領土戦
テストも終わりましての第六話です。
是非是非お楽しみください。
ログアウト不能となった影の一日とやらでは今午前五時を迎えている。
タゲールもといクソジジイの残していった助手はなかなかに厄介な代物であった。
「今度はこれを食べましょう!」
シャルルが目をキラキラと輝かせる先にあるのはもちろんご飯を食べる店である。
このゲームでは餓死さえしなければ必要以上のご飯を食べる必要はないのだが、
シャルルにその理論は適用されないらしくルーアンの全ての店を回るつもりなのかというほどに食べまくっている。
確かにルーアンまで来る時の戦闘ではシャルルは活躍したのだが、どうにも燃費が悪いような気がしてならない。
あの後光真達はシャルルをクランに加え、ルーアンの周辺をを領有することにした。
あの試練ーーピエロを倒したことはプレイヤー全体にニュースとして知れ渡っていたらしく、ルーアンを領有した際にパリから逃げてきた多くのプレイヤーが〈閃光の師団〉に加わり、現在では4000人程の大所帯となっている。
クランランキングを見ても八位に食い込む程の有力クランとなった。
各地ではクランが続々と作られており、戦国時代ばりの群雄割拠の様相を呈している。この付近ではまだ行われていないが、ドイツやイタリアの方ではではもう領土戦が行われているというのを街での噂で聞いた。
領土戦というのは都市に設置してあるクリスタルを奪い合うもので、それを獲得した方がその周辺の土地を領有することが出来る。
都市は保持しているとモンスターの狩場を手に入れることもできるし、街の店で取引することもでき、プレイヤーが成長して行くには欠かせない要素だ。
「おいコラ、どれだけ注文するんだよ」
シャルルがここでも大量の食べ物を頼もうとするのを光真は手で制止する。
あのピエロを倒した時にかなりまとまった硬貨が手に入ったとはいえ、無駄遣いはあまりよろしくない。
「じゃあ、これとこれとこれと……」
「うん、一つも減ってないからな。むしろ増えたのは何でなんだろうな。」
毎回の店に入ってのこの作業にそろそろ嫌気がさしてきた。
シャルルは七つの大罪の中でも暴食の割合が馬鹿でかい。タゲールの苦労が目に浮かび同情の気持ちが湧いたが、今頃ほくそ笑んでいると思うと腹が立って仕方がない。
「大将、只今帰りました」
忍者の衣装に身を包んだやや小柄な光真と同じ年代の少年が口布を外す。
この少年の名前は森口半蔵。名前といい、格好といい、忍者に憧れる家庭環境に育ったのがよく分かる。
アルカナは『星』で、機動力や個人のスキルを買ってこの街の周囲の情報を集めてもらっていたのだ。
ちなみに大将と呼ばれるのは、光真が試練を退けたことに由来するらしい。
忍者と言うものは主君が必要ということもあるかもしれないが。
「おお、半蔵。どうだった」
目の前で余分にもう一品多く頼もうとするシャルルを一瞥した後、半蔵の方に意識を傾ける。
「ケルンで〈暁の幻魔団〉が〈スカーレット・ナイト〉を破りました。さらに〈暁の幻魔団〉は攻撃を続け、フランドル地方のブリュージュを制圧しました」
フランドル地方というのはパリの真上にあり、中世には毛織物業で発展を遂げた場所である。ルーアンからもさほど離れておらず戦争に巻き込まれる危険性もある。
「〈暁の幻魔団〉か……ここまで一気に勢力を拡大させるとはな。様子見もあったもんじゃない。〈スカーレット・ナイト〉だって十二位のクランなんだぞ」
〈暁の幻魔団〉はクランランキング一位のクランで人数が2万人、領土が現在のドイツの西半分にベルギーを足した広大な領土を保持している。
わずか五時間程でここまで勢力を広げるのはいくら空白都市が多いとはいえ、圧巻の一言に尽きる。
「訓練中の雪菜を呼んできてくれないか?」
雪菜は〈閃光の師団〉に入ったばかりのプレイヤーの教育係として働いてもらっている。さっきは深夜にも関わらず、大勢を引き連れて草原にモンスターを倒しに行くのを見かけた。あれ程の人数なら夜でモンスターが凶暴化していると言ってもさしたることはないだろう。
「エンプレス様ですか?直ちに呼んで参ります」
半蔵が胸にガッと拳を当てるとそのまま途轍もない速さで店を飛び出して行った。
エンプレスといえば女帝という意味だったはず。雪菜の鬼教官ぶりが目に浮かぶようだった。
「仕方ないから、後一つだけなら頼んでいいぞ」
光真の頬杖をつきながらの言葉にシャルルの目は輝く。
人間の歴史は闘いの歴史、そんな言葉が頭に重くのしかかった。
さっきの店の中だといつまでもシャルルが食べまくるので、店から外に出て雪菜を待っていた。
「いやあ、お腹が減りましたねぇ」
シャルルののんびりとした声が耳に入る。もはや突っ込む気も起きない。
現代の都市とは違って中世ヨーロッパの都市は全体が石造りの城壁で囲まれていて武骨な空気を漂わせている。
しかし見張り台の赤い尖塔に満月の光が反射している様は都会のビルのそれとは違い神々しささえ感じる。
「待たせたかな?」
民家のような建物の裏から雪菜が半蔵を後ろに連れて現れる。
雪菜の声にはやや疲れが混じっているように思えた。試練との戦いやクランの教育係等様々な事が一度に起こったのが原因であろう。
「お疲れのところすいません。今〈暁の幻魔団〉がフランドル地方を制圧したという情報が入ってきまして……今クランの内何人が戦闘に動員出来ますか?」
雪菜は光真の言葉に一度驚きの表情を見せた後、顎に手を当てて考え込む仕草をする。
「今すぐにか?まだ無理矢理引き込まれてVRに慣れていない者もいるからな……ざっと1000人いればいい位だろう」
雪菜は罰が悪そうに呟く。
「1000人ですか……とりあえずその全員を西門に集めて置いてくれませんか?後は近接タイプと遠距離タイプに分けて置いてください」
「ん、分かった。少し時間をくれ。半蔵、手伝ってくれるな?」
雪菜が半蔵の方を半ば睨むように視界に捉えると、半蔵は一度身をブルっと震わせる。傍目から見ているだけでも恐ろしいのに直接それを受けた当人はさぞ肝を冷やしただろう。
「は、はひ……」
引き摺られて半蔵が退場。光真は思わず引きつった笑みを浮かべる。
漆黒の黒板に浮かぶ満月と星を見上げながら光真は拳をぎゅっと握りしめた。
次からがいよいよ本編と言ったところでしょうか。
ここまでお付き合い頂いた皆様には感謝感激です。これからもよろしくお願いします。