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04-A

 マンイーターが水を吸って大きくなれることは知っていても、あれほど巨大化した個体には出会ったことが無いと、ノエリアは言っていた。

 彼女は油断した理由は、そこにあると思う。


 6年ものキャリアを持つノエリアでさえ、こういうことがある。

 ……やっぱり、経験を積むことは大事だな。



 巨大なマンイーターと戦い、死の恐怖を味わい、死を受け入れかけた。

 今回の経験は、やはり貴重なものなんだろうか。


 傭兵を目指す者としては、貴重な経験と言ってもいいのかもしれない。

 だけど、あんな経験は二度とゴメンだ。

 本当に、怖かったんだ。本当に、死ぬかと思った。あの時のことを思い出すと、ゾッとする。身体が、震える。


 でも、きっとこれからも、ああいった命の危機に晒されるような経験をするんだろう。

 傭兵っていうのは、そういう仕事だと思うから。


 嫌だから逃げるなんてことは、できないんだ……。



 あの後、もう一度ビダル村の内外を見て回り、マンイーターが残っていないことを確認した私たちは、避難した村人たちに会いに行き、それを報告した。


 村人たちは、口々に私たちへお礼の言葉を投げかけ、ビダル村へ戻っていった。

 私たちも同行し、村が水浸しであることや、砕け散って潰れた井戸について説明し、謝罪した。


 そんな私たちを、村人たちは誰一人として咎めようとはしなかった。それどころか、食事を用意して私たちをもてなしてくれたんだ。

 しかも、今日は泊まっていってくれと、部屋まで用意してくれた。


 確かに、食事が終わる頃にはすでに日は沈み、辺りは暗くなっていた。そんな時間にあんな場所を走る馬車など無いし、疲れた身体で暗闇の中を歩いて帰るのもなぁということで、私たちはその厚意にも甘えることにした。



 翌日、昼前にフェンテスに戻った私たちは、報告のために協会支部へ向かった。

 報告が終われば、あとは報酬を待つだけ。

 後日、協会員がビダル村やその周辺の確認を行い、問題が無ければ報酬を受け取れる状態になる。


 私とフランカへの報酬は、次の仕事の時にノエリアから手渡してもらうことになった。



 次の仕事は、協会が決めた予定表によれば11日後。仕事内容は、どうやらまたファミリア関係らしい。


 11日後、またフェンテスの駅前で会うことを約束し、私たちはノエリアと別れ、帰路についた。




 翌日、私は学校にいた。

 午前中の授業を終え、今は昼休み。


 昼食を誰よりも早く済ませた私は、校舎を出てグラウンドへと続く階段に1人で座っていた。

 そうしているうちに、次々と食後の運動を楽しむ生徒たちの姿で、グラウンドは賑わっていく。


「……」

 私にも、一緒に遊べる友達がいればいいんだけど、ここにそう呼べる子はいない。



 小さい頃は、それなりに友達はいたんだ。

 だけど、母が死んで、学校が終わったらすぐに家事をするため家に帰るっていう生活をしているうちにだんだん疎遠になって、今では友達は1人も残っていない。


 また新しい友達を作ればいいだけの話かもしれないけど、何を話せばいいのかわかんないんだよね。


 ずっと家事をやってきて、半年くらい前から、それが試験に向けての訓練に変わった。

 ほかの子が友達とわいわい楽しく遊んでいた時間を、私は全く別のことに費やしていたんだ。


 だから、話が合うわけがない。


 例えば、ファミリアと戦って死にかけたなんて話をするでしょ?

 相手が私と同じような境遇の女の子ならまだしも、全く普通の女の子だったら、確実に引くよ。場が凍りつくというか、妙な空気になるよ絶対。


 それに、私が傭兵を目指しているなんて、先生はともかく、クラスメイトは誰も知らない。

 あれこれ詮索されたりするのが嫌だから、誰にも言ってないんだ。


 だからクラスメイトには、“友達のいない孤独な子”としか思われていないはず。


 ……いや、誰も私のことなんか気にかけてない、か。



 大きな溜め息が出た。


 早く帰りたい。

 頭の中は、そんな思いでいっぱいだ。


「あと1年……」

 呟きは、喧騒にかき消された。


 あと1年も、こんなところに通わなきゃいけないなんて、苦痛でしかない。

 早く解放されたい。


 ……あーあ、早く次の仕事始まんないかなぁ。




 午後も、必要な時以外ずーっと黙って過ごし、やっと下校の時がやってきた。


 今日も私は、ほとんど誰とも喋ってない。

 こんなところに長くいたら、声の出し方を忘れてしまう。

 それくらい、私は黙っていた。




 学校を出て、とぼとぼと帰り道を進む。

 顔を上げれば、楽しそうに喋りながら歩いている子たちが視界に入る。それが嫌で俯き加減に歩いてみても、周囲の話し声が無遠慮に耳の中へ滑り込んでくる。

 さすがに、耳を塞ぎながら歩くわけにはいかないので、とにかく我慢するしかない。


 家に帰るまで、私はずっとこんな調子だ。

 そしてこれが、何年も続く私の日常だった。




「ティナ!」

「!」


 商店街の喧騒を避けるために、一本隣の道を歩いていた私の耳に、私の名を呼ぶ声が届く。

 それは、聞き覚えのある声だった。


 ゆっくり振り返ると、すでにその子は私の近くまで駆けてきていた。


「アレット……」

 前髪を横に分けてピンで止め、綺麗なおでこを見せているその女の子は、私の同級生で、……元、友達。


 名前は、アレット・フランク。


「よかった、追いついて」

 激しく肩を上下させて荒く呼吸をしているところを見るに、どうやら、走って私を追いかけてきたようだ。


「……え、えっと、何か用?」

 緊張からか、鼓動が激しくなる。声も、思うように出せない。


 そんな私に、アレットはにっこり微笑んだ。


「ティナ。今から何か予定あったりする?」

 予定?


「別に、無いけど?」

 家に帰っても、特にすることは無い。強いて挙げるとしたら、身体が鈍らないようにちょっと運動するくらいかな。


「そっか。じゃあさ、ちょっと話さない?」

「え?」

 一体、何を話すというのか。


 一緒に遊ばなくなってから、何年経ってると思ってるんだ?




 アレットは、緊張と困惑に苛まれたままの私の隣に並び、一緒に歩き始めた。


「ティナと話すの、久し振りだね」

「……そだね」


 遊ばなくなった後も、顔を合わせれば挨拶くらいはしていた。

 だけど、こんなふうに会話をするのは本当に久し振りだ。


「私ね、今までずっと、ティナとこうして話したかったんだ。でも、なかなか話しかけられなくてさ。……ティナのこと、嫌いになったわけじゃないんだよ」

 わかってるよ、そんなこと。


 なんとなく話しづらくなって、そのままって感じでしょ?

 私も、同じだから……。


「このままじゃ嫌だなって、ずっと思ってたの。そしたら、この前ティナと話すきっかけを見つけたんだよ」

「? きっかけ?」

 するとアレットは、持っていた鞄を開けて、何やら薄い冊子を取り出した。


「それって……」

 その冊子を、私は見たことがある。今も、家のどこかに何冊かしまってあるかもしれない。


「そう。協会の広報誌。これ、先月末に発行されたものなんだけど、この中に、ティナの名前が載っててさ」

「え?」


 傭兵支援協会は、月に1、2回、協会の仕事や傭兵の活躍を紹介するための広報誌を発行している。

 協会支部などに置いてあり、誰でも自由に持って帰ることができるんだけど、傭兵や協会員、そしてその身内くらいにしか需要はないはず。


 どうして、アレットがこんなものを持っているんだろうか。


「ほら、ここ」

 彼女は、冊子の最後の方のページを開いて、指差しながら見せてくる。


「……あ」

 そこには、傭兵候補生制度の概要と、私たち第一期生のリストがあった。


 その上には、大きめの文字で、私が受験した第132期・傭兵採用試験の合格者のリストも。


「ティナ、傭兵を目指してたんだね」

 冊子を閉じ、俯くアレット。


「私、全然知らなかった」

 そりゃそうだ。誰にも言ってないもん。


「……ティナは、すごいよ」

「え?」

 思わず、足を止めてしまった。アレットも立ち止まり、私の目をじっと見つめてくる。


「事故で傭兵を引退したお父さんの代わりに、働こうとしてるんでしょ? すごいよ。……もし、私がティナと同じ境遇になったとしても、ティナと同じようにできるとは思えない。何もできず、ただ悩むことしかできないと思うの」


 そんなことは、ないと思うけどね。

 実際に追い詰められないと、その時自分がどうするかなんて、わからないんじゃないかな。


「……ねぇ、ティナ」

「何?」

 アレットは、私に視線を浴びせたまま、一歩近付いてきた。


「私、ティナのことを応援、ううん、サポートできるように頑張る」

「?」

 サポート? どういうこと?


 首を傾げる私を見て、アレットは表情を引き締める。


「私、学校を卒業したら、協会員になろうと思ってるんだ」

「え、協会員に?」

 頷くアレット。


「ティナが傭兵を目指してることを知って、より強く、そのことを考えるようになったの」

 輝く視線は、まぶしいくらいだ。


「協会員になれば、ティナのことを近くで応援できるし、直接サポートする機会もあるかもしれないでしょ?」

「アレット……」

 緊張も困惑も、いつの間にか消えていた。私の心を満たすのは、喜びと感動。



 何年もほとんど会話をせず、近くにいるのに離れ離れになっていたアレット。

 だけど、その距離が今、一緒に遊んでいたあの頃と同じくらいにまで、縮まった気がしたんだ。



「ティナ。お互い、頑張ろうね」


 だから、彼女のその言葉に、私は素直な気持ちで「うん」と微笑むことができた。

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