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笑顔の裏に


 リツィオの顔がすぐ近くにある。

 その瞳には好意も、動揺も焦りすらも浮かんでいない。


「おかしいと思っていた。お前が俺に好きだというとき魔力が発散される。それは普通の人間でも同じだ」


 この世界の法則として感情によって魔力が引き出される、というものがある。

 日常生活の中で自然に感情は沸き立ち、魔力が発散されることは何の不思議もない。体温のようなものだ。


「だがお前から感じられる魔力は必ず一定・・。まったく同じだったんだよ」


「…………」


 黙りこくるリツィオ。

 例えば同じ美術品を見るとしても、最初に見たときと二回目に見たときで抱く感想は違うはずだ。抱く思いも違うだろう。

 慣れとも言えるが、人は同じ刺激に対して回を重ねるごとに鈍感になっていく。反対に過敏になっていくこともありえるだろう。

 だが、寸分違わず同じ感情を抱くということがあり得るだろうか?

 先程、リツィオが俺に好きだと行った時の魔力は最初に会った時とまったく変わらないものだった。


「リツィオ。お前は自由に魔力をコントロールできる。だから俺に好意を持っていると錯覚させようと同じ量、同じ質の魔力を放出出来た。本当のお前は俺に対してなんの感情も抱いていない」


「……本当にユー君がモテているとは思わないんだ?」


「悪いが俺はそこまでバカじゃない」


 最初から好意を持って近づいてくる女なんて、裏に何かを隠しているのと同じだ。

 ラノベのハーレム物の主人公のような事なんてありえない。異世界に来ている俺が言えたことじゃないがな。


「いい加減、その演技をやめたらどうだ?人形みたいに表面だけ取り繕われてても不快なだけだ。ここには俺とお前しかいないんだから」


「…………いいの?コレ・・やめちゃうと私、無表情になっちゃうんだけど」


「構わん。繕った顔に興味はない」


 俺が頷くと共にリツィオの表情が抜け落ちる・・・・・

 能面のように、という表現をすることがあるが、アレは表情を読み取りにくいだけで感情はある。

 だがリツィオの顔には一片の感情も浮かんでいなかった。


 初めてだ。


 初めて俺はこの女の本質に触れることが出来た。


「…………やっぱり嫌かな?こんな女の子は?」


「いいや。却って話しやすくなった」


 笑顔の仮面が無くなった分、内面を読み取ることをすっぱりと諦められる。

 俺から顔を離したリツィオに疑問を投げた。


「それで?俺に何をさせたいんだ?」


「聞いてくれるの?」


「少なくとも害意のあるヤツじゃないと判断したからな。周りでウロチョロされるよりはすっぱりと望みを聞いて解決したほうが速い」


 今まで生活している中で何らかのアクションを起こしてくるかと思ったが、何も起こらない。

 敵意が無いなら俺を何かに利用しようとしているだけだと結論付けたわけだ。

 ――何の感情も見せない相手に話をするのは少し違和感があるが、今までよりはずっと良いな。


「……おかしな子ね。こんな石のような女を気味悪いとも思わないなんて」


「変だとは思っているから、無表情で首を傾げるな」


 なんとなくそのまま首が落ちそうな錯覚に駆られるだろうが。


「そう。ではユージーン。私が貴方に望むのは、あのオークの軍勢を戦闘不能に追いやること。ただそれのみ」


「ほう……?そんなことしてお前に何の得がある?」


「言えないわ。ただ、私はずっと探していた。あの軍を少数で撃破できる存在を。ようやく探し当てたのがこんな子供なんて不思議なものね」


 どうやら嘘ではなさそうだが……。

 リザードマンの村の辺りで聞いた戦争中の噂がこれか。そもそも俺が出張らなくても戦争は終わる。『天上殿会議オリュンポスサミット』の開催が近いのでエストラーダの連合軍によって強制終了だ。

 それでも俺に頼もうとするのは――――


「それでどうなの?やってくれる?」


「見返り次第、だな」


「それはもちろん。出来る範囲で貴方の言うことを聞くわ。――私の体も好きにしてくれていいわよ」


「ぶふッ!?お前……ッ!?」


 いきなり衝撃的な事を言われたせいで、思わずまじまじとその肢体を見つめてしまった。メリハリのついた扇情的なプロポーション。先ほどまで手が届くほど近くにあったそれを自分の好きに出来るなら……。


「……色仕掛けでなんとかしようとしても無駄だ」


「そうかしら?意外と有効そうなんだけど……」


 うるさい奴だ。そんなことは無い。無いったら無い。

 しかし見返りが決まっていない、とはちょっとばかり厄介だな。一個人の力でできることなど限界がある。

 だが、もしもリツィオの『正体』が俺の想像通りなら。

 その約束の価値は途方もないモノになる。


 たかだかひとつの軍隊を潰すだけでそれを手に入れられるなら安いものだ。

 それに――。


「俺もちょっとばかり腹立ってたからな。あの豚どもには」


「ならやってくれる?」


「ああ。つっても顔は隠させてもらうがな」


 ワザワザ怨恨の残る事をしようと言うのだ。こんなところで変な恨みを買うことは避けたい。簡単に変装すればバレはしないと思う。

 リツィオは無表情のまま、さらに問を重ねた。


「――できるの?」


「おいおい。出来ると思ったからこの話を持ちかけたんだろ?アホな心配してないで、もっと上手い作り笑顔の練習でもしておけ」


「……そう。良かった」


 馬車の覆いに手をかけて、青く輝く月が照らす世界へと降り立つ。

 これで不安要素がひとつ消える。ひとつの不安を消すために、たくさんの命が消える。

 まったく。人の命など安いものだ。

 俺は笑みを浮かべると、木々の向こうへと身を躍らせた。




 森を走り抜けた先、昼に来た砂浜でオークの軍団は陣を敷いていた。

 相手のダークエルフの集落はまだまだ先、ということで全体的にだらけている。

 赤く燃える篝火が砂を照らし、喧騒が潮騒をかき消していた。これなら近くの高台の上にいる俺には気づくまい。


 ここに来るまでの道で簡単に報告書に目を通していた。この戦争についての報告書だ。

 発端はあまりに目立つオークの犯罪件数の多さに、エストラーダの議会が対策を講じたことに始まる。

 ケーラが言っていたようにこのオークという種族、かなり性欲旺盛らしく近くの村々や行商人をしばしば襲い、その欲望のはけ口にしてきたという。

 それがひとりふたりなら個人の問題で済むが、犯罪に加担したのは種族のほぼ全員。


 一応意思の疎通が取れたため、魔物ではなく妖精種に分類されてきたのだが、その一件でオークを魔物として排除しようという動きが出てきた。

 そこを庇ったのがダークエルフ……オーク共の戦争相手だ。


 一般にあまり知られていないのだが、オークというのはエルフの派生種族だ。太古の昔、闇に長い時間囚われていたエルフが、心を病み、理性を捨てて姿を変じたのが始まりと言われている。


 仮にも同族なのだからあまり酷い真似はして欲しくない。ダークエルフの王族はそう訴えたそうだ。

 ならばと議会が提示したのが、言いだしっぺのダークエルフが監視をして管理をして見せろ、というものだった。


 それまで砂漠に暮らしていたダークエルフの一族は、当時かなりの勢力を持っていた。

 オークという邪魔者を預けて力を削げるならそれでよし。逃げたオークが問題を起こしたらそれをとっかかりに議会内の発言力を弱められる。

 反対に、発言を翻してオークの排除に動くようなら『同族殺し』の汚名を着せられる。

 どっちに転んでも当時の議会内の反対勢力には好都合だった。


 結局ダークエルフは監視の役を引き受け、白砂漠から大陸南にあるオークの集落へと拠点を移した。そこから厳しい監視網を引いて脱走者を一人も出すことなく、役目を果たしていたのだが、1年ほど前に件の戦争が起こった。


 ダークエルフは元々ストイックというかなんというか、かなり禁欲的な性格で知られる。そいつらが監視網を引いたものだから、それまで好き勝手していたオークにはたまったものじゃなかったのだろう。

 それまで溜めに溜めた欲求不満をぶちまけるようにして暴れだしダークエルフに牙を向ける。仮にも同族でそれまで庇ってくれていただけに、皮肉が効いているというかなんというか。


 ダークエルフも普通のエルフと同じく魔法を使えるが、オークの人海戦術の前に押されて制圧しきれず、かと言ってオークが押し切るには魔法は強力過ぎた。

 かくしてふたつの勢力は依然として戦争状態。今に至る。





「…………クズだろ。あの豚ども」


 浜辺ではしゃぐバカどものを眺めてそう呟く。

 ダークエルフの王が甘いといえばそれまでだが、それでもオークの欲に任せた動きは褒められたものではない。

 議会で庇ったというなら、そのオークの代表もまたその場にいたはずだ。それを……。

 ……。

 …………裏切り、か。


「元々他人にかける情けなんざ持っていないが、こいつらにそんなもんいらねぇな」


 今更誰かを手にかけることに思うことなんてない。

 春の大陸でのミゼル達の部隊の連中も、斬り殺した時に何も感じなかった。

 気に食わないなら殺す。

 ただそれだけだ。

 例えそれが俺とは関係ない軍隊だったとしても。


「さぁ。ブタ狩りの始まりだ……ッ!」


 変装・・をアイテムボックスから取り出して身につける。以前にふざけて作ったものだが、こんな時くらいしか使わんだろう。顔も体も隠れるし、丁度いい。

 さて。高いところから見下ろして悪役気分も味わったし、そろそろ行くか。


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