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姫を演じて

いままでのおはなし


少年フランツは絶世の美女のアデルハイド姫に似ていることから影武者に仕立て上げられる。

性別を越えて厳しい訓練と手術の末、姫とそっくりに生まれ変わった。礼儀作法から話題まで姫の代理もできるほど

そしてついに姫としてデビューしたフランツ。最初は馴らしのためにさほど重要でもない王家の狩りのスピーチだ。

重要でもないとはいえ、始めて姫の、いや女を演じることになったフランツの緊張は頂点に達していた。

一方そのころ、本物の姫は地下室に隠れながら成果と国外からの“ある知らせ”を待っていた。


============



 フランツの声がわりの無い声は、アデルハイド姫のそれそのものだった。聞き手は誰ひとり疑うことなく、その声を姫のものと思って聞き惚れた。


 スピーチの内容はあらかじめ姫の乳母に用意されていて、何度もリハーサルをしていた。


 フランツは自分に集まる何百もの王族、高位の貴族たちの目に晒された。

姫の乳母はここにはおらず、誰ひとり今スピーチしている女・・・いや男が偽物であることをー姫の父親である国王オーギュスト3世さえもー知らなかった。


 そのことを考えるとフランツは調子に乗ってきた。真剣な眼差しで目を光らせる観覧者たちを前にして気持ちが良くなったフランツは最初の緊張がむしろ楽しみにすら感じた。


 緊張した中でも微笑みを絶やさない訓練もしていたが、あいさつスピーチもたけなわになることには本当に心から微笑みが浮かべられた。


「国の伝統に従い男は神に授けられた獲物を力の限り追い、女はその帰りを待つとしよう。私は心から貴殿らの活躍を期待しているー」


 姫の話が終わるが早いか、拍手と歓声に包まれ姫を称えた。名ばかりの役職の宮廷狩猟長担当の貴族がオーギュスト王に沿って狩場へ案内し始めた。生きたまま捉えられた獲物を目の前で放ち、王はそれを狩ることになっている。実際に段取りを整えるのは宮廷狩猟長の配下にある小姓や従者そのまとめ役だった。


 フランツも姫になる前はその名も無き、表舞台に立つことのない小姓に過ぎなかった。それを思うと影でこっそり獲物を放つ。


 準備をしている小姓たちを見ると不思議な気持ちになるのだった。声をかけてやりたいと思ったほどだ。


 小姓らをじっと見すぎていたのか、ひとりの貴族が声をかけてきた。

「殿下、狩りは退屈ですかな。ここはお寒いですから天幕へ行かれてはどうですか」


 フランツは初めて話しかけてきたその顔を知っていた。ガスパールの「宮廷の概要」の授業で宮廷貴族は全員特徴が分かる。名前はフレイユといい、王家の一員コルドール公の部下だ。


 頭の回転が早いフランツは即座に切り替えした。

「私はここに残ります。殿方の戻りを待つのも努めです」


 フレイユは申し訳なさそうな顔をして答えた。

「えぇ、いつもどおりですね、分かりました。殿下が天幕へお戻りにならないのは知ってはいるのですが・・・その、寒さの中放っておけませんので一応お声をかけさせていただきました。ご無礼を」


「分かればよい」フランツはそう返して、内心ほっとしつつ達成感を覚えた。姫はこういうときに戻らないと今までの姫化の授業で知っていた。


 フレイユはなおも話してきた。

「ところで殿下は何を見ていらっしゃったのですか。ご家族が狩りをしているのは逆の方角ですのに」


 フランツはびくっとした。間違っても「小姓を見て考えていた」なんて言えない。「3年前まで父はこっちの方角で狩りをしていた・・・それが懐かしかったのです」たしか3年前に何らかの理由で狩場が変わったことをとっさに思い出した。もちろんガスパールらに聞いただけの知識だが。


「ほう・・・確か小姓がこちらの狩場は危険だとかで王に直訴してしまった事件ですな・・それ以来狩りする位置が危険だと」

フランツはその事件について知らなかった。もう話を切り上げたくてしょうがなかった。

 フレイユが興奮気味に話を続けようとする「そう!あの件で殿下はー」

「もう、よいでしょう。終わったことです」フランツは終わったことにしたかった。

「あ・・・申し訳ございません。ついつい・・・申し訳ございません」


「フレイユ、あなたが興奮するのも分かるわ、でも私は今静かに待ちたいのです」


 フレイユはあまり興奮する人間ではないと習った。それが興奮して語るというのだからきっとそれなりに理由があるんだろうと踏んでの発言だった。


「はい・・・この件で私は陛下に認められたものですからつい・・・」

 姫は普段から貴族に対してかなり気を使っているので、相手を不快にさせないよう気を配るのに苦労する。


 フランツは「よいのです。それでは私はここで待っていますので、あなたこそお寒いでしょうから天幕へおかえりなさい」と優しい声で返した。

「はっ!お言葉に甘えさせていただきます殿下」

フランツは帰っていくフレイユを見ながら流れる冷や汗を感じていた。

なんでフレイユは王の狩りに同行していないのか。「いつも姫はここで待っている」ことを知っているということはいつも狩りに行っていない証拠だ。何かあるんだろうか。


 そんなことを思っていると既に陛下の前で獲物を放す役の従者や小姓たちは既に移動していた。


 狩りでは王が一番最初に狩る。王が狩り終わったあとが本番だ。そのあと放たれる第二陣に向かって男たちがいきり立つ。そしてしのぎを削るのだ。狩りが上手ければ讃賞につながる。戦争の無い今は特にそうだった。

形式的に王は黄金の弓を使うが、それ以外の貴族は銃やサーベルなどを使う。


 夕方になるころ、続々と狩りを終えた男たちが戻ってきた。婦人たちを馬車に乗せ宮殿へ帰ると既に料理の準備が整っていた。

 野外に備えられた大きなテーブルと円卓にあふれんばかりの料理が並んでいた。


 宮廷で待機していた婦人たちが出迎え、宮廷楽団が静かな音楽を奏でる。数千を越えるローソクは光の渦となって、野外とは思えない華やかな野外の宮廷が演出される。


 フランツは「お化粧直し」が必要ということで一度宮廷の姫が使う区画へ引っ込んだ。そしてそのあとは本物の姫がその外の宮廷へ行くことになる。王の隣に並び、盛んに会話がされるので最初からは厳しいのだ。


 フランツはぐったりして自分の部屋につくと倒れ込んだ。ところがすぐに姫の乳母がガスパールを伴って入ってきた。


 姫の乳母は冷淡に言う「報告をしてもらう」

 ガスパールは「よく頑張った!」と褒めた。ガスパールは狩りに行っていたからどれだけ姫と似ていたか実際に見ていた。


 報告が終わるとガスパールと二人きりになった。

「まるで本物の姫みたいだ、いや実はそうだったりしてな」

フランツは内心まんざらでもなかった「いやいや・・・」

「ま、いやいやなんて言う姫はいないか。君はやっぱりフランツだな」


 和やかな語り口、本当の味方、唯一の友。フランツは今日の疲れが吹き飛ぶくらいガスパールに褒められるのは嬉しかった。フランツはガスパールに「フレイユ伯」について聞いてみた。今日会った貴族だ。


 ガスパールは「あいつは私もよく知っているが、コルドール公の腰巾着だ。コルドールのためなら殺しだって厭わないって噂だ」

「殺したこと、あるんですか」

「いや、無いと思う」

「まあ、無いとは限らないのが宮廷だが」


「どういうことです?」フランツは返す


「君が影武者をやっている理由はそこにある。いつでも偉いひとは命が狙われるのさ」

「うっ・・・」

「おっと、心配しちゃったか少年。大丈夫だ、君を守るように言われているのが私だからな。命をかけて御守いたしますよ姫様」フランツは気恥ずかしくなってうつむいた。嬉しくてニヤついてはいたが。


 最後にガスパールは「宮廷貴族は全員気をつけたほうがいいが、特にテルミドールという貴族には注意しろいいな」と言った。言い終わるとガスパールは立ち去った。


 テルミドール侯はアデルハイド姫をよく思っていない貴族だとガスパールは言っていた。女が政治に口出すなということらしい。本当はアデルハイド姫が提唱した「海運条約」で不利益を被ったからだそうだ。もっともも密輸に近いことをしていたテルミドールが悪いのだが。


 次の朝、また姫になる機会がやってきた。ガスパールが飛び込んできてこう告げた。「姫の侍従が刺された!犯人は分からん。君は身代わりを命じられた」


「刺されるかもしれないの?」


 姫の支度を侍従たちに手伝わせながらフランツは聞く。ガスパールは「そうなっても護衛は私が行く。殿下には命に変えても君を守るよう言われている」


「いきなり難儀な事件となってしまったが・・まあ練習にはもってこいだぞ、さあいこうではないか」

そう言うとガスパールはレイピアとピストルをちらっと見せてウィンクした。


しかしそれを上回る緊張感がガスパールからは伝わってくる。


 フランツは既に緊張が解け、既に犯人探しのために脳みそをフル回転させていた。フランツはどこか刺激的な今の生活に魅力を感じ始めていたのかもしれない。


 

命を狙われるという立場であることを忘れて。



つづく

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