02-A
簡単な昼食を済ませた私たちは、カフェテラスを出て、フェンテスの傭兵支援協会支部へ向かった。
大通りを進み、十字路を2つ超えた先にある銀行の隣に、協会支部の建物がある。見た目は、何の変哲も無い普通のオフィスビルといった感じ。
隣の銀行の方が大きいし、傭兵支援協会のエンブレムが無ければ、何の建物なのかわからないほどに地味だった。
傭兵支援協会というのは、その名の通り、傭兵を支援するために存在している組織のことだ。
国内のほぼ全ての傭兵が所属していて、所属傭兵全ての情報が管理されている。
協会の本部は首都カランカにあって、国内の中規模以上の街には支部がある。
だから基本的に、傭兵は協会支部がある街を拠点に活動しているんだ。
協会は、傭兵の情報管理だけでなく、傭兵に斡旋する仕事の管理もしている。
仕事の依頼者は、まず協会を訪ね、仕事内容を登録する。協会は、仕事を探しに来た傭兵に、登録されている仕事を紹介する。傭兵は、その中からやりたい仕事を探し、契約する。
それが、傭兵が仕事を請け負うまでの流れだ。
依頼者から直接仕事を頼まれることもあるらしいんだけど、そういうのは、ノエリアのようにお偉いさんのお抱え傭兵か、腕の立つ有名な傭兵にしか縁のない話。
私の父も、有名になってからは直接依頼を受けていた。
依頼人が、よく家を訪ねてきていたのを覚えてる。
支部の中に入ってまず目に入るのが、いくつもの受付。その奥にはデスクが並び、確認できるだけでも、十数人の協会員が忙しく仕事をしていた。
受付に向かって歩き出したノエリアの後に続きながら、周囲をきょろきょろ。
う~、なんか緊張するなぁ。
「やぁ、ノエリア。話は聞いてるよ。傭兵候補生制度だっけ? 王子直々にご指名なんて、すごいじゃないか」
ノエリアの姿に気付いて受付までやってきた男性協会員が、よく通る元気な声でそう言った。
それに対し、「まぁね~」と得意げに返してから、ノエリアは口を尖らせる。
「でもさぁ、結構緊張してるんだ。何しろ、こんなの初めてだし」
へぇ。そんなふうには見えなかったけどな。
「あ、その子たちが候補生?」
協会員は私たちを見ると、ニコッと笑いかけてきた。白い歯が光る、爽やかな微笑み。
私とフランカは、笑みを作って応じた。
「そうそう。この子たちの3ヶ月を無駄にさせないためにも、頑張んなきゃいけないのよ。普通に仕事をやる以上に、責任を感じる」
そう言って、協会員と笑い合うノエリア。……さっきから、随分親しげだな。
「というわけで、今日はこの子たちの担当官として、仕事を探しに来たの。あ、それと、終わった仕事の報告と、あと、傭兵候補生制度の手続きとかもついでにやっちゃうから、よろしくね」
さらっと本題に入ったノエリアに対し、協会員は「じゃあ、とりあえず……」と1枚の書類を出してきた。
「報告書を書いててくれ。その間に、今入ってる仕事のリストを用意するよ」
「はいはい」
書類に何やら書き出したノエリアの後ろで、私たちは手持ち無沙汰。
そんな私たちに気付いたのか、ノエリアは手を動かしながら、「すぐ終わるから、ちょっと待っててね」と言う。
それから少しして書類を書き上げたノエリアは、「はい」とそれを提出して、私たちの方へ顔を向けた。
「協会支部に来たら、まずは受付で仕事があるかどうか確認ね」
「今回はしなかったけど、その時ランクの確認があるよ。マーセナリーライセンスの提示を求められる。こっちとしては、ランクに応じた仕事を探してあげなきゃいけないから」
ノエリアの説明に付け加えるように、開いたファイルに目を落としたままの協会員が言う。
そして、「あ、これなんかいいんじゃないかな」と、あるページを開いてノエリアの前に出してきた。
「今朝入ったばかりの依頼だ。どうかな」
ファイルを差し出し、書類を指差す協会員。
ノエリアはそれをじっと見て、「まぁ、大丈夫でしょ」と、ちょっと曖昧な感じの返事をした。
「その子たち、もうちょっとで試験合格ってくらいの実力なんだろ? だったら問題無いと思うよ。ノエリアのサポートもあるしな」
そう言って笑う協会員に、ノエリアは「そだね」と頷いた。
「それじゃあ、ここにサイン」
協会員が書類の下の方を指し示す。ノエリアはそこを見てから、思い出したように私たちを手招きした。
「これが、仕事内容が書かれた書類ね」
覗き見たそれには、細かくいろいろと記されていた。
「ここが、仕事内容の欄」
そこには、“マンイーターの掃討”とあった。
マンイーター?
ファミリアの名前かな。
「で、その下が注意事項ね。ここは、よーく読んどいた方がいいよ。後で面倒なことになっちゃいけないからさ」
えーっと、“日没後は危険 近寄らないこと”?
……なんか、物騒な感じがする。
まぁ、相手がファミリアなら物騒なのが当たり前なんだけど。
「その下は、依頼者とかの情報が書かれてる。今回は、ビダル村ってとこからの依頼だね」
整理すると、ビダル村ってところにマンイーターっていうファミリアがいるから、それを倒せってこと……だよね?
「ほかにもいろいろ書いてあるけど、最低限頭に叩き込んでおくべきは、今の三つ。で、確認したら、書類の一番下にサインをする」
言いながら、書類にサインするノエリア。
そこで私は、気になったことを質問することに。
「あのぉ、……報酬について聞いていいですか?」
とても大事なことだ。サインを終えたノエリアは、「あー、気になるよね」と言いながら口の端を上げた。
「報酬についての項目もあるよ。……ほら、ここ」
ノエリアのサインのちょっと上に、“報酬額:1000ディース”って書いてあった。
「1000……!」
思わず声に出してしまい、慌てて口を噤む。
「まぁ、そんなに難しい仕事じゃないし、低ランクの傭兵がやる仕事だからさ、こんなもんだよ」
薄く苦笑いを浮かべるノエリア。報酬額を見て、私が安いと感じたとでも思ったんだろうか。
違うよ。その逆だ。
1000ディースって、うちの生活費何ヶ月分? ……ひと月? いや、切り詰めればふた月は行ける。
仕事一つで、こんなに貰えるの?
ノエリアは、この額を「こんなもの」と言った。それって、ノエリアにとっては少ないってことだよね?
いつもは、もっと貰ってるんだ。
低ランクって、EかDだよね。それでこれ?
……傭兵ってすごいな。
「もう知ってると思うけど、候補生に渡すのは報酬額の1割くらい。つまり、今回は100ディースずつ渡すことになるね。ま、無事に仕事が終わってからだけど」
そうなると少なく感じるけど、それでもやっぱり、お金を貰えるっていうのは大きい。
「ここに書かれた額は、すでに協会に支払われているの。仕事を終えたらまた支部へ足を運んで、結果を報告書に書いて提出。その数日後に、報酬を受け取れる状態になるよ」
それだけは、忘れないように胸に刻みつけておこう。強く、そう思った。
書類にサインをすれば、契約完了。その仕事は当然、契約した傭兵のみに託される。
仕事を完遂できれば、協会側の確認作業後に、報酬が支払われる。
もしも仕事を完遂できなかった場合は、その仕事はまたリストに戻り、別の傭兵に託されることになるらしい。
完遂できないっていうのはつまり、傭兵が仕事を続けられなくなる事態に陥ったことを示す。
ノエリアは詳しく言わなかったけど、たぶん、死んじゃったりした場合のことなんだと思う。
仕事は、何も1人でやらなければならないというものではなく、複数人で契約し、協力し合って仕事をすることも可能らしい。
自分1人の手に負えないと思ったら、協力者を募っても問題は無い。ただしその場合、報酬の分配についてちゃんと話し合っておかないと、面倒なことになるかもしれないとのこと。
まぁ、当然だね。
「じゃあ、後は傭兵候補生制度の手続きね。これから3ヶ月間、どこを拠点にして活動するかを登録するんだけど、フェンテスでいいよね?」
ノエリアの問いに、私たちは「はい」と答える。だけど、私はちょっと複雑だ。
フランカはいいとして、私は学校に行かなくちゃいけないから、仕事が終わればモンテスに戻る必要があるんだよなぁ。
……大変そうだけど、やるしかないか。
「じゃあ、この書類にサインして。それで手続きは終わりだから」
すでにノエリアがサインし終えたその書類に、私とフランカもサインした。
「よっし。これでここでやることは全部おしまい」
書類を協会員に「よろしく」と渡すノエリア。それを確認した協会員は、「よし」と頷く。
「ノエリアも、君たちも、頑張れよ。俺を含め、ここの協会員はみんな君たちを応援してるからな」
「ありがと。じゃ、行くよ、2人共」
協会員にヒラヒラと手を振り、出入り口へ歩き出すノエリア。
私とフランカは、協会員に「よろしくお願いします」と言った後、彼女を追った。
「さて、いよいよここから本番ってわけだけど」
支部から出てすぐのところで、ノエリアはこちらを振り返る。
「今日のところは、これで終わり。仕事は明日から始めます」
「え? なぜですか?」
フランカが首を傾げる。するとノエリアは、大きなあくびをした。
「さっき言ったでしょ、今日は仕事の契約までだって。それに、仕事の書類に書いてあったよね? 日没後は危険って」
確かに書いてあった。
「ここからビダル村までは馬車で行くしかなくて、到着までに2、3時間はかかるの。今から行っても日没前には着くだろうけど、そこから何時間もしないうちに日が沈んじゃうからね。だから、明日の早朝ここを出て、万全の状態で仕事に臨む方がいいと思ってさ」
「でも、大丈夫なんですか? ビダル村には、マンイーターっていうファミリアがいるんですよね? 早く行かないと、村の人たちが危ないんじゃあ……」
心配する私に、ノエリアは「大丈夫でしょ」と軽い口調で返してくる。
「村人は、もう避難してると思うよ。周辺に、ほかに村が無いわけじゃないし、まさか、ファミリアのいる村にみんな留まってるってこともないだろうしさ」
ノエリアは、「それに」と続ける。
「マンイーターは、自分からはほとんど移動できないファミリアだから、近付かない限り襲われることはないの。この辺で珍しいファミリアでもないわけだし、そんなに心配することないって」
……本当に? 本当に大丈夫なんだろうか。
急いで行きたくないから、言い訳をしているように聞こえなくもないんだけど。それって、私の考えすぎかな。
……うん。彼女を信じよう。
だって、ノエリアは6年のキャリアを持つ傭兵なんだ。そんな人が言うんだから、間違ってはいないはず。
きっと、村の人はもうとっくに避難してる。きっと、大丈夫。
だけど、もし……。
「さ、明日の準備に行くよー」
歩き始めたノエリアの背中を見て、私は心の中で蠢く不安を抑え込む。
信じよう。
信じて、あの人についていこう。
そう、自分の心に言い聞かせた。