地方の動乱、中央の陰謀 ~ふたつの視点~
ご覧くださりありがとうございます。
今回は勢いに乗って週二度目の更新となりました。小説楽しいね。
これまでのお話
ブランジュ王国の絶世の美女アデルハイドは政治にも口出しする才色兼備のお姫様。
隣国から来たフランツは男でありながら美女のような容姿でしかも姫に姿が似ていた。
フランツは姫の影武者にされてしまい、厳しい訓練を経て姫としてデビューした。
すると姫の従者が刺される事件が発生。フランツは唯一友人と言えるガスパールを仕方なく逮捕してしまう。
友を失い孤独に餓えるフランツは、南の地で新たな災難に遭遇する。
フランツがブランジュ王都ルテティアを出てから21日目、姫の小宮廷は大列を成して南部最大の都市リュールーズへ入った。
南部人たちはルテティアを中心とする北部地域よりも気質が荒いということで有名だ。南部人も南部人で、自らの出身地に誇りを持っていた。
とはいえ国を分かつような決定的な分裂ということでもなく、南部も王には忠誠を誓っている。だが北部人とは何かと喧嘩や衝突することがあった。
その最もたる例が軍隊だ。南方のカストルーニャとは何度も戦争し、南部もよく戦場になった。
しかもブランジュ王軍は北部人が中心だったから自分たちの住処を北部の人間が荒らしたと見る人間が出てくるのも分かる。
カストルーニャとの今でも曖昧なままの国境に位置する村では、納税拒否や反乱、カストルーニャへ情報を売り渡すなど頭を悩ませることをするところもある。
この地はリュールーズのような中心都市や地方都市部こそルテティアと王に付き従っているものの、田舎へ行くほど忠誠心も落ちていく状況だ。
アデルハイド姫は安全なリュールーズから出て、北部人の守る国境の要塞からも離れ、南部人気質の非常に強い都市フォロワに行くという。
その知らせは今日リュールーズの姫に充てがわれた部屋で、リンデ侯から教えられた。
リンデ侯はガスパール伯と同じく、フランツの姫になるための教育に力を貸していたからフランツの正体も知っている。
ただリンデはガスパールと違ってあくまでフランツを使用人として見ていて、裏では高圧的な態度で出てくる。
良くも悪くも貴族としての誇りが高いのに、世渡りもうまく、政敵は少なかった。ただし政治談義や宮廷の噂、悪口が飛び交うサロンでも、当たり障り無い会話しかしない八方美人だったからか信頼のおける絶対的な友というのも居ないようだった。
「フランツ、姫からの命令だ。フォロワへ行くと市庁舎前の広場で演説しろ!」
そう言うとリンデ侯は踵を返して部屋から出て行った。
市庁舎前の演説は市民の歓声に迎えられて無事に終わり、リュールーズで一番の力を持つリュールーズ伯ジュリアンの屋敷で教会の大司祭や有力貴族らを招いた歓待パーティが開かれた。
何ヶ月も前から姫がフォロワへ行くことが決まっているが、あえて今日もまた発表するのは市民に再度印象付けるためだろう。
格式張った野外パーティの冒頭は、大司祭が祝福の儀式を執り行うのに始まり、その儀式が終わると別の“儀式”が待っていた。
食事に歓談。これはむしろ儀式よりも格式ばっている。「皆様ぜひごゆるりと」とは言うが、少なくともフランツは気が抜けない。作法はミリ単位で決められていて窮屈だ。
しかも姫を演じている身だからなおさらズレは許されない。
南部といえど冬の今は、本来寒いはずだがフランツは汗を感じた。あまりにも肩が凝っていたため動かしたい衝動に駆られたがやはり動かしてはならず、ずっと耐える。
それでいて歓待されているのだから楽しそうにせねばならず、左右のちょっと下の席に座る教会権力の権化のような大司祭と招待主のラングレック伯の話には熱心に耳を傾け、楽しそうに返事をしなければならなかった。
料理の味は、感じなかった。
その夜、リンデ侯がノックもせずフランツの部屋に入るなり、こう告げた。
「明日は出発だ。その前に忠告しておく。いいか、絶対に歩くときはリュールーズ伯の傍に寄っていけ。絶対にラングドック伯の方を振り向くな」これは忠告というより命令だ。
「それは、なぜでしょう」
「お前が知る必要も権利も無い」
そう言うとまた機械のように踵を返して退出していった。
フランツは貴族年鑑で見た知識を思い出してみた。
リュールーズ伯ジュリアンの母に当たる人物は、北部のある地方の小さな土地を領有する男爵の娘だったが、男爵の長男が有能で鉱山事業に着手。大金持ちになった。
その経済力を盾に華麗な家系であるが貧乏に喘いでいた先代のリュールーズ伯と婚約、今のリュールーズ伯であるジュリアンが生まれたという。
また、ジュリアンには義兄弟が3人いたが、いずれも重なった時期に事故死したとなっている。それでリュールーズの家督を継いだようだ。
一方のラングドック伯についてはあまり記述がなく、南部土着の人間だったことが分かるだけだった。ただし兄弟8人全員が主にカストルーニャとの戦闘に係わることで死亡している。
リュールーズは外からきた金持ち、ラングドックは元々いたが羽振りはよくないという感じだろう。
朝が明けるとお化粧直しをしてすぐにリュールーズ伯や主要貴族と共に朝食。教会で旅の安全を祈願してもらい、昼頃には馬車はフォロワに向けて出発した。とりあえず言われた通り、始終ラングドック伯には近寄らず過ごすことにした。
しばらく馬車を進めるとフォロワ手前のブランジュ軍要塞「シャトージャンヌ」で一旦休憩をするため入城した。
シャトージャンヌは南部戦線を戦った要塞で、修繕がされた今でもところどころに銃痕や大砲の着弾跡が残っている。
首都近郊や北部地方の要塞はどれもこれも兵舎と牢獄としてしか機能していなかったが、この要塞は珍しく本物の戦いを経験し、切り抜けた。
フランツは国を守って傷ついたこの立派な建物を見て胸に若干の熱いものがこみ上げた。
カバーを被せられて奥にしまわれているの不格好なものがチラッと見えるが、姫が来ると聞いて急いで片付けた修繕工事の道具や材料だろう。
シャンドノワール地方でも有数の巨大城塞で、取り囲む星型で低く厚い城壁が延べ4キロメートルもある。一方で内側の城本体と内城壁は薄く高い旧式だった。大砲登場前に建てられた城に、新型の城壁を後から取り付けた珍しいタイプだった。
シャトージャンヌ周辺に大きな街がないためか、はたまた始終戦闘していたためか、要塞内部に小さな街らしきものができていた。
戦うために建てられただけあって道は狭く入り組み、城壁付近では日の光があまり射さない場所も多い。
フランツはお化粧直しのためにリンデ侯に付き添われて一行から一旦離れると、人々の死角になっているところからいきなり後ろから口を塞がれ、布を被せられて縛られた。
唐突すぎたのと昨日からの疲れで、5分経っても何されたのかよく分からず、不思議なくらい、フランツは至って冷静だった。
気がつくと縄は解かれて粗末な椅子に座らされていた。リンデ侯は予定通りだったというような表情で傍に立っている。
「どういうこと!?」
フランツは姫の調子でリンデ侯に問う。
「貴様、貴族に向かって無礼な態度を取るな、この下衆が」
リンデはそう言って汚いものを見るかのようにそっぽを向く。
「何が、何があったんだ・・ちがう、ですか?」
フランツはここにきていきなり焦りだした。今まで冷静だった自分が怖いくらいに。
リンデ侯は答えない。フランツは当たりを見回す。
ガラスの無い格子の小さな窓から光が差している。床は石で今座っている椅子以外に家具と言えるものは粗末な机だけ。机の上には散らばっている本数冊と書類が溜まっていた。
窓から反対のところは木製のドアになっている。部屋全体がホコリで覆われていて、長い間使っていないようにも見える。
リンデ侯はこのような場でも機械のように直立不動で扉を見つめている。
リンデも捉えられたのか、それとも誘拐に協力したのか、そんなことを考えていると扉が開いた。
なんとそこには本物の姫、王女アデルハイドがいた。
顔で分かったが服装は質素で都市の有力者の娘という出てだちだ。とても王女の服装ではなかった。
まさかこんな薄汚いところで本物の姫と会うことになるとは、フランツが絶句しているとアデルハイドは口を開いた。
「リンデ侯、ご苦労」
リンデは片膝を付き最敬礼をした。
両膝を付くのは神への礼で、人間はどんな尊い相手でも片膝での礼と決まっている。しかしリンデは出発前に祝福を受けたときに見せた両膝の礼よりいっそう深々と頭を下げているようであった。
「な、どういうことですか、アデルハイ・・・」
フランツが言いかけたのも聞こえないかのように無視してアデルハイドは話を始めた。
「今すぐ、そなたの今着ている服と装飾品を私によこしなさい」
「え、それってどういう」
フランツが困惑しているのもよそにさらに話は続く。
「私が直接、フォロワへ出向きます。影武者は不要」
「お待ちください殿下!フォロワは危険です、襲撃を受けたらどうなさいます!?なんのための影武者ですか!事前の話と違いますぞ」
リンデ侯は頭を下げながらアデルハイドに必至に注進するが、アデルハイドが聞いている様子は無い。
「事前に言ったらリンデ侯、そなたは私のフォロワ行きを反対したでしょう。だから事前に知らせなかったのです。良いかリンデ、民衆の前からも逃げるような者は国の指導者として恥ずかしいこと。私が影武者を使う理由は宮廷の敵から身を守り、煩わしい行事で時間を潰されないためです」
リンデ侯は深々と下げた頭をさらに下げて敬意を表した。
「さて、影武者よ。お前は適当に農民にでも化けて私が戻るまで潜んでいよ。5日後に私はここへ帰る。帰りはまた私に成り代わり煩わしい行事をこなしてきなさい。私の潜伏中の付き人3人とお前に付いてきたエレミエの計4人がお前の世話をするよう言いつけてある」
そう言うとフランツは姫のスパイと思われる一見農民にしか見えない男に別の部屋に連れていかれ、麻の農民服が渡されて着替えるように言われた。
着替えのための部屋は心なしかホコリが払われて服が汚れないようになっているようだった。
フランツは急ぎ着替えてアデルハイド殿下のお化粧直しを待つ、一行が見える民家の屋根に出た。
既に住民が屋根を覆うように物見していて既にただでさえ見えにくかったが、アデルハイド姫が姿を現すと歓声が上がり、余計見えにくくなった。
久しぶりに一般市民として本物のアデルハイド姫を見た。宮廷のドレスではなく、動きやすい略式のドレスであったが、それでも本物のアデルハイド姫は絶世の美女と言ってよかった。
あの方と自分がそっくりなんて信じられない。威厳に満ちた姿だった。
間もなくアデルハイド専用の馬車の扉が閉まり、一行は要塞を後にしていった。
市民らがバラけはじめると、ようやくフランツに気が付いたのかひとりの男に声をかけられた。
「どれどれ、男の服なのに女みたいな長い金髪と・・・ってお前・・・さっき見たアデルハイド様そっくりじゃん!」
つづく
ご想像の通りこの話の舞台は架空のフランスです。何かと戦争が多かった現実のフランス。この物語もいずれ抗争の影が出てくることと思います。こうご期待!