ナール・パドゥ』も他の読み方をすればさらに意味が広がって『鞭打たれた石』というものになる。

 文章の流れ、枕詞、果ては単語の最後に書かれている記号で意味が変化する。厄介なことこの上ない。魔方陣に書かれている文字を別の読み方をすると、さらに別の意味が顔を出す。


 なんでこんな構成になっているのか。

 なんでも情報量に厚みを持たせてこの世界に干渉しやすいようにしている、らしい。

 村長の説明によると、魔法というのは世界にありえない事象を認めさせて割り込ませる行為なのだと。そのために世界そのものに情報を書き込む必要がある。

 だが、ちょっとやそっとの情報量では世界では世界に弾かれる。自己修復だとか世界の修正力だとか言われているが、詳しいことはわかっていない。

 そこで複数の意味を持たせる事で、情報量をかさ増しして強制的に世界に認識させているらしい。


 なんとも小難しい話だ。嫌いじゃない。

 魔法陣に書かれた文字にそんな意味があると知らなくても、魔法陣を構築して詠唱すれば魔力で世界に『意味』が焼き付いて・・・・・効果が現れる。

 それだけ。それさえ分かっていれば魔法は使えるし、なにも難解な言葉を覚える必要はない。


 だが俺はそんなややこしくて難しい言語に挑まなくてはいけない。

 




 商団がエルフの村にとどまっているのは3日。それまでの間に俺はエルフ文字をマスターしなければいけない。

 …………いや。無理だろ。自分で言っておいてなんだが3日でひとつの言語をマスターするのは無理だろ。こんなクソ難しい言葉なんざ年月単位の話だ。


 というわけで合間を見てはエルフ語の書かれた本をコピーしている。比較検証していけば理解できない言葉でも何とかなる……はず。

 もちろん、機密扱いのモノはできない。村長に『ススメ』でコピーしていることも悟られてはいけない。

 なので授業の合間に参考ということで持ってきて貰った絵付きの本をこっそりひたすらコピーしている。


「これほど持つとは意外でした。どこかのバカ貴族…………もとい、やんごとない家柄の方がコネホ殿に無理言ってねじ込んできたのかと思っていたのですが、なかなかどうして見所があります」


「ああ、道理で散々なじられると思った……。追い出そうとしてたわけね。無理矢理は否定しないが、ちゃんと取引の末に決まったからな。アンタも手を抜かないでくれよ」


「躾のなってないクソガキですね……」


 授業をぶっ続けでやるには、俺も村長も都合が悪い。所々で休憩という名目で合間を作っている。

 村長は村の案件処理。俺はコピー。

 休憩とは名ばかりでほぼぶっ続けで机に齧り付いている。


「そういや人間の魔法とあんたらエルフの魔法って何が違うんだ?」


 俺が手を休めずに疑問を浮かべると、横の机で執務をしていた村長がこれまた手を休めずに答える。


「これまたいきなりですね。…………術式にムダが多いのが人間の魔法です。かなり昔のエルフの魔法陣を写し取ったのが始まりだと言われています」


「へぇ……写し取った、てことは人間の方がパクったのか。人間の魔法のムダを取ったらエルフの魔法陣になるのか?」


「いえ。ご存知の通りエルフは感情というトリガーを必要としません。人間の魔法は魔力を汲み取るシステムが付いていますね」


「ふむ。じゃあその分余計な処理をしているわけか」


 人が超常の力を使うというのはかくも大変なことなのか。


「…………あれ?魔法を使わなくても魔力は出てくるよな?汲み取る部分いらないんじゃね?」


「昔の術式ですからね。生体と魔法陣をつなげるのは難しかったようですし。魔力が出てくるのは魔法を使うことに適応してきた結果でしょう。今ならその部分はそくっと削ぎ取れますよ」


 こんな所でさらなる削減の手がかりが……。

 その話が本当なら、魔力暴走マナ・スタンピードなんてのはここ最近出てきた弊害じゃねぇか。人の進化が必ずしも良い方向に向かうとはならないのか。


「ちなみにどの部分だ?」


 俺は適当に魔法弾バレットの魔法陣を構築、維持しながら村長に聞く。


「ああ、この部分のこの術式ですね。この文言を削れば…………」


 言葉の途中で村長の動きが止まった。

 あれ?なんかまずいことしたか?


「…………あなたは今、この魔法陣が見えてますか?」


「え、あ、ああ。それがどうかしたか」


「ふむ……。ちょっと失礼」


「ふがッ!?」


 それまでせわしなく机の上で動いていた村長の手が俺の顔に伸びる。ガシッと頭を掴まれて動かさないように固定された。

 コイツいきなり何しやがる……!?

 村長は俺の瞳を覗き込むと、訝しげに眺め続けた。

 ヤメろ!こんな近くで無駄に美形な顔を見てると目が!目が潰れる!


「ふむ……これは……」


「な、なんだよ?」


「『妖精眼・・・』…………エレメンタルサイト、ですか」


「ッ!?」


 呟かれた言葉に反応してしまった。

 コイツ、まさか俺のスキルがわかるのか!?

 村長はひとつため息つくと、俺を離して浮かせていた腰を椅子の上に戻した。


「……はぁ……。なるほど。コネホ殿が貴方を推薦していた理由が分かりました……」


「ああ?なにひとりで納得してんだよ。こっちは意味不明すぎる」


 そのため息はなんだ。なんの文句があるってんだ。

 村長は大げさに首を振って嘆きを示す。だから無表情でやるな。なんかすごい不気味。


「まことに遺憾なことですが、あなたにはエルフの血が流れているようです」


「………………は?」


 なんだそりゃ…………。


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