04-B
緑豊かな川沿いの道を2人で歩きながら、私とアレットは、この数年間を取り戻すかのように、話し続けた。
家の外で、こんなに長い間誰かと会話したことなんて、家族以外では記憶に無い。
商店街でお店の人と二言三言話したり、愛想笑いを浮かべることはあっても、これほど素のままの自分を出して接することができる相手はなかなかいない。
この街だけで言うなら、アレットくらいじゃないだろうか。
喜びを感じると同時に、少し後悔もある。
どうして、もっと早く改善しようとしなかったんだろうと。
あんなきっかけで元通りの仲に戻れるのなら、これまでいくらでもチャンスはあったはずなのに。
……いろいろと、考えすぎてたのかなぁ、私。
「ねぇ、アレット」
ちょうど話が一段落したところで、さっきからずぅっと頭の中に浮かんでぐるぐると回っていたあることを、聞いてみることにした。
……結構、勇気が要るな。
アレットは、「なぁに?」と私の顔を覗いてくる。
「えっと、えっとね。……また、そのぉ、……私と、友達になってくれる?」
心臓がうるさいくらいに鼓動を響かせている。
「ティナ」
しかし、なぜかアレットは怒ったような表情になった。私は慌てて、「ごめん」と俯く。
「どうして謝るの? ていうかさ、なんでそんなこと聞くわけ?」
「え……?」
私の前に来て立ち止まったアレットは、その強烈な視線で私を貫く。
「もしかして、ティナはもう私のことを友達じゃないって思ってたの? ちょっと話してなかっただけで? 酷くない?」
「……」
何も言い返せない。だって、その通りだから。
「私は、ティナのことをずっと友達だって思ってたよ。今までずっと! ティナのことを友達と思ってなかったら、今日だって、追いかけなかったし、声もかけなかった。ううん、そもそも、広報誌にティナの名前があるのを見つけても、何とも思わなかった」
「あ……」
私、なんてこと言っちゃったんだろう。……馬鹿だ。馬鹿過ぎる。
どうしよう。これで本当に、この子とは友達じゃなくなっちゃうのかな。
……そんなの、嫌だ!
「さっき、お互い頑張ろうねって言ったばかりだよね? 友達だから、ティナもうんって言ってくれたんじゃないの?」
アレットは、本気で怒っている。どうしよう。こんな時、どうすればいいの?
……謝る? とにかく謝るべき?
「怒らないで」
だけど、考えたものとは全く異なる言葉が漏れていた。そしてそれは、もう止められない。
「アレットの言った通りだよ。でも、怖かったの。どうしても、確かめたかったの。あれからずっと、ほとんど話したことがなくて、遊ぶこともなくて。……だから、久し振りにアレットといっぱい話ができて、すごく楽しかったし、嬉しかった。でも、話をしながら、ずっと不安に思ってたの。本当にまた友達って呼んでもいいのかなって。だから、確かめたかったの」
「いいに決まってるじゃない!」
がしっと、アレットは私の腕を掴んだ。
その手には、かなり力が込められている。
「呼んでよ。私のこと友達だって。私は呼べるよ? ティナのこと、友達だって」
顔も身体も近付けて、アレットは私の目だけを凝視し続ける。
身体を引こうにも、掴まれた腕を引き寄せられて逃げられない。
……いや待て。
なんで? なんで逃げようとしてるんだ、私は!
「わっ」
耳元で、アレットの驚く声。
ん?
「――あっ」
気付けば、私は鞄を落とし、アレットの身体を抱き締めていた。
私は慌てて身体を離し、「ごっ、ごめん!」と謝る。その声は、動揺のあまりひっくり返っていた。
そして、周囲を確認する。
今の、誰にも見られてないよね? 大丈夫だよね?
「あっははははははははっ!」
突然、声をあげて笑い出すアレット。身体を曲げ、お腹を押さえ、笑い続ける。
「あははっ、ティナ、ははははっ、顔、真っ赤だよ」
「えっ?」
思わず、両手で頬を、顔を包み込む。わ、私、どうしてあんなこと……!
「……いいよ。許してあげる」
「へ?」
ひとしきり笑い声をあげたアレットは、そう言って、私の鞄を拾い上げて砂を払った。
それを私に差し出す彼女は、涙目だった。
「ティナ、面白すぎ」
また少し笑いながら、涙を拭うアレット。
私は鞄を受け取りながら、「そんなに笑わないでよ」と呟く。
たぶん、私の顔はまだ赤いと思う。
「だって、いきなり抱きついてくるんだもん。わけわかんなすぎてさ、もうおかしくって」
私だって、わけわかんないよ。どうして急に抱きついたりしたんだ?
「……でも、なんか昔を思い出した。よく、ふざけて抱きつき合ってたりしてたなー、とか。ティナは、思い出さない?」
「ああ、そういえば、そんなことしてたっけ」
思い出した。小さい頃、確かによくくっついたりしてた。
その時の楽しかった気持ちも、思い出す。
「ティナ。私たち、同じ思い出があるんだよ。たくさん、たくさん、楽しかった思い出が」
「うん」
大きく息を吐き、そして、アレットの目を見つめる。
「私たち、友達だね」
その言葉は、何かにつっかえることなく、すんなりと自然に流れ出た。
言えた。よかった~。
アレットはにっこり微笑み、「うん!」と頷いた。私も嬉しくなって、笑った。
そうして、どちらからともなく、また歩き始める。
「ねぇ、広場に行こうか。ベンチに座ってさ、もうちょっと話そうよ」
アレットの誘いに、もちろん私は「うん、行こう」と応じる。
……ああ、学校に行ってよかった。
まさか、そんなことを思う日が来るなんて、全く思ってなかったよ、ホント。
その後、私たちは、中央広場のベンチに座って、暗くなるまで話し続けた。
私は、この前受けた試験のことをかいつまんで話したり、先日始まった傭兵候補生のことも話して聞かせた。
そんな話の中で、アレットの二つ歳上の兄が協会員であることを知った。昨年、採用試験を受けて合格したらしい。
それを聞いて、彼女が協会の広報誌なんて物を持っていたことを納得する。
アレットの兄は、1年くらいはこの街の支部で働いていたみたい。
だけど今は、中央に転勤になって離れ離れ。時々手紙が届くんだけど、毎回、忙しくて帰れないみたいなことが書いてあって、なかなか会えないんだとか。
寂しいかと聞くと、少しね、と彼女は答えた。
でも、一生会えなくなったわけじゃないんだし、手紙のやり取りはできているから大丈夫、とも言っていた。
アレットと別れ、家路につく。
だいぶ遅くなっちゃったな。早く帰んなきゃ。
焦る思いが、歩みの速度に反映される。
仕事帰りの大人たちの中を早足で進み、住宅街へ。
どの家にも明かりが灯り、美味しそうな匂いが漂い、楽しげな話し声が届く。
その中を進み、角をいくつか曲がれば、家族の待つ家が見えてくる。
「ただいま~」
玄関のドアを閉めながら言うと、ダイニングの方から「おかえりなさ~い」といつもの声が返ってきた。
「?」
だけど、その中にいつもの声とは別の声が混ざっていることに、すぐに気付く。
そして足音が近付いてきて、違和感の原因が姿を見せた。
「ティナさん。遅いお帰りですね」
――は?
「フ、フランカさん?」
ダイニングから出てきたのは、見慣れた微笑みを浮かべた美少女、フランカだった。
「なっ……」
なんで、ここにいるの?
「うふふ。お邪魔してます」
いや、うふふじゃなくて。
「姉ちゃん?」
するとそこへ、妹ミリィが顔を出す。フランカの後ろから出てきたエプロン姿のミリィは、「どうしたの?」と小首を傾げた。
「いや、どうしたのじゃないでしょ」
その視線を、フランカへ移す。
「なんで、フランカさんが私の家にいるの?」
やっと、その質問を口から出せた。
すると、ミリィとフランカは顔を合わせ、「ねー」と笑い合う。
いやいや、わかんないって。
「フランカ姉ちゃん、今日からここに泊まるんだぜ」
さらに後から出てきた弟スヴェンが、そう言い放った。
「……え、ええっ? 泊まる? 泊まるって、え? なんで?」
わけがわからない。あまりにも唐突すぎて、変な夢でも見ているのかという錯覚にすら陥りそうになる。
誰か、ちゃんと説明してくれませんかね。
詳しいことはダイニングで説明すると言われ、私は急いで部屋へ行き、鞄をベッドに放って、うがいと手洗いを済ませてから、ダイニングへ向かった。
すると、さっきの3人に父クレイグも加わり、全員ダイニングのテーブルについていた。
「まぁ、座りなさい」
困ったような顔をしている父にそう促され、空いている席に座った私は、早速質問をしようと口を開きかけた。
が、それは父の手のひらに制される。
「待て、ティナ。お前が言いたいことはわかる。だが、これはもう決まっちまったことだ」
「決まったって、何? フランカさんがこの家に泊まること? だから、その理由を――」
「次の仕事、いいえ、これから3ヶ月間、一緒にお仕事に行けた方が良いと思いまして。それで今日、無理を承知で、お願いをさせていただきに参りました」
私の言葉に被せるように、フランカが言う。
いやいやいやいや、ちょっと待ってよ。
「それでOKしたの? 何勝手に決めてんの? っていうかフランカさん、いつ来たの? え? 1人で来たの?」
フランカはにっこり、「はい」と返してくる。
さすがにちょっと苛立ってきた私は、父を睨みつける。
父は私から目をそらし、「すまんな」と呟いた。
「ティナさん」
今すぐにでも父を問いただしたい衝動に駆られた私の耳朶を、フランカのあくまで穏やかな声が震わせる。
目だけそっちへ動かすと、フランカは眉を下げて悲しげな表情になっていた。
「……駄目、ですか?」
「……」
ずるくない? そんな顔で、そんな声で、言うなんてさ。
弟たちの視線も、私に注がれる。
なんだか、こっちが責められているみたいじゃないか。
「駄目、……ってわけじゃ、ないけどさ」
結局私は何も言えず、フランカの居候を認めることになってしまった。