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地方の動乱、中央の陰謀 ~姫の敗北~

いままでのお話


姫の気持ちに反して南部に圧力をかける北部人たち。南部の人々はついに北部へ反旗を翻した。


極力流血を防ぐべく努力した姫のおかげで反乱を抑え込み、上手くいくかと思われた矢先に姫を失脚させようと躍起になるテルミドール侯とコンドール公が「姫を救うため」と反乱軍を叩きに来襲。姫への反対は再び燃え上がり、融和は絶望的になる。


フランツは邪魔者たちからアデルハイド姫とその信念を救うべく行動を開始した。


========================




平民嫌いのリンデ侯爵と平民出身のフランツの共闘戦線という奇妙な同盟が成立した。


これまた不思議なことに二人はアデルハイド姫を救うという点で目的も一致しているからか、息は合っていた。


夕日が陰りを見せている。フランツはリンデに合図を送ると、西日を背に要塞外周の城壁から内部の街に向けてフランツの姿のまま、姫の声で叫んだ。

「私はここだ!ここにいるぞ!」


逆光が神々しく輝くと同時にフランツの姿をかき消した。門を護っていた反乱勢力は動き出す。


初めに怒りに燃えた数人が、そして次に釣られて数十人が、最後は流れに押されて数百人がどっと城壁上に続く階段がある塔へ殺到していく。


「おい!まて!門を護れ!あれは陽動だ!!おい聞いてるのか!軍が突入してきたらどうするつもりだ」

現場の反乱指導者たちは必至に声を張り上げるがまったく効果はない。


王国軍襲来以降、反乱勢力からは離脱者が増え、残った者は怒りに任せて行動していた。指揮系統はほぼ崩壊している。


そこへ空かさず、リンデは北部住民の恰好をして叫ぶ。

「こっちの門が手薄だぞ!!今なら王国軍に攻撃される前に要塞の外へ行ける!!外へ出れば王国軍に忠実な我ら北部人は保護されるぞ!!」

買収・協力を要請した一部の北部系市民と一緒に大声でとにかく叫びまくった。


戦々恐々としてなりを潜めていた北部人たちも大きな流れとなって西門へ殺到していく。


数で負ける反乱勢力に押えられる訳はなく、門に残った反乱勢力も門を開けて逃げ出す北部人を黙って見守るしかなかった。




一方フランツは叫んだあと塔の影に隠れて塔を駆け上がってくる南部人たちに「おい!あっちにあの声の主が行ったぞ!」などと適当に触れまわって

隙を見て塔を降りた。


混乱してることもあったが、ただの優男に目もくれず南部人たちは素通りしていった。フランツは透明人間のように行動し、リンデと合流を果たして

北部人の脱走の流れに乗ってそのまま要塞の西門を出ていく。




要塞の外に陣取る王国軍は、籠城されている要塞の門が突然開いて人が流れ出て来るのを見て浮き足立った。


「門に人々が殺到しています。一目散にこちらに向かって来て、…あれは住人のようです!」


「その報告はもう聞いた!持ち場に戻って進展があったら知らせろ!」


「発砲許可は降りてるのか!」


「それは司令官に問い合わせており、現在・・・」


「早くしろ!」


怒涛のように将兵らが駆け回る。


コンドール公の陣はこのように、はいささか混乱していたようだが、テルミドールはまるで想定内とでも言うように冷静に必要な指示だけを飛ばしていた。


もちろん、テルミドールはこんなことになるとは予想していなかったが、軍隊生活の長さ、天性の才能からいかなる時でもまるで自分の手の内で事が動いてるかの如く行動できた。


その冷静さは指揮下の将兵を安心させ、伝播し、テルミドール侯周辺だけ別世界のように統制が取れていた。


他所で落着きを取り戻してきた頃には、既にテルミドールはこれから起こすことの準備と指示を終え一隊を率いて要塞前に突出していた。



「要塞から出て来る者に危害を加えるな。市民・軍人、北部・南部人問わず生命の安全を確保せよ」

テルミドールはそう指示を出すと脱走してくる市民らを軍陣に迎えるよう誘導した。


軍に囲まれ、安堵したのか市民は次第に落ち着き、秩序を持って避難を開始する。


続いてテルミドール指揮下の騎兵隊が西門に駆け寄り、門の開閉装置を占拠した。


脱出する市民と向かってくる王国軍に、城壁上の南部反乱勢力は身動きが取れない。


もう門は閉まらない。籠城は終わった。


南部人たちは投降しようとする者、玉砕覚悟で徹底抗戦しようとする者、逃げようとする者でさらに混乱し、城壁の上で小競り合いが生じている。




「あれ!テルミドール侯です、リンデ様」

フランツがテルミドールを見つけて叫ぶ。リンデは貴族を「あれ」呼ばわりした。普段なら烈火のごとく怒り散らすが、フランツをもう責めてる余裕もないのか、ただ頷くだけだ。


作戦ではリンデがテルミドールを繋ぎ留め、フランツが姫に変装してテルミドールの進撃を止めることになっている。


姫が王国軍と合流したとなれば、ここまで軍隊で包囲して威圧する必要も無くなる。邪魔な王国軍は去らねばならないはずだ。


フランツはテルミドールと別行動で、木陰に隠れて姫に着替え始めた。


化粧は無かったが、束ねて隠していた長い白金の髪を出し、スカートを履けば姫そのものだった。それほどまでに姫に似てきている。


混乱を潜り抜けて来たというなら、化粧が無くてもペチコートを履いて飾り付け豪華なドレスを着てなくても別段おかしいことは無いはずだ。



「テルミドール侯どの!!」

リンデが馬上のテルミドールを見つけて駆け寄る。


「これは!リンデ侯爵どの!ご無事でしたか。殿下はご無事ですか」

テルミドールは驚いて答えた。しかしこれは演技に過ぎない。淡々と答えるより一応驚いてあげるのがこの場合良いだろうとテルミドールは思った。


「殿下は無事です!それどころか今私めと共にここにお出でになられております!即刻攻撃を停止せよとのことです」


「ふむ…」

さすがにこれにはテルミドールも困惑する。やんちゃな姫なのは知っていたがまさかあの場を潜り抜けてくるとは。


「私はここよ!即刻攻撃を停止しなさいテルミドール。これほどの大軍で要塞を包囲する理由は無くなりました」

フランツはテルミドールに駆け寄り言う。


テルミドールは少し俯き、何やら考えた上で言う。

「殿下のご指示とあれば、兵を退かせましょう。しかし反乱の直後であります。必要最低限の兵で要塞の治安回復が必要でしょう。ぜひ私めにお任せください」


フランツはリンデと耳打ちで相談し、ひとつの結論を出した。

「良いでしょう。ただし必要最低限の兵以外は退くこと、南部人たちとの融和を図ることが条件です」


「はっ!かしこまりました。任務を全うさせていただきます」

テルミドールは勢いよく答える。


今、姫の指揮下には100人前後の親衛隊以外にはおらず、要塞守備兵はドルナンド指揮していていざという時に信用ならない。100人前後では到底反乱後の治安回復・維持などできはしない。


結局王国軍を頼るしかないが、南部人保護と撤兵を約束させることはできた。



その決断が、後に禍を残すと知らずに。





テルミドール侯爵は指揮下の歩兵連隊を要塞西城壁の面前に展開した。城壁の上では反乱参加者の南部人らが集まっている。


「南部人たちよ!私はテルミドール侯爵だ!そなたらに言うことがある。要塞内の南部人を城壁の上に連れて来い。我らに危害を加えない限り、我らはそなたら危害は一切加えないことを約束する」


テルミドールは叫んだ。南部人らは全員とまでいかなかったが他の場所にいた者の多くが城壁に集まってきた。反抗したところで、結局王国軍に命を奪われてしまう。従順になるほか無かった。


夕暮れが終わり、空は太陽に変わって支配者が闇へと移り変わろうとしている。


まだ平野の向こう側を見渡せて、王国軍が埋め尽くしていることは城壁からも確認できた。



集まったのを確認すると、テルミドールは陣地の後ろから二人の人間を連れてこさせた。


どちらも馬に乗っていることは同じだが、片方は威風堂々と、もう片方はボロボロになって縄で縛られたままだ。


「この縛られている男は誰だ!分かるか!」

南部人らは目を凝らした。ああ、これ以上は見なくても分かる。あれは要塞の指揮官のひとりリーオン要塞司令官だ。


「あいつのせいで俺は娘を奴隷にされた!」


「悪魔め、北部の犬め・・・」


怨嗟の声が城壁から響く。



テルミドールはそれを確認すると叫んだ。


「この者は要塞の守りを放棄した罪で軍法会議にかけられた男だ!しかし!それ以上に大罪を犯している。そう、そなたらも知っての通りシャトージャンヌ要塞の闇の部分の支配者なのだ!奴隷を囲い、賄賂を使って暴利を得ていた!!」


「そうだそうだ!」


「私の殺された兄と同じ目に合わせてやりたいわ!!」


南部人たちが叫ぶ。



「私はこの男を助命を決めた。ゆえにここで死刑にはしない。しかし!!私はこの男を任務地に送り返す責務がある!!この男リーオンを要塞へ!君たち南部人のもとへ!…私は君たちがこの男にどんなことをしても見なかったことにしよう」


そう叫ぶと二人の兵隊が馬を引いて西門へ連れていった。


「おい!やめろ!!やめてくれ!!俺はまだ死にたくない!!!助命してくれると言ったじゃないか!」

リーオンが馬上でもだえるが、縛られた縄はきつい。


南部人たちの一部が門の下に殺到し、縄を叩き切り、リーオンを引きずり下ろすなりリンチにして引きずって行った。


次第にリーオンの叫ぶ声は細くなり、消え、やがてどこへ行ったかも分からなくなった。


「私は北部から来た暴利をむさぼった3人を処分した!うち二人は既に処刑している。これで要塞の責任者が居なくなってしまったが既に後任を決めている。南部の正当な継承者だったはずのラングドック伯である!!」


北部人の辛い支配を打破し、南部人の正当な本来なるべきラングドック伯が要塞司令官となる。南部の住人達からはテルミドールが英雄に見えたし、北部人からしても混乱を沈めた英雄と映った。


住人は歓喜し、テルミドールへの忠誠を誓った。



「反乱に参加したものたちも、助命しよう。なぜこんなことになったのか!それは要塞支配者の横暴からである。有能な私が来たからには南部・北部共に安心して暮らせる世を保障しよう!」


もはやテルミドールは場を支配していた。


序列などはもはや問題外だった。王都から遠いこの地では特に。住人はテルミドールに熱狂的な支持を表明し、アデルハイド姫は顔に泥を塗られた形となった。


親善で、反北部派が多い南部へ自ら赴き、友和を訴えたアデルハイドは、テルミドールによって災禍をまき散らした張本人に仕立て上げられてしまったのだ。


当然誰も知らない。この動乱を起こすためにテルミドールが要塞司令官3人に工作していたことも。


知っている者は全員黄泉の国へ渡ってしまった。手紙をやり取りし、指示を受けていた要塞責任者3人はもう何も語ることはないだろう。



一夜明け日が昇ると、凱旋パレードのような様相でテルミドールは入城した。新要塞指揮官に就いたラングドック伯とコンドール公が並んで馬を進める。

しかし民衆の注目はその横につくテルミドール一身に集まっている。


白馬に乗り、宝飾類で飾り付けをし、頭には羽飾りの帽子とかつらを丁寧に被り、金銀が輝く剣を帯びる。


大戦争を勝ち抜いた凱旋将軍を迎えるような熱狂が要塞を包んだ。



一方アデルハイド姫は王国軍に囲まれて保護を名目に欠席している。

要塞の内城が要塞の臨時行政府となり、その会議室の奥、元の謁見の間に姫の一行は押しこめられた。


確かに今外に出れば、南部人はもちろん、北部人からも”混乱を招いた人”と言われかねなかった。



もうひとつ、この流れに畏怖している一行があった。

オルナンとドルナンド、そして残された元の要塞管理のブレーンたち。


この後開かれるであろう事後処理と裁判が彼らをどうするか、誰も読めなかった。


少なくともこの流れなら彼らは反乱勢力より重たい罪を被る可能性が高い。


彼らも城内にいたので、結局奴隷小屋の管理者という悪の中枢とも言えるドルナンド達と姫達がひとつ屋根の下で暗い顔をしていた。



テルミドールが入城を果たしている最中、その部下は秘密裏に現地に路地詩人と言われる人たちを集め、“ネタ”を提供した。

「アデルハイド姫が訪れてから混乱が起きたのは偶然だろうか」「アデルハイド姫は目立ちたがりやで功名心焦って反乱を誘発した」などと姫批判の内容の文章を撒かせた。


路地詩人というのは醜聞や政治思想などを街の人間に喧伝したり、そのような内容を印刷した紙をバラまく人たちだ。


本来行政・王宮の人たちからすれば邪魔でしかない存在で、よく逮捕・監禁・処刑の対象となるが、テルミドールは巧みにこれらを利用した。


そして住人たちはテルミドールが街で演説と広報活動を巧みに行うにつれて、「要塞指揮官は王族が任命した。だから奴隷小屋を作った悪人を増長させたのはアデルハイドである」という固定観念を植えつけられていく。


姫と、そしてフランツは半ば閉じ込められている城の中で今後どうなるかも分からず、ただじっと時が来るのを待つしかない。


明晰な姫の頭でも、チャンスは見いだせなかった。



つづく

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