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マーセナリーガール -傭兵候補生-  作者: 海野ゆーひ
第01話「傭兵候補生と担当官」
3/50

01-B

 駅前広場から大通りに出て、少し歩いたところにある小さなオープンカフェ。

 そこへ私とフランカを案内したノエリアは、ウェイトレスにコーヒーと紅茶を注文し、店側の一番奥の席へ。


 そこで、まずはお互いの自己紹介を済ませる。

 その後、早速本題に入るのかと思いきや、ノエリアは全く違うことを喋り始めた。



「この街の集合住宅にね、一応部屋を借りてるんだけど、何ヶ月も帰ってなかったからホコリまみれになっちゃっててさ。いや~、参ったよ」

 朗らかに笑うノエリアに、私たちは愛想笑いを送るしかない。


「予定では、昨日ここへ帰ってきて部屋の掃除をしてさ、それで今日、あなたたちを迎えるつもりだったんだけどね~。前の仕事が、思いの外長引いちゃってさ。結局、フェンテスに帰ってきたのはついさっき。とりあえず荷物だけ部屋にほっぽって、慌てて駅前に行ったんだよ」

 なるほど。だから慌ててたのか。


「そしたら、あなたたちもう来てるじゃない。あ、私、待たせてないよね? 大丈夫だよね?」

 そう聞いてくるノエリアに、私は「大丈夫です。全然待ってません」と答える。


 するとノエリアは、「そっか~」と安心したように息を吐く。


「担当官の私が遅刻したんじゃ、カッコ悪いからね」

 そう言って笑うノエリア。よく笑う人だなぁ。



 ノエリア・クロッツ、24歳。傭兵歴6年の、Cランク傭兵。ヘルムヴィーゲ王国出身。

 ……ヘルムヴィーゲと聞くと、あの子を思い出すなぁ。

 あの、天才を。



「……あ、そうだそうだ。これからのことを話さないとね」

 ようやく気付いたのか、それとも、私たちの微妙な空気を感じ取ったのか、ノエリアは本題に入る。


「まずは、最初の仕事についてなんだけど――」

「お待たせしました」

 そのタイミングで、ウェイトレスがコーヒーと紅茶を運んできて、ノエリアの言葉を遮る。口を半開きにしたままウェイトレスを見たノエリアは、「どーも」と笑った。


 店内に戻るウェイトレスを見送ってから、ノエリアは私たちにも笑みを向け、「どーぞ」と紅茶の入ったカップを手で示す。

 私とフランカは顔を見合わせ、自分たちの前に置かれたカップを持ち上げ、口につける。

 ほんのりと甘い香りが、鼻を抜けた。


 ノエリアもコーヒーを一口飲んでから、説明を再開する。


「最初の仕事だけ、あなたたちと一緒に探しに行きます。候補生には、仕事を請け負うところから全て経験させてくれって、王子に言われてるからね」

 王子という単語に、フランカの肩がわずかに揺れたのが、視界の隅に入った。


「……王子って、シルヴァーノ王子のことですよね? 王子と、直接話をしたんですか?」

 気になったので問うと、ノエリアは「そうよ」と頷いた。


「王子には、10人くらいのお抱え傭兵がいてね。今回、その中からあなたたち候補生の担当官が選ばれたの。選んだのはもちろん王子で、その時にね、そう頼まれたんだよ」

 お抱え? それって、王子専属ってことだよね?


「ノエリアさんってすごいんですね! 王子のお抱え傭兵なんて、なかなかなれないんじゃないですか?」

 もしかしてこの人、すごい傭兵なのかも。


「えへへ、照れるなぁ。でも、未だにね、どうして王子に気に入られたのかわかんないんだよね。ある日突然さ、王子の専属になれって言われたんだもん」

 その時のことを思い出すかのように、視線を上向けるノエリア。


「専属になったことで、何か変わるのかなって思ったんだけど、仕事を制限されるとかはなくて、今まで通りだったんだよね。でも、しばらくしてこの担当官の話が来てさ。ああ、こういうことかって初めてわかったよ」

 もしかしたら、王子は傭兵候補生制度のために、専属傭兵を用意していたのかもしれないな。


「まぁ、それはともかく。あなたたちには、その最初の仕事で、傭兵の仕事の流れっていうのを頭に叩き込んでほしいの。その次からは、協会側があらかじめ決めておいてくれた仕事をやるから。予定表ももらってるし」

 私とフランカは、「はい」と声を揃える。


「協会側が決めた1つ目の仕事が、今から約2週間後。だから、それまでに最初の仕事を決めて、こなさないといけない」

 そこでノエリアは、私とフランカの顔を交互に見る。


「あなたたちはまだ傭兵じゃないし、仕事をするのも初めてなわけだから、そんなに難しい仕事はさせられない。だけど、あんまり簡単な仕事でも気合いが入らないというか、物足りないと思うから、私がちょうど良さそうなのを探してあげる。だから、まぁ、心配しないで」

 心配するなと言われても、どんな仕事になるかわからない以上、不安はつきまとう。


 でも確かに、あまり簡単な仕事だと、傭兵の仕事がどれだけきついものなのか充分にわからないかもしれない。

 ……ある程度のことは、覚悟しないといけないかな。


「仕事は、傭兵支援協会の支部に行って探すことになるけど、それはわかってるよね?」

 その問いに、私たちは頷く。


 それを見て、ノエリアはコーヒーを飲み干して一息ついた。


「今日のところは、とりあえず仕事を探すところまでやるからね。ついでに、前の仕事の報告とか、いろいろと手続きもしなくちゃいけないから、ちょっと時間がかかっちゃうかもしれないけどいいかな」

 それだけ、いろいろと見ることができるってことだ。全く問題は無い。私たちは、「はい」と頷いて見せた。


「よし。じゃあ、そろそろお昼だし、ついでに食事もしていこうか。あ、お金のことは気にしないでね。担当官として必要な経費は、王子からもらってるからさ」

 嬉しそうにそう言って、ウェイトレスを呼ぶノエリア。


 そんな彼女を見て、それから、隣に座るフランカと顔を見合わせた。

 するとフランカも、楽しそうににこにことしていて、私はまあいいかと、何も言わずにごちそうになることにした。




 食事を終え、口元を拭いたノエリアが、赤茶色の瞳を私に向けてきた。


「ところで、ティナ。あなたって、まだミドルスクール生なんだよね? もう新学年になってると思うから、今は3年生?」

 突然の質問に、私は首を傾げる。


「そうですけど、それが何か?」

 問いを返すと、ノエリアは「そっか」と腕を組む。


「それなら、あんまり欠席日数が増えないように、仕事をしていかなきゃね」

「え?」

 なんで? 別に、どれだけ欠席しても問題無いと思うんだけど。


「傭兵候補生として生活しつつ、学校にも通うっていうのはさ、すごく大変なことだと思うけど、あんまり休んじゃうとマズイからね」

 どういうこと? っていうか、どうしてノエリアは突然こんなことを言い出したんだろうか。


「……どうしたの、ティナ。まさか、知らないってわけじゃないよね?」

「え……?」

 何を? え、何?


 私が言葉を返せないでいると、ノエリアは困り顔で頬を掻く。


「3年生の学年末試験の成績が悪いと、卒業はできても就労権は認められないんだよ。ヘルムヴィーゲの学校ではそうだったんだけど、オルトリンデも同じだよね?」

「え? えっと……」

 そういえば、そうだったような?


 ……学校のことは、正直あんまり深く考えてなかった。

 特に、傭兵になると決めた辺りからは、通わなくてもいいだろって、ずっと思ってた。


 いや、それ以前から、通うのが億劫で億劫で仕方なかったんだけど。


 いやいや、そんなことはどうでもいい。

 それより、ノエリアの言葉の中に引っかかるものがある。


「ノエリアさんが今言ったことは、正直忘れてました。でも、就労権ってそんなに大事ですか?」

「もちろん」

 即答するノエリアに、私は少し苛立つ。


「傭兵になるために、それは必要無いのに?」

 就労権が必要無いから、傭兵になることを決めたのに。どうしてノエリアは、そこまで就労権を重要視するのか。


「……確かに、傭兵に“なるため”には、就労権は必要無いよ。だけど、傭兵を辞めた後のことを考えてみて」

「辞めた後……?」

 腕組みを解き、わずかに身を乗り出すノエリア。一体、何を言いたいんだ?


「そう。辞めた後。……傭兵なんてね、一生続けられる仕事じゃないんだよ。老いて身体が思うように動かなくなれば、仕事に支障をきたす。そしたら、引退しなくちゃいけない。誰だって、その時が来るんだよ、ティナ」


「……」

 そんなこと、わかってるよ。ノエリアの言葉は、まだ続く。


「でもね、傭兵を辞めた後も、死ぬまで人生ってのは続くわけ。生活していかなくちゃいけないわけよ。そうなるとやっぱりさ、お金が要るじゃない? どうしたって、ほかの仕事をしなくちゃいけなくなるの。その時になって就労権が無かったら、大変でしょ?」


「――!」


 そんなこと、考えたことも無かった。


「あ……」

 そうだ。ノエリアの言う通りだ。


 それを痛感すると共に、自分が情けなくなった。

 私、馬鹿だ。傭兵になることばっかり考えて、もっと先のことなんて、全然考えてなかった。


 すごく大切な物じゃないか、就労権って。


「まぁ、そんなわけだから、学校にはしっかり通うこと。わかった?」

「……はい」

 ようやく絞り出した返答は、自分でもびっくりするくらい弱々しかった。



 どうして、そんな簡単なことに考えが至らなかったんだろう。


 いつか必ず、傭兵を引退する時が来る。そのことすら、ぼんやりとしか考えてなかった。

 とにかく、傭兵になってお金を稼ぐことばっかり考えてた。


 どこかで息をついて、冷静になるべきだったんだ。

 ……そう。私は冷静じゃなかった。



 傭兵を目指して半年。私はここに来てようやく、ノエリアのおかげで冷静になれた。

 今まで軽く見ていた学校というものの存在が、私の中で急激に膨らみ始めている。


 ……傭兵採用試験に向けての訓練は、主に休日にやっていた。だから、あれは問題無い。

 ひと月くらい試験を理由に休んだけど、あれはちゃんと学校側に事情を説明してあったし、後で補習も受けた。……うん、たぶん大丈夫。


 じゃあ、成績は?

 ……どの教科も、授業についていけなくなるほどの遅れは無いはず。定期試験の点数も、良くはないけど悪くもないラインをキープし続けてきた。

 だから、成績に関しても、今のところは大丈夫なはずだ。


 だけど、これから先どうなるかはわからない。


 仕事のせいで欠席日数が増えて、授業についていけなくなり、成績が落ちるなんて悪循環にはまっていってしまうかもしれない。


 ……頑張らないと。


 今までも、ずっと頑張り続けてきたつもりではいる。でも、それ以上に頑張らなきゃ、駄目な気がする。


 でも、私はそんなに頑張れるだろうか。

 その時の私には、不安しかなかった。

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