逃避行
皆様ご無沙汰しております。
第十八話を書き上げました。
テスト前と言う事で少々ヤバイのではありますが、気にしてはいけませんw
是非是非ご覧ください!
「ふむ、何やら街が騒がしい」
元ポワティエの軍師天方隆景北門からポワティエに入ると同時、何となく街が浮き足立つのを感じた。
天方は〈閃光の師団〉から客人扱いということで、ポワティエを本拠として放浪の生活を送っている。光真から〈閃光の師団〉に加入することを強く求められたが、自分勝手、横暴な元ポワティエのことを一種のトラウマのように感じ、それを固辞している。天方は〈閃光の師団〉の領土経営がいかなるものかを見て周りにパリから帰って来た直後で、先ほどパリの街で感じた妙な安心感のようなものがポワティエでは感じられないことを機敏に悟った。
いつも滞在している宿屋に向かいNPCに硬貨を払って一室部屋をとってベッドに横になる。
「いつの世も戦争か……」
ため息をつきながら目を閉じると不意に部屋のドアがノックされる。
「誰だ?」
横に置いていた刀に手を伸ばしながら突然の来訪者に尋ねる。
「速川光真だ。訊きたいことがある少し時間をくれるか?」
「ええ、わかりました。それではそこのロビーで話しましょう」
天方はベッドから身を起こすと身支度をして部屋を出た。
まだ昼間で誰もいないロビーの椅子に光真と天方の二人が腰掛ける。
「これでも飲んでくれ」
光真は天方の杯に柑橘系のジュースを注ぐ。宿屋のロビーに普通に売っているもので、成分などは一切不明だがかなり喉越しの良い飲み物である。
「要件はなんでしょうか」
天方は杯には手を出さず、光真の目をしっかりと見つめて尋ねる。
「率直に言う、〈閃光の師団〉に加わって欲しい」
「それについてはお断りしたはずですが」
光真の勧誘を天方がいささかの間もなく断る。予想していた答えに光真もたじろぐことなく言葉を継ぐ。
「今〈閃光の師団〉は危機に立たされている。フランス南部の都市を全て〈暁の幻魔団〉が支配。〈魔弾の射手〉によるイギリスの統一。それらのことを成し遂げた奴らが次にすることはなんだ?このフランスの北部を狙うに違いない。全く勝ち目のない戦いだ。それに多くの被害が出る。これを避けるためにお前の力を借りたいんだ」
日が高くなって来たのか窓から少しばかりの日が差し込んで、机の上の二つの杯を照らす。天方は杯をとって少しジュースを口に含む。
「私は一介の亡国の軍師に過ぎません。いくら助けを求められたところで、この未熟者にできることはありませんよ」
そう言って椅子から立とうとする天方を光真は手で制止する。
「俺だって現実じゃ何の役にも立たないさ。でも現実で目の前で人が困ってたら能力がないからって見捨てるのはおかしいだろ」
「それはあなたの理屈です。このゲームでクランを指揮することはそのクランのメンバーの命を握ると言うことです。人助けで人が死んでしまったら元も子もないでしょう」
天方は今度こそ椅子から立ち上がる。だがそれより早く光真が椅子を倒して立ち上がり、地面に額をついて土下座する。
「お願いだ。俺はついて来てくれた〈閃光の師団〉の皆を守りたいし、このゲームの皆を救いたい。どうか俺たちと共に来て助けてくれ」
「何の真似です……立ち上がって下さい」
天方が土下座している光真統一同じ高さに立ってその頭をあげようとする。しかし光真の方も頭をあげようとせずひたすら天方に懇願する。
「……わかりました。そこまでの覚悟なら私もお供しましょう。ただし一つ条件があります。聞いて下さい」
光真はようやく頭を上げると天方と目を合わせてその後に続く言葉に聞き入る。
「今後二度と私のような部下に向かって頭を下げるのはやめて下さい」
光真はそれを否定も肯定もしなかった。
薄暗いロビーの中で窓から漏れ出た光が煌々と二人を照らしていた。
「このたびの予想される三方向からの攻撃に現状我々が対抗する事は難しいでしょう。ですからここフランスの地を捨てて新たな根拠地を見つける以外に方法はありません」
天方が加入してすぐに再度の会議がポワティエのとある聖堂で開かれた。
加入直後にもかかわらず、このような大胆な発言に〈閃光の師団〉の重臣も驚きの色を隠せなかった。そればかりか天方の実力を疑問視する者も少なからず存在する。
「しかしこれもまた我々だけでできないのも事実。我々には海軍がありません。海から逃亡しようとすれば海軍が強力な〈魔弾の射手〉に海の藻屑にされてしまいます。陸から逃亡するのは〈暁の幻魔団〉と直接対決するようなもの。これもまた不可能でしょう」
ほとんど全員がお互いの顔を見合って天方の発言の妥当性について話し合う中、口羽は一人天方の発言を吟味しているのか顔を伏せて考え込んでいる。
「ですからここは味方を得る必要があります。つまり具体的に言いますと、〈鷹の城〉との同盟を締結しなければなりません」
「〈鷹の城〉?そんなところに同盟を申し込んでどうすんだ?」
ダッサンが素っ頓狂な声を上げる。他の数人もそれの意味がわからずに黙って天方の方を向いている。
「〈鷹の城〉は海軍力なら、〈魔弾の射手〉に劣らないクランです。それに私たちがやつけられてしまえば次は我が身だと悟っていることでしょう」
それ声は天方のものではなく、先ほどまで考え込んでいた口羽のものだった。
「お見事その通りです。ではその後のことも見抜かれましたか?」
口羽は少し冗談めかせた天方の言葉に軽く頷いて立ち上がる。
「もちろん、その役は私に任せてもらおう」
「口羽、頼んだぞ」
光真の激励に口羽は 深々と頭を下げてからローブについているフードを被りこんで部屋を静かに出て行く。その覚悟を伴った背中は全員を黙らせるのに十分なものであった。
しばらくその背中を全員が追った後、一つ咳払いをして天方が再び口を開く。
「戦力を分散させるのはこのような時には下策です。ですからパリ、ルーアンを残して全ての都市の人を速やかに先に述べた二つの都市に退避させて下さい。そうすれば戦線を狭めて迎撃のために人を各地に広げる必要がありません」
天方はそこまで言い終わると後は任せた、とでも言うように光真の方を見る。
光真もその視線に頷くと立ち上がって全員に指令を出す。
「皆聞いたか?俺も天方の意見に賛成だ。フランス南部を取られて、更に〈魔弾の射手〉まで来ては〈暁の幻魔団〉との直接対決には勝ち目がない。全ての都市に連絡を送って直ちに避難するよう告げてくれ」
〈閃光の師団〉の勝利のない戦いが幕を開ける。
〈フランドル地方ブリューゲル〉
宮殿のような豪勢な建物の大広間で上座に座る女性と正面に一列に並んで立つ部下とで軍議が行われている。
「〈魔弾の射手〉に事の次第は伝えたか?」
声の主は女性。戦いに邪魔にならないように質素な動きやすい服装をしているが、そこから滲み出てくる気品や高貴さは隠し切れず、大の男を顎で使うのも自然に感じさせる程であった。
「は、はい伝えました。12時攻撃開始だと」
傍にいた男がおずおずと答える。男はひょろ長く細い顔をしていて前線に出ていけそうな者ではなさそうである。
「〈閃光の師団〉には前に一度煮え湯を飲まされているからな。今度こそは仕留めてくれよう。『皇帝騎馬隊』は用意できているか?」
『皇帝騎馬隊』とはアルカナが『皇帝』や『女帝』の者で編成された騎馬隊の事でアルカナのおかげで攻撃力、耐久力が高く、騎馬によって機動力も確保できるため〈暁の幻魔団〉の近隣クランへの大きな脅威となっている部隊だ。
しかし尋ねられた騎士の方は物思いにふけっているのか話が耳に入っておらず、一切の反応を示さない。
「おい、用意はできているのか?」
少し声を大きくして尋ねるとその騎士はようやく我に帰ったのか、慌てて首を縦に振って質問を肯定する。
「……はい用意できております。あとは合図を待つのみです」
「そうか。南部の第三皇帝には連絡したのか?」
その女性は別の人物に尋ねる。
「はい、第四皇帝の出発に合わせるという連絡が来ています」
先ほどのひょろ長い顔をした男が覇気のない声で答える。
上座の女性が軍議を終える合図をして立ち上がるとそこにいる全員が片膝を折って第四皇帝たる人物が外へ出て行くのを見届ける。第四皇帝が大広間から出ていくと大臣を務めるひょろ長い顔をした男から順に出て行った。
一人の騎士が爽やかな春風に吹かれながら城壁のところに立ち、パリのあるフランスの方向をじっと見つめる。表情は戦場に向かう騎士のものではなく、どちらかといえば子を戦場に送り出す母のような憂愁を帯びていた。
「辛いか?」
騎士の振り向いた先にいたのは〈暁の幻魔団〉の第四皇帝である、先ほどの会議を仕切っていた女性、三千院氷華だった。
「皇帝陛下……」
「今はプライベートだいつも通り師匠で良い」
「師匠……私今回の戦いは下ろしてください」
騎士が体の正面で指を組んで、目を伏せる。三千院もさして驚くことなく数歩歩いて騎士の隣に来てパリの方を見る。
「知り合いがいると前に言っていたな、だからか?」
下を向く騎士の方を見て真剣な表情で尋ねる。しかし騎士からの答えはない。黙ったままの騎士を傍目に三千院は首を上に傾ける。
「それはお前の思い人か?」
「な、な、急に何を⁈そんなんじゃ……です……」
さっきまで沈んでいた騎士が急にあたふたと挙動不審な動きを見せ、顔を真っ赤に染める。三千院はその光景を面白そうに軽く笑う。すると三千院の腕につけているフォーカスオンバーチャルから小さなメロディーが鳴って人の声が流れる。
「準備が整ったようだ。お前も騎士団長だ、しっかり責任を果たしてくれ」
そう言って振り返ると城壁の階段を降りて行く。
「ああ、お前の思い人ならこのような困難ぐらい乗り越えるだろう。私も一度剣を交えてみたいものだ、そうだろ?早紀」」
階段の影からもう一度顔を覗かせ、温かく優しい笑みを残して去って行く。
騎士も駆け足でその後を追いかけた。
お疲れ様でした。
次の話からはドンパチ行くんでしょうな~。
是非是非お楽しみにして下さい!




