鬼と桃2
オーガは黒い表皮を持つ2メートルほどの鬼人だ。形は人に似ているが目は赤く、尖った耳や牙を持つ。その戦士は腕力に物を言わせたパワーファイターが多いとされる。
だが――――
「どういうことだ?オーガは知性は低いが人とコミュニケーションを取るはずだ。妖精種に分類されているし、間違っても魔物ではないだろ?」
「い、良いから早く逃げるんよ!?あいつらはたまにこうして現れては滅茶苦茶に壊していくんよ!」
そうこう言ってるうちに件のオーガが暴れ始めた。近くにあった桃の木を砕き、フェアリーを傷つけようとする。
村人たちは空中で右往左往しながら逃げ始める。
「させません!」
正義感に駆られたルイが愛用のサーベル片手にオーガに突っ込んでいく。
あの体格差だ。まともに正面から打ち合えば細いサーベルなんざ小枝のように折れるだろう。
「ちっ!突っ込んで行きやがって!ケーラ!フェアリー達を誘導してあいつから遠ざけてくれ!レリューは一緒に逃げて状況に応じてチャルナに輝石を渡せ!チャルナは護衛!」
「わ、わかった!」
「了解しました!」
チャルナが口に双剣を咥えて懐から出て行ったのを横目で確認し、適当に指示を出して俺もオーガに立ち向かう。
オーガのあの暴れ様、尋常じゃない!
「何のワケがあってここまでの無体をするですか!?これ以上するつもりなら――――ひゃあっ!?」
「アホっ!そんな問答言ってる暇があるならぶちのめせ!尋問なら後にしろ!」
勇ましく声を上げていたルイの肩を踏み台に、オーガの顔の位置まで飛び上がる。
そのまま勢いに乗った飛び蹴りを放った。
「ウガアアアアアアアアア!」
蹴りは顔面に直撃したが、どうにも効いていない。
表面が硬すぎる。
オーガは獲物の反撃に興奮して雄叫びを上げた。
「…………ありゃあどう見ても理性が残ってないな。獣そのものだ」
「どうするです!?」
「とりあえず攻撃を打撃に切り替えて、内部にダメージを入れていく!ルイは柄で小まめに突け!まずは足だ!」
「分かったです!」
着地した俺の横をルイが走り抜けていく。俺はオーガを挟んで反対側に回り込みながら、呪文を詠唱した。
「『我と我が名と我が標 誓いによりて敵を打つ 破敵の擊槌 いざここに』」
「『ハンマー・クラフト』!」
輝くハンマーを手に、振るわれる木の下を駆ける。
空気が鳴る音をかき消すように金属音が響く。
ルイのサーベルの打突による音だ。
そちらにオーガの気が引かれた一瞬を突いて、ハンマーを振りかぶる。
「おらァッ!」
「ゴアッ!?」
重い手応えと共にオーガの膝にハンマーがめり込んだ。
たまらず膝を折ったところにルイの追撃が走る。
「護剣流 振透擊!」
後頭部にルイ渾身の一撃が決まる。
剣の柄が叩き込まれた部分から見て取れるほどの震えが走り、オーガの頭を揺らす。
オーガは短く呻くと糸で吊られるように地面に倒れていった。
「――――面白い剣じゃねぇか。なんだそりゃ?俺との訓練では使わなかったよな?」
「五英雄の一人が使ったという剣術なのです。あくまで誰かを守るための剣術で、ルイはまだ未熟なのです……」
なんでも村にその剣の使い手が居たとか。退役した元軍人で、村の子供に広めて回っているらしい。
代々誰かに仕えていたというコイツの一族にはぴったりなんだろうな。
ま、それはともかく。
「とっととこのオーガ仕留めるか」
「…………意識がない者を手にかけるのは騎士道に反しますが、村人に被害が出ていては仕方ないです……」
「待ちな!」
突然、横合いから声が響く。
見ればコネホが息を切らしながらそこに居た。
何だ?なぜいきなりコイツが出てくる?
「なんで止めるんだコネホ」
「そ、そうです。このオーガは村人を襲っていたのです!情けをかける必要はないのですよ!」
「いいからそこまでにしな!訳は後で話すよ!回収班!」
おお!?コネホの掛け声と共にワラワラと人が湧いて出てきた。
なんなんだコレ!?
あれよあれよという間にオーガの巨体が運ばれてきた台車に括りつけられる。これは……なんとなくガリバー漂流記のアレに似ているような……。
オーガを回収し終えると、商団の奴らはとっとと撤収していった。いつの間にかコネホも居ない。
「…………何だったですか……?」
「…………さぁな」
その場に呆然とした俺とルイが残される。
尋常ではない様子のオーガ。
怯える村人。
おかしな様子の商人達。
モヤモヤした謎がそこに渦巻いていた。
―
オーガが去ったことを伝えると、フェアリーたちはあからさまにホッとした様子だった。
「良かったんよー。また酷いことになるとこだったんよー」
「また、ってことは何度もアイツみたいな奴が来てたのか?」
「そうなんよ。今日のオーガとはまた別に、何年か前にも暴れるオーガがいたんよー」
「その時はどうなったんだ?」
「それはもう酷いもので、村中の桃の成木が全部折れてしまったんよ。幸い若木が生き残ってたのでなんとかなったんけどねー。オーガも村のみんなが集まって魔法を使ってようやく倒せたんよー」
妖精種の魔法か……。興味はあるが村の秘密とやらで教えてもらえないらしい。
人ともエルフとも魔物とも違う、さらに言えば妖精種同士でも、種族によって細かく分類されるという魔法だ。
当然、未解明な部分も多く手持ちの魔道書では言及しているものは非常に少ない。
代わりに妖精の鱗粉から精製した、催眠や麻痺といった状態異常を引き起こす粉を、オーガ撃退の報酬としてもらえる事になった。
まぁ儲けもんがあるだけまだ良いか。
夜になり商団に戻ると、翌日の朝にこの村を出発することをコネホの口から告げられた。
いつも大抵2・3日はそこに留まるというのに、今回に限ってどうしたんだ?
「――――この村はねぇ、市場としてはあまり良くないのさね」
「どういうことだ?」
ため息を一つ吐きながら、コネホはそう言った。
「消費が少ない上に特産が足の速い桃だからね。一晩ここで留まると客は来ないし、時間とともに桃は劣化する。味は良いんだけどねぇ……」
「市場としての魅力が少ないわけか」
何しろ当の客があれほど小さいのだ。当然、売れる商品もそこまで多くは売れないだろう。種族特性といえばそれまでか。
ま、それはいい。俺にはどうもできないし、してやる義理もない。問題はあのオーガのことだ。
「アイツは結局どうなったんだ?」
「……アレはオーガの族長さね。この辺ではたまにそれまで普通だったオーガが暴れだすことがあるのさ」
「危なっかしいなオイ……」
いきなり狂うオーガなんて怖くて近寄れんだろ。
しっかしそんなことが自然にあるのか……?少なくとも俺が読んだ本の中では書かれて居なかったな……。
「せっかく生け捕りにしたんだから、次の村で引き渡すよ」
「次の村?」
「――――オーガの村さね」