08-A
寝支度を整え、スヴェンとミリィが眠りについたのを確認した後、私はリビングへ向かった。
そこには、楽しげに話をしている父とフランカの姿がある。
まったく。毎日毎日、一体何をそんなに話すことがあるのやら。
まぁ、盗み聞きは趣味じゃない。だから私は、足を止めずにダイニングに入り、その隣、2人がいるリビングへ向かう。
「ちょっと話があるんだけど」
そう言いながら、2人へ歩み寄る。
会話を邪魔されたフランカはしかし、何ら不機嫌さを表情に出すことなく、「どうしました?」とこちらに身体を向けた。
「お前も、俺に何か話があるのか?」
緩んだ顔を私に向けてくる父。なんだその顔。気持ち悪いなぁ。
「お父さんだけじゃなくて、フランカさんにもだよ」
「私にも? なんでしょう」
きょとんとしているフランカの横にどすっと腰を下ろした私は、例の話を切り出した。
言いにくいけど、言っておかないとマズいもんね。
「フランカさん。昨日の夕方、商店街で私の友達と顔を合わせたでしょ?」
聞くと、フランカは「えっと……」と視線を上向け、「あ、はい」と頷いた。
「あの、おでこのお綺麗な……」
「そう、その子。アレットっていうんだけど、あの子がね、疑ってるんだよ」
「疑ってるって、何をだ」
そう言葉を挟んできた父は、片眉を上げている。
父を一瞥し、再度フランカへ視線を戻した私は、彼女の瞳をその奥まで貫くように見据え、言葉を放った。
「フランカさんが、フランチェスカ王女じゃないかって」
次の瞬間、フランカの顔から穏やかさが消えた。横からは、父が息を呑む気配が伝わってくる。
「……なぜ? なぜそのようなこと」
動揺を顔に貼り付けたフランカから、父へ視線を動かす。
「何年か前に、カランカでパレードがあったでしょ。……えっと、ヴァレリアーナ王女の生誕祭、だったっけ?」
「ん、ああ、あったなそういや」
父の反応はすこぶる軽い。そしてフランカに目を向けると、口元に手を添え、何かを考えている様子でいる。
「アレットは、そのパレードを見に行ったらしいの。それであの子ね、フランカさん、あなたのことばっかり見てたんだって」
言葉を出せないでいる彼女を見るに、やはりそのパレードに出てたというのは本当のようだ。
「……そこで、顔を覚えられちまってたってわけか」
父の言葉に頷いてから、私は不安を吐き出す。
「お父さん。フランカさんは表舞台に出てないって言ってたよね? ばっちり出ちゃったるじゃない」
しかし、父のよくわからない余裕はあくまで消えない。
「そりゃあ、全く出てないってこたねぇだろ。ほかの王族に比べりゃあ、露出が少ないってだけの話だ」
「でもっ、じゃあどうするの? アレットみたいに、ほかにもフランカさんの顔を覚えちゃってる人がいるかもしれないんだよ?」
「んなこと言っても、今更外を出歩かないようにするってのは無理だろ」
それを聞き、私は言葉に詰まる。
確かに、そんなの今更だ。
この街だけの話ならともかく、フランカは傭兵候補生。これからもいろんな場所へ行かなくちゃいけない。
どこかでフランチェスカ王女の顔をしっかり覚えている人と出会っちゃうかもしれないからと言って、外を出歩かないようにするなんて無理だ。
まさか、傭兵になるのを諦めてなんて言えないし、そんなこと絶対に言いたくないし。
「大丈夫ですよ、ティナさん」
どうしようかと、まさに今フランカの方へ向こうとした時、彼女の口がそんな言葉を紡いだ。
「大丈夫って……」
一体、何を根拠にそんなことを言うんだ。
「私、騙し通して見せますよ」
瞳にやる気を漲らせ、フランカは言い放った。
「騙すって、……アレットを? いや、だから私が言いたいのは……」
危険なのは、アレットに限ったことじゃないんだよ?
「わかっています。そのアレットさんのほかにも、私の顔を記憶されている方がおられるのではないかという話ですよね? ですから、私は申し上げたのです。騙し通して見せると」
「……」
一体、どこからそんな自信が出てくるんだろうか。私は呆れて、二の句が継げなかった。
そんな私を尻目に、フランカは言葉を続ける。
「そもそも、私が認めなければ問題は無いはずです。相手が王族か、私とよく顔を合わせていた城の者でもない限り、私がフランチェスカ王女であるという確信は持てないでしょう。それ以外の方には、他人の空似で充分通せるはずです。違いますか?」
「そ……」
そんな考えでいいのかと言いかけて、なるほど確かにそうだなと思い直す。
フランカがフランチェスカ王女であるという証拠。そんな物を、アレットが持っているわけがない。
アレットだけじゃない。ほかの一般国民にだって、フランカがフランチェスカ王女であると証明できるわけがない。
「でも」
だけど、それでも、引っかかるものはある。
「でも、もしも、フランカさんがフランチェスカ王女だってバレちゃったら? その時は、どうするの?」
じっと彼女の目を見て問いをぶつける。
するとフランカは、「その時は」と小さく口を開き、そこで少し黙った後、しっかりと私を見つめ返した。
「その時は、その時です」
そう言って、にっこり微笑むフランカ。その答えに、私は眉をひそめる。
「……つまり、何も考えてないってことね」
「はい!」
絶対にバレないって自信があるわけだ。……大丈夫かな、この人。
「まぁ、今までも散々外を出歩いて、おまけに首都にまで行って無事に帰ってこられたわけだしな。フランカがしっかり騙し続けりゃ、何の問題も無いってわけだ。わかったか、ティナ」
何を偉そうに。目を細めて父を一瞥した後、私は立ち上がる。
「話はそれだけか?」
父の問いにイラッとしつつ、「そうだよ」とぶっきらぼうに返す。
「おやすみなさい、ティナさん」
優しくそう声をかけてくるフランカに、私は溜め息混じりに「おやすみ」と返事をする。
私の話を気にしてくれたのかどうなのか。その表情と声色からは全く読み取れない。
まぁいいや。一応、話はしたし。
部屋から出かかった時、背後で2人の会話が再開した。
「そういやフランカ、俺がやったメガネはどうした? 最近ずっとかけてないよな」
「あ、はい。そのぉ、……あれは、クレイグ様から頂いた大切な物ですから、傷がついたり壊れたりしないように、大事にしまってあります」
「あれ、相当な安物だぞ? それによ、壊れたらまた買ってやるって」
「いいえ。それでもやっぱり、大切にします」
「そうかい。まぁ、そんだけ大事にしてもらえんなら、やった甲斐があるってもんだ」
……なんだこりゃ。ここまでどうでもいい会話は無いな。盗み聞きして損した。
あーあ。さっさと寝よ。
それから4日間、運良くアレットとフランカが顔を合わせることはなく、また、アレットからフランカのことを聞かれることも、会いたいと言われることもなく、ごく普通の日常が流れていった。
私だけ妙に警戒しちゃって、馬鹿みたいだ。やれやれ。
そして、私とフランカは、予定表通りにまた新しい仕事をしに、フェンテスへ向かった。
フェンテスでノエリアと合流した後、馬車で北西へ。
「ところで2人とも、虫は平気?」
揺れる客車の中で、ノエリアは私たちにそう問いかけてきた。笑顔で。
「虫? 今回の仕事は、虫と何か関係があるんですか?」
問い返すと、ノエリアは「ええ」と頷く。
「それで? 虫はどう? 大丈夫?」
どうして、そんな楽しげに聞いてくるんだろうか。
「……刺したりしてくる奴以外なら、大体平気、だと思いますけど」
「あらそう。で、フランカは?」
「私も、ティナさんと同じです。刺してくる虫、特に蜂は怖くて駄目です」
「あらあら」
困ったような口調だけど、表情はそうでもない。
「じゃあ、私が片付けるしかないか」
そう言って腕を組むノエリア。嫌な予感がする。
「……もしかして、今回の仕事は蜂退治、とかですか?」
首を縦に振らないでと願ったけど、それは叶わなかった。
「それが、そうなんだよね。まぁ、蜂と言っても、虫じゃなくてファミリアなんだけど」
「蜂の形をしたファミリアということですか?」
フランカの言葉に、ノエリアは「そうそう」と頷く。
「名前は、クイーンビー」
その名前のせいで、嫌な予感が余計に増した。
「まさか、そいつの巣を潰すとか、そういうことをやるんですか?」
問うと、しかしノエリアは、「ま、そんな感じかな」と腕を解く。
「クイーンビーは、昆虫の蜂と違って巣は作らない。代わりに、卵を産みつけた場所一帯を縄張りにするの。その縄張りごと卵から成虫まで全部退治するのが、今回の仕事」
ノエリアは、少し前のめりになって説明を続ける。
「警戒心が強くて、しかも攻撃的。縄張りに近付いただけで、即攻撃を仕掛けてくる。その攻撃方法は、鋭い顎と針。昆虫の蜂と違って針は無毒だけど、長さはナイフ並み。顎も大きくて、人間の腕程度なら難なく切断するわ。とにかく危険な奴よ」
そんな危険な奴と、これから戦いに行くというのか。
「あ、あの、……そのクイーンビーというファミリアは、どのくらいの大きさなのでしょうか」
顔を青ざめさせたフランカの問いに、ノエリアは「う~ん」と言いながら、両手でクイーンビーの大きさを再現して見せる。
「こんなもんかな」
その手と手の間、およそ40センチ。
「そんなに大きいんですかっ?」
驚く私に、ノエリアは「おっきいわよ~」となぜか笑う。
「だけど、その大きさゆえに、動きが鈍いんだよね。そうだな、人間が普通に歩く程度のスピードかな。だから、そんなに怖がることないよ。簡単に殺せるから」
確かに、その速度で動くなら、剣で捉えるのは容易だろう。
「羽が大きいからさ、羽音もうるさいんだよ。だから、どこにいるかすぐにわかる。相当油断しない限り、攻撃を食らうことはないよ」
説明を聞く限りでは、大した敵ではなさそうだ。
だけど、やっぱり実際に見てみないとわからないこともある。
だから、結構不安だ。
「成虫は私が倒すから、あなたたちは卵や幼虫、蛹を探して潰してね。成虫以外は、何も攻撃手段を持っていないから安心して」
不安げな顔をしたフランカと、目を合わせる。たぶん、私も同じような表情でいるのだろう。
そして静かに、「はい」と声を揃えた。
……大丈夫かな。
また、マンイーターの時みたいに、予期せぬことが起きたりしないだろうか。
例えば……。
心の中でぶんぶん首を振る。
考えれば考えるだけ、恐怖が増す。
だから、最悪の事態を考えるのはやめよう。




