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フランツ少年とアデルハイド姫

この小説を選んでいただきありがとうございます。どうぞごゆっくりご覧くださいませ。

「フランツ、今日からおまえはアデルハイド姫よ。そう、私の影武者となるのです」そのひとことでフランツの運命は決まってしまったーー


「僕が・・・姫に?いやその前に女になれって!?なんでも僕」

「僕の男歴16年はこれにて終了してしまうのか!」

フランツは心の奥で恐怖を抱いた


だがハイもイイエも無い。下僕に過ぎないフランツはこう答えるしかなかった。

「か、かしこまりました!」


白く整った顔を背け、長い金の髪を揺らして姫はその後何も言わずに立ち去った。

現実から逃避したかったのかもしれない。その時フランツは複雑な気持ちになっていて立ち去る目の前の美しい姫も目に入らず、日が差し込む窓と重厚なカーテンを見ていた。





当時のブランジュ王国はオーギュスト3世の治世のもと、政治・経済・軍事の面で周辺国の中でもひとつ頭抜けるほどの強力な国家となっていた。


そんな王国でも特に注目の的だったのがアデルハイド姫。絵から切り抜いたような麗しい姿はもちろんのこと女性には珍しく国王から政治の相談をされるなどしていて、頭も切れる才色兼備として周辺諸国に名を轟かせていた。


どこの国の宮廷でもアデルハイド姫の話題は必ず出ると言っていいほど。あるときはその美しさを称え、あるときはその明晰な頭脳に恐怖を抱いて。





ブランジュの宮廷で働く小姓のフランツは隣国のルーマルクの出身だった。遠縁の親戚の縁故と宮廷の規模拡大も伴ってこの異国の地でぎりぎりのところで職を得た。


元々向上心が強かったフランツ。自国ルーマルクでは義父の仕事を引き継ぎ、名ばかりの地方役人の職に内定していたが、それを蹴ってブランジュ王国で出世することを望んだ。


「ブランジュ王国で名を馳せれば自ずと全世界にその名が轟くだろう」

幼少期から英雄伝記を義父から借りては読みあさり、いつかは自分もこうなりたいと思っていたフランツは英雄に憧れ、英雄になることを望んでいた。


しかし現実は縁故でなんとか職だけは得られたフランツ。特定の貴族に付いたりせず、調理場から料理を運んだり破れた皮のいすの修繕、肉体労働などあまり華やかとは言えないこまごました雑用をこなしていた。


つまるところ出世とは完全に無縁だ。


時には「あぁもっと華やかな世界だと思ったのにな」と料理場裏の木の階段で友達とグチをこぼしつつも、ルーマルクの地方行政官といえど一応宮廷関係者である義父から聞いていた毒々しい宮廷内のいがみ合いよりも友達と気軽に過ごせる宮廷の末端にいるほうが気が楽だなとも頭の隅では思っていた。


フランツは万人が認めるほど顔がよかった。縁故とは言え外国人だったフランツが宮廷に入れたのは誰もが振り返るほどのルックスの良さもあったかもしれない。いずれは給仕としてでも使われるだろう。


しかもフランツは女はもちろん、男も惚れさせるほどの美麗な顔立ちで、男前というよりは女々しかった。そこがむしろ母性本能をくすぐり男心もくすぐるのだった。



そんなある日、フランツ宛にいきなり「アデルハイド姫より直々のご命令」が届いた。


友達からはささやき声で「アデルハイド姫に見初められたんだよ」と冗談を言っていたが、まんざらでもなくフランツは顔を真っ赤にしてうつむいた。

一方で良くない予感もしていた。


命令が下ったら即日、どんな状況にあろうとも馳せ参じなければいけない。

命令書を確認しつつフランツはブランジュの光り輝くリュイリー宮の大廊下を歩く。


自分が普段働いている建物と同じとは到底思えない、別世界に迷い込んだかのようだった。普段は召使用の狭い石の廊下をまるでねずみのように移動したりしていたからだ。


案内人に連れられ、護送される犯罪者のように2人の兵隊に囲まれて進む。いくつか大きな金の彫刻で飾られた扉を何度もくぐって5度ほど角を曲がった。例外なくどの扉も左右に衛兵が微動だにせずハルバードを手に立っている。


何も考えず進んでいるとついに姫が執務室として使っている部屋についた。


緊張が押し寄せてきた。噂の姫のご対面できる嬉しさ。急な呼び出しの内容はどんなものなのかという好奇心。出世への道もあるかもしれない。姫の個人的な話し相手にでもなれば男冥利にもつく。




扉を明けると光が出迎えた。まぶしさに目を細める。


目が慣れてくるとそこには2人の人物が。正面の椅子にはアデルハイド姫と思われる女性。右側のストールに腰掛けている老婆がひとり。

アデルハイド姫は噂に違わない姿で座っていた。


金の髪が窓から入る風でゆらゆらと揺れ、逆光からでも分かるほど薄い緑色の瞳がフランツの心を刺した。


衛兵が下がると老婆は姫を紹介-と言っても紹介する必要などなかったが-して自身は姫の乳母だと言い、名前は名乗らなかった。


フランツは慌てて自分が自己紹介をしていなかったことを思い出し「僕は-フラ」と名前を言いかけると姫はおもむろに口を開いた。


アデルハイド姫は最初こそ形式的ではあるが華麗な出迎えをしたものの、椅子に座るやいなや尊大な態度でフランツに命令を下し始めたのだ。


「異国の下賤の存在であるお前が私と話せたことを光栄に思いなさい」それから「私からおまえに命令を与える」そして「私の影武者となりなさい」ときた。


「影武者?え、姫ってまて僕は男-」


困惑するフランツを置いて姫の代わりに乳母が代わりに説明するように話した。


「お前の瞳は姫と同じ緑-しかも男性とは思えぬほどの美貌。宮廷や諸国をくまなく探したがお前ほど姫に似た容姿の者が居なかったのだ。それが男だとは皮肉じゃが」


「それに、まあまあ声も似ている。矯正すれば同じような声が出せるじゃろう」


フランツは声変わりが無く、それで一時期いじめにあったこともあった。


フランツは気恥かしさと恐怖に同時に襲われた。

美貌を褒められたのは素直に嬉しかったがその美貌のせいで姫にされようとしている。




姫の乳母が言う「さて、お前をもうひとりの姫に仕立て上げる工程はもう考えておる」


(まてよ・・・姫になるってことは、これはこれで下働きでいるよりは英雄への道が開けるかもしれない・・・いやいや、やっぱ男として英雄になりたいぞ僕は・・・どうしよう)


「僕は男だぞ」「どうすれば」と壊れそうな羞恥心と自尊心のなか、結局は有無を言わさずアデルハイド姫の乳母がフランツをぐいと引っ張って連れて行った。


そしてここに、フランツの地獄のような天国への扉がひらいた。



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