傍観者な私はあなたに恋してる!
雑多な人で溢れかえっている、狭苦しい教室。そんなたくさんの人達がいる中で、すぐに彼を見つけることができた。窓の縁に腕をかけながら、かっけつけるように黄昏ているそいつは馬鹿丸出し。
彼に見つからないようにそっとコンパクトサイズの手鏡で、ざっと顔を映して不備がないか点検。
よし、歯に今日食べたノリはついてないっ!
「おっ、おはよう! 翔太」
「おうっ、おはよ! ……って、なんだおまえかよ」
「ほほお~!? この私にそんな偉そうな口が利けるなんて、随分偉くなったもんだなあ~」
翔太の体にくっついて、グリグリと頭に拳をめり込ませてやる。
「ぎゃああああ。やめろっ! 落ちるっ、落ちるって! 手加減しろっ、この馬鹿力女っ!」
「ああ、落ちろ、落ちろ。麗しき乙女にそんな口聞いた罰だ」
「乙女なんてどこに――いて、いてててて! じょ、冗談ですっ、すいませんっ!」
夫婦漫才とまでクラスメイトには揶揄にも似た扱いを受けているけれど、こうして翔太と馬鹿をやっている時はほんとうに楽しい。
「あ、あのっ。翔太くん、大丈夫?」
「うわっ、り、莉子さん」
男である翔太に本気を出されてしまうと、すぐに腕の拘束なんて脱することなんて簡単だ。
翔太は莉子を見やると、分かりやすく狼狽して視線を漂わせる。
「いいのよ、莉子がそんな気を付かわないでいいのっ。こんな奴どう扱ったって私の自由なんだから」
「ふっ――ざけんな! 俺にだって人権ぐらいあるだろ」
「ふふ~ん。残念でした。翔太にはそんな権利なんてありませーん」
「あーあ! お前ほんとっ――可愛くねぇよなっ! 莉子さんを見習って少しは可愛くなれよ!」
「…………えっ? そ、そんな私なんて…………」
莉子が雪のように真っ白な頬を赤らめて、保護欲を誘う小動物のような動作で俯く。莉子は女子生徒の中でも断トツで小柄な体格をしていて、その態勢でいると座っている翔太と同じぐらいの身長になる。
背丈があって、それから男勝りな性格の私とはまるっきり正反対。女子の中じゃ『鈍い』なんて言われて敬遠される天然のマイペースさだけど、それだけじゃない。
凄く――可愛いんだ。
栗毛の長髪や、制服に着られているような体格や、その澄んだ瞳と同じ透き通った心。彼女の要素全てが魅力的であって、一つたりとも欠けちゃ莉子じゃないって感じ。私には眩しいくらいな彼女とは、趣味も歩んできた人生もまるで違うはずなのに、なぜか息が合って新しいクラスになってから親友同士になった。
「ばっか! なに莉子を困らせるようなこと言ってんのよ!」
「痛っ! いきなり背中叩くことねぇだろっ!」
莉子と翔太がお見合いでもしているかのように、見つめあって押し黙っているのを見かねて助け舟をだしてやったっていうのに、こいつはなんにも分かっちゃいない。
お互い意識しているのは傍から見れば一目瞭然で、おそらく本心に気が付いてのは当人同士だけだ。そんな彼らの関係がじれったくて、そしてほっとしてしまっている自分に苛立って……。
「あ、あ、あの、翔太君。喧嘩は、そのっ」
「莉子さん、違うんだ、そのっ、こいつとは昔からの腐れ縁ってやつで、喧嘩じゃなくてさ。――おいっ!」
縋るような目つきでこっちに視線を投射してきた、頼りがいのない翔太のために事態収拾にかって出てやる。
「そうそう、翔太なんかと本気で争うわけないじゃん」
「『なんか』って、『なんか』ってなんだよっ!」
「はあ? そのまんまの意味でしょ」
再び口喧嘩の火蓋が切って落とされそうになった時に、莉子がくすくすと殺伐とした空気を緩和させる微笑の花を咲かせる。
「よかった、二人とも仲良しなんですね」
「まあ……な。あー、それより莉子さん昨日のテレビとか見た?」
「す、すいません。私昨日はピアノのレッスンがあって」
「えっ、そんな全然いいですよ。それよりも莉子さんってピアノなんてやってるんだ?」
「あ……はい。お母さんがやってたからってだけなんですけど」
ところどころ突っかかりながらも、なんとか会話をつなげようとする二人。不器用ながらも懸命に莉子を笑わせようとする翔太を見ていると、胸が軋んで、苦しくて、辛くて――
「あー、そういえば、私今日やらないといけない宿題があったんだっ!」
逃げようと思った。
「はあ? マジかよ? もしかして今日の一限の?」
「そうそう。あの先生って宿題やってないと厳しいでしょ。だから今のうちやっておくねっ!」
ちょっとした嘘。
だって、楽しそうに話す二人を近くで見ているのに耐え切れないから。
自席に座ってもまだ、翔太と莉子は会話していて。心なしか私がいた時よりも話が弾んでいるように見えて、それもずっと胸が痛んだ。
けれど、もっと目を逸らしたかったのは翔太の、私が傍にいる時には見せたこともない表情で。
こうなったきっかけは、翔太が莉子を紹介しれくれって言ったことから。馬鹿で取り柄なんてないような翔太を莉子なんかが気に入るはずなんてないと思ったから、何の気もなしに二人を引き合わせた。
――わ、わたし、翔太くんのこと……。
二人きりになって相談したいことがあるからって、私の部屋で莉子に言われた言葉。
どうして、どうしてなのかな……。
どうして翔太と莉子だったのかな。他の誰かだったら憎むことは簡単だったのに。莉子じゃなかったら絶対に邪魔していたのに。
それなのに、ほんとうにいい子である莉子を悲しませることなんて私にはできない。
たとえ莉子がいなかったとしても。翔太に告白なんてしたら、こんな男みたいな私のことなんて振られるに決まってる。
それなら、傍観者を気取ろうと思った。
何も知らないふりして、二人の間には干渉せずに、ずっと耐え続ける道を選んだ。
真綿で首を絞められるようにジワジワ苦しむことは、覚悟はしていた。
自分でも諦めのいいほうだって思ってんだ。
それなのに――
「おい、これ。宿題のプリントだけど」
バサッと、翔太に何の気兼ねもなく机に多量の紙を置かれた。
「なに……してんの? 莉子は?」
涙が頬から零れないように必死で目に力を入れて、翔太を視界に入れないようにする。
「ああ、莉子さんにはちょっと待ってもらってる。それよりも、それ貸してやるからさっさと映せよな。あの先生ほんと怠いからな」
あー、ほんとっ……いっつも、翔太ってタイミング悪いんだよね。
「うっわあ、汚っい字」
「あっ――のなあっ、貸してやってんだから、少しは感謝しろよ」
「ええ~? こんなぐしゃぐしゃな字で? もうちょっと丁寧に書きなよ。こんな汚い字を解読できるやつなんて、付き合いの長い私ぐらいなもんだって」
…………まっ、でも、一応さ、と口に出しながら翔太を見据える。
「ありがとねっ!」