幕間:ロレンス視点
―――――ロレンス視点――――――
まぁーったく。とんでもないお子様だよ。
あんなバケモノじみた強さを持つ癖に、契約したのはただの黒猫?やることなすこととんでもないね。
ま、そんな訳のわからん酔狂に巻き込まれたおかげで、キアラちゃんとお近づきになれたんだけど。
「ね。キアラちゃん。このあとどうかな?一緒に食事でもしながらユージーンにどう教えるか話でも」
「あ、いいですねぇ。それじゃどこかオススメのお店お願いしますぅ」
いよっしゃ!結構簡単に誘えた!ユージーン様さまだぜ!
彼女もユージーンに契約魔法について教えてくれと頼まれていたから、共通の話題を持ち出せば誘える確率が上がる、とは思ってたがこうまで簡単に食いついてくるとは。
けっけっけ。他の連中、羨ましがるだろうなぁ。
何しろ『ビーストテイマー』ってのは、がさつな女冒険者とは格別の雰囲気があるもんな。
カップルになれば晴れて魔法ツガイの完成。しかも強力なペット付き。
そうなればもう、前線であくせくする必要がない。後ろでイチャイチャしながら魔法の構築するだけ。
槍を振るえなくなるのはちぃとばかり残念だけど、今のご時世、安全に稼げるに越したことはないからねー。
しかも、お相手は若手有望株のおっとり系キアラちゃん。このチャンスを逃す手はないぜ。他の連中出し抜いて、俺が彼女と……。
「――あのー。ロレンスさん?ロレンスさーん?お店まだでしょうか?」
「え!?あ、あはは。ゴメンゴメン。ちょっと考え事してたよ。もうちょっとで着くよ…………ああ、ほら見えた。あそこだ」
危ない危ない、こんなところでヘマをするところだった。
他愛もない話をしながら店の中の席に着く。
この店は珍しく、馬車の中で食べる形式だ。ロウソクに照らされながら、ささやき声で話す、ちょっと雰囲気のいいお店。
最初はさっきみたいに世間話をしていたが、次第にユージーンの話に移ってきた。今の話は俺と彼の戦闘訓練の話。
「――――で、彼はそっからいきなりハンマーぶん投げてきてさ」
「え!?ホントですかぁ?……でも変な話ですね。いろんな武器を入れ替えて戦うなんて」
お?ちょっと食付きがいい。戦闘の分野なら俺の引き出しも多いからな。ちょっとした豆知識を披露しておこう。
「それがそうでもないんだ。キアラちゃんは『五英雄』の話は知ってる?」
「え?それは知ってますけど……?」
「その中に『斧槍王』っていたじゃない。彼のスタイルはそれにソックリなんだ」
「へぇー!そうなんですか?私てっきりハルバートの使い手だと思ってました」
「意外と知ってる人はあんまりいないからね。知らなくてもしょうがないさ。
――――『斧槍王』は他の『護剣聖』や『神弓』みたいに特定の武器という物を持っていなかった。彼が手にしていたのは戦場に転がっている全ての武器さ。
入れ替わり立ち代り、その場その場で最も適した武器を拾って活躍した、伝説の傭兵。それが『斧槍王』。『斧槍』ってのは単純に斧と槍って意味ではなく、種類の異なる武器を意味しているのさ」
「そんなことまで知ってるんですねぇ!ロレンスさんってスゴイ物知りなんですねぇ」
よーし!いい感じに尊敬されてる!
師匠のジジイが耳にタコができるくらい話していたのを覚えていて良かったー!
「でも、そんなことってできるんですか?」
「いいや。普通はムリだよ。使い慣れていない武器なんて危なっかしくて戦闘で使えたもんじゃないさ。かの英雄は初めて扱う武器でもまるで手足のように動かしたらしいから、何かのスキルだったんじゃないかな」
ただでさえ死の危険がある戦闘に、自分の使い慣れた武器で挑まないどうりはない。それでもやり遂げたからあの英雄は、事情を知っている冒険者に崇められているんだ。
「ほえー……。それをユージーンさんは自分でたどり着いたのでしょうか……。というか、その全部の武器を魔法で作るなんて、彼は一体何者なんでしょうか?」
「物知りの俺でも、流石にそれはわからないなー」
確かにあの魔力量はおかしい。はっきり言って常軌を逸している。
普通、成人男性が使える魔力量では、精々2、3個が限界だ。それをユージーンは軽々と息切れもせずに使う。女性でもあのくらいの魔力はそう簡単に出せるものじゃない。
「それにユージーンについてはもっとおかしいことがあるんだ」
「ほえ?これ以上に、ですか……?」
「アイツは俺の動きを見ただけでほとんど真似できる」
「え……?ユージーンさん、槍なんてほとんど使ったこと無かったんじゃ?」
そう、ユージーンは俺に教えを請うくらい、槍について知らなかった。実際、最初の動きは武術の基礎的な動きはあったが、槍の特性については知らなかった。
それが二度三度と見本を見せるうちにモノにしていった。
ありえない。
普通なら何年もかかって習得できる動きの滑らかさを、これほどのスピードでこなせるなど、いくら下地があったからといってできるわけがない。
それこそまさに、『斧槍王』でもない限り――――――
…………ってなんで俺が野郎の話題でここまで考え込まなくちゃいけないんだ!
もっとあるだろ!なんかこう……甘い感じの話題が!女子の好きそうな話題が!
「そうそう、ユージーンが言ってたんだけど、こないだ40番馬車のあたりで新しいお菓子の店が出来たとか」
「え!?ホントですか!?」
「ああ、場所も聴いてるからまた今度行ってみようか?」
「いいですねぇ!あ、なら一緒に、美味しいと話題の――――――」
その後は今度一緒にどこに行くか、話題のお店の話になった。
よしよし。これで次のデートの約束を取り付けられた。
ここのお店も気に入ってくれたみたいだし、次にまたここに来てもいいみたいだ。
さて、帰り道でも同じように話をしていたが、このままだとただのお友達で終わってしまう。ユージーンとの訓練話もいつまで続くか分からないから、ここは少しでも気を引いておきたいところだ……!
「――そういえば、キアラちゃんって誰かと付き合ってるとかないの?」
「えッ!?と、突然何を言い出すんですか?」
「いや、ほら。キアラちゃん可愛いから気になっちゃって。どうなの?いる?」
「え、えと……付き合ってる人はいませんけど、好きな方はいます……」
な、なにィ!?
だ、誰だ!?俺たちの情報網には野郎の影なんて無かったはず……!それを知っていたから聞いたのに!
今の質問は『いません』って来たところに『なら俺が立候補してもいいかな……?』ってなるところだろ!?
――――はッ!ま、まさかユージーン!?あいつに惚れた、とか!?
ありえる!何故かあのリツィオ嬢までもがちょっかい掛けていると聞くし、ありえない話ではない!娼館の娘達もよく話しているとか。
護衛のルトさんまで侍らせておいてまだ足りないのか!?あの悪ガキめ!
「そ、それは意外だな。誰か聞いてもいいかい?」
お、落ち着け……!まだだ!まだ希望は潰えちゃいない!
彼女は『好きな人』と言ったんだ!まだその思いを告げてはいない!
今のうちにこちらに振り向かせることができれば………!
「ちょっと恥ずかしいんですけど……」
言うのが恥ずかしい!?やっぱりユージーンか!?
あんな子供に手を出すのは確かに恥ずかし――――
「ミケちゃんです」
「――――え……?」
「私の契約してるマンティコアのミケちゃんです」
あ、あれ?おかしいな。耳にオガクズでも詰まったかな?ありえない単語が聞こえたようだが……。
「あの逞しい筋肉。たっぷり蓄えたお髭……。上等な皮みたいな手触りの羽……。尻尾の表面の硬さも気持ちいですし。たまに甘えてくるのがとっても可愛いんですよ。まさに理想の相棒です」
ま……!
マ ジ か !
「え、で、でもほら。顔はちょっと怖くない?」
「いいえ!むしろあのお顔が可愛いじゃないですか!もう!みんなおんなじこと言うんですよねー。あんなにプリティーなのに」
…………。
………………。
いや!まだだ!俺は諦めん!
例えあの獣に一位の座を奪われようと、人間の中で一位になれば……!
「じゃ、じゃあ人だとどんな男が好みかな?」
「そーですねー……。最低でもミケちゃんに勝てるくらいじゃないと!」
む……無理だ……ッ!
マンティコアなんて一般的な冒険者が徒党を組まないと倒せない。
あんなバケモノ相手にしろって言うのか……!
「あれ?どうしましたロレンスさん?涙が出てますが……?」
「いやぁ……星の光が目に沁みてね……」
「うふふ。なんですかそれ。おかしなロレンスさん。あ、それでですね――――」