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同行者プラス2


 ファントム、とはこの世界では割とポピュラーな魔物だ。

 一定以上の思念が集まって凝り固まり、さらに大きくなろうと生物を襲って思念を吸収しようとする。言ってみれば怨念の塊のような物だ。

 夜間にしか現れなく、しかも人里離れた場所に現れるのが常なので、遭遇自体は少ない。木こりが夜に山に入って追い掛け回される怪談が出回っていて、それの影響で知っている者は多いが。

 だが、これを実際に倒すとなると少々面倒だ。

 なにせ奴らは思念の塊。物理的な攻撃は通用せず、無理に攻撃をけしかければ取り憑かれてしまう。そうなったらジワジワと体力を削られ、殺されるのを待つしかない。取り憑かれた者ごと斬れば、ファントムにもダメージは与えられるがそうなったらもう救うことはできないだろう。



 倒すには魔法が良いとされる。何も光属性の物でなくとも、魔法は生物の生命力、あるいは感情の塊なのでファントムはその存在自体を希薄にさせられてしまうからだ。

 もし、これを読む貴方が、魔法の使えない獣人でもない限り、あるいは対処法を知らない場合以外は特に恐れる必要がない魔物と言える。


「――――『対魔物完全攻略ガイド』より。……って魔法以外の対処法を教えとけよ……」


 何が完全だよ。使えねー。

 やたら慌てていると思っていたが、獣人に対処が難しい魔物ならしょうがないか。ファントムなら何度か馬車を襲うこともあったので対処法も知っていた。ただ、名前と容姿が一致しなかっただけで。

 幸い、村には丁度巡業商団が来ていたから、魔法の使える人間は多い。

 俺が出張らなくても騒ぎは終息していくだろうが……。


「…………ついでだ。お前も来い」


「え!?ま、待つです!私が行ってもお荷物なだけです!」


 騒ぎを聞いてから尻尾がピンと伸びきって緊張しているルイの手を引いて歩き出す。

 丁度いい。村の連中に恩を売るついでだ。この田舎娘に現実というものを教えてやろう。


「チャルナは居るな?あと、レリューは『輝石』を貸してくれ」


「ふぁいッ!?な、なな、なんで私達がココに居るってバレて!?」


「にゃ、にゃあー……」


 俺が稽古場の一角に声をかけるとすぐに慌てたような声が物陰から聞こえてきた。大方心配になって見に来ていたのだろう。

 俺が気づいたのは契約魔法の効果だが、それを説明している暇はない。

 輝石を外して人魚になったレリューを抱きかかえ、片手にはルイを掴み、さらにチャルナを懐に入れる。


「ちょ、ちょっとユージーンさん!なんで私まで!?」


「馬鹿かお前は。護衛対象を置いていけるか」


「最近思いっきり置いてかれました!!」


「つべこべ言わずに行くぞ。そらッ!」


「いぃーやぁー!降ーろーしーてー!降ろして下さいー!!」


「ルイも離して欲しいですー!」


 レリューもルイもジタバタと暴れる。ふたり揃って駄々っ子か。

 だが、もちろん俺が離す訳もなく。


「お、お化けイヤああああああぁぁぁぁぁぁッ!?」


「は、離せです!おウチ帰るですううぅぅぅうぅぅぅぅぅッ!」


 暴れる2人をムリヤリ抱えて騒ぎの中心に向かって走っていった。





 駆けつけた村の片隅では村人がそれぞれに剣やら鍬やらを持って集まっていた。どうやら他に商団の連中は来ていないようだ。これは都合がいい。

 村人たちの中心には、直径1メートルほどの青白い光球が漂っている。光球の中には、煙のようなものが渦巻いており、時おりそれが無数の人の影を形どっては霧散していく。コイツがファントムだ。


「アアァァァァアアアア」


「オオォォォォォォォォォォ」


「――――啼いているのか」


 辺りに響く怨嗟の声はあの光球が発しているのだろう。村人も気味悪そうにして近づこうとしない。


「イヤですー……お化けイヤですー……怖いですよ〜よしましょうよ帰りましょうよ〜……。」


 …………ムリヤリ連れてきたレリューはそちらを見ようともしない。こいつ本当に魔人の追跡から逃げて来た奴と同一人物なのだろうか?

 それはともかく。


「ルイ。お前ならアレからどうやって主を守る?」


「そ、それは魔法を宿した武器が……古代遺物アーティファクトが無いと対抗できないです。だから、一緒に逃げるです。もしくはルイが囮になって……」


「そうなったら後のことはどうする?誰が主を守るんだ?」


「だ、だってしょうがないです!ファントムにはルイの剣は……」


「そう。通用しない。自分の持っている才覚じゃどうしようも無くなって、それでもなんとかしたいとき、人はお前の言う『卑怯』な方法というものを生み出すんだ――――チャルナ!行くぞ!」


「にゃうッ!」


 俺の言葉に懐からチャルナが飛び出す。その首に『輝石』を着けてやるといつものように人の形になった。

 すぐにアイテムボックスから大きめの布を取り出して被せてやる。


「…………なにしてるです?」


「何って年頃の乙女に衆人環視の中でマッパで戦えって言うとでも?」


「じゃあ、今は中で着替えてるんです?」


「そうだ」


「なら『行くぞ!』とか言って無駄にカッコつけないで欲しいです!ヒョーシヌケしたです!」


 俺とルイが言い合っている間にも、チャルナの着替えは進む。

 ファントムの方はうめき声を上げながら近くの村人に襲いかかろうとしていたので、魔力を込めた投石で牽制してやる。

 当たると光球が破裂して空気に溶けるように消えていくが、すぐにどこからともなく青白い煙が集まって元に戻ってしまう。やはり魔法でないとダメか。


「マスター!終わったよー!」


「よし。じゃあやるか。ルイはしっかり見てろ」


「…………その子にやらせるです?その子はルイと同じ獣人じゃないですか」


「そう。だがお前とチャルナは違う。あいつは卑怯とか騎士道とか関係ないところにいるからな」


「…………」


 黙ってしまったか。

 さて、チャルナのやり方を見て学んでくれればいいんだが。




「にゃあッ!」


 村人が見守るなかチャルナは双剣を構えて突っ込んでいく。ファントムとは何度か戦っているはずなのだが、毎回こうして突っ込んでいくな。


「アアアアアア」


 チャルナの突きはファントムの球体を切り裂くが、当然効果はない。

 それでも何度か剣を向けると、ファントムの意識は完全にチャルナの方を向いたらしく、村人の方に寄っていくことはなくなった。

 ふと、それまでただ漂っていた光球の様子が変わる。


「オオオォォォォ…………アアアアアアアアアアッ!」


「チャルナッ!来るぞッ!」


「うにゃッ!」


 突然、ファントムの移動スピードが上がり、空間を暴れ始める。

 勝手に光球がバラけて中の煙が露出し、それが無数の手の形を成してチャルナに伸びる。あの手に捕まれば取り憑かれてしまう!

 チャルナはその手を持ち前の運動神経を生かして躱し、大きく飛び退って猫のように両手両足で着地する。


「オオォォォォッ!」


 なおも執拗に追撃をかけようとするファントムの前に、いきなり何かが落ちて来る。

 それは灰色で小さな――――――


「ネズミッ!?」


 横で見ていたルイが叫ぶ。

 今の着地の瞬間にでも捕まえていたのだろう。それをファントムが突撃してくる瞬間に合わせて投げたのだ。


「アアアアアアァァァァ…………」


 取り憑こうと煙腕を伸ばしていたファントムは突然割り込んできたその生物・・に本能的に取り憑いてしまった。

 小さな灰色の体に青白い煙が吸収されていく。


「にゃああああああああああッ!」


 チャルナは持っていた双剣を投げつけて、ネズミの体をダーツのように地面に縫い止めた。

 そう。取り憑かれてしまうのがマズイというなら、別の入れ物を用意してそれごと殺してしまえばいい。


「そんな……方法が……」


 ネズミの死体から立ち上る、エーテル光を見ながら、呆然とした様子でルイが呟く。

 自分の攻撃が通じないチャルナが考え出した策だ。近くの小動物の命を犠牲にするので、真面目なルイには思いつけなかったのだろう。


「――――どうだ?あれは『卑怯』な解決方法だろ?」


「…………はい」


「アイツは立派に勤めを果たした。『卑怯』というのは確かに筋道から外れた行為かもしれん。だがそれは生きるのを諦めていない証、とも言える。

 お前は最初から自分と主の命を天秤に乗せて、あまつさえ自分の命を諦めていた。チャルナはたとえ卑怯でも、生き残る道を示した。それでもお前はチャルナに卑怯者と言えるのか?」


「…………わかりません……。ルイは……騎士道が間違ってるとは思わないです。だけど、あの子がやったことも間違ってるとは思えないです」


 おや?ここであっさり『私が間違ってました』とでも言おうものなら散々にいじってやる予定だったのだが……。簡単には折れてくれないらしい。

 ――――面白い。


「なら、一緒に来るといい」


「え?」


「村の中で悶々としていても意味がない。お前がお前の欲する答えを見つけるまで、付き合ってやる」


 びっくりしているルイに、そう言葉を返す。

 どこまでも頑固なコイツを、村の中に縛り付けていても意味がない。村の中では同じものしかない。変われない。

 ならば、自分とまったく違う価値観の中に放り込んでやればいい。


「だから俺たちと一緒に来い」


「で、でもおとーさん達がなんて言うか……」


「決闘したのは俺だ。俺に判断の権利がある。なくても説得してやる」


「じゃ、じゃあルイは外に出てもいいです……?」


「おう。俺が許す。それとも嫌か?」


 ちょっと涙目になりながら、ルイは何度も首を振った。



 ファントムの騒動が終わり次第、俺とルイは両親の説得に駆け回り、なんとか許しをもらうことができた。

 たぶん、ルイの親もこのままルイを村に置いておくことの限界を感じていたんだろうな。

 最後にはルカの説得を得てようやく村の外に連れ出す許可を得たのだった。

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