開幕
第3話となります。
皆様のご愛読誠にありがとうございます。
是非是非感想等よろしくお願いします。
それではお楽しみください。
ヤバイ、真剣にヤバイ。
ログアウトしてようやく光真はベッドの上で目を覚ますと、怒髪天を衝かんばかりに激怒した早紀がいた。
早紀は当然のように着替えていて、オレンジ色のカットソーのシャツに膝丈のプリーツスカートというカジュアルな服装だった。
どうしてここまで入って来ているのかなどいろいろ突っ込みたい所もあるが、それどころではないことは誰にでもわかる。
早紀をスルーして部屋を出ようとすると、制服のカッターの奥襟をガッと掴まれて一瞬の浮遊感を得る。
同級生、それも女子に奥襟を掴まれて体が浮くなんてことがあるだろうか。光真はそれほどがっちりした体型ではないが、それでも腕一本で体重を支えるのには無理があるだろう。
「や、やあ奇遇だね。ど、どうしたんだい?」
光真が戦々恐々とした震えた声で呟く。
この激怒の具合からすると、本人の命だけで償えればまだマシな方だろうか。
そんな事を考えていると早紀の氷のように冷たい声が聞こえる。
「何でゲームしてたの?」
「いや、七時までには終わるつもりだったんだけど、ちょっと熱中しすぎて……」
「私が来る以上に大事なことがあったのかしら」
後ろを向く光真には早紀の顔は見えないはずだが、むしろ見えている時よりも余計クリアに怒った顔が浮かぶ。
「……すいません」
光真は即座に降伏。すると、掴まれていた奥襟が離されて光真は早紀の方を見る。
すると早紀はやや不満げ顔つきをしながらこちらの方を見る。
「まあいいわ。その代わり駅前のクレープ奢ってよね」
「えっ……あれ確か一個千円以上するんじゃ……」
「返事は?」
「はい……」
余計な熱中のおかげで、手痛い出費。今月どうしよう……光真は思わず溜息を一つ。
早紀がようやく満足そうな表情を浮かべると、手に持っていたナイロンの袋を光真に見せつける。
「私が作って来たご飯よ。いるの?」
早紀がやや上体を前に傾けて悪戯っぽい笑みを浮かべる。どうやら礼の一つでも言えという催促なのだろう。
「早紀、見くびらないでくれ。俺がそんな物で釣られるとでも思ってたのか?」
フッと鼻で息を吐いて余裕を持った仕草を見せる。
「じゃあ、いらないわね。私一人で食べるから」
「すいませんでしたっ!」
亜音速で全力の土下座。男は給料袋と胃袋を握られたら女に勝ち目はないというのは本当らしい。まあ最近は給料袋など絶滅してしまったが。
早紀には敵わないなと説実に思った光真であった。
「こんなもん授業でやったか?」
シャープペンシルを片手に唸りながら宿題を解く光真。
一悶着ののち、一階の居間に降りて宿題をしている所である。
「やったわよ、あんたが夢を見てる時にね」
「ぐっ……」
早紀が流し目で光真を睨みながら毒づく。
早紀は昔から成績は優秀でどうして自分と同じ学校に来たのか光真が疑問に思うほどであった。
「クリオシテーって何だ?」
「何その状況?それキュリオーシティーって言って、好奇心って意味だからね」
早紀がペン回しをしながら呆れ声で呟く。
「ふん、今のはお前を試したのだ」
「何であんたみたいな居眠り病に、更なる高みから言われなきゃいけないのよ」
早紀の辛辣な口調が火を吹く。
事実、光真は授業で起きていることの方が少ないくらいで、成績もそれ相応のものとなっている。
だから勉強はゲームの時間を阻害する敵のように光真は捉えている。
先程の早紀が作ったオムライスは卵を絶妙な火加減で調理していて、中はトロトロと舌触りが良く絶品というのに相応しい一品だった。
しかし、料理だけは上手いよな~、とか言うと鉄拳が飛んで来るのは間違いないので口に出したりはしない。
しかし現在は食後の余韻のコーヒーを楽しむこともできず、(コーヒーはもともと飲めない。)凛ちゃんの出した拷問器具に締め付けられている真っ最中だ。
ようやくスラスラとは言わないまでも人並みのスピードで解くことができるようになり、早紀も自分の宿題を淀みなく解いている。
時折早紀に聞きつつ、凛ちゃんの宿題だけでなく明日提出の他の宿題も終わらせるとすっかり夜も更け、十一時を少し回った所だった。
「じゃあ、私帰るわね。クレープ忘れるんじゃないわよ。」
忘れて置いて欲しかった部分だけを克明に覚えていたことに引きつった笑みしか返すことができなかった。
「送って行こうか?」
「いやいいわよ。対して離れてもないんだし」
早紀は屈託なく笑いながら食器などを片付ける。
「せめて玄関までは送るよ」
光真は居間から出ようとする早紀の後について行く。
「じゃあバイバイ」
「うん、また明日ね」
早紀が玄関を押し開けて帰って行く。
閉まったドアの導く風に早紀の柑橘類のような爽やかな香りが残っていた。
早紀の帰った後、明日の用意を済ませた後フォーカスオンバーチャルを起動して再び"Tarot Quest"にログインするとこちらの世界でもすっかり夜となっていた。
厳密に言えばパリと東京では九時間弱の時差があるが、このゲームでは日本の時間通りに修正されている。
夜の中世のパリはライトアップこそされていないものの、煌々と輝く炎に照らされて十分幻想的な雰囲気を醸し出している。
アップデートが行われる十二時にはまだもう少しばかり時間があるので、先程フレンド登録した雪菜に音声発信する。
「ん、君か。どうやら都合がついたみたいだな。さっきは血相を変えて飛び出して行ったが」
まるで発信されるのを事前に知っていたのかというほどの速度で雪菜が応じる。
「まあ……さっきのことは……それより今どこにいるんです?」
「今はシテ島にいるんだが、君はどこにいる?」
光真の明らかに言葉を濁した言行には突っ込まないでくれたらしい。
「あ、いえシテ島ならここからすぐなんで俺が行きますよ」
「そうか?なら済まない。中心部に来てくれ」
「わかりました。では後で」
雪菜のよく耳に残る快活な声と一担別れてシテ島の中心部に向かう。
夜風が身に染みるというほどの年でもないがかなり冷たい風が当たるので、寒さが背中にかじりつくような感覚を覚える。
光真が身につけている旅人のローブも見た目の割に防寒性が低く、ついついNPCが開いている店の暖かそうな装備に目が行ってしまう。
しかし硬貨のカードが合計七しかないので見ているだけしかできることはない、
ゲームの世界でもお金が足りないなんて世の中は厳しく出来ている。
半ば逃避的にそのようなことを考えていると、雪菜がこちらに向かって手を振っていることに気づき、急ぎ足でそこまで向かう。
「間に合って良かった。もう少しでアップデートが始まるぞ」
雪菜は表情こそいつもと変わらないものの、アップデートに心を踊らせているようで声がやや上擦っているようだ。
瞬間パッとパリのすべての火が消える。
一筋の光もない闇の中からどこからともなく重めかしい声が響くーー
……この遊戯に興じる者らよ。よく聞くが良い……
今日この日この時から新たな遊戯が始まる。
汝らには一日の終わりにまたもう一つ一日を与えよう。逃げることは許されん。この遊戯を知らん者にこれを話すことも許されん。
汝らには機会を与えよう。全員に棒を百与える。それらはプレイヤー同士で争うことによって奪い合うが良い。集めた物は莫大な力を手にすることができよう。
汝らには死を与えよう。すべての棒を失った物には二つの世界から消えてもらう。せいぜい足掻くが良い。
汝らには仲間を与えよう。現実からプレイヤーを連れて来てやろう。殺すも良し、利用するも良しだ。
汝らには試練を与えよう。月が真円を描くごとに一つの試練を与える。この試練を越えられねばすべての者が消え去るであろう。
それでは汝らの検討を祈る……
声の主が消えると再びパリに火が灯る。
しかしそれは先程の街を照らすための物ではなく、すべてを燃やし尽くす紅蓮の炎とでも言うべき物だった。
右手に見える大聖堂の尖塔アーチが炎によって脆くも崩落する。
それがこの遊びの本当の幕開けだった。
いよいよ物語が始まるということで、開幕というサブタイトルにしました。
拙い部分もあろうとは思いますが、次もお楽しみにしてください。
誤字、脱字は教えていただけるとありがたいです。