戦闘報告
「あ、ご主人様おかえりなさ……ぎゃああああああああああああああッ!?」
「おう。今帰ったぞー」
夜明けになってうす明るいうちに馬車に帰った。
いきなりルイに絶叫で迎えられたが気にしないで馬車の中に入る。
というか『ぎゃあ』て。
女の子なんだからそこは可愛らしく『きゃあ』だろ。
オークの軍襲撃から今日の朝になるまでまったく寝ていない。そろそろ全てがどうでもいいと思うようになる精神状態に移行するだろう。それを突き抜けると一気に頭が冴えてくるのだが。
「ちょ、なんなんです!?血まみれです!?」
「あー……階段から滑って落ちた」
「そんな格好で!?」
指差す先には俺の体……を包む着ぐるみがある。それはオークの血で汚れていた。
そういや面倒だからって着替えないでそのままだったか。
「しかもその後ろの顔メチャクチャおっかないです!!」
「まぁこれはちょっとやりすぎた気がしないでもない」
いくらホラーグッズ用におどろおどろしいツラ構えにしたかったからといって、顔の作りを凝り過ぎた。しかも後ろ前逆に顔を取り付けてある。
つまりこれを着て四つん這いになると、恐ろしい形相のクマがブリッジしながら迫ってくるように見えるわけで。
「…………あいつ最後にはションベン漏らしてたなぁ……」
「何してきたです!?そんな格好で何してきたです!?」
オークの部隊を壊滅させてきたとは言えないな、流石に。
ちなみにオークの軍隊長らしきブタは、手足の骨を折った上で街道のわかりやすい場所に放置してきてある。あの怯え様を見れば、オークの村の方も少しは慎重になるだろう。
一応、魔物が襲わないところに置いてきたが、斥候部隊が来るまで何日かかるやら。くくく。
「おっかないです……!きっと闇討ちして来たに違いないです。もしくは怪しい宗教の首魁をやってるに違いないです……!」
闇討ちは合ってるが、宗教て。
どんなんだよ、血濡れのバケモノクマが神とか。嫌すぎる。
というか仮でも主が階段から落ちたんだから、ちょっとは心配しようぜ騎士様?
レリューとチャルナはまだ寝ているようだ。ケーラは今日は泊まりに来ていないみたいだし。
気になるのはリツィオか。
「リツィオ様か、姉さん、です?今日はまだ見ていないです」
「そうか。サンキュ」
「んー?オネーサンの事探してるのかなぁー?」
「ひゃあッ!?」
…………噂をすれば影、というがコイツの場合タイミングを見て驚かそうとしているだけな気がする。
いきなり現れたリツィオに驚いて俺の後ろに隠れたルイを宥めながら、様子を見る。
…………ニコニコと笑顔のままか。表面的には変わらないように見えるが、オークの軍を壊滅させたことをどう思っているのか。
案外、事務的に一つの案件が終わっただけ、と思っているのかもしれないな。
「ありがとね、ユー君。約束果たしてくれたんだ」
「あのくらいは問題ない」
戦場で真正面からブチ当たったわけならまだしも、休憩中のところをひとりひとり各個撃破していくなら問題ない。
1×100なら100だが、1×1を百回繰り返しても1にしかならないのだ。
ひっそりと見つからないようにやるのは一苦労だったが、某潜入ゲームっぽくてアレはアレで良かった。鋼鉄な 歯車とか。天に代わって誅するヤツとか。被ったのはダンボールじゃなくて着ぐるみだが。
「さて、俺は約束を果たしたわけだが」
「うん。分かってるよ。私も約束を果たさないとねー」
「そうか。じゃさっそく――――」
「こ、こんな所でオネーサンとしちゃうの?」
「は……?」
おい……なんでいきなり顔赤くしてんだよ?
しちゃうってなんだ、しちゃうって。
「だってホラ、『私の事好きにしていい』って言ったじゃない」
確かに聞いたが……冗談じゃなかったのか?
俺が考え込んでるうちに、ルイの絶叫が響く。
「ええぇぇぇぇぇッ!?ご、ご主人様なにしたです!?」
「いや、ちょっとな……」
「ちょっとでこんなこと言う訳ないです!し、しかもココでするって事は……み、見せつけるつもりです!?」
「お前もお前でなんでちょっと興味有りげなんだよ。いつもの冗談だろ。落ち着け」
「冗談でもダメです!そんなことさせませんです!」
「うふふ……。冗談でもないかも、ね」
うるさい。これみよがしに唇を舐めるな。
あの笑顔の裏側にある表情を見た時、リツィオには感情が無い……と思ったのだが、計算違いのようだ。きっとコイツは感情と表情が一致しないだけで普通に感情は有るのだ。
でもなければココで俺をからかう意味が分からん。
つまり、コイツの悪ふざけは計算でもなんでもなく根っからの気質というわけで。
「…………お前、質が悪いな」
「ひどいなー。オネーサンはいつでも――――」
そこまで言うとリツィオはその笑みを深め、言葉を続けた。
今までの意地の悪いイタズラっ子の顔ではなく、被っていた仮面の笑顔でもなく。
心底楽しそうな顔で。
「――――愛する弟くんの事を思っているんだよ?」
そう言った。
…………ダメだ。分からん。
今のこれが演技か本気か。読みきれない。
「…………ったく、かなわねぇなぁ……」
結局。
俺の本気の感慨が口から漏れたのだった。
どうしてこう、俺の周りには面倒な女が集まるのか。真剣に頭の中で議論したくなったがソレはさて置き。
もしかして女難の相とか出てるんかなー、とか考えたがそれもさて置き!
「…………で?結局のところ何をしてくれんだ」
「それはもちろんナニを……」
「ぶっ飛ばすぞゴラ」
年端もいかないガキに下ネタかよ。
普通の女ならよろしくお願いするところだが、今のコイツは何かを企んでいる可能性が否定できない。
…………というのは建前で、やっぱり根っこは俺がヘタレだから……ええい!それも置いとけつってんだよドチクショウ!
「んんー。ごめんね。特に何とは考えてなかったんだ」
「んじゃなんで俺にあの依頼を出したのか教えろ」
さっきからこっちを気にしながらチャルナ達を起こしているルイに配慮して、ワザとボカシた言い方をしてみる。
そんなに気になるのか耳年増め。後でたっぷり弄ってやろう。
「そっちもゴメンねー。ちょっと事情があって今は言えないんだ」
「…………そうか」
「ありゃ?結構あっさり引き下がったね?」
「簡単に教えられるようなことならあん時教えているだろうが」
こっちも目星はついているからそこまで追い詰めて聞かなくてもいい、という裏はあるがな。
「にゃふうぅぅぅぅぅ……ッ!」
「お、おはようございます〜……」
「おう。おはよう」
ボチボチねぼすけどもが起きてきたか。ルイも注意がそっちに逸れているみたいだし、最後にちょっとだけ聞いて終わりにするか。
「俺があの軍をぶっ飛ばしたからって戦争は終わらないだろ?どうなるんだ?」
それが気がかりだった。
物語と違って戦争というのは悪をぶっ飛ばして終わり、とはならない。賠償だとか土地の分割だとかの着地点を探っていかなければならない。
いや、そもそもあの程度の規模の軍で戦争が終わるだろうか?
「ううん。今までは数に押されて手こずっていただけで、ダークエルフの軍はこの大陸でもトップクラスの実力なんだよ。均衡が崩れたら一気に戦局は動くと思うよ」
「あれしか居なかったが勢力図は変わるのか?」
「そりゃ変わるよー。人族は数が多いから気がつかないだろうけど、戦ってるのは部族単位だもん。戦ってるのは兵であると同時に稼ぎ手なのよ?それが一気に何百人単位で居なくなったら経済活動にも影響が出てくるよ」
ああ、そっか。なるほどな。
この辺まだ地球の戦争を基準にして物を考えているな。もっと規模の小さい……ジャングルの奥地辺りに居そうな○○族同士の決闘騒ぎと考えればいいのか。
ダークエルフとの戦闘でも数は減っていただろうし、それなら戦争も終わる……のかもしれない。
ま、こんなところか。疑問は後から出てくることもあるだろうし、それはその時に聞いておくか。
「ユージーンさん〜……ゴハン〜……」
「ああ、んじゃ飯にすんぞー。……リツィオも食ってくだろ?」
「うん!もちろん!ユー君の愛妻……愛、弟?ゴハン、この私が見逃すわけないんだよー!」
「誰が妻だ」
俺はアイテムボックスから食材を取り出しながらツッコミを入れた。それと同時に馬車が動き出す。
結局何があろうとリツィオは食えないヤツだということは痛いほどよく理解させられたなぁ……。
件のダークエルフの村は砂浜からほど近い場所に有った。
戦争というモノは糧食に始まり、武器、薬品、陣地構築用資材などなど、様々な需要が発生する。商人たちにとってはまたとない商機だ。
当然、戦争相手も供給先を商団に頼っているためそれを襲ってしまえばいい、と考える者も出るだろうが、そんなことをすればそこら一帯に商人が寄り付かなくなって終わりだ。
ヘタをすれば商人の機嫌を損ねただけで終わりということもありえる。
なので戦争中の場所としては意外なほど和やかに村への受け入れは終わった。スパイの検査なんかをしなくても良いのだろうか?
「それじゃ、オネーサンはちょっと報告に行ってくるね?」
リツィオが馬車を降りてから俺に告げた。
「報告?」
「ほら、ユー君に頼んだアレだよ。今のところアレを知ってるのはオネーサンとユー君だけだからね」
ああ、そういうことか。
確かに今のまま戦争に備えているのは大変だろう。今のうちにオークの村に攻め込むか、降伏勧告を出すかの決定をしなくちゃいけない。
裏切られておいて今更、降伏なんて許せるのか。あるいは全滅させるのか。そこら辺がどうなるか部外者の俺には分からない。
「ふむ……。場合によっちゃ俺も行くかもな」
「あれ?そうなの?」
「ダークエルフもエルフの一枝族なんだろ?魔法について何か聞けるかもしれない」
時と場合によっては俺が軍を壊滅させたと申し出ることになる。ご理解頂けない場合は強制的に理解して頂きたく存じ上げます、ってな。
「あー……そっか。ユー君、ほかの大陸の人だっけ」
「ん?ああ……」
何かマズかっただろうか?
「あのねー。そもそもエルフ、っていうのはハイエルフから派生した種族なの。そこからさらに派生したのがダークエルフ」
「……それで?」
「魔法の本家本元がハイエルフだから、下のダークエルフ族はあんまり魔法が得意じゃないんだよね」
「とは言っても人間よりは得意だろ?」
「そうだねー。でも下の分家だから魔法についての権限もあんまり高くないんだよぉ……」
「あー……そっか。他人に教えるまでの権限が無いのか……」
親会社が下請けの会社の技術流出について管理してるイメージ。勝手に教えたらマズいのか。
もしかするとダークエルフに教えられてる魔法全てに対抗手段があることすら考えられる。ダークエルフをいくら脅しても無駄になる可能性があるのか。
「エルフの里ならある程度の権限があるからさ、そこまで行けばなんとかなるんじゃない?」
「……なら今回は諦めるか」
「あはは。残念だったねー。それじゃ、オネーサンは行ってきますよー」
笑いながら駆けていくリツィオ。その背後をルカが影のように付いていった。
その背中は同じく褐色のダークエルフの人ごみに紛れてすぐに見えなくなってしまった。
あの気分屋な女に(実際はそう装っているだけだが)ひとつの種族の行く末を決める情報が握られていると思うと空恐ろしいものがあるな……。