表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
49/50

24-B

 父親の口から飛び出た、信じられない言葉。


 俺も好き? 何言ってんの?


「おとう――」

「クレイグ様ぁっ!」

 私が掴みかかろうと動くよりも先に、フランカが父に抱きつこうと飛び出した。


「待て」

 その眼前に、父の左手が広げられ、フランカはビタッと動きを止めた。そして、まん丸にした瞳を父へ向ける。


 その目が見つめる父の顔には笑みがあるけど、どちらかというと苦笑という感じだった。


「話は最後まで聞け。……好きと言っても、お前が俺に言った好きとは種類が違う」

「え?」


「はっきり言うが、俺はお前のことを女として見ることはできない。絶対に」

「なっ、なぜ……? なぜですか? 歳が離れているからですか?」


「そうじゃない。俺にはな、妻がいるんだよ。……と言っても、死んじまってここにはもういないが、俺は、あいつのことを今でも愛してる。あいつと出会ってからも、あいつが死んだ後も、そしてこれからも、俺はあいつ以外の女は愛さないと決めたんだ。だから、お前の気持ちには答えられない」


「お父さん……」

 父親が、愛という言葉を繰り返していることに、ちょっとした気恥ずかしさを覚えつつも、私の心には喜びと安堵が広がっていく。



 ――俺は、エリーゼを裏切るような真似は絶対にしない――



 ……あの時の言葉は、嘘じゃなかったんだね。


 信じてなかったわけじゃないけど、俺も好きだ、とか言うから、私勘違いしちゃったじゃない。

 ちょっと、泣きそうになっちゃったじゃないか。


 でも、本当に良かった。フランカには悪いけど、父がはっきりと自分の思いを喋ってくれて、安心した。

 きっとフランカは傷ついただろうけど、これで諦めてくれるはずだ。


 そのフランカを窺うと、俯いた彼女の目からは大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちていた。


「うぅ……うぅぅ……」

 震える口から、悲しげな声が漏れる。


 それは次第に大きくなっていき、フランカは両手で顔を覆い、膝を折ってその場に崩れ落ち、身体を丸めて声を上げて泣いた。

 近所から苦情が来るんじゃないかってくらいの、悲痛な叫び声だった。


「フランカ」

 そんな彼女の前で膝をつき、彼女の頭をそっと撫でる父。


「俺が、お前のことを好きと言ったのはな、お前を本当の家族のように感じているからなんだよ」


「ふぇ……?」

 真っ赤になった目を、父に向けるフランカ。その顔は、涙と鼻水とよだれでぐしゃぐしゃだった。


「お前とティナに剣を教えていた時な、俺はティナだけじゃなく、お前のことも自分の娘のように思って接していた。今でも、その気持ちは変わってない。いや、あの頃よりももっと、お前を近くに感じてる」

 父はそう言いながら、フランカの頭を優しく撫で続ける。


「だから、お前さえ良ければ、俺のことをもう1人の父親だと思ってくれて構わない。いや、お前がそう思ってくれなくても、俺はお前のことを自分の娘のように思い続けるよ」


「むしゅめ……?」

 嗚咽混じりに、フランカはその言葉を繰り返す。父はそんなフランカに対し、「ああ」と微笑む。


「お前のことを女として愛してやることはできないが、娘として愛してやることはできる。……それじゃあ、駄目か?」


 するとフランカは、口から垂れそうになっていたよだれを啜り、首を横にぶんぶん振って、服の袖で涙と鼻水を拭って、真っ赤な瞳を輝かせた。


「本当に、私のことを、娘のように思って下さいますか? 愛して下さいますか?」

 床に両手をついて、身体を引きずるように父へ少し近付き、確かめるように父の顔を見つめるフランカ。


 そんな彼女に、父は白い歯をニッと見せて、「ああ!」と笑った。


「クレイグさまぁあああぁぁぁ~」

「ぅわっ! とととと……!」

 次の瞬間、フランカは父に勢いよく飛びついていた。


 あまりの勢いに、父はどすんと尻餅をついたけど、泣きながら自分にしがみつくフランカの様子に、父は朗らかに笑ってフランカの背中をぽんぽんと優しく叩いた。


 ……よかったね、フランカさん。

 そう思うのと、父と目が合うのは同時だった。


「何突っ立ってんだよ、ティナ。お前も来い。ほれ」

「はぁっ? 何言ってんの?」

 私も、抱きつけって? やめてよ、恥ずかしい。


「遠慮すんなよ。早く来いって」

「…………もぉっ」

 正直に言えば、フランカが少し羨ましかったんだ。だから私は、そっと父のそばで座り込むと、そのまま父の胸へ身体を倒した。


 父の厚い胸筋が、私の頭を受け止める。


「今日くらい、いいだろ、ティナ」

「……うん。まぁ」

 駄目だなぁ。素直になれないや。


 横を見れば、父の胸に顔を埋めて泣いているフランカがいる。泣いてはいるけど、その顔は幸せそうだった。


「こっちの腕もあれば、お前たちをしっかり抱き締めてやれるんだがなぁ。まぁ、無いものはしょうがねぇな。これで我慢してくれ」

「いいよ……」

 私も、フランカと同じように父の身体に抱きつく。


「……そんなこと、気にしないで」


 フランカと目が合う。そして私たちは、満面の笑みを浮かべた。




 その夜、私はフランカと私のベッドで一緒に寝ることにした。


 お互いに「おやすみ」と言っただけで、あとは一言も言葉を交わすことなく、そのまま眠りについた。

 言葉なんて交わさなくても、私たちの心は満たされていたから……。




 翌日の朝、ジゼルたちがフランカを迎えに来た。


 私とスヴェンとミリィは、フランカたちを見送った後そのまま学校へ行くので、それぞれ荷物を持って、フランカたちと一緒に駅へ。




 ジゼルたちは時間を調節してフランカを迎えに来たのか、駅について10分もしないうちに、カランカ方面へ行く汽車がホームに入ってきた。


 フランカは、ジゼルたちに先に乗り込んでいるよう指示し、私たちに向き直る。


「皆さん。今までお世話になりました。ありがとうございました」

 そう言って微笑む彼女に、私も「こちらこそ、ありがとう」と笑う。


「ここをもう一つの故郷だと思って、いつでも遊びに来ていいからな」

 父がそう言うと、フランカは冗談めかして、「娘としてなら、デートして下さいますか?」と首を傾げる。


 それに対し、父は笑って「ああ、いいぜ」と答えると、スヴェンとミリィが「なになに、どういうこと?」と騒ぎ出す。


「ひめ……フランカさん。もうそろそろ発車の時間です」

 いつの間にかフランカの後ろに来ていたレオーネが遠慮がちにそう告げ、フランカは「わかってる」と応じる。


「それでは、そろそろ行きますね。皆さん、またお会いしましょう」

「うん。またね、フランカさん」

 私たちは、互いに手を振り合う。


 私の横にスヴェンたちが並び、「バイバーイ」と大きく手を振った。後ろに顔を向ければ、父もフランカに手を振っていた。


 フランカは、汽車に乗り込むまで私たちに手を振り続け、乗ってからも、客室の窓を開けて手を振っていた。


 ホームに立つ私たちは、汽車が発車して遠くの方へ行ってしまうまで、ずっと手を振り続けた。




「……行っちゃったね」

「ああ、そうだな」

 そう言ってから、父は私たちの背中を順番にぽんぽんと叩いた。


「じゃ、お前たちは、学校へ行かなきゃな。ほれ、遅刻しちまうぞ。急げ」

 ホームの時計を見れば、確かに走らなきゃ遅刻してしまう時間だ。


「わわっ、行ってきます! お父さん」

「おう、気をつけて行けよ」


「ほらっ、あんたたちも走る! 遅刻だよ!」

「はぁ~い。行ってきま~す」

 私たちは走って駅を出て、そのまま学校へ向かった。




 その日の夕方、私は家族と一緒に街の墓地を訪れた。


 ここに眠る母に、傭兵になったことを報告するためだ。

 今日の朝からずっと考えていたことで、帰ってすぐに父たちを誘ってここへ来た。


 母の墓前に供えるための花は、私が自分で稼いだお金で買ったものだ。

 ほかに使い道は無いから、残りはやっぱり生活費の足しにしようと思ってる。


 墓石の汚れを落とし、周囲に生えた雑草をむしってきれいにする。

 そして、古い花を片付け、持ってきた花を供え、各々目をつぶり、胸の前で手を組む。



 ……お母さん。私、お父さんと同じ傭兵になることができたよ。

 これからたくさん仕事をして、お金を稼いで、家族を支えていくからね。

 私、頑張るよ。だから、見守っていて……



 今までのことを大まかにまとめて報告した後、目を開ける。

 スヴェンとミリィはすでにお祈りを終えていたけど、父はまだ目をつぶったままだった。


 やがて父は目を開き、私たちを見る。


「もういいのか?」

 父の問いに、私たちは「うん」と頷いた。


「よし。じゃあ、帰るか」

 むしった雑草と古い花を入れた袋を持って、私たちは母の墓前を後にする。


「みんなで、家まで競争するか?」

 父の子供っぽい提案が聞こえる。私は立ち止まって、母の墓を振り返る。


「え~? ゆっくり帰ろうよぉ」

 億劫そうな、スヴェンの声。


「私はやってもいいよ。でも、お父さん速いから、ハンデちょうだいね」

 元気な、ミリィの声。


 私は、ゆっくりと空を見上げる。

 小さな雲が点々と浮かんでいる夕焼け空の下を、鳥の群れが飛んでいる。

 柔らかな風が、私の髪を揺らした。


「おーい、ティナ。何ぼーっとしてんだ。行くぞー」

「あ、待ってよぉ」

 父の呼び声に、私は駆ける。父たちはすでに墓地を出て、私が来るのを待っていた。


「よぉし、位置についたかー?」

「いいよー!」

 かなり前の方からこちらを振り返り、手を振るスヴェンとミリィ。


 父は隣に並ぶ私を見て、「本気で行くか? ティナ」と楽しげに問いかけてくる。私はにやりと笑って返答とする。


「よし、行くぞー! よーい、どんっ!」


 私たちは一斉に、大きく一歩、踏み出した。




 ――マーセナリーガール・傭兵候補生 END――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ