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幕間:隊長視点

投稿時期が真冬の寒風吹きすさぶ1月下旬ということを念頭に入れてお読みください

―――――隊長視点――――――


 おかしい。

 何かがおかしい。

 俺は天幕の中で久しく味わっていなかった怖気を感じ取っていた。

 これからあの澄ました顔の長耳どもをブチ殺してやろうというのに、こんな所で怖気付いている場合ではないだろうに。


 そもそも今回の侵攻で全てのカタがつくはずなのだ。あいつらの魔法は俺たちの厚い皮膚に阻まれてロクに効きやしない。

 数も少ないから簡単に制圧できるはずだったのに、前任の奴らが不甲斐ないせいでこっちにまでお鉢が回ってきたじゃないか。

 ダークエルフの連中も馬鹿なヤツらだ。何が禁欲だ。そんなこと言ってるから数が少なくなってこうして追い詰められる。

 女を襲って孕ませれば簡単に増えるというのに。


 ああ、これからあの長耳共のところに攻め込んで、殺しまくってやった後。褒美として何人でも好きにしていいと族長から言われているんだ。

 あの澄ました顔の女どもが俺のモノを咥え込んでヒィヒィヨガる思うと楽しみでしょうがない。

 ダークエルフの王族。

 あの女を最後に見たのは戦争が始まる前だったな。戦争が始まった時は丁度居なかった。いいや。いないタイミングを見て仕掛けたんだったか。

 流石に今は国に戻ってきているだろう。

 たまらない体つきをしていたなぁアレは。俺の下に組み伏して後ろから突いてやったらどんな顔をするか。想像するだけでヨダレが止まらん。



 明日には攻め込むというのに、先程から寒気にも似た得体の知れない怖気が背筋を這い回る。一体なんだというんだ?

 そういえばさっきまで散々騒いでいるはずの兵達の声がまったく聞こえない。それが強烈な違和感を感じさせる原因か。


「おい!誰か居ないのか!?」


 大声を出して兵を呼びつける。

 しかし答えるものは誰もいない。やはりおかしい。

 天幕の外に出てみるが、人影一つ見当たらなかった。黒々とした海原にひとつだけ浮かぶ月だけが俺を見つめていた。


「誰か居らんのか!?」


 再び声をあげてもやはり返事はない。不気味に波の音が響くのみ。

 先ほどまで酒盛りしていたとおぼしき後はあるが肝心の酔っ払いの姿がない。

 近衛も、一般の兵も。


 ――敵襲でもあったのか?

 それにしては剣戟の音一つもない。暗殺者が来たにしても最重要人物である俺が放置されている意味が分からない。

 ただ兵だけが忽然と消え失せている。そんなことがあるのだろうか?


「誰か……ッ!誰かッ!誰でもいいッ!返事をしろッ!」


 不気味さを振り払うように、俺は歩き出した。誰もいない陣の中を、たったひとりで。




 しばらく歩くとようやく人影を見つけた。

 なんだ居るんじゃないか。まったく、持ち場を離れてこんな所で何をしている。懲罰のひとつでも与えなければ気が済まん。


「おいッ!貴様そこで何をしている!早く持ち場に戻れ!」


 そいつは波打ち際に立っていた。海を背にしてこちらに顔を向けているようだ。

 うん?何か変だ。近づくに連れ、違和感が首をもたげてくる。

 まず、小さい。最初は遠くから見ていたからだと思っていたが、そいつは1メートル程しかない。あれはなんだ?2メートルある我らオークとはまったく別物だ。

 次にそいつは毛皮を纏っていた。全身をふわふわとした毛で覆われている。夜間は冷え込むから防寒具として持ち込んでいるのかと思ったが、それにしては全身を覆うほどの大きさはおかしい。


 アレは…………なんだ?

 それまで詰め寄る勢いで歩み寄っていたのだが、徐々に違和感が足を引き止めるようになって、しまいには立ち止まってしまった。

 違う……。

 アレは……兵ではない。


 獣のような耳が生え、手は膨らみ、全身に毛が生えている。

 ソレ・・はオークとは似ても似つかない、直立した獣だった。


 全身に鳥肌が立つ。

 なんだコイツは……?忌々しいダークエルフどもが送った刺客か?


 そいつはそれまで俯いていた顔を上げる。こちらをはっきりと認識したようだ。

 来るか……!?

 しかしそいつは後ろに振り返り、また俯いてしまった。

 なんだ?意味が分からない。まさか波を見つめて物思いにふけっているわけでもあるまい。

 あまりに不気味な振る舞いに、困惑と寒気が頭に満ちる。

 明らかに兵ではないモノがそこにいるのだ。何を戸惑うことがある。

 震える手を棍棒にかけて、ゆっくりと構える。

 後ろから一発殴れば、あんな小柄なモノは軽々と吹き飛ぶだろう。何も恐ることはない。だから震えよ、止まれ……!


 浜の不安定な砂に足を取られながら、一歩一歩確かめて近づいていく。

 一撃。たった一撃入れればいい。それで終わりだ……!

 この俺が近づいているというのにその獣は動くどころか振り返る気配すらない。

 なんでもいい!さっさと終わらせて兵を探しに行くぞ!


 俺の意志を感じたのか、そいつがついに動いた。

 体を仰け反らせ・・・・・地面に手をつく。

 海を眺めていたはずのそいつと目が合った・・・・・


「あ……?」


 理解できなかった。

 裏表の逆転した歪な獣。

 月に向かって吠えるように大口を開けて空を仰いでいる。


「あ、ああ……?」


 月明かりに照らされたその顔は狂気に歪んでいる。 

 眼球は裏返って白目を剥き、口から飛び出た舌がモノクロの世界に赤い花を咲かせる。

 これ以上ないほど狂気に歪んだ……異形。


「あ……?あ、ああ、……あああアアああァァァァァッ!?」


 最初誰が叫んでいるのか分からなかった。

 分からない。意味が分からない。

 これが魔物なら気持ち悪いで済んだかもしれない。

 なまじ理解できる獣の姿をしているだけに、その異形の顔は何より恐ろしかった。


 衝動的に振った棍棒も、カスリすらせずに虚しく空をきる。

 腹に衝撃を食らったと思ったら砂浜を転がっていた。2・3メートルを砂を巻き上げながらゴロゴロと転がる。


「ゲホッ!ゲェホッ!はひぃッ!ひぃッ!オエエエエエッ!」


 なん、何なんだアレは……!?いかん、とにかく離れなければ!コロ、殺されてしまう……ッ!


「ち、チクショウ……!エルフ共め!怪しげな魔法でこんなバケモン生み出しやがって!犯してやる……!犯し抜いて殺して欲しいとすら思わなくなるまで調教してやる!」


 思わず恨み言が口を突いて出てくる。

 とにかくなんでもいい。あいつから逃げなければ……!


「隊長オォォォ!大丈夫ですか!?」


 ッ!!

 た、助かった!

 陣の方から何人かの兵が駆けてくるのが見える。これで俺は助かったんだ!


「あ、あああアイツだ!アイツを殺せぇ!」


 ガクガクと震える指で化物を指差す。

 いくらあの化物でもこの人数は倒せまい!


 ――――そう思っていた。


「――――く、くくくくくッ!あはッ!あーッははははははははははッ!」


 突如、怪物が笑い出すまでは。


「な、なん……」


「いいねいいねぇ!どいつもコイツも歯ごたえなくて退屈してたんだよ!精々楽しませてくれクソブタ共!」


 ケタケタと。

 心底楽しそうな声で笑う怪物。

 声音は幼い子供の無邪気さが滲んでいるようで。

 だからこそ、その無垢な残酷さがはっきりと感じられた。


「そいじゃ、まずは……お前か」


 言葉を言い終わると同時にソレは走る。

 ブリッジしたままの状態でそこいらの獣には出せない速さで兵士の背後に回り込むと、その首をねじ切った・・・・


「え……?」


「これはお前らが犯した女たちの分」


 呆然とした表情の兵士の首が俺の眼前に落ちる。きっと何が起こったかわからないうちにこの兵は死んだのだろう。


「これはお前らが殺したエルフの分」


 声が聞こえた次の瞬間には別の兵士の死体が積み上がる。

 這った状態で一体どのような動きをしたのか、まったく分からない。

 人としても獣としても不自然な体勢からどれほどの力を発揮できるというのか。


 違う。

 俺たちが戦っていたダークエルフとはまったく違う……!


「これはワザワザこんな所でブタ狩りをさせられた俺の分」


 最初の首を押しつぶして、さらに死体が重なった。

 もう応援に駆けつけた兵は全員物言わぬ死体になった。なってしまった。

 砂の鳴る音と共に、俺の目の前に怪物が現れる。


 その瞳には爛々と燃える激情があった。

 その声には抑えきれない感情があった。


 違う・・……!

 違う違う違う!

 エルフ共はこんな感情を剥き出しにした瞳をしていない!

 あの全てを悟って諦めたような顔をした種族が、これほどの激情に満ちた怪物を作れるわけがない……!

 では……なんだ?

 コレ・・は一体、なんだと言うんだ……!!?


 分からない。

 分からないことがたまらなく恐ろしい。

 知らないということがこれほど恐怖を呼び覚ますということを俺は知らなかった。



「あ、ああ……」


「そして最後に……」


 この上一体何をしようと言うのか。

 この上一体何の恨みを買ってしまったというのか。


「た、助け、助けて……!」


 助けを求めるように手を伸ばす。

 涙が滂沱と溢れて止まらない。

 頼む……!なんでもする!謝れと言うならば心の底から謝るから!だから……!

 しかし、無情にも怪物の拳は握られ。

 振り下ろされる。




「真冬の中にもかかわらず、水着に期待した熱き紳士たちの涙の分だァァァァァァッ!」




「え、ちょ、ブヒイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!?」


 意味不明な叫びと共に、俺は自分の手がひしゃげる鈍い音を聞いた。


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