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マーセナリーガール -傭兵候補生-  作者: 海野ゆーひ
第02話「無色透明の敵・前編」
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02-B

 私とフランカが見つめる先には、いくつもの水溜まりが存在している。


「……あれ全部、そうなのでしょうか」

「たぶん……」



 ――マンイーターは、無色透明のファミリアで、普段は水溜まりなんかに化けている。

 そうして、人間が近くを通るのを待つ。獲物が来たら、一気に襲いかかって全身を包み込み、窒息させてから消化する――



 私たちは、ノエリアからそう説明を受けていた。

 そして、私たちの視線の先に、明らかに怪しい水溜まりが点在している。


 あれらは全て、マンイーターなんだろうか。


 意を決して、一番近くの水溜まりにそっと近付き、様子を窺う。


「――!」

 次の瞬間、私は持っていた剣を逆に持ち替え、そのまま水溜まりに突き下ろしていた。


「ティナさん!」

 慌てて駆け寄ってくるフランカの声を聞きながら、水溜まりの動きに注視する。


「あっ」

 横に並んだフランカが、驚いた声を漏らす。


 私が剣を突き刺したその水溜まりは、ぐねぐねと激しく蠢き、やがて溶けるようにだらりとなり、動かなくなった。


「……当たりだったみたい」

 一息つき、ただの水溜まりのようになったそこから、剣を引き抜く。


 その切っ先には、直径5センチほどの赤い球体が刺さっていて、それと同じ色の液体がどろりと流れ出ていた。

 たぶん、血液のようなものだろう。



 ――昨日は、フェンテスの安宿にフランカと一緒に泊まった。

 もっといいところがあるのに、とノエリアは口を尖らせていたけれど、私たちは遠慮して安宿を選んだ。


 なかなか歴史を感じる宿で、フランカが嫌がらないか心配だったけど、彼女はちっとも嫌そうな顔をせず、むしろ楽しげだった。相変わらずの順応性である。


 そうして今日の早朝、駅前に集合した私たちは、馬車に乗ってフェンテスを出発。

 そのおよそ2時間半後に、豊かな緑の中にぽつりとあるビダル村に到着した。


 ビダル村はとても小さな村で、家屋の数は両手で数えられるほど。

 当然、そこで暮らしている住人も少なく、私たちが訪れた時にはすでに、ノエリアが言っていた通り、マンイーターのいない近くの村への避難が済んだ後だった。


 だけど、村長と数名の村人が、そこで傭兵が来るのを待っていた。昨日は、マンイーターのいない村の外で過ごしたらしい。


 ノエリアは、彼らから説明を受けた後、避難するよう指示。

 そうして、ビダル村には私たち3人だけが残り、今に至るというわけだ――



 私が刺したのは、水溜まりに化けていたマンイーター。

 剣の先に刺さっているのは、マンイーターの核。人間で例えるなら、脳や心臓のようなものだ。


 つまり、これを破壊すれば、マンイーターは死ぬってこと。


 現に、マンイーターがいたそこは、ただの水溜まりとなって静まり返っている。


 ただの水溜まりか、マンイーターが擬態したものかを見分けるには、危険を承知で近寄ってみるしかない。それが、ノエリアから教わった見分け方だ。


 もしマンイーターであれば、人間が近付くと、その気配を察してわずかに動く。

 足音の感じや、熱、ニオイなどで人間かどうかを判断し、襲い掛かってくるようだ。


 その説明通りに近寄ってみたところ、風も無く、できる限り静かに歩いたはずなのに、水面が揺れて、波紋が生まれた。そして、見れば水溜まりの中に赤い球体が。


 それらを確認したら、襲い掛かられる前に、素早く剣で核を潰す。

 教わった通りにやった結果がこれだ。


「すっごい緊張する……」

 正直、かなり怖い。襲われたら食べられると聞かされているから、余計にね。



 この辺りは、あまり水はけが良い土地ではなく、降った雨が水溜まりになって残ることが多いようだ。

 村長の話によると、この辺りには数日前通り雨があり、水溜まりがいくつかできたままだったらしい。



 ……もういっそのこと、全部刺していった方が早いんじゃないだろうか。

 そう考えていた私の耳に、ノエリアの声が入ってくる。


「わぁ、こっちもかなり水溜まりがあるねぇ」

 振り返ると、いつの間にかノエリアが近くまで来ていた。


 彼女は、私たちの逆、村の北側を見に行っていたはず。

 あれから、10分ほどが経つ。


「ノエリアさん。あっちはどうでした?」

 聞くと、ノエリアはニッと白い歯を見せた。


「ああ、あっちにもいっぱいあったよ」

 いやいや、笑ってる場合じゃないでしょ。


「2人共、聞いて。今からやることを説明するから」

 私たちは、手招きする彼女のもとへ駆ける。




 ノエリアは、剣の先で地面に何かを描き始めた。


「マンイーターが、自分ではほとんど移動できないファミリアだってことは、話したよね」

 円を描き、その中心に“ビダル”と刻む。どうやら、その円がビダル村を表しているようだ。


「だから、鳥や獣の身体に付着して運んでもらう。そうして、行き着いた先で分裂し、数を増やす」

 描いた円を、とんとんと叩く。


「村長の話によると、マンイーターが初めて目撃されたのは、一昨日の日没後すぐ、村人が襲われかけた時。つまり、もう丸一日以上は経過してることになる」

 そして、その円の中に、一回り小さな円が描かれる。


「村の中のマンイーターの位置、その範囲を大まかに描くとこう。すでに、ちょっとした縄張りができてるね」

「縄張り、ですか?」

 私の呟きに、ノエリアは「うん」と頷く。


「このまま放っておけば、この範囲はどんどん大きくなっていく可能性が高い。でも、水溜まりを全て潰せばいいってもんじゃない」

 そう言ってノエリアは、剣で二つの円の中心を軽く刺した。


「今説明した通り、マンイーターは分裂して数を増やす。そして、分裂した方を潰しても意味が無い。奴らの分裂元を探し出す必要があるの」


 ノエリアは、刺した円の中心をさらにとんとんと叩きながら、言葉を続ける。


「この範囲の中心に、一番最初にここに来て、身体を分裂させた奴がいるはず。そうだね、親株とでも呼ぼうか。そいつが、分裂した全てのマンイーターと繋がってる。そいつの核を潰せば、子株も死ぬ。逆に、親株を潰さない限り、子株は減らない。潰してもやがてまた現れるし、どんどん増えていく」


 私は疑問を口にする。


「その、……親株って、子株と何か違うんですか?」

 私の問いに、ノエリアは頷いた。


「親株は、子株と比べて大きさが全然違う。核の大きさも、かなり違うね。動物の身体を利用して移動する時は、無駄な部分を自ら切断して落下しないようにするんだけど、移動後はその土地にある水分を吸って巨大化する。その水分を使って、子株を作るんだ」


 ということは、


「たくさんの水がある場所に、親株がいるってことですか?」

 私の出した結論に、ノエリアは「そういうこと」と微笑んだ。だけどすぐに、表情を引き締める。


「問題は、そのたくさんの水がある場所なんだけど、たぶんあそこだと思う」

 そう言って彼女が指差した先にあるのは、村の中心にある井戸。確かにあそこなら、水がたくさんあるだろう。


「水溜まりに化けた子株の位置から考えても、その中心はあの井戸の辺り。でも、井戸はもう一つあるんだよね」

 ノエリアが顔を向けた先にあるのは、村長の家。


「村長さんの家の裏手にも、井戸がある。どちらも、マンイーターが現れてからは使ってないらしいから、一応あっちも調べてみる必要があるね」

 そして、ノエリアは私とフランカを交互に見る。


「あなたたちは、村長さんの家の方をお願い。私は、村の中心にある井戸を調べるから」

 私たちは「はい」と返事をし、すぐに駆け出した。




 井戸に到着した私たちは、困惑した。どうやって調べればいいんだろうか。


「覗いてみるのは、やはり危険ですよね」

 フランカの疑問混じりの提案に、私は「そうだね」と腕を組む。


「それに、いくら明るいと言っても、井戸の奥までは見えないし……」

 何か、奥まで照らせる物があればいいんだけど、勝手に家探しするのはちょっとなぁ……。


「……」

 考えていても良案は出ない。だったらもう、意を決するしかないね。


「ティナさん?」

 井戸に向かって進み出た私の背に、フランカの声が当たる。彼女の方に向き直ることなく、私は口を開く。


「私が覗いてみるから、何かあったらよろしくね、フランカさん」

「えっ?」

 フランカの慌てた声を聞きながら、私は井戸を覗き込んだ。


 次の瞬間――


「?」

 ゴゴゴという地響きが聞こえたと思ったら、とてつもない轟音が炸裂。


「――なっ」


 私の視線も、おそらくフランカの視線も、その轟音の方へ向いていた。

 それはもちろん、私が覗き込んだ井戸の方ではない。


 村の中心にある、井戸の方向だ。


「あ……」

 言葉が出ない。身体が石にでもなったかのように、硬直してしまっている。


 私たちが凝視する先。

 そこには、大きな水の柱がそびえ立っていた。

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