ルイの主(仮)
「え、えと、この度ご同道させていただくことになりましたウルフェミア族のルイなのです。よろしくお願いしますです!」
やや緊張気味のルイが頭を下げると、集まった面々が拍手で迎える。今日は新しく商団に入ったルイの歓迎会だ。
ルイの処遇はルカと一緒に旅をして、商団が大陸を一周する間……つまりまる2年を修業に当てることになった。その間に主が見つかったとしても、ルカの許可がない限り、付いていくことはできない、という決まり付きだ。
誘いの言葉通り、俺と一緒に来るかどうかはストラーダに行ってから、アイツ自身が決めることだ。
何はともあれ宴会である。
レリューの時は、アイツがVIPということもあって大々的に宴会が行われたが、今回は小規模なものだった…………最初のうちは。
姉のルカ、馴染みのリツィオ、護衛対象のレリュー、引き込んだ俺、ついでにチャルナ。
ここまではいい。
面白そうだからとついて来たケーラ。
どっから聞きつけたのかわからないロレンス、ロレンスに連れてこられたキアラ、ペットのミケ。
王族とできるだけ接点を持っておきたいコネホのバアさん、バアさんが引き連れてきたイチオシの商人共……エトセトラエトセトラ……。
いつの間にやら人が増えて、当初用意していたテーブルや料理では足りなくなってきた。いつの間にかそこらに居た護衛連中も集まってきてやがる。
ったくどいつもコイツもなんだかんだ言って騒ぎたいだけじゃないのか?お陰で料理班に回っている俺の手が休まらない。
『おいひーですー!もっと!もっと持ってきて下さぁーい!』
『うわぁ……スゴイです……あんなにあった料理が吸い込まれて行くです……』
『あはは!ルイちゃんは初めて見るんだっけ?前も見たけどスゴイよねー』
『にゃあ〜う!』
…………そういやァ、ひとり大食いが居やがったな。あいつも前の宴会で何かのタガが外れたらしく、やたらメシ食うようになったっけ。アレで仮にもお姫様と言うんだから間違ってるよなぁ……。
俺はため息を吐きながら、アイテムボックスの食材のストックを呼び出してさらなる追い込みに備えた。
「――――すいませんでしたユージーンさん。妹のために苦労をかけさせてしまって」
「『それは言いっこなしだよおとっつァん』……とでも言えばいいか?」
宴会が(というかレリューの胃袋が)落ち着いてきた頃、申し訳なさそうにしたルカが厨房にやってきた。
こうして改めて見てみると、本当によく似た姉妹だ。生真面目そうなところも顔立ちがはっきりとして凛とした印象を与えるところも。
リツィオも同じような髪の色をしているが、あいつのそれは銀に近い。この姉妹はいわゆる白髪だ。煌びやかなリツィオに対して、この姉妹は鋭い刀剣のような輝きを放つ白髪がこの上なく似合っていた。
「ええと、私はユージーンさんの親でもないし、ましてや男でもないのですが……」
「いいんだよ。ただの定型句みてーなもんだからよ」
「は、はぁ……?」
いまいち納得してないみたいだ。異世界のジョーク飛ばしても意味ねぇか。
「んで?何の用だ?」
「あ、はい。妹の事でご迷惑をおかけしました。里から出発するときに言い損ねてしまったので改めてお礼申し上げます」
「ああ、別に良いんだけどよ。こっちはこっちの思うところがあるわけだしな」
実際、親の説得に行っても俺はほぼ話すことはなかった。
ルイのやつが熱に浮かされたようにしゃべり続けて、惰性のように拒否し続ける親も疲れた頃に、ルカが一言い添えただけだ。
「今回は特に融通が利かなくて、なんとしても決闘をと言って聞かなかったものですから、止められなくて」
「元が頑固でも今回は別だったか」
「ええ。本当に。なんで今回に限ってあれほど頑なだったのか……」
不思議そうにしているルカ。
んん?おかしいな。部外者の俺が気づいたのだから、実の姉が見抜けてもおかしくないのだが……。
「もしかして本当に気づいてないのか?」
「え?何がですか?」
どうやらマジで気づいてないらしい。コイツもどっか鈍いところがあるようだ。
「アイツがあれだけ怒っていたのは大事なおねーちゃんが負かされたからだろうに」
「はい……?」
「ルイが目指してるのは、お前のような騎士なんだろう。だから、お前が負けることは、自分の夢の否定と一緒だ。…………もう一度言ってやろうか。『随分信頼されているじゃねぇか』なぁルカ?」
俺が言った言葉の意味がようやく分かったらしく、ルカは顔を真っ赤にしてしばらく微動だにしなかった。
ようやく再起動したかと思えば、ルカは真剣な顔で口を開いた。
「それで……非常に申し上げ難いのですが……」
「……聞くだけ聞いてやる」
なんか嫌な予感が……。
「妹の……ルイの主になってやってくれませんか?」
「…………はぁ?」
ルカの口から出たのは俺にとって予想外のことだった。
俺があいつの主に……?
「んなもんあの堅物が受け入れるわけねぇだろうが。どっちかと言うと俺はあいつの敵側だぞ?」
散々卑怯だなんだと言われて印象は最悪に近い。俺にとっても、あっちにとっても。
そう言ってやるとルカは首を振った。
「いえ、むしろそちらの方がよろしいかと」
「どういうことだ?」
「あの子は外の世界を……もっと言えば『悪』の部分を知らなければいけません。卑怯も非道も知った上で、なお正義を名乗ることができなければ、あの子の『騎士道』とやらはいつまでも仮初のままです」
ああ、なるほどな、つまり――
「…………だからあえて俺のところに付けて俺の卑怯非道を見せる、ってか」
「そうです」
ふむ……。一応筋は通ってる。
だが、ルカには……リツィオには何かを企んでいる節がある。これもまた何かしらの計画の一旦だとしたら……。
「――先に言っておきますが、これは私の独断です。以前のお話には関係ないのです」
俺が渋っている理由を察したのか、そんなことを言うルカ。
その言葉を信じる理由は無い。
無いが――
「よし。良いだろう。こっちとしてはメリットもあるしな」
「よろしいのですか……?」
「勧めておいてなんで驚いてんだよ」
「いえ、あんなことがあったので信じて頂けないものかと」
「勘違いすんな。まだ俺はお前らを信じるわけじゃない」
「では……?」
取り繕った顔にわずかに怯えが走る。
「もっと言うなら『お前らごときが俺の驚異になる』なんて勘違いしてんじゃない、ってとこか。お前らが何をしても、何を考えても『邪魔』程度にしかならない」
だから、煩わせんな。
そう言って睨みつけるとルカは顔を強ばらせる。
結局、俺にとってこいつらなんて些事でしかない。今、何もしないのはほんの気まぐれだと匂わせてやる。
そうすることでこれ以上の厄介事の持ち込みを牽制する。
信じてはいけない。誰も。決して。
一度信じた者に裏切られる。
それは他のなんでもない関係の者から裏切られるよりも、強く、深く心の柔らかい部分を切りつける。
それが俺の心の傷なのだから。
「――――ま、あいつが良しと言うなら受け入れるってことで」
「…………はい。分かりました」
俺が明らかに貼り付けたと分かる顔で笑いかけてやると、ルカは強ばった顔のまま厨房を出て行った。
さて、あの一直線娘を俺の下に付けたところで何ができるとも限らないが、一応の警戒はしておくか。
「――なんれれすか」
「…………何がだ」
「なんれ、るいを助けるような真似をしゅるんれすか。じぇったい裏があるれすよー!」
「……こいつに酒飲ませたのはどこのどいつだァァァァ!?」
厨房でこそこそすんのも飽きたんで、宴会場に出てきて見ればそこかしこで酔いつぶれた参加者どもの参上が目に入ってきた。
その中心とも言えるテーブルで、酒瓶片手に座っていたルイに事情を聞こうとしたのが間違いだった。
完全に絡み酒だ。呂律が回ってない所を見るに相当酔っているようだ。
「なぁーんなんれすか、どういうことれすかー!?どんな下心があるって言うんれすか!?言え!言うれすー!」
目が座ってらっしゃる。
俺が酒を出した覚えはないから、きっとコネホの連れてきた商人共が提供したであろう瓶からはキツいアルコール臭がする。
そこそこ強い酒を、こんなガキに飲ませて一体何をするつもりだったのやら。
「あー……、レリューとか、他の連中はどうした?」
「うーん……?たしか、みんなに勧められてお酒の飲み比べをしてたれす」
「あいつら何させてんの!?」
「んで、みんな勝てなくて、倒れたところにレリューさまが笑いながら酒瓶突っ込んでたれす」
「あいつも何やってんの!?」
どうりで仰向けの護衛どもが口から酒瓶直立させて林になってるわけだ!
きゃっきゃっと笑いながらとても楽しそうに酒瓶を手にする姿が目に浮かぶ!
「ねーさんはリツィオさまにお酒注がれて一気飲みしたら倒れたれす」
「ルカあぁぁぁぁぁ!」
あいつもちょっと前までシリアスしてたのに!
クソっ!気を抜くとコメディ側に持っていかれる!
気をしっかり持たねば。
「他の連中は?」
「…………覚えていないのれす」
まいったな。酔ったまま徘徊とかしてないだろうな。
いや、そんなに心配することもないか。ケーラもリツィオもキャバクラ……もとい酒場の人間だ。客に酒を勧められることもあるだろうし、そういった方面からの対処方法も心得ているはず。今頃ここでやらかした奴らを介抱してるだろう。
「もぉー!るいが聞いてるですよ!なんで逆に聞かれなきゃいけないんれすか!?」
「ああ、分かった分かった。答えるから落ち着け」
それにしても厄介な……。なんでと言われてもなー……。
「その方が面白そうだったから、というのはダメか?」
「るいに聞いてる時点で本当の事言ってないのれす。ダメダメれす!」
「あー……えっとなぁ……」
「も、もしかして……」
俺が言いあぐねていると、突然何かに気づいたようにルイが口元を押さえる。
「ひ、一目惚れしたれすか!?」
「はァ!?」
いきなり突拍子もないことを言い始めるルイ。
何がどうなってそうなった。
「酔っ払うにしてももうちょっとまともな考え方だろうに」
「うっさいれすー!どうなんれすか!?るいの事、す、好きなんでれすか!?」
「あー……もー……いいよそれで」
メンドクセーなこの酔っ払い……。
一目惚れだとか好きだとか腫れたとか。思春期の中学生かこいつは。
「や、やっぱり下心があったれす!ヘンタイっ!ヘンタイれす!」
なンだこれ。なんで野郎が口から酒吹き出して伸びてる惨状の中心で、いたいけな少女から罵倒されてんだ俺?
もういい。勢いついでに主従関係の話をするか。
「お前……俺が主人になってやる、っつったらどうする?」
「ふえっ!?」
おーおー、顔真っ赤にしちゃって。純情なこって。
酒の回った頭でも、自分に下衆なこと考えるような輩が主人になったらどうなるか、考えんでもわかるだろ。
これでクソ面倒な主人になんてならんで済む。メリットもあるにはあるが、なくても変わらん。
ルイから断られるなら角も立つまい。
どうせ酒に酔って覚えていられないだろうし、もうひと押ししておくか。
俺はルイの手を掴むと、長椅子の上に引き倒した。
「きゃあっ!?」
「おやおや……気高い騎士様が『きゃっ!』なんて可愛らしい悲鳴上げていいのか?」
「う、うるさいれすっ!離すれす!」
「離してもいいがなぁ……その時は罪もない別の誰かが犠牲になるだけだ。お前はそれでも良いのか?」
「っ!?」
「あーあー。どっかの誰かが、俺の下心とやらを受け止めてくれたら、そんな犠牲はでなくて済むんだけどなぁー……?」
こういう言い方をすればきっとコイツは悩みに悩んだ上で、決闘で根性を叩き直すとか言い始めるに違いない。
俺はまた、からかいながら戦ってもいいし、別のことでルイを弄ってもいい。生真面目なコイツは俺にとって本当にからかい甲斐のある獲物――
「る、るいが仕えれば、ギセイは出ないれすか!?」
「――え!?お、おう。もちろんだ」
「なら、るいが仕えてその下心のギセイになるれす!」
思ったよりもあっさり受け入れるルイ。
……あれ?
なんでこうなった?
確かに俺がルイを商団に引き込んだのは、面白いやつだと思ったからで、『悔しくてビクンビクン』させるなら騎士に固執するルイは、これ以上ないほど適任なオモチャだと思ったからなのだが……。
「しょ、しょうがない人なのれす!るいが抑えてないといけない犯罪者なのれす!ほら!この紙にでもケーヤクのサインでも書くれすよ!」
困りながらもどこか嬉しそうなルイ。
そうして突き出されるまっさらな白い紙が俺の心象をよく表していたと思う。
結局、ルイは期間限定で、俺の『騎士』とやらになった。
ホント、なぜこうなった……。