地方の動乱、中央の陰謀 ~地方への道~
一週間以上経ってしまいました。相変わらずの不定期っぷりですがお付き合いくださいませ。
今回は初めて場面が変わります(*´∀`*)
これまでのお話
ブランジュ王国の絶世の美女アデルハイドは政治にも口出しする才色兼備のお姫様。
隣国から来たフランツは男でありながら美女のような容姿でしかも姫に姿が似ていた。
フランツは姫の影武者にされてしまい、厳しい訓練を経て姫に仕立て上げられた。
すると姫の従者が刺される事件が発生。フランツの友であり姫の側近でもあるガスパールが犯人に祭り上げられる。
フランツは姫として仕方なくガスパールを捕らえた。しかし・・・
フランツは姫の影武者だからまず朝起きたら姫に“着替える”必要がある。
姫に着替えるまではいつも通り。その後がいつもと違っていた。
普段の朝なら姫に着替えるだけで済むフランツだが、今回はそうはいかない。
今日、南部のシャンドノワール地方へ行くからだ。
姫になったあと、別室ですぐもう一度お色直しをすることになった。
フランツがアデルハイド姫の影武者となってから、遠く外へ行くのは初めてだ。
まだ冬の寒い時期。女中が入れてくれた暖炉の火をもってしても寒い。
しばらくして宮廷御用達の仕立て屋やら床屋やらが入れ替わり何人も入ってきて各々の技を披露したり服を選んだりし始めた。
ブランジュ王国は流行りの最先端を行く国で、そこの姫ともなれば気抜かりは許されない。
フランツも気抜かりは許されなかった。特別に出入りしている平民達はもちろん、ここにいる手伝いの女中や付き人の多くはフランツの正体を知らず、姫だと思っているからだ。
普段は恐れ多く、姫に近づく者は側近に限られているが、今は腕の立つ床屋が目の前まで接近している。
床屋とは言っても現代のように髪を切るというよりは髪を結い、かつらを調整し粉をまぶす役目の人達だ。
かつらとはいえ、実際に触られて間近で見られてバレないかと、フランツは気が気でなかった。
姫を含め王族の誰かが人目に晒されるような場面へ行く時は、服はもちろん、持っていく家具も新調されることがある。
フランツからすれば、それは大いなる無駄に思えた。
服ならまだしも、家具なんぞ現地で人目に晒されることは無いだろうから、古いものを持って行ってもいいんじゃないか。
「そう思うと同時にそんなふうに考える自分はまだ姫になりきれていないな」とひとり思うのだった。
宝石に身を包み、容赦なくコルセットが締め付けられ、重たいドレスを着込んで部屋を出る。
右後ろには姫の親衛隊長デローネル侯。左後ろにはガスパールと共にフランツを教育したリンデ侯が侍って歩く。
本来ならリンデ侯のいるところにはガスパール伯がいるべきなのだ。
そう、もう一つ、いつもと違うことがある。
ガスパールが居ないのだ。彼は要塞送りにされた。もとい、したのだ。
その事で胸が痛む。
あの流れのままだと本当なら殺人未遂罪に反逆罪、不敬罪が問われたはずだ。
しかし機転を効かせて、ただ決闘をしたことを反省し頭を冷やせという理由で要塞に送り出したのだが、これが例え一番良い道だったとしても、成功だとしても、やはり友を牢獄へ送ったことへの罪悪感がある。
それにこの事件の成り行き、結果をアデルハイド姫は知る由もない。
昨日の午後に要塞送りを決定してまだ一日と経っていないから話を聞いた姫の部下が姫が今隠れて居るらしい南方のシャンドノワールまで早馬を飛ばしても往復できるとは思えない。
姫がこのことを知って、フランツが処刑されても文句は言えないのだ。
姫の影武者として、あの場をおさめるのに仕方なかったとはいえ、本来姫にも会えないような位の低い使用人の身分で姫の側近一人を牢獄送りにしたのだから。
廊下を歩く途中、誰にも打ち明けられない二つの悩みがフランツを支配した。
ガスパールを助けたい。それと処刑なんてされたくない。
気がつけば今朝から口数が恐ろしく減っている。ガスパールが居ないだけで会話は必要最低限のことのみになっていることに気がつく。
ついでに宮廷は何も言わずとも人が勝手に先読みして動いてくれるから余計に口数が減る。
宮殿の大広間を抜けると一時的にでもその悩みが一瞬でも吹き飛ぶ光景が目の前に広がっていた。
正面門まで2列縦隊で青い服に金縁の飾りのついた姫の衛兵隊が一糸乱れず捧げ銃をしている。日の光が銃剣に反射し、光を捧げる。
さらにその後ろに宮殿の衛兵隊がやはり2列縦隊で整列し、楽団が王家のために作られた曲を演奏している。
さらにその周りには貴族、そして門付近には一般民衆が「アデルハイド殿下万歳!」と声を挙げている。
宮殿の正面玄関から車寄せに停めてある姫専用の4頭立ての紋章入り馬車までは10メートル程度だが、そこから宮殿の正面門までの約400メートルの間を衛兵と民衆がびっしり埋めている。
テュイリア宮殿の大門にはハルバードを持った衛兵が整列している。
戦争の主力はとうの昔に銃に変わられているが、宮殿の扉の守衛は伝統的にハルバードを使っていた。人を通させないようにする際に長い棒状の武器が便利だからという理由もあるらしい。
アデルハイド、この名はフランツの名前ではない。でも人々の尊敬の眼差しは全てフランツに注がれている。
分かってはいる。自分が尊敬されているわけではないこと。でも、それでも誇らしい気分になってしまう。光輝く銃剣の波を掻き分けて、人の歓声の風を受けて歩く。
こんな生活が何十年も続いたら、暴虐極まりない暴君か、贅沢三昧の能なしになってしまうのではないかとも思える。
少なくとも気が狂いそうだ。それを物ともしない姫や王侯は、本当に尊敬されるべき人なのかもしれない。
馬車に乗り込むと他の家臣が序列順に各々の馬車に乗り込む。
フランツは後から知ったことだが、今回の姫のシャンドノワール入りは大きな意味を持っていた。
シャンドノワール地方はカストルーニャ王国との激戦があった土地で、その南部は何十年か前まで敵国領土だった場所だ。
そこに王女たるアデルハイド姫が出向く。
現地には戦闘こそないにせよ未だに臨戦態勢の国境警備隊が数千、長い間家にも帰れず駐屯している。姫は自らを晒すことで民衆の支持を得ようとしている。同時に首都ルテティアの市民も「危険な地に自ら出向く姫」とアデルハイドを賞賛した。
もっとも、その危険な地とやらで身を晒すのはフランツなのだが。
テュイリア宮殿の正門を抜け、馬車がルテティアの大通りを進む間もバルコニーや大通りから民衆が姫の馬車の行列を歓声を上げながら見守った。
フランツはブランジュ王国に入った当初から宮廷の下級使用人として宮殿住み込みで働いていたから、ルテティアの街をよく見たことは無かった。
ずっと居た街なはずなのに、馬車から見える街は初めて訪れるような気さえする。
姫が公務で移動すると、それに従って約150人にも及ぶ貴族や使用人達も付いてくる。
王の宮廷の規模には遠く及ばないものの、王族ならそれぞれの小さな宮廷と言える家臣団ができあがるのだ。
姫の小宮廷はゆっくりと移動し道中、各地の街や貴族の館に滞在する。南部のシャンドノワールまで約20日の旅程だ。
ルテティアを出てから数日は、出迎える城塞都市の市民や貴族での歓待に胸をときめかせていたフランツだが、15日頃になると豪華だが似たような食事や住居にうんざりしてきた。かと言って馬車の移動は揺れに揺れて快適とは言えず、早く着かないかとそればかり考えていた。
歓待を受けるのが大変で日々の生活が忙しく、ガスパールを救う手立てを考える余裕すらなかった。
首都から出て今の今まで、フランツはさまざまな歓待を受け、地方貴族や都市代表、宗教指導者に会ってきた。
その間、会話をしっぱなしだったはずなのに、人生でこれほど孤独を感じたこともなかった。
そんな中、
18日目、南部地域に入り地方都市モントノールの城館に宿泊した際、クロエが現れた。
どうやって入ったのか知らないが、部屋に入ったらクロエが後ろに立っていて声をかけられた。
「フランツ、私。覚えてる?」
「ど、どうやって入ったの?」
久しぶりに自分の言葉で喋った気がする。それだけでもフランツにとっては感動するに値した。
クロエは姫のスパイなのか、そもそも他のスパイなのか良くわからない人物なのに、今の自分の全てをさらけ出してしまいそうになってしまう。
フランツは自分をさらけ出したい衝動と、言ってはいけないという気持ちと、葛藤が始まっていた。
クロエがもしスパイなら、これほど上手いタイミングに現れるのはさすがだと思わざるを得ない。
「これ・・・」
クロエは入った理由などどうでも良いというように答えを言わず、代わりに箱を差し出した。
箱の中身は分からない。でも
今まで滞在した先々で貴族や都市の代表が行く度に差し出してきた“付け届け”でないことは、見ずとも分かる。
「中を見ても?」
「うん。見て」
箱を開けると少し大きめのピストルが入っていた。銃身が3本あり、回転するようになっている。
「これ・・・ガスパールが身につけていた銃じゃ」
「そうね。あと、これも」
そう言ってクロエは不透明のガラスの小瓶を取り出した。
「それは何?」
「毒の入った瓶。デュサンヌが刺された小さな堀の中に落ちてたの拾った」
「毒!?でも僕も他の貴族もあの辺は調査したのにそんなものなかったぞ。僕を騙すためにクロエ、君が用意したのかもしれないじゃないか」
フランツも事件調査の時にあの辺を探ってはいた。
「そう。証拠ないわ。信じる信じないはあなた次第。でも回転式の銃なんてものは特注品。彼のもの以外この世に存在しない。瓶はね、堀の底に落ちてたの。浅いとはいえ、秘密裏に捜査してたし貴族だから堀に入って底をさらう事まではできないよね。人目についちゃう」
「銃はそうだ。でもわざわざ今銃と独の瓶を一緒に見せたのが不自然だ。ひとつが本当なら他も先入観で本当と思ってしまう。そう教科書には書いてあったんだ」
「思った以上に疑り深いのねあなた。私がわざわざ堀に入って探したのよ。調査の為にと思って」
「ずっとこういう生活してると疑い深くもなるよ。好きでも嫌いでも、みんな姫には良い事しか言わないんだから」
フランツは半ば怒ったように言った。今となっては目の前に居るクロエくらいしかフランツとして話せる相手がいないのに、その貴重な相手を不快な思いにさせている。
分かっているのに、普段感情を抑えているからか今は感情が出やすくなっている。愚痴が自然と出てしまうのだった。
「・・・銃と毒の瓶はどうする?私が預かっておくか、あなたが持っておくか・・・処理するなら秘密裏にやっておくわ」
「どっちも僕が持ってたら下手したら僕が怪しまれてしまう。クロエがふたつとも預かっておいてくれ。他に託せる人もいないし」
「そう。わかった」
クロエは以前と違ってフランツが入ってきた扉から外に出ようと歩いて行った。
「あ、クロエ!ちょっとまって!」
フランツがそう言うと、クロエが待っていたかのようにフランツに振り返る。
「なに?」
「その銃はどこから持ってきた?なぜクロエ、君が持ってるの」
「はぁ・・最初にその質問をされると思ったのに。ま、いいわ」
そう言うとクロエは経緯を話し始めた。
「ガスパール伯は貴族だから要塞でも牢獄に繋がれることなく、貴族らしい生活ができるけど、武器に関してはだめ。自殺の可能性もあったから親衛隊長のデローネル侯が調査のために銃と剣を預かったの。そしたらガスパール伯が『その3つの銃身を持つ回転式銃は特注で、唯一無二のものです。実はその銃、南部の私の家から勝手に持ってきてしまったもので、本当は父のコレクションなのです。なので勝手ながら銃だけは家族の元へ返して頂きたい』と言ったの」
「で、デローネル侯はなんて?」
「うん、デローネル侯はあなたに調査を言い渡されたからテュイリア宮に居残って調査しないといけない。だから銃を部下に託して送らせることにしたの。もちろん、デローネル侯は銃を一通り調べたけど、何も出てこなかった」
「分解しちゃったの?」
「ううん、分解はしてない。でも先っぽから弾と火薬を押し込む筒が3本付いてるだけだし、さすがに預かり物だから分解までしなかったみたい」
「分解しなかったって、クロエずっと現場にいたの」
「んん・・・居ないわ。デローネル侯は銃の手入れを部下にさせる。そんな男が特注のピストルを分解でもしたら、跡が残るわ。だから分かっただけ。あと送る時は箱に入れて封印をした。一度でも他の人が開ければ分かるの。で、今あなたは封印を破ったの」
フランツは箱をよく見てみると、ロウを使ってデローネル侯の紋章の封印が施されているのが分かった。
「僕に開けさせた!?」
「うん、そう。私が開けるわけにいかないじゃない」
「どうすんのこれ!」
「知らないわ。不注意だったあなたがいけないの」
相変わらず理不尽だ。前よりも一段と磨きが掛かっているようにも思える。
「その銃、デローネル侯が部下に早馬で送らせてたんだけど、途中で盗賊に襲われたわ。よく野盗が出る道だけど、偶然か分からない。その部下、身ぐるみ剥がされて解放されたけど、さすがにシャツ一枚で取り返そうとはしなかった。盗賊に襲われたなら封印が取れてても不思議じゃないから・・・大丈夫」
「え、もしかしてその盗賊を君が・・・?」
「だから箱がここにあるんでしょ。安心して。殺すまではしなかったから」
そう言うクロエの口元が若干笑っていたように思えて、フランツは改めてクロエに畏敬の念を抱いたのだった。
「銃は届けず預かっておくわ。盗賊に襲われたはずなのに南部の城に荷物が届いたらややこしくなるから。いいわね」
声がしたと思ってそちらを振り向くと、既にクロエは居なかった。
フランツはふと鏡を見る。カツラを取っていたが、自毛が伸びていて初めて本物のアデルハイド姫を見たときの白金の長い髪と瓜二つになっていた。
顔つきも心なしか女性っぽく、いや化粧せずとも姫そのものなったように思える。
段々自分自身が本当の姫になっているようだ。でも自分の今の気持ちと本当の自分の身分が、本物の姫にはなれないことを証明していた。
クロエがいなくなっただけで、寂しさで死にそうになる。
正体不明の怪しい奴ですら、一生の友と思えてしまうこの地獄で果たしてやっていけるんだろうか。フランツはベッドにうつぶせになりながら、枕を抱くようにして寝た。
つづく
次の更新も未定ですが大体一週間くらいを予定しています。
※といいつつ都合がつかないと何ヶ月ということもありえるのでごめんね!