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マーセナリーガール -傭兵候補生-  作者: 海野ゆーひ
第05話「簡単な仕事・前編」
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05-B

 傭兵支援協会が決めた、最初の仕事。

 それは、訓練施設で使うための、ファミリアの“核”集めだった。



 私が暮らすモンテスの南東に、バラルトという名の街がある。

 そこは、傭兵を目指す者たちのために作られた街で、その面積のほとんどを、訓練施設が占めている。


 その訓練施設では、実際にファミリアと戦うことができる。

 ただし、あくまで訓練用なので、かなり弱いファミリアだ。

 名を、マッドマンと言う。


 マッドマンは、その名の通り泥でできたファミリア。核が泥に触れると、その泥を取り込みながら肉体を構成していき、マッドマンとなる。


 私も、バラルトの訓練施設を何度か利用したことがある。

 もちろん、マッドマンとも戦った。


 あの時は、あまり意識していなかった。マッドマンの核が、どのように集められているのかなんて。

 でも、そういえば、傭兵が集めるみたいなことを父が言っていた気がする。




 フェンテスから東へ、馬車でおよそ2時間行くと、ピエドラという小さな街に着く。

 そのさらに東に、広大な湿地がある。そこが、数あるマッドマン捕獲場所の1つらしい。


 私たちは、ピエドラで休憩と軽い食事を済ませた後、湿地帯へ向かった。




 湿地帯へ続く道の前に、いくつかのパイプテントが並んでいて、そこには数人の協会員が詰めていた。

 彼らは、一般人など、傭兵以外の者が湿地帯へ立ち入らないようにするための見張りらしい。


 ノエリアが話しかけると、どうやらすでに協会から通達があったようで、私たちはすんなりと通してもらうことができた。


 そして、鳥や虫などの声を聞きながら森をしばらく歩けば、目的地である湿地帯に出る。




「さぁて、私たちも混ぜてもらおうかな」

 ノエリアは楽しげな声を漏らす。


 大きな水溜まりが点在しているその広大な湿地帯には、私たちのほかにも多くの人たちがいた。

 そして、彼らの周囲には、ぐねぐねと蠢くマッドマンの姿がある。


「あの方たちも、核を集めておられるのでしょうか」

 フランカの質問に、ノエリアは「そうそう」と答える。


「マッドマンは、一日に何百体も消費されるからね。とにかくたくさん集めて、さっさと訓練施設に送らなきゃいけないの」



 ちなみに、訓練施設というのは、国の北部、西部、中部、東部、南部の五ヵ所にあり、私やフランカが利用していたバラルトは、中部の訓練施設だ。


 マッドマンの捕獲場所も各方面にあり、この湿地帯で集められたマッドマンは、北部の訓練施設へ送られるらしい。



「そんなに採っちゃって、全滅したりしないんですか?」

 聞くと、「大丈夫だよ」とノエリア。


「マッドマンは、ちょっとほっとくだけですぐに増殖するから、全滅させる方が難しいの」

 へぇ~。これで強かったり、何か厄介な能力でも持ってたら、かなりの脅威になってただろうなぁ。


 実際は、ただの泥人形同然の雑魚ファミリアだけど。


「よし。じゃあ、早速仕事に取りかかろうか。……っと、その前に」

 そう言って、私たちの方へ身体を向けたノエリアは、手を差し出してくる。


「剣を寄越しなさい」

「え? どうしてですか?」


 しかし、ノエリアは私の質問に答えることなく、半ば強引に、私たちの剣をベルトから引っこ抜いて奪う。


 説明を求める視線を送る私たちに構わず、ノエリアは持ってきていたバッグをごそごそと探り、ある物を取り出した。


「はい。代わりにこいつを使ってなんとかして見せなさい」

 差し出されたのは、鞘に入った2本のナイフ。


「これ、ナイフですよね? これでマッドマンを斬れっていうんですか?」

 手渡されたそれは、何の変哲もない普通のナイフ。刃渡りは、20センチくらいだろうか。


「斬るのはいいけど、殺しちゃ駄目よ? 私たちの仕事は、あくまでマッドマンの核を集めることなんだから」

 そんなことはわかってる。


「でも、私たち、こんなので戦ったことなんてないですよ」

 不満を漏らす私に、ノエリアは腰に手を置いて「だからいいんじゃないの」と言い放つ。


「いい? 私たち傭兵は、主に剣を使って戦うけど、いつでもどこでもそれがあるとは思わないこと。例えば、戦ってる最中に壊れちゃったり奪われちゃったりした場合、どうするの? 逃げられる状況ならまだいいけど、もし絶対に戦わなくちゃいけない状況だったら? そういった場合に備えて、剣無しでもある程度戦えるようになっておいた方がいいでしょ。何か文句ある?」


 矢継ぎ早に言われ、私たちは返す言葉が無かった。

 ノエリアの言葉に納得したからというのもある。


「とりあえず、あなたたち2人で頑張ってきなさい。私は、ここで2人の戦いぶりを見ていてあげるから」

 そう言ってから、「ちなみに」と続ける。


「ノルマは、1人20個ね」

 ノエリアは、あくまで楽しげだ。


 戸惑いつつフランカの方を見ると、彼女はやる気満々といった様子で、「頑張りましょう、ティナさん!」と目を輝かせていた。

 となれば、私もこう言わざるを得まい。


「……わかりました。行ってきます」

 そして、フランカに「行こう」と声をかけて歩き出す。


 背中に、ノエリアの「行ってらっしゃーい」という明るい声が当たった。




 じめじめとした湿地を進めば、次々とマッドマンが現れる。

 ここらの泥は、訓練施設のものより水分が多いからか、その泥から生まれたそいつらの身体も、かなりどろどろとしていた。

 放っておけば、勝手に崩れるんじゃないかと思うほどに。


「じゃあ、私はこの辺で集めるから」

「はい。では、私は向こうの方で」


 どうせならと、私たちはそれぞれ離れた場所で核集めに取りかかることに決めた。


 ぬちゃぬちゃと足音を立てて離れていくフランカの背を見送りながら、じりじりとこちらとの距離を詰め始めているマッドマンたちの気配を感じ取る。


「……さてと」

 こいつらと戦うのは、結構久し振りだ。だけど、不安はほぼ無い。


 あれだけ何度も戦ったんだ。こいつらのことは全て頭に入ってる。


 ナイフを鞘から抜き放ち、構える。

 ……あえて不安点を挙げるとすれば、このナイフだね。使い慣れない武器だし、何しろ、いつも使ってる剣よりもかなり短い。

 刀身の長さは三分の一ってところか。つまり、攻撃範囲もそれだけ狭まるということだ。


 このナイフで、どう戦うか。

 考えてる暇は無かった。


「おっと!」

 正面から迫ってきていたマッドマンが、ぐにゃりとした腕を伸ばしてきた。それをわずかに身体を動かして躱した私は、一気に駆ける。


 とにかく、斬ってみよう!


 腕を伸ばしてきたマッドマンの背後に回り込み、首の後ろ目がけてナイフを一閃。

 刃は狙ったところに入り、敵の首を裂きながら反対側へ抜けた。


「あっ」

 攻撃が当たったのはいいんだけど、急所である核を真っ二つにしてしまった。


 絶命したマッドマンの身体が崩れ、泥に戻る。


 それを見下ろしている暇は無い。私を包囲しつつあったマッドマンたちは、すでに私に狙いを定め、今まさに攻撃に移ろうとしていた。


 そして伸ばされる、無数の泥の腕。前後左右、いや、もっと多くの角度から、それらが私を捉えようとするべく迫り来る。

 しかし、それらは同時に放たれてはいない。微妙にタイミングがずれていた。動きをよく見れば、躱すのは簡単だ。


「えっ、うわっ!」

 体勢低く、大きく踏み出そうとした瞬間、足が滑った。地面のぬかるみのせいだ。


「うぐっ! ぐえっ!」

 直後、マッドマンの腕が私の身体に直撃。横腹に、鈍い衝撃。


 しかもそれは、一撃だけではない。微妙にずれたタイミングのそれらは、順番に私の身体を捉え、殴り飛ばした。


「ぶぇっ」

 泥の上を転がり、泥に顔面を突っ込んだ状態で止まる。


「げっほ、げほげほっ。うぇぇ……」

 口の中に入った泥を吐いて、顔に付いた泥を拭い取り、立ち上がる。全身が痛い。


「!」

 立ち上がった時には、すでに次の攻撃が迫っていた。


「うっ」

 どうにか身体を捩って躱し、さらに身体を回転させて横へ逃げる。そして、そのままマッドマンたちの周囲を駆ける。


「いててて……」

 こりゃ、明日アザになるな。でも、激痛ってほどじゃない。


 訓練施設で戦ったマッドマンの攻撃は、気絶するほど強烈なものだった。

 だけど、ここの奴らの攻撃力は、それよりかなり劣る。やっぱり、泥の質のせいだろうか。柔らかいから、こちらのダメージも少なく済んでいるようだ。


 ちょうどいい間合いを保ち、立ち止まる。

 ……さぁて、どうするか。


 とにかく、核を斬らないように攻撃しないと。

 核だけ取るには、どうすればいい?


「……抉り取る」

 斬るというより、抉った方が有効なはずだ。ナイフを刺し入れて、核をすくい上げるように取り出す。それでいけるはず。


「よし」

 すぐさま実行に移る。


 一番近くにいたマッドマンへ瞬時に肉薄し、伸ばされる腕をくぐって回避し、背後へ。


「ふん!」

 核のある場所は、もう身体が覚えてる。そこへナイフを突き立て、手首を捻って抉り出す。


「出た!」

 舞い散る泥の中に、赤い球体。それを反対側の手で受け止め、握る。ゴムのような感触だ。


 核を失い崩れるマッドマンをもう見ずに、私は次の標的へ駆ける。

 やり方さえわかれば、こっちのものだ。


「わっとと!」

 またぬかるみに足を取られそうになりつつ、走る。そして、マッドマンの腕を避け続けて後ろへ回り込み、同じように首を抉っていく。


 それを繰り返し、次々に泥より現れるマッドマンたちから核を奪い続けた。




「よし、20個目!」

 1個目を手に入れてからどのくらい時間が経ったろう。体感的には、1時間ってところだろうか。


 ようやく、ノルマ達成。


 途中までは調子が良かったものの、やっぱり足場が悪い。私は何度も転び、全身泥まみれになっていた。

 土色でない箇所を探す方が困難なほどだ。


 泥に体力をかなり奪われ、核の場所を正確に抉ることができなくなるなど、後半はかなり手間取ってしまった。


 服のポケットは、マッドマンの核でぼこぼこと膨らんでいる。

 転んで泥に触れさせたら大変だ。私は足元に細心の注意を払いながら、遠くで待つノエリアのもとへ戻った。




 マッドマンの核一つにつき、1ディース。今日は、20ディースの稼ぎだ。


 簡単な仕事だけど、泥まみれになることを考えると、ちょっと割に合わないな。

 だって、服の洗濯代も、タダじゃないわけだしさ。


 まぁ、今回はノエリアが貰ってる経費のおかげで、私たちはお金を払わずに済んだけどね。



 これで終わりかなと思ったら、もう1日同じ仕事をやるとのことで、私とフランカは顔を見合わせて、苦笑いを浮かべることになった。

1ディース=約100円です。

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