人心の掌握
第七話です。
戦争にはいる前のワンクッションの話です。
是非是非お楽しみください!
西門に〈閃光の師団〉のメンバー1000人程が集まる。
彼らはそれぞれお互いに深刻そうな顔つきでボソボソと言葉を交わしている。
それだけ〈暁の幻魔団〉のフランドル地方の制圧により、ここルーアンへの侵攻の懸念が高まってきたという事だろう。
現在の〈閃光の師団〉と〈暁の幻魔団〉の間の人数の差は五倍程だ。戦闘員だけで考えると十倍に登るかもしれない。
プレイヤーは一度体力が尽きると二時間復活する事ができない。
だから領土戦というのはプレイヤーの数を削ってからクリスタルを奪うのがオーソドックスな戦法である。だから当然数の多い方が有利である事は間違いない。
「半蔵。〈暁の幻魔団〉の動きはどうだ?」
「ざっと5000人がブリューゲルを出発したという報告が部下から上がっております。恐らく拙者達を狙ってのものでしょう。」
半蔵が自分のフォーカスオンバーチャルを操作して自分の忍者部隊と連絡をとっているようだ。
「5000人か……俺たちの五倍になるな」
ランチェスターの法則によれば兵力数の差は直接被害の増大に繋がる。
「しかも、侵攻は今回だけとは限らない。出来るだけ最小限の被害で食い止めなければならない」
半蔵の後ろから雪菜が現れる。半蔵は後ろを振り返り、ビクンと体を強張らせる。
これ程ビビるとは一体何があったのだろうと、光真は心の中で半蔵らに同情する。実際に雪菜のする事は時に恐ろしい。VRゲームではないFPSでは逃げようとした味方を銃で乱射したり(一命は取り留めたらしい)、ストラテジーゲームで裏切った仲間を延々無限地獄のように攻撃したりなど、そのようなエピソードには事欠かない。
「じゃあそろそろ皆に号令をかけてもらいましょう」
雪菜が右の人差し指を立ててちょっぴりあくどい笑みを浮かべながら光真に仕事を振ってくる。光真としてはこのような仕切るポストはあまり得意ではないのだがクランを設立した手前やらないわけにはいかないだろう。
所在なさげに目を泳がせた後、一段高いところに登って1000人全員を見渡して演説のように話し始める。
「皆さん聞いて下さい。今からこのルーアンを目指して〈暁の幻魔団〉が進軍してきます。我々〈閃光の師団〉はみすみすやられるわけには行きません。力を合わせてこのルーアンを守り抜きましょう」
それを聞くとメンバー達は顔を見合わせ、より一層ざわめきを大きくする。それも負ければ自分が消えるというあの謎の男の言葉への不安などがあるのだろう。
「ガッハッハッハッハ!」
そんな時メンバーの集団のちょうど中ほどのところで大きな笑い声をあげる者がいた。全員が振り向いたところを見てみると、そこには恰幅が良くスキンヘッドをした三十代後半と見られる男が立っている。その男は防弾チョッキかと思う程の分厚くたくさんのポケットがついたもチョッキと青地のズボンとシャツを着ている。
見た目だけならどこかの軍に所属していてもおかしくない格好だ。
「マスターさんよ〈暁の幻魔団〉と戦って勝てるって言えるのか?連中はまだ一回も負けてねぇっていうじゃねぇか。そんな相手と戦って負ける位ならさっさと降伏して身の安全を守った方がいいんじゃねぇのか?」
そのスキンヘッドは無精髭をさすりながら野太い大きな声を張り上げる。
それに同調するような言葉も周りのあちこちから聞こえてくる。
「貴様ッ!何を……!」
雪菜がスキンヘッドの方に殴り込みにいかんとばかりの剣幕で突っ込んで行くのを光真が手を上げて制止する。
「何が言いたい?まだ戦ってもいないのに降伏するとは何事だ?」
光真がいつものやや気の抜けた声ではなく凄みを効かせた声を発し、スキンヘッドを睨みつける。
スキンヘッドの方はそれにひるんだ様子もなく光真の言葉を突っぱねる。
「どうせ負けるなら戦う前に降伏した方が向こうの心証もいいだろうが」
「どうして負けると言える?」
「数が違うだろうが、数が。どうやって覆すっていうんだよ」
「そんなもの笑止千万。戦とは数でするものではない」
光真が憮然たる面持ちで告げる。歴史上少数で多数に勝った戦いは数知れない。
「そこまで言うなら、あんたと一度戦ってみよう。実力を示せばわかってくれるんだろう?」
するとスキンヘッドは愉快な笑い声をあげる。
「ガッハッハッハッハ、なかなか気骨のあるやつだ。それじゃあ外に出て戦おうじゃないか」
「ああいいだろう、今行く」
そう言うと光真は台を降りて門のところに向かおうとする。
「こんなことになろうとはな……」
雪菜が遺憾な心持ちをあらわにして呟く。
「仕方ないですよ。即席でこんな危機を迎えたら誰だってこうなります。それにマスターとして相応しいところを見せておかないといけませんしね。」
そう光真は笑って返したが、雪菜は表情を曇らせたままであった。
「分身は使うんじゃないぞ。バレると面倒なことになるからな。」
「わかってますよ、それでは行ってきます。」
光真は先に出たスキンヘッドを追って西門を出る。
そろそろ東の空が白み始めている。太陽と月の業務交代も近づいてきている頃だ。
ギャラリーが作るサークルの中に入ると、腕組みをしたスキンヘッドが目に入る。
遠目で見ていた時よりもその重厚な体は多くの威圧感を持っていた。
スキンヘッドは斧をブンブンと二回振り回すと、こちらを向いて身構える。
それを見て光真も背中から短槍を手にする。これはルーアンに来てから武器屋で買った物だ。ピエロを倒した時のお金でかなり上質な物が買えた。
手頃な長さでかつ良く手に馴染む。何の金属を使っているのかは分からないがとにかく軽い。
「じゃあおっ始めるか。」
スキンヘッドが言うと同時に二人の戦いが始まる。
フォーカスオンバーチャルから模擬戦を選択すると両者は棒を失わないし、体力が尽きても復活できる。もちろん今回も模擬戦で行われている。
〈kou〉レベル3 体力:14 魔力:6 攻撃:9 防御:8 魔法攻撃:7 魔法防御:7
スピード:44 技術:40
〈dai 〉レベル3 体力:29 魔力:16 攻撃:24 防御:23 魔法攻撃:10 魔法防御:11
スピード:18 技術:16
スキンヘッドのアルカナは『戦車』だ。『戦車』は魔法部分については弱いものの、物理攻撃を主体とした戦いには強い。
光真は魔法がほぼ使えないと言っても良いため、みすみすスキンヘッドの得意分野で戦わざるを得ない。
「オメェのアルカナは『愚者』かよ。よくもそんな雑魚いアルカナになったな。」
スキンヘッドは光真の脳天めがけて斧を振り下ろす。光真はそれを槍を横にして柄で受けると手に痺れが走る。避ける方が良いと判断し、追撃をかわして鼻先に突きつけるとスキンヘッドも首をひねってかわす。
「早いとこ決着をつけさせてもらう。」
「何を!」
スキンヘッドが激昂して斧を闇雲に振り回す。光真はそれを一つ一つ丁寧にかわして、合間に足に一撃を加える。
「ぐぉっ!」
スキンヘッドがバランスを崩したのを見逃さず、右の脇腹に槍の穂先を当てる。するとスキンヘッドの衣服が裂けて鮮血が噴き出す。スキンヘッドが右を振り向いた瞬間に光真は今度は左の方に高速移動して槍の石突で男の太ももを殴打する。
片膝をつきながらもかろうじて振り抜かれた斧を光真は前に屈んでかわし、その反動で槍を地面に突き立てて左手で石突を持って、顔面に空中回し蹴りを放つ。
そしてスキンヘッドは鼻から血を滲ませて後ろに倒れる。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」
しかし『愚者』の攻撃力の低さゆえか『戦車』の防御性能の高さゆえか、未だ体力は十分に残っているようでスキンヘッドは再び両手を突き出して狂ったように突撃してくる。光真は地面に手を突いてしゃがみそれをかわしつつ足払いをしかける。
勢いのついたスキンヘッドは逃れることができず前につんのめるようにして倒れる。前に倒れる瞬間に光真は背中にかかと落としを食らわせる。
するとドサリと音を立ててスキンヘッドが地面に這いつくばるように倒れる。
起き上がろうとするところに光真が眉間に槍を突き立てる。
「皆の命を預けるのに俺の実力は足りないか?」」
スキンヘッドの顔は身体中の痛みを表す場として十二分に機能しており、苦痛にゆがんでいたがその言葉を聞くと全身の力を抜いて大きな息を吐く。
「参ったよ。確かに強えぇ。でもいつかはお前を超えてみせるぜ、マスターさんよ。」
観衆の方も光真の圧倒的な速攻に唖然としていた。
「ありゃあ、空中連打じゃないのか?」
そんなセリフを誰かがポツリと漏らす。
空中連打とは相手が攻撃によって吹き飛んだ先に先回りして何度も攻撃を加える様が戦闘機による爆撃に似ていることから名付けられた技で、難しい技なので一流のゲームプレイヤーのみが使うことのできる技だ。
「そんなもん使える奴がいたのか……」
その場にいる全員が光真に注目の視線を向けていた。
「〈暁の幻魔団〉を倒すのに力を貸してくれ!」
再度の光真の呼びかけに全員が声をあげてそれに応えた。
こうして〈閃光の師団〉の戦いが幕を開けることになった。
いかがでしたでしょうか。
いよいよ〈暁の幻魔団〉などの他のクランとの戦いに入って行くと思います。
是非是非ご期待下さい。