ポワティエの軍師
目標より遅れること一日。
ようやく十五話をお届けすることができました。
ぜひぜひお楽しみください。
『死神』によるルーアンの攻撃は解決を見た。
千鳥小夜は〈閃光の師団)に加わることになり、ルーアンの人に奪った棒をすべて返却し、全員に向けて誠心誠意謝罪を行った。
その結果ルーアンの皆は千鳥の事情を聞くとともに、千鳥を温かく迎え入れた。
それに彼女が涙したのは言うまでもなかった。
急いでトゥールに戻ると時間はすっかりお昼時。 トゥールの通りにある露店で燻製の肉を買って、歩きながらそれにかぶりつく。
「いやあ、済まないな」「ありがとう……」「感謝します」「これだけじゃ足りないですね~」
光真、雪菜、口羽によるジャンケンの末、光真がおごらされることになった。感謝の言葉は順に雪菜、千鳥、口羽、シャルルである。最後の一人はもはや感謝でもないが。半蔵はいち早く中央に駆けつけて、ポワティエ攻略の準備のほどを確認している。
「この世界には一体今何人連れてこられたんだろうな」
「クランに加入している者はランキングの数をすべて合算すればわかるが、意外とクランに加入しない気ままな者も多くいるからな。ざっと予想するには200万人を超えているだろう」
雪菜の言葉は東京の五人に一人がこのゲームをプレイしていることを示している。人口の減少する日本において、正規の手段でこれ程のユーザーを獲得したならば誇るべきことであろうが、無理矢理この世界に連れてくるという劣悪な方法は唾棄に値すべきである。これからもユーザーは恐らく増えていくだろう。その分試練や他のユーザーとの抗争による犠牲者は比例して増えていく。今のところは光真のクランでは消失したプレイヤーはいない。しかしこれからはどうなのだろうと、沈黙のうちに考えながら、光真は空に浮かぶ淡い月を見上げた。
再び数時間前と同じメンバーに千鳥を加えて、ポワティエ攻略の会議の場を設ける。まず口羽が手を挙げて発言の意を示す。
「口羽どうした?」
「今回の最優先事項を確認させてください」
「そんなもんポワティエを攻め落とすのに決まってるだろうが」
ダッサンは堅苦しい会議を一刻も早く終わらせたいのか、議題を一気にまくしたてようとする。それに対して口羽は首を横に振って否定の仕草をする。
「それはそうなのですが、今回は迅速にポワティエを陥落させねばならない。さもないとパリやルーアンなどの〈閃光の師団〉の背後をつかれる可能性があるからです。先日倒したと言っても、〈暁の幻魔団〉は大国です。そろそろ敗戦から立ち直ってもおかしくありません」
ダッサンは自分のスキンヘッドをポリポリと掻いていたが、口羽の論舌を聞きおわると表情を曇らせて口羽に尋ねる。
「なんでぇ、それなら早く攻撃を開始した方がいいんでねぇのか?」
「いや、口羽の言うことが正しい。綿密に計画を練らなければ最上の結果は得られない」
雪菜が毅然とした態度でダッサンに向かって告げる。ダッサンは二人に諭されたことで気勢を削がれて口を噤む。
「確かに皆の言うことはもっともだ。ポワティエは高さ200m程の小高い丘に位置している。持久戦を取られれば攻め落とすのは困難だ。ましてや敵の軍師はかなり智謀に長けているとか。それ相応の準備を取らねば逆に撃退されて一敗地にまみれる可能性もある」
光真が皆の意見を総合して得た情報と組み合わせて皆に要点を伝える。
ポワティエはその立地から守るのには適した都市である。更にポワティエの東に胃袋の淵のように流れるクラン川が天然の要害となっている。
「そういうことであれば敵を打って出させる必要がありますね」
口羽のその一言が今回の作戦の核である。いかにして敵を打って出させるか、これが戦闘時間の短縮のためには最重要な項目である。
「で、ポワティエの王と軍師の仲はあまり良くないと言っていたな」
光真が少し離れたところに座る和泉を見る。和泉は首を縦に振る。
「はい、軍師があれこれと策を巡らすのを直情型の王はあまりおもしろく感じていないだろうと思います」
「そうか……軍師の者には悪いが仕方がない。半蔵、ちょっとこっちに来てくれ」
「は、はい」
不意をつかれた半蔵が体を一瞬硬直させておずおずと光真の座っているところへ歩いていく。光真は半蔵が近くにくると行うべきことを半蔵に耳打ちで伝えた。
「これをやってくれ。機動力のあるお前たちじゃないとできないんだ」
「わかりました、今すぐ行ってまいります!」
半蔵が光真に一礼すると目にも留まらぬ速さで会議の部屋から飛び出していく。
全員はそれをポカンと眺める。
「一体何を命令したんだ?」
雪菜が半蔵の光真への忠誠心にやや呆れを含んだ声で尋ねる。
「それはすぐにわかります。それより敵を打って出させた後のことを話しましょう」
雪菜は何やら恨めしそうな顔をして光真の方を見るが、光真はあえて無視して話を進める。
「雪菜さん、口羽、ダッサン、シャルルは長槍、弓部隊を率いてポワティエに向けて一時間後に出発してください。しかし辿り着いても敵にすぐ攻撃を仕掛けずに敵を出来るだけ都市から引き離して、時間を稼ぐように戦ってください。ではこれで会議を終了します」
長槍は先ほどクランの硬貨を利用して1500ほど購入した。
雪菜、ダッサンはあまり得心がいかないようで、渋々頷く。口羽はすべてを理解したのか淀みなく頷く。シャルルは食事のメニューを考えているところだった。
その四人が部屋を出て行ったところで光真は千鳥と和泉を呼び止める。
「すぐに出発の準備をしてくれ。今から出発する」
〈ポワティエ内〉
「何!〈閃光の師団〉が攻めてくるだと!数はどの位だ?」
ポワティエの王である額に傷のある大男が傍らのまだ少し幼さの残る青年に向かって問いかける。
「およそその数2500程だと聞いております」
一瞬場に緊張が走ったが、青年の言葉を聞いて王をはじめとして全員にホッとした空気が流れる。
「軍師はどうした?今回のことを尋ねなければなるまい」
王のその一言に数人が眉をひそめてひそひそと互いに話し始める。王もそれを不審に思ってそのうちの一人に訊く。
「どうしたんだ?」
尋ねられた男はやや口を濁しながらも、目を伏せて訊かれたことに答える。
「街中に軍師がここを乗っ取ろうと企んでいるという噂が流れております……」
「なんだと!あやつ許せん、今すぐここに連れて来い!」
怒号に反応して扉のすぐ近くにいた男が大急ぎで軍師の元に走る。
しばらくしてその男が軍師の眼鏡をかけ、ところどころに六角形の紋様が描かれた緑色の束帯を身につけた男を連れてくる。
「軍師よ、もう戦いのことは聞いたか?我々はどうするべきだと思う?」
「わざわざ打って出る必要はありません。籠って戦っていれば自然と敵は撤退するでしょう。」
それを聞いて王は笑い声を一つあげて軍師を見据える。
「それで敵と内応して門でも開けるつもりか?」
落ち着いた様子であった軍師の方もその一言には多いに驚く。
「何のことでしょう?私は裏切るつもりなど毛頭ありませんが……」
「なら街に流れている噂は何だ!お前はこの俺を欺こうとしているのか!」
王のこの様子から軍師こと天方隆景はただならぬ事態を感じ取って仕方なく呟く。
「それでは王よ、私と共に打って出ましょう。それなら何も問題はありますまい」
「わかった、それならいいだろう。皆の者直ちに戦の準備をしろ!」
その場にいた全員が軍師のいる方の扉から外に出ていく。中には軍師に向かって蔑視の視線を投げるものもいた。
天方はため息をついて誰もいない軍議所で一人天を仰いだ。
お疲れ様でした。
次の話はどうなるのでしょう。
是非是非ご覧くださいね!




