01-A
開かれた乗降口から、ホームへと降り立つ。
バッグを置いて、「う~ん」と身体を伸ばす。
固い椅子に座ったまま、3時間弱の汽車の旅。さすがにお尻が痛いし、疲れた。
ここに来るまでに幾つかの駅に停まったけど、ロクに身体を動かせなかったし。
「やっと着きましたね~」
私の後に汽車から降りた美少女が、透き通った声でそう言ってから、同じく伸びをする。
ふわりとした茶色の髪が揺れるのを見ながら、私は「長かったね~」と返す。
オルトリンデ王国北部の街、フェンテス。
私たちは、ある人物に会うためにこの街へやってきた。
「担当官の人、駅前広場で待ってるんだよね?」
ホームを進みながら、隣を歩く美少女――フランカ・アルジェントに問いかける。
「はい。手紙に、そう書いてありましたから。ティナさんも、お読みになったでしょう?」
確かに、そう書いてあった。
何度も確認したから大丈夫だと思っていたけど、なんか不安になっちゃうんだよね。
緊張してるのかな。
「あ、待ち合わせの時間は大丈夫かな。ちゃんと、間に合ってるよね?」
そう問いつつ、時計を探す。
すぐにホームの柱に設置されている時計を見つけ、遅刻していないことを確認するのとほぼ同時に、フランカの「大丈夫ですよ」という笑い混じりの返答が耳に入ってきた。
今日から私とフランカは、「傭兵候補生」として3ヶ月間過ごすことになる。
そんな私たちの「担当官」になる人物と、これから会う予定だ。
――傭兵候補生制度――
それは、私たち「傭兵」を目指す者にとっての新たな選択肢となる制度。
と言っても、まだテスト段階。
正式採用されるかどうかは、私たちテスト生の働きにかかっているらしい。
責任重大だ。
この制度を提唱し、テスト実施にまでこぎつけたこの国の王子、シルヴァーノ・オルトリンデのメンツもかかっている。
……この3ヶ月間、少しも気を抜けそうにないな。
私やフランカが目指している「傭兵」というのは、一言で表すなら「何でも屋」。
お金と引き換えに、様々な依頼を引き受けてこなす。
それが、傭兵の仕事だ。
不慮の事故で傭兵を引退した父の代わりに、私は稼ぎ手になる決意をした。
そして選んだのが、この傭兵という職業。
……選んだというか、これしかなかったんだけど。
一般的に、就職するためには「就労権」というものが必要になる。
だけどそれは、ミドルスクールを卒業しなければ認められなくて、傭兵になろうと決めた当時、私はまだミドルスクール2年生だった。
あの日から半年。
私は、つい先日3年生へと進級した。でも、まだ卒業までに1年もある。
そんなに待っていたら、うちの生活費が危ない。
だから私は、傭兵になること決めた。
なぜなら、傭兵になるのに就労権は必要無いからだ。理由は知らないけど、法律でそう定められている。
つまり、それ相応の腕さえあれば、就労権を持たない子供でも傭兵になれるってこと。
でも、なりたいと思ってなれるほど簡単なものじゃない。
傭兵になるためには、「傭兵採用試験」という試験を受けて合格する必要があるんだ。
そして私たちは、その難しさを身をもって体験した。
10日ほど前に幕を閉じた、第132期・傭兵採用試験。
私とフランカはそれを受験したんだけど、結果は不合格。成績的には、すごく惜しかったと言えるのかもしれない。
でも、不合格は不合格。あれが、私たちの実力だったってことだね。
もっと強くなる必要があるんだ。心も、身体も。
試験は不合格だったけど、私たちは傭兵候補生になった。
テスト生である第一期生は、男子10人、女子6人の、計16人。
いずれも、もう一歩で合格に手の届かなかった受験生たちだ。
候補生を2人一組とし、担当官と呼ばれる現役の傭兵に預ける。
担当官は、候補生らに傭兵の仕事を経験させ、成長させる。期間は3ヶ月。
その期間終了時に、担当官から候補生らに合否を伝え、合格した候補生は受験無しで傭兵になれる。
これが、傭兵候補生制度の概要だ。
これはチャンスだと思ったね。傭兵の仕事を、傭兵になる前に経験できる機会なんて、今までなかったから。
この期間をうまく利用すれば、私が望む心身の成長も充分見込めるだろうし、傭兵になった時に、何かと困らなくて済むはずだから。
それに何より、この期間中にやった仕事の報酬が、私たち候補生にも支払われるってところが魅力的だ。
候補生になった時にもらった書類によれば、その額は報酬の約1割。
報酬の相場がどのくらいなのかわからないけど、とりあえず金額のことはいい。
重要なのは、傭兵じゃないのにお金が稼げるっていうところだ。胸が踊るね。
傭兵の仕事の、始まりから終わりまでを経験できる傭兵候補生制度。
ホント、シルヴァーノ王子はいいことを考えたよ。うんうん。
「なんだか、嬉しそうですね。ティナさん」
「え?」
改札を抜けた時、フランカがそう言った。
おっと。無意識にニヤニヤしていたらしい。
「……だってさ、またフランカさんと一緒に頑張れるんだもん。ほかの人とだったらどうしようと思ってたよ」
誤魔化す感じになっちゃったけど、これも本心だ。
誰とペアになるか、通知が届くまでわかんなかったからさ、ドキドキしたよ。
届いたら届いたで、開けて中身を見るまですごく緊張したし。
でも、今こうして私の隣にはフランカがいる。
もしフランカじゃなかったとしても、それなりに頑張ってはいただろうけど、フランカとならそれ以上に頑張れる気がするんだ。
「ふふ。私も、ティナさんとまたご一緒できてとても嬉しいですよ。頑張りましょうね」
「うん!」
頷いたところで、私たちは駅の外へ出た。
ここフェンテスは、オルトリンデ北部では大きい部類の街だという。
だけど、そこに広がっている光景は、私の暮らすモンテスとそんなに変わらないように見える。
目立って大きな建物は無く、また、建物が乱立しているわけでもない。適度に緑のある、のどかな景色。
ゆったりと時間が流れているような、いわゆる、田舎の景色がそこにあった。
「エンシーナと似てますね」
「ん、ああ、確かに似てるかも」
エンシーナというのは、フランカが暮らしている街のこと。モンテスの南に位置している。
確かに、あの街ともそっくりだ。なんというか、雰囲気が。
それほど広くない駅前広場には、人の往来はまばら。ただ、馬車の数は結構多い。
歩いている人間よりも、馬車の方が多いんじゃないかな。そしてそこだけが、私たちが暮らす街とは全く異なるところだ。
馬車に乗り込む人々は、見た感じ貴族ではない。手に荷物を下げた親子連れや老人がほとんどだ。買い物帰りって感じに見える。
そんな人々を乗せた馬車たちは、大通りを進み、一台、また一台と、曲がり角に消えていった。
「あ、ティナさん」
ぼーっとしていたところに、フランカの呼び声。振り返ると、彼女の顔が目の前にあって驚いた。
「な、なに?」
「あの方……」
フランカが顔を向けた先をつられて見ると、こちらへ小走りに近付いてくる1人の女性の姿が見えた。濃い茶色の長い髪が、さらさらと揺れている。
私たちの背後にある駅ではなく、その足は明らかにこちらに向いていた。
もしかして、あの人が?
「こんにちは」
そう言って私たちの前で立ち止まったその女性は、「間に合った~」と大きく息を吐いて、顔を上げる。均整のとれたその顔には、優しい笑みが浮かんでいた。
挨拶を返した私たちの顔を、その女性は覗き込むように、楽しげに観察する。
「あなたたちが、傭兵候補生ね?」
やっぱり、この人がそうなんだ。
「はじめまして。私はノエリア・クロッツ。今日から、あなたたちの担当官として、3ヶ月間一緒に過ごすことになりました。よろしくね、2人共!」
差し出された手を、私は「よろしくお願いします」と控えめに、フランカは「よろしくお願いいたします!」と元気に笑って握った。
ノエリアの手は、女性にしては硬いように感じた。それはきっと、剣のせいだろう。
私たちの手も、そうなりつつあるし。
「じゃあ早速、これからのことを話し合いましょうか。ついてきて」
ノエリアの声は、ちょっと掠れたような、不思議な響きのある声だ。でも、耳障りというわけではない。頼れる綺麗なお姉さんという感じのノエリアの外見に、ぴったりと当てはまるようないい声だ。
「どこへ行くのですか?」
フランカの問いかけに、ノエリアは「すぐそこにあるお店」と言ってから、言葉を続ける。
「ホントは、私の家に招きたかったんだけど、人を呼べるような状態じゃないからさ」
薄く苦笑いを浮かべたノエリアは、「こっちだよ」と言って歩き出す。
私はフランカと顔を見合わせてから、ノエリアの後を追うために、一歩を踏み出した。
「マーセナリーガール -傭兵候補生編-」も、毎週日曜日に更新していきます。これからも、よろしくお願いします。