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チャルナとの契約

100話記念!

いつもなら他者視点のお話ですが、今回は100話ということでチャルナとのお話を書かせていただきました。

ついでにこれを機に、他者視点を日曜日に更新する方針に戻させて頂きます。

前言撤回が早すぎる、と言われてしまうかもしれませんが……。


 それから数日後。

 俺とチャルナの前に現れたのは、巨大なライオンのような幻獣だった。


「にゃー……。ふにゃう……」


「なかなか凶悪なツラだな……」


 肩に乗せたチャルナが、こいつを警戒して……というかビビって体をすくませている。

 俺たちの前に居るのは『マンティコア』と呼ばれる魔獣だ。ライオンの体にコウモリの羽、サソリの尻尾を持つ凶悪な生物。

 足には筋肉の筋が浮かび、その先端には鋭い爪がある。雄々しいタテガミは乱れておどろおどろしい雰囲気を醸し出している。

 そんな怪物が襲いかかりもせずにそこに佇んでいた。

 俺たちがその姿にあっけにとられていると、頭上から声がかかる。


「ヒドイですねぇ……可愛いと思うんですけど……。ねぇミケちゃん?」


「ゴアァァ……」


「いやぁ……可愛くはないと思うんだけどな……」


 応えるように鳴く魔獣を見て、ここまで案内してきたロレンスがそう呟いた。

 というか、まさかあの気が弱い奴なら、ひと目で気絶しそうな化物の名前が『ミケ』だと?こいつ頭おかしいんじゃないか?

 俺の視線の先にいるのは、亜麻色の髪の女性だ。マンティコアの背中に乗りながら、俺たちを見下ろしている。

 『ちょっと困ったわ』という感じで頬に手を当てている姿はどこぞの令嬢のようだ。

 ……乗っているのがライオンモドキ、というのを除けば、だが。


「アンタが『ビーストテイマー』でいいんだよな?」


「あ、はぁい。私がそうです。キアラ、と申します。よろしくお願いしますねぇ〜」


 丁寧な名乗りはレリューを彷彿させるが、こいつはどこかトロい感じがする。俗に言う天然系の人だろうか。

 どうにも調子が狂うな……。


「俺はユージーンだ。…………俺がのした連中の中にアンタみたいなヤツは居なかった気がするが、俺の記憶違いか?」


「いえ、私は今回の護衛で他の所から回されてきたんですよぅ」


 ああ、なるほどな。そういや、そんなこと指示したっけ。

 サキュバスが相手になる可能性があるからって、男女混成部隊を配備したのを思い出す。

 いくらなんでもこんなゴツイライオン連れた女をぶっ飛ばして覚えてないとか、記憶障害を疑うレベルだ。

 ちなみに護衛対象のレリューは馬車の中でお休み中だ。俺がいなくとも他の護衛がいるから大丈夫……とまではいかなくとも俺の駆けつける時間稼ぎくらいにはなってくれるだろう。

 さて、さっさと終わらせないとな。


「コネホから話は聞いてるか?」


「ええ。聞いてはいますけど、具体的に何をするというのはコネホさんも知らないみたいでしたぁ」


 そういや、言ってなかったか。

 俺は方に乗っているチャルナを指差すと、言葉を続けた。


「こいつと俺で契約を結びたいんだが、頼めるか?」


「え!?そ、それは……できますけどぉ……」


「マジで言ってんの?ユージーンならもっと強い魔獣とも契約できるでしょ?」


 む?ロレンスもキアラも良くない返事だ。

 それほどおかしなことを言っただろうか?

 俺はただ、チャルナの戦力増強を図ろうとしているだけなんだが……。

 チャルナが強くなれば、俺もただの雑魚に手間取る時間が減るし、俺が居なくなったあとも独り立ちできるだろうと考えて、以前に知った契約をやろうと思っただけだ。

 たしか獣人では契約できないらしいが、今のチャルナならどうだろうか。


「ええと、ユージーンさんはあまり契約魔法については……?」


「詳しいことはあまり知らないな」


「そうですか。それなら一度説明致しましょう」


 そう言うとキアラはわざとらしくコホンと咳を吐いた。


「まず、軽く実演してみましょう。ミケちゃん!」


「ゴアッ!」


 キアラの呼び声にミケが反応する。

 キアラが右手を掲げてグルグル回すと、ミケがそれに習うように後ろ足で立ってその場でクルクルと回り始めた。

 イルカショーそっくりだ。


「よくできましたー!ミケちゃんはいい子ですねー!」


「ゴアァ」


「ではお次は拍手!そぉれ!パチパチパチー!」


 キアラが手を叩いてそれの真似をミケがする。

 器用なもんだ。あの凶悪な魔獣を、よくもまぁあれだけ躾けられたな。

 しかし問題はそこではない。

 今度は腹を見せてゴロゴロと喉を鳴らし始めた。傍目には媚を売っているようにしか見えないだろう。

 だが――


「魔力が……!?」


 異変は芸をしているミケではなく、それを見ているキアラの体に現れた。

 芸を見ているキアラの体から、うっすらと魔力が立ち上っているのだ。


「そう。アレが契約を通して魔法を使う際の工程なんだ。これからが本番だよ。見てみ」


 そう言ってロレンスが指し示す先には、様子のおかしなキアラの顔があった。

 なんというか……こう……うっとりしているのだ。


「ああッ!もうッ!なんて可愛いんでしょう!ミケちゃんってばぁ!食べちゃいたいくらいですぅ!」


 恍惚に細められた目はしかし、爛々と輝いてその中に潜む激情を感じさせる。頬は赤みがさし、仄かな色気が感じられる。

 口の端からはよだれが溢れて肌を伝い、顎の先にまで伸びていた。

 まるで……本当にミケを食べてしまいそうな……。


 その身を包む魔力は、先ほどよりもその濃度を濃くしており、しかもそれはミケが芸を見せつけるたびにギアが上がっていった。


 それよりも、なによりも、衝撃的だったのは――――


「あのツラが可愛い、だと…………!?」


「そっちィ!?なんかメチャクチャ興味あります、みたいな態度してた癖にそっちィ!?

 確かに正直言えば俺もミケの顔は無いと思うし、あの・・興奮ぶりはおかしいと思うけどさぁ!!」






 俺とロレンスが色んな衝撃に打ちのめされている間に、工程は次の段階へと進んでいた。


「『我らがしるべ 我らが絆 主命に於いて 我命ず』」


 通常の魔法の詠唱とは違う、契約魔法専用の詠唱コード

 興奮に赤らんだまま、キアラは高らかに詠唱を歌う・・


「『与えるは炎 主の命を燃やし 全てを灰燼と化す 破滅の炎刃 いざそこに』」

「『エンチャント・ファイア』!!」


 詠唱の完成と共に魔法陣が完成。ミケの体が炎に包まれる。

 ライオンのタテガミ、コウモリの羽、サソリの尾。

 その全てが炎に呑まれる。

 目を背けたくなるような凄惨な光景。

 だというのに当のミケは全くの平気のようだ。


「ゴァァアアアァァッ!!」


 上がる声は苦鳴ではない。

 それは己の主人からの信頼を受け取った、歓喜の雄叫び。


 羽ばたけば炎の竜巻が辺りを焦がし。

 振るう尾には炎蛇が絡みつく。

 薙いだ爪の軌跡は、火の粉を撒き散らして飛んでいく。


 突然現れた膨大な熱量に、ミケを中心とした旋風が巻き起こる。

 それはミケの放った威嚇と相まって周囲を焦土へと変えていった。



 ――――――近くにいた俺たちを巻き込んで。



「あちちちちち!おーい!焼けてる焼けてる!俺の自慢の髪の毛がぁぁ!?」


「おいおいおいおい!?ちょ、マジでふざけんな!このごっちゃ煮野郎!」


「ふにゃああぁぁぁぁ!?」


「ご、ゴア……?」


「――――あ、あら?」


 俺たちの悲鳴にようやく気づいたようで、キアラが目を瞬かせた。

 彼女が魔力の供給を止めたのは、それから少し後のことだった。






「――――と、こんな風に契約魔法は『契約した魔獣の強化』が中心となります」


「……ああ。身にしみて理解したよ」


「うぅ……すみませんてばぁ……」


「ぐるる…………」


 すっかりと変わり果てた周囲の様子に、天然コンビがうつむく。申し訳なく思っているならいいが、ひとつ間違えば消し炭だった。

 肩に乗っている煤を払い除けて、俺は言葉を続けた。


「俺とチャルナが契約するのに渋っているのは、元となる魔獣が弱ければ強化してもしょうがないから……ってことか?」


「はい。そうです。いくらユージーンさんが強い魔法をかけようと、元が戦闘力1なら、いくらかけても大きくはなりません。

 なのでもう一度契約する魔獣を考えてください」


 なんともごもっともな話だ。

 先程の魔法が、仮に『戦闘力×10』の魔法だとする。

 マンティコアの地の戦闘力が10だとすれば、10×10で100の戦闘力があることになる。

 もちろん、実際の戦闘がそんなに簡単に計算できないことは重々承知だ。

 チャルナの場合、この猫のままでは地の戦闘力が弱すぎるのだ。1に10をかけても10にしかならない。

 だが、そんなものは工夫次第でどうとでもできる。そんなことまで説明する気はない。


「それについては俺の都合、としか言えないな。別に1匹しか契約できないわけではないだろ?」


「できなくはないんですが……魔力のポテンシャル的に、男性は複数契約できないと思いますぅ」


 そっちについても改造チートのおかげで問題ない。

 今は兎に角、契約させてもらって、後から講義を受けることにしよう。


「いいからとっととかけてくれ。俺は最初からそのつもりできてるんだ」


「ううぅ……後から文句言われても、私は知らないですよ……?」


「ああ。分かった分かった」


「では……」


 うんざりとした返事に不安が煽られたのか、あまり乗り気ではないようだ。

 傍目から見てももたもたした動きで準備を始めるキアラ。

 途中から俺の気が立ってきたのがわかるのか、ロレンスが準備を手伝い始めた。


 地面に怪しい祭壇ができていく。

 あちこちに何かの動物の骨が置かれたり、貢ぎ物らしき供物が飾られたり。

 しばらくして完成した時にはすっかり怪しい儀式の陣が出来上がっていた。


「――――では、ユージーンさんはこちらに。チャルナちゃんはこっちの円の中に置いてください」


 地面に描かれているのは魔法陣ではない。

 美術品めいた美しさを誇る、幾何学的な絵だ。

 そのうちの円のひとつにチャルナを下ろす。なんとなく不安そうな顔をしているので、頭を撫でておいた。

 チャルナには一応事前に話をしておいたのだが……。


『うにゃ?……よくわかんない』


『ようは俺とお前が離れていても繋がるためのもの……ってことだ』


『???』


『――そっかー。わからんかー』


 あれは絶対に理解してなかったよなぁ……。





「これより契約の儀を始めます」


 円の中央に立ったキアラは、一拍置いてから詠唱を始めた。


「『我らがしるべ 我らが絆 主命に於いて 我命ず』


 朗々と、陶然とした表情で呪文を読み上げるキアラ。


「『我は今ここに新たなる絆を結ばんとす。は天地真逆になりても覆らん 永久とわに紡がれし絆なり――』」


 詠唱は普通の戦闘用の呪文よりも長い。

 呪文の内容もそれ専用のもので、いつものとは違う。

 長々と紡がれた言の葉は、3分ほど続き、

 今、終わる


「『コントラクト』」


 詠唱が終わり、陣が輝きを放つ。

 キアラの前に魔法陣が浮かび、それが砕けて光の粒子に変わる。

 空中に広がるその緑の光の帯は、俺とチャルナを繋ぐ橋として固まった。

 さてこれからどう、な、る……?

 なんだ?体から何かが……引っ張られていく感覚がある。

 見れば胸元につながった緑の帯に、絡みつくようにして黒い光があった。

 俺の体から出て、帯の向こうへ。うねるようにして絡みついて流れていく。

 アレは俺の魔力か?

 見ればチャルナからも同じように光が流れていた。

 色はまるで太陽のような明るい橙色。


「うにゃ?」


 本人は不思議そうにそれを眺めている。

 緊張感の欠片もない。一応神聖な儀式なはずなんだが。……言っても無駄か。


 緑の架け橋の中央で交差したそれぞれの光は、混じり合いながらそのまま流れて行く。

 胸元に近づくほどに陣の光は増していき、光が到達した時には最高潮になった。


「ッ!」


 目を開けていられないほどの眩い光が爆発的に広がる。

 咄嗟に目を瞑った俺にさらなる異変が起こる。

 ――――熱い!

 体に何かが流れ込んでいる!

 心臓の横にもうひとつの心臓ができたような熱の塊を感じた。

 それが溶けていく。

 体に、魂に染み渡るように、ゆっくりと。

 血潮に乗って手足の隅まで行き渡る。

 熱が消え、目を開けた時にはもう陣の光は消え去っていた。



 ――――契約、完了。


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