フランツ少年の姫デビュー
手術あとを気にするように姫の乳母はフランツを触った。ザラザラした肌が触れ、背筋が凍る思いをする。
「よし・・・傷はなくなったな・・・仕上げをしよう」
そう姫の乳母は言うと立ち上がり、40分ほど待たせたあと召し使いたちを従えて戻ってきた。
召し使いは一列に連なり大きなチェストを何個も持ってきた。箱を開けるとそこには金銀宝石が輝く宝飾類が、そして別の箱には高価な布地と思われるドレスやら下着やらが丁寧にしまわれている。
フランツは姫化するにあたって服飾の専門家からも着方から流行りの服まで知識を授けられていた。しかし実際に着たことは今までなかった。
さらに他の箱にはいくつものウィッグや、その他化粧品、髪につける粉などが入っていた。姫の乳母はそそくさと動き始め、召し使いに指図しフランツを着替えさせ始めた。
フランツは恥ずかしそうに恥部を隠そうとするのを無視して着付けを始めた。そしてあのコルセットを締め付けるようにして結んだ。フランツは肺が圧迫され吐きそうになり、「がほごほっ」咳き込んだがやはり止める素振りは一切見せなかった。
化粧を終え鏡を見るとフランツ自信も自画自賛したくなるくらい美しい姫が現れた。本物そっくりだった。もっともフランツが本物の姫を見たのはここに連れてこられた最初の30秒ほどだけだったが。
姫の乳母は着替え中は「うーんむ」と良いのか悪いのか分からない曖昧な呟きをした以外一切喋らなかったが
着替え終わるとフランツに指示を始めた。
「座れ」「歩け」「扇をもて」「お辞儀」など淡々と、指示の度に手をパンパンと叩きながら。
フランツは一心不乱に今まで教わったその行動を再現した。それからは30日ほど、通常の講義のほかに行動練習が加わった。
さらに変わったことは女であるもとい姫であることが強要された。今まで女性の行動を学んだが普段は男としていられた。男の服を着て男として生きていた。しかしこれからは全部女として、姫として生きる。
服装は下着から女性のものを使い、年中ウィッグをかぶり、化粧の練習をし、態度も女性であるようにとされた。講義の最中も姫の乳母自らが部屋に来て監督した。少しの粗相も許さなかった。さらに唯一の楽しみだった週1度ほど行っていた風呂も着衣のまま入るように強要された。(当時の貴族階級は皆着衣のまま入浴した)
こうしてフランツは身も心もアデルハイド姫と瓜二つとなった。姫の側近であるガスパールも講義の際に「もし君が本物のアデルハイド姫であっても気がつかないだろう」と評した。
姫となる訓練を積み始めて1年が経つころの冬。ついにその時がきた。ブランジュ王国の年中行事で、王が貴族らを集めて狩りを行い、それを食すものだった。そんな大きな行事ではないが名だたる貴族が招待され、王自らも出席するもので“姫デビュー”にはもってこいなのだろう。
フランツはもはや手馴れた化粧をほどこし、まるで本物の姫のように召し使いに指示を出して着替えを手伝わせた。
「まだ、もっと情報を仕入れる必要がある・・・姫として宮廷を歩き、情報を仕入れていつかは僕をこうした姫や乳母に一矢報いてやる」とフランツは心に誓っていた。
「それまでは、姫という殻を使うのもいいだろう」
復讐というよりは見返してやりたいという気持ちが当時は強かった。
“姫”としてデビューするときがついにやってきた。
雪の降る中、馬車に乗る。仕草も教わった通りに。何十時間も練習したとおりに。フランツは自信満々に乗り込む。かしずく家臣たち。威厳に満ちた艶やかな姫、アデルハイド内親王がそこに居た。
そのころ本物のアデルハイド姫はこの時、姫が作らせた宮廷の秘密の部屋へ身を隠していた。
光届かぬ秘密の部屋で、風もなく揺れないロウソクが灯る。地下であったが内装は高価なものが使われ、中央に大きなシャンデリアが煌々ときらめき、部屋のいたるところに照明があって昼間のように明るかった。
本物の姫はそこで一通の手紙をしたためながら、“姫”がうまくやっているか逐一報告を受けていた。報告するのは姫が集めた親衛隊・・・皆姫に忠誠を誓っている者だった。
フランツはアデルハイド姫として話をしなければならなかった。王のスピーチが狩場で行われた後に・・・。
フランツはちらっと“姫”の宮廷教育を担当していたガスパールのほうを見た。ガスパールは姫にあいさつするフリをして近づく。手にキスをして貴族風のあいさつをしたあと、小声でひと事言う。「大丈夫。教わったとおりにやればいい。姫様」
王の従者が声を張り上げて「アデルハイド内親王ー」といい、ついにスピーチの段となった。
フランツは表情に出さない技も仕込まれていたが心に嘘はつけず、実際は緊張して冷や汗をかいていた。皆の前に立った。途端に皆フランツに集中する。数百の顔がフランツを捉えて離さない。
「やるしかない!分かってる、分かってるけど・・・」フランツは自分の心と戦っていた。
そして-
「私は-」
フランツの第二の人生が始まった-