24-B
父親の口から飛び出た、信じられない言葉。
俺も好き? 何言ってんの?
「おとう――」
「クレイグ様ぁっ!」
私が掴みかかろうと動くよりも先に、フランカが父に抱きつこうと飛び出した。
「待て」
その眼前に、父の左手が広げられ、フランカはビタッと動きを止めた。そして、まん丸にした瞳を父へ向ける。
その目が見つめる父の顔には笑みがあるけど、どちらかというと苦笑という感じだった。
「話は最後まで聞け。……好きと言っても、お前が俺に言った好きとは種類が違う」
「え?」
「はっきり言うが、俺はお前のことを女として見ることはできない。絶対に」
「なっ、なぜ……? なぜですか? 歳が離れているからですか?」
「そうじゃない。俺にはな、妻がいるんだよ。……と言っても、死んじまってここにはもういないが、俺は、あいつのことを今でも愛してる。あいつと出会ってからも、あいつが死んだ後も、そしてこれからも、俺はあいつ以外の女は愛さないと決めたんだ。だから、お前の気持ちには答えられない」
「お父さん……」
父親が、愛という言葉を繰り返していることに、ちょっとした気恥ずかしさを覚えつつも、私の心には喜びと安堵が広がっていく。
――俺は、エリーゼを裏切るような真似は絶対にしない――
……あの時の言葉は、嘘じゃなかったんだね。
信じてなかったわけじゃないけど、俺も好きだ、とか言うから、私勘違いしちゃったじゃない。
ちょっと、泣きそうになっちゃったじゃないか。
でも、本当に良かった。フランカには悪いけど、父がはっきりと自分の思いを喋ってくれて、安心した。
きっとフランカは傷ついただろうけど、これで諦めてくれるはずだ。
そのフランカを窺うと、俯いた彼女の目からは大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちていた。
「うぅ……うぅぅ……」
震える口から、悲しげな声が漏れる。
それは次第に大きくなっていき、フランカは両手で顔を覆い、膝を折ってその場に崩れ落ち、身体を丸めて声を上げて泣いた。
近所から苦情が来るんじゃないかってくらいの、悲痛な叫び声だった。
「フランカ」
そんな彼女の前で膝をつき、彼女の頭をそっと撫でる父。
「俺が、お前のことを好きと言ったのはな、お前を本当の家族のように感じているからなんだよ」
「ふぇ……?」
真っ赤になった目を、父に向けるフランカ。その顔は、涙と鼻水とよだれでぐしゃぐしゃだった。
「お前とティナに剣を教えていた時な、俺はティナだけじゃなく、お前のことも自分の娘のように思って接していた。今でも、その気持ちは変わってない。いや、あの頃よりももっと、お前を近くに感じてる」
父はそう言いながら、フランカの頭を優しく撫で続ける。
「だから、お前さえ良ければ、俺のことをもう1人の父親だと思ってくれて構わない。いや、お前がそう思ってくれなくても、俺はお前のことを自分の娘のように思い続けるよ」
「むしゅめ……?」
嗚咽混じりに、フランカはその言葉を繰り返す。父はそんなフランカに対し、「ああ」と微笑む。
「お前のことを女として愛してやることはできないが、娘として愛してやることはできる。……それじゃあ、駄目か?」
するとフランカは、口から垂れそうになっていたよだれを啜り、首を横にぶんぶん振って、服の袖で涙と鼻水を拭って、真っ赤な瞳を輝かせた。
「本当に、私のことを、娘のように思って下さいますか? 愛して下さいますか?」
床に両手をついて、身体を引きずるように父へ少し近付き、確かめるように父の顔を見つめるフランカ。
そんな彼女に、父は白い歯をニッと見せて、「ああ!」と笑った。
「クレイグさまぁあああぁぁぁ~」
「ぅわっ! とととと……!」
次の瞬間、フランカは父に勢いよく飛びついていた。
あまりの勢いに、父はどすんと尻餅をついたけど、泣きながら自分にしがみつくフランカの様子に、父は朗らかに笑ってフランカの背中をぽんぽんと優しく叩いた。
……よかったね、フランカさん。
そう思うのと、父と目が合うのは同時だった。
「何突っ立ってんだよ、ティナ。お前も来い。ほれ」
「はぁっ? 何言ってんの?」
私も、抱きつけって? やめてよ、恥ずかしい。
「遠慮すんなよ。早く来いって」
「…………もぉっ」
正直に言えば、フランカが少し羨ましかったんだ。だから私は、そっと父のそばで座り込むと、そのまま父の胸へ身体を倒した。
父の厚い胸筋が、私の頭を受け止める。
「今日くらい、いいだろ、ティナ」
「……うん。まぁ」
駄目だなぁ。素直になれないや。
横を見れば、父の胸に顔を埋めて泣いているフランカがいる。泣いてはいるけど、その顔は幸せそうだった。
「こっちの腕もあれば、お前たちをしっかり抱き締めてやれるんだがなぁ。まぁ、無いものはしょうがねぇな。これで我慢してくれ」
「いいよ……」
私も、フランカと同じように父の身体に抱きつく。
「……そんなこと、気にしないで」
フランカと目が合う。そして私たちは、満面の笑みを浮かべた。
その夜、私はフランカと私のベッドで一緒に寝ることにした。
お互いに「おやすみ」と言っただけで、あとは一言も言葉を交わすことなく、そのまま眠りについた。
言葉なんて交わさなくても、私たちの心は満たされていたから……。
翌日の朝、ジゼルたちがフランカを迎えに来た。
私とスヴェンとミリィは、フランカたちを見送った後そのまま学校へ行くので、それぞれ荷物を持って、フランカたちと一緒に駅へ。
ジゼルたちは時間を調節してフランカを迎えに来たのか、駅について10分もしないうちに、カランカ方面へ行く汽車がホームに入ってきた。
フランカは、ジゼルたちに先に乗り込んでいるよう指示し、私たちに向き直る。
「皆さん。今までお世話になりました。ありがとうございました」
そう言って微笑む彼女に、私も「こちらこそ、ありがとう」と笑う。
「ここをもう一つの故郷だと思って、いつでも遊びに来ていいからな」
父がそう言うと、フランカは冗談めかして、「娘としてなら、デートして下さいますか?」と首を傾げる。
それに対し、父は笑って「ああ、いいぜ」と答えると、スヴェンとミリィが「なになに、どういうこと?」と騒ぎ出す。
「ひめ……フランカさん。もうそろそろ発車の時間です」
いつの間にかフランカの後ろに来ていたレオーネが遠慮がちにそう告げ、フランカは「わかってる」と応じる。
「それでは、そろそろ行きますね。皆さん、またお会いしましょう」
「うん。またね、フランカさん」
私たちは、互いに手を振り合う。
私の横にスヴェンたちが並び、「バイバーイ」と大きく手を振った。後ろに顔を向ければ、父もフランカに手を振っていた。
フランカは、汽車に乗り込むまで私たちに手を振り続け、乗ってからも、客室の窓を開けて手を振っていた。
ホームに立つ私たちは、汽車が発車して遠くの方へ行ってしまうまで、ずっと手を振り続けた。
「……行っちゃったね」
「ああ、そうだな」
そう言ってから、父は私たちの背中を順番にぽんぽんと叩いた。
「じゃ、お前たちは、学校へ行かなきゃな。ほれ、遅刻しちまうぞ。急げ」
ホームの時計を見れば、確かに走らなきゃ遅刻してしまう時間だ。
「わわっ、行ってきます! お父さん」
「おう、気をつけて行けよ」
「ほらっ、あんたたちも走る! 遅刻だよ!」
「はぁ~い。行ってきま~す」
私たちは走って駅を出て、そのまま学校へ向かった。
その日の夕方、私は家族と一緒に街の墓地を訪れた。
ここに眠る母に、傭兵になったことを報告するためだ。
今日の朝からずっと考えていたことで、帰ってすぐに父たちを誘ってここへ来た。
母の墓前に供えるための花は、私が自分で稼いだお金で買ったものだ。
ほかに使い道は無いから、残りはやっぱり生活費の足しにしようと思ってる。
墓石の汚れを落とし、周囲に生えた雑草をむしってきれいにする。
そして、古い花を片付け、持ってきた花を供え、各々目をつぶり、胸の前で手を組む。
……お母さん。私、お父さんと同じ傭兵になることができたよ。
これからたくさん仕事をして、お金を稼いで、家族を支えていくからね。
私、頑張るよ。だから、見守っていて……
今までのことを大まかにまとめて報告した後、目を開ける。
スヴェンとミリィはすでにお祈りを終えていたけど、父はまだ目をつぶったままだった。
やがて父は目を開き、私たちを見る。
「もういいのか?」
父の問いに、私たちは「うん」と頷いた。
「よし。じゃあ、帰るか」
むしった雑草と古い花を入れた袋を持って、私たちは母の墓前を後にする。
「みんなで、家まで競争するか?」
父の子供っぽい提案が聞こえる。私は立ち止まって、母の墓を振り返る。
「え~? ゆっくり帰ろうよぉ」
億劫そうな、スヴェンの声。
「私はやってもいいよ。でも、お父さん速いから、ハンデちょうだいね」
元気な、ミリィの声。
私は、ゆっくりと空を見上げる。
小さな雲が点々と浮かんでいる夕焼け空の下を、鳥の群れが飛んでいる。
柔らかな風が、私の髪を揺らした。
「おーい、ティナ。何ぼーっとしてんだ。行くぞー」
「あ、待ってよぉ」
父の呼び声に、私は駆ける。父たちはすでに墓地を出て、私が来るのを待っていた。
「よぉし、位置についたかー?」
「いいよー!」
かなり前の方からこちらを振り返り、手を振るスヴェンとミリィ。
父は隣に並ぶ私を見て、「本気で行くか? ティナ」と楽しげに問いかけてくる。私はにやりと笑って返答とする。
「よし、行くぞー! よーい、どんっ!」
私たちは一斉に、大きく一歩、踏み出した。
――マーセナリーガール・傭兵候補生 END――




