ルイとの決闘
チャルナの決闘騒ぎの次は俺か。
因果なもんだな、とは思うがこれも自分で蒔いた種か。
「こらぁー!真面目にやりなさぁーい!」
ヒュン、と風を切る音がする。
耳元をルイが握るサーベルが通り過ぎていった音だ。
「このッ!せいッ!そりゃッ!」
「………………」
「こっち見るですー!当たるですー!」
一応、絶賛決闘中ではあるのだが、俺は『ススメ』を開いて読書中だった。
先程から何度もサーベルの切っ先が掠めていくのだが、どれも俺に当たらない。
俺は余裕のあまり本を読みながらギリギリで避ける遊びをしていた。
それもこれも全てはスキルのおかげ――――ではなく。
「…………お前の剣って型通りなんだもんなー。初見の俺でも何回か見ただけでパターン化できたわ」
「なんですかッ!それッ!わぁッ!」
「単純なんだよ。お前の性格が滲み出てるのかは知らんが真っ直ぐ過ぎる」
「そんな訳ありませんッ!ルイはこの村で一番ッ!強いんですッ!」
そう言って繰り出される剣は、確かに早い。この村の中で一番、というのもあながち嘘ではないのだろう。
だが、それでも俺には通じない。
朧げながら俺にもロレンスの言う『リズム』とやらが掴めてきた。
人の動きには一定の法則がある。例えばこいつは踏み込む前に少し右足が下がる。振り下ろしの際には顎が下がる。
何かをする前の準備動作と、繰り出される行動が絡まり合って、独特の癖のようなものを生む。
それさえ分かれば後は簡単だ。
その動作から予想される動きの範囲外に、自分の体を置けばいいだけなんだからな。
「このッ!ええい!ちょこまかとッ!」
「言っとくが、ただ当てるだけでは俺は倒せんからな」
「わかってるですッ!」
加えて、この決闘に課したルールがさらに拍車を加えていた。
俺の体には各所に色のついた綿球を付けておいた。普通に決闘したら向こうが不利すぎる。なにせ俺の体は弱い魔物の一撃を受けて傷がつかない。……………それなりに痛みはするが。
なので綿球をひとつでも切れたら勝ちにしたのだが…………軌道が限定されるせいで、余計に躱しやすい。
結果――――
「あぁーたァーるぅーでぇーすぅーッ!」
「ははッ!ムリムリー♪」
ルイ念願の決闘をしているというのに相変わらず弄ばれる、という構図が出来上がるわけで。
そこから三十分。俺は避けに避けまくって、スタミナ切れで攻撃が止まるまで、動きが止まることは無かった。
「くッ!このぉッ!」
明らかにバテバテな様子のルイが必死の突きを繰り出す――
――――と見せかけて右手からサーベルを落とす。
下からすくい上げるような動きで得物を受け取った左手を。
そのまま振り上げた!
「お、ちょっとは学習したみたいだな。でもまだ甘い!」
地面からアゴを捉えようと迫る切っ先を、俺は軽くアゴを上向けてギリギリのところで回避する。
「今度こそ貰ったです!」
体勢を持ち直し、振り上げた所からさらに打ち下ろそうとするルイ。
突き上げた顔の先、断頭台のように白刃が見える。
その刀身を――――
「なッ!?」
「――本ってのはこんな使い方もできるんだぜ?」
持っていた『ススメ』のページに挟み込む。
押しても引いてもサーベルはビクともしない。身体能力強化の力をフルに使って両側から圧力を加えているから当然だ。
そしてそのまま腕を捻ると、吊られてルイの体も横倒しになる。
どうやら今度こそ本当に体力の限界に来ていたらしく、起き上がる様子はなかった。
「ぜぇッ!ぜぇッ!ぜえッ!」
「はい残念。こんなザマで俺に挑もうなんざ百年早い」
大の字になって倒れるルイの頬を、指でつつきながらおちょくってやる。しかし当のルイは反抗する気力がないのか、荒い息を吐くばかりだ。
「…………卑怯です」
「ん?」
「正々堂々立ち会わないなんて騎士の風上にも置けないのです……」
「口だけは一人前だな」
やっと喋ったと思ったらこれか。俺は騎士じゃないっての。
しっかし騎士、ねぇ……。
ふとした疑問が湧き上がり、それが口を突いて出てくる。
「お前は何を守りたいんだ?」
「え?」
「いや、さァ。ちと思ったんだが、例えば俺みたいな奴が出てきて卑怯な手段でしか倒せないとするだろ」
「…………はい」
「で、それをしなければ主が死ぬ。そうしたらお前はどうするつもりだ?」
「そ、それは正々堂々……」
「違う。そうじゃない。その正々堂々…………お前の騎士道か?それが通じない相手に、主義を曲げてまで主を守れるのか、って話だ」
騎士道か、主人か。己の本当に守りたいものはどちらなのか、。
そう言うとようやく俺の言いたいことを理解したのか、神妙な顔つきになるルイ。
リツィオやルカからこいつの頑固な性格を聞いていたが、これは頑固というよりは何かに強く執着しているように見える。実際会ってみれば口から出るのは騎士だとか正々堂々だとか、青臭いことばかり。
そんなことでは村の外に出してもらえないのも当然と言える。
こんなやつに付き合わされて、決闘なんて面倒なことまでしたのだ。
だからちょっとしたイジリのついで、あとは俺の好奇心から投げた質問だったのだが――――
「むぅ…………」
「おーい?」
「むぅう…………」
「ダメだこりゃ」
すっかり考え込んでしまっている様子で、聞こえちゃいない。
さぁて、どうすっかなー……。
「た、大変だ!ファントムが出た!」
俺が次なるイタズラを考え始めた矢先、そんな男の悲鳴じみた声が聞こえてきた。