試練
テスト中で更新できてませんでしたが、一段落したので更新しました。
是非お楽しみいただけたら幸いです。
それではどうぞ!
瞬く間にパリの街並みが火によって飲み込まれて行く。
灼熱の暑さにさらされているが、背中はむしろうすら寒い感覚を覚える。
パリの至るところにいたプレイヤー達も我先にと混乱を起こしていて一種の暴動のようにも見える。
「これが試練とやらの正体か……?」
雪菜は火に包まれたパリの街を眺めながら声を漏らす。
「ええ多分。あの声が言っていたのはこの事なんでしょうか」
光真も自分の脇を抜けて行く熱風を肌に感じながら立ち尽くして答える。
「とりあえず、一旦逃げた方が良いだろうな……」
「確かにここから離れないといずれ火の手が回って危険です。セーヌ川に沿ってルーアンまで逃げましょう。」
ルーアンもパリに次ぐ大都市である。しかも川に沿って動けるので安全性も高い。
そう判断した光真は雪菜を連れて駆け出す。
現実世界でこそ全く運動力ゼロの光真であるが、ゲームの世界では『愚者』というアルカナのおかげか軽快に走る事ができる。
「一体あの声の主は誰だったんだ……」
「普通に考えればゲームマスターと言ったところでしょうが、いきなりこんな混乱を起こして何がしたいのかが分かりません。これじゃあこのゲームのユーザーを離れさせるだけですよ。」
「そうだな……」
雪菜が重く頷く。
光真もこの状況について考えるが、判断材料が少なすぎて明確な答えを出す事ができないでいる。
「危ない!」
すんでのところで光真が雪菜を抱えて左方に飛び、崩落してきた建物の屋根から身をかわす。
「あ、ありがとう」
偶然にも俗に言うお姫様抱っこの形となってしまったが意識しないようにして光真は雪菜を地面に下ろす。
しかし雪菜の方はかなり意識しているのか、顔を赤らめている。
「大丈夫でしたか?」
光真は気にしていないことを最大限アピールすべく紳士な応対をする。
「……あ、ああ。それより早くニゲナイト!」
雪菜は思いっ切り緊張していた。
「あの……」
「いや、何でもない。何でもないぞ!」
雪菜は光真の言葉を先回りして防ぐ。
光真として何かあったとしか思えないが、本人が強く何もないと言うのでそれ以上何も追求できず言葉をつぐむ。
そうして無言のまま再び駆け出すと前方に人影が見える。
逃げた方がいい、と声をかけるべく近づいてみると明らかにプレイヤーとしては異質な格好だった。
赤と青を基調に星があしらわれた二又の帽子をかぶり、鼻には大きなバルブを付け、カラフルな色の縞模様のシャツ、帽子とは色が左右逆になったスボンを履いている。しかし、肌は人の物では無くどす黒い。
そのピエロはこちらと視線が合うとニヤリと口の端を吊り上げて不気味に微笑む。
「ワレ、イチノシレンナリ。ナンジラノチカラヲミセヨ」
そう言ってピエロは右腕を前に構えるとそこから、直径三十センチほどの火の玉を飛ばす。
それは明らかにこちらをめがけてきており、いきなりの攻撃だったが光真は短剣を構えるとしゃがんでそれをやり過ごす。
「パリをこんなにしたのはお前か?」
光真はピエロに向かって怒号を飛ばすも、ピエロは無表情極まりない顔で答える。
「ソノトオリ。ワレ、スベテノマチヲハカイスルノミ」
「それだけ聞ければ十分だ」
光真はしゃがんだままの状態から地面を蹴り、ピエロの喉元に短剣を突きつけようと一直線に突撃する。それに対してピエロはさっきとは逆の手を構えるとそこからさっきよりも倍近い大きさの火球を発射する。
避けられない、と思った光真だったが急にグッと背中のローブを引っ張られる。
高速で後ろに後退する視界の端で捉えたのは、右腕で光真を引っ張り、その反動で左に持った剣でピエロを斬りつけようとする雪菜であった。
しかし雪菜の剣はバックステップをしたピエロによってかわされ、突如現れた火の壁によって追撃を阻まれた。
「”Light”君、そんなところで尻餅をついている場合ではないだろう。こいつを倒すための案は浮かんだか?」
雪菜がピエロの方を向きながら背中でこちらに皮肉めいた言葉を投げかける。
「ええさっきの試練という言葉と数字の一から判断するに、こいつは恐らく『魔術師』タイプのアルカナを持ったボスと言ったところでしょう。一と言えばタロットでは『魔術師』のことですからね。だから肉弾戦は弱く、それに魔法は火系で両手からしか出せないと見ました。炎の形は自由に変えられるようですが、支点が固定されているので動きが読みやすい。だから一方を囮にしてもう一方が攻撃をしかければ勝てるはずです」
雪菜が口笛を一つ吹くと感心したように呟く。
「戦況分析は衰えてないな。相変わらず敵に回したら嫌な奴だ。」
光真がゲームで強いのは単なる腕だけでは無く、その場その場の状況判断がとても優れているという点にある。
「じゃあ攻撃は頼みましたよ」
「任せろ」
その言葉と共に雪菜が再度剣を構えるのがわかる。
光真が素早く立ち上がると、ピエロの注意を引くべく右側に回り込むように体勢を低く保ったまま攻撃をしかける。
案の定ピエロは雪菜の方を振り向くこと無く、こちらに向かって両の腕を構えそこから炎の剣とでも言うべき二本の細長い形状の炎を出し、それを子供がおもちゃを持ったかのように闇雲に振り回す。
『愚者』と『魔術師』ではスピード差が歴然としており、光真は難なくそれらをかわしていく。そしてピエロ後ろから雪菜が飛び込んでくるのが見えると、手に持っていた短剣をピエロを雪菜の方向へ誘導する為に頭めがけて投げ放つ。
ピエロがそれを左にかわそうとした瞬間に雪菜の一斬がピエロを真っ二つに切り裂く。この前はゴブリンだからまだ良かったものの、人型のものが真っ二つになるのを見るのはご飯が不味くなるような気がしてならない。
「倒したのか?」
雪菜はすでに返答を知っているように剣を鞘にしまう。
光真は先ほど投げた短剣をピエロの近くまで拾いに行く。あまりにも見事にスパッと切れていて前に突っ伏しているのが彫刻の一種のようにも見える。
「おかしい……」
光真は短剣を拾おうとした手を途中で止めると、再度ピエロの方を見る。
どうして死体が消えていない?
光真は短剣から即座に手を引くと頭が答えを弾き出すよりも早く、雪菜を抱えてその場から距離を取る。
するとその時、先ほどとは比べ物にならないほどの大きな火球が先ほど光真らがいた所を一瞬で消し炭にする。
「……痛っ!」
光真は爆心地から出来るだけ離れた所で伏せたが、どうやら完全に逃げ切ることはできなかったようで、背中に鈍い痛みが走る。
その一撃だけで光真の体力の三割ほどを削り取る。
「どういうことだ⁉」
雪菜も自分の目の前の光景ににひどく狼狽している。
「本気を出してなかったんですよ。さっきのは変わり身の術みたいなもんでしょう……本当なら死体はすぐに消えるはずだったのに……」
光真が痛みと悔しさを同居させた厳しい口調で答える。
光真が振り向くと唯一残っていた大きな煉瓦造りの塔からくるくるとバク宙をしながらアクロバティックに着地する。
着地した瞬間にこちらを視界に捉えて、一歩一歩着実にこちらに迫ってくる。
「どうやらお困りのようですな」
光真が声がした方に振り向くとそこには高い鼻に白髪が特徴的なスーツを着込んだ老人と共に緑色のテンガロンハットとワンピースを身につけたプラチナブロンドの髪をした女性が見える。
「貴方が”Light”様ですね。アルカナは全ての始まりたる『愚者』。この装飾品『分身の指環を使うのに相応しいお方だ」
老人はそう言って後ろ手を組んでいた手から、ルビーのような赤く輝く宝石をはめ込んだ指環を取り出して光真に差し出す。
「これは何だ?」
光真がそれを受け取って覗き込みながら老人に尋ねる。
「”Light”様が他のゲームでよくお使いになられていた分身が可能になる装飾品でございます」
光真が”Light”として他のVRMMORPGをプレイしている時に得意としたのが分身などの能力だ。これはいくつもの身体を同時に一つの脳で動かさなくてはならないので多くの人は動かす事すらままならない。
しかし光真はこのような分身を自由に使いこなす事ができ、光真が”Light”として有名になった理由の一つでもあった。
「何で俺の事を知っているんだ?」
光真が老人の奇怪な顔を見ながら訝しげに呟く。
すると老人はこちらをギロリと見返しながら告げる。
「それは後で話しましょう。まずはあれを倒しませんと。」
老人が見つめる先にはカツン、カツンと音を鳴らしながら歩くピエロがいる。
「倒したら話してもらうからな」
左の薬指に指環をはめると頭の中で自分を五人に分身するよう強くイメージする。
世界が停止したような静寂に包まれたあと、光真は心臓が強く脈打つのを感じる。
そして次の瞬間目の前に五人分の視界が目に飛び込んでくる。
「ほう、流石ですな。結構結構」
老人が軽く手を叩きながら賞賛の意を伝えようとしているのがわかる。
それを聞き終えるより先に五人になった光真はピエロめがけて殺到する。
それぞれ懐から予備の短剣を取り出すとそのうちの二人でピエロに向かって攻撃を仕掛ける。ピエロがいる両手を構えて迎撃しようとすると、もう二人で反対側を攻撃する。ピエロもこの四人での攻撃に炎を出して反撃するも、衆寡敵せず、防戦一方である。
「ど真ん中がガラ空きだぜ?」
最後の一人で左右に気を取られたピエロの頭に短剣を突き刺す。
「グ、ガガ……」
ピエロもしばらくは抵抗の意思を見せたものの、やがて糸の切れたマリオネットのようにどさりと崩れ落ちた。
まず一つ目の試練を倒した光真だった。
いかがでしたでしょうか。
変な老人はこれからも度々出てくると思いますので、よろしくお願いします。
お疲れ様でした。