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ダンジョン作成記  作者: MS
第四章
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四章第一話(前編)

 ヌイ帝国とフルゥスターリ王国を繋ぐ街道は、多くの旅人や馬車が大地を踏み固めた簡易な物だ。

 そんな道路は今、夜神の巡り()に降り積もった雪が溶け、至る所に水溜まりを作り道を悪くしていた。

 その街道に平行する様に広がる、未開拓の森林は木々に陽射しが遮られ雪がまだ残る。そんな森の奥深くに人間族(ヒューマン)……いや人族(ヒト)の天敵である地下迷宮(ダンジョン)が出現していた。

 この迷宮を住まいとする魔物からの略奪で、既に二組の旅人達がその毒牙に掛かり全滅している。脅威を訴え伝える被害者が息絶えた為、この危機的状況を両国は元より道行く者達にも未だ露見していなかった。



「報告を」

「御意、ネームレス様」


 ヌイ帝国に商品を運搬中の奴隷商、フルゥスターリ王国に帰還していた傭兵団、その二組を襲い、更には己達の情報を漏らさないようにと殺害、或いは捕縛した魔物(モンスター)首領(ボス)。地下迷宮の支配者にして創造主DM(ダンジョンマスター)ネームレスは、地下二階に存在する迷宮の中核、DM室の玉座に姿があった。

 黒装束(ローブ)を身に纏い、頭巾(フード)を深く被り口元しか見えない様にしたネームレスの間近に、蝙蝠のような羽持つ体長が三十センチ程の枝悪魔(インプ)長デンスが空中にて佇んでいる。


「街道を覆っていた雪は最早見当たらず。されど溶けた雪水にてぬかるみ、人ならばまだしも荷を積んだ馬車ではとても」

「人の行き来は?」

「今の所、見当たりませぬ」

「インプ用の陰蔽拠点(セーフハウス)は?」

「雪で潰されていた物などは、既に交換と偽装を済ませておりまする」


 迷宮の外、両国を繋ぐ街道をインプ達が安全に見張れるように木の枝等に偽装していた拠点が、積雪で破壊されたり出入りが不可能になった。ネームレスはこの状況下、降雪に因る方向感覚の狂いで迷宮外に出たインプの帰還不可能等による消失を恐れ監視体制維持を放棄。空に雪が舞う間は迷宮出入口近郊の警戒に活動を限定させていた。

 時が経ち、天を覆い雪をもたらしていた厚い雲が消え去り、太陽が顔を覗かせる日が続き、迷宮出入口を塞いでいた雪も消え外出可能となった。その為、状況確認をインプに訴えられたので偵察に許可を出したのだ。

 ネームレスは他にも細々とした事を聞き、質問を終えるとデンスを労い彼が仕事に戻る為に退室するのを見送った。


「明日、街道まで回収に出る」

「御意。隊員ハ誰ヲ?」

「骸骨兵だけで良い」


 視線はそのままに背後で護衛として控えていた骸骨兵長イースに告げる。ネームレスを煩わせない様に気配を消しており、喋らなければ外見は骸骨なので人骨の標本か趣味が悪い彫像としか見えない。この姿だけならば、とてもネームレスの信任が厚く右腕扱いされている魔物とは映らないだろう。

 イースは文字通りネームレスの剣であり、普段刀を抜き身で持ち歩かない様に事更に武威を示していないだけである。抑えているそれを解放すれば、気の弱い者ならば気絶しかねない威圧感を放つ。

 もっとも、此処が迷宮内(ホームグランド)であり肉体的にネームレスを害するような存在は確認されていない。イースはあくまでも権威付けの為に居ただけであり、それもまたネームレスに次ぐ地位を持つ人造人(ホムンクルス)エレナの嘆願による。

 ネームレスからすれば、必要な時は呼び出すのでイースには鍛練を積み強くなって欲しい。

 逸れでも護衛として側に置くのは己に誠心誠意尽くしてくれるエレナからの献策だからである。無駄ではないか、との疑心を抑えて律儀に守っているネームレスだった。


*****


「供回りが些か少ないのではと感じますが?」


 昼食後、ネームレスが己の食事を作り給仕を勤めたエレナに、外出の為に明日以降に組んでいた予定変更と準備を相談している。インプに偵察の許可を出した時点で対応策を考えていた彼としては、自分が数日迷宮を留守にしても問題ないと判断していた。

 武のイース、治のエレナ、ネームレスの両翼と言える両名である。彼が留守中は彼女が代理として全権を受け持つ、細やかな打ち合わせは必須だ。

 唐突にも感じられる外出計画にエレナは反対せず、ネームレスが連れ出す配下が骸骨兵団と直参伝令インプのコルジャだけなのに難色を示しただけである。

 食後に迷宮で栽培され加工された香草茶(ハーブティー)を口にする彼が視線で詳しくと促す。


「戦事ではないので、少数で構わないとの仰せですが、側仕えのフジャンも置いて行くのは……。他にもランをお連れだしくださいませ」


 エレナは言葉を濁す。彼女の、いや、魔物達からの忠言に耳を傾けるネームレスといえども、無論のこと感情や自尊心がある。諌言を許されているからと面子を潰す様な物言い等は御法度だ。それにどうしてもエレナの観点は従属者としての物となり、支配者たる彼の視点とは異なるのが当然である。


「予定では外で一晩過ごすとなされております。ならば料理人としてスチパノも供にお選び頂いた方がよろしいかと愚考します」

小鬼(ゴブリン)上位者が軒並み身動き出来ぬ上に、イースを連れ出すのだ。若いゴブリンがどう動くかわからん。それに教練もある、スチパノは置いていく」

「畏まりました。お耳汚しを……」

「許す」


 水精霊(ウンディーネ)ミール、森林遊撃兵(レンジャー)ラン、族長にして精霊魔法使い(シャーマン)フジャン、農場部屋(ファームルーム)の門番である動く石像(ガーゴイル)、大負けに負けて一角獣(ユニコーン)ユーン。

 スチパノが抜けても、これだけの戦力が有れば阻止力として十分だと感じたエレナであるが、己の進言通りに連れ出すならば、ミールとガーゴイルにおまけのユーンしか残らない事に気が付き視野が狭まっていた事を恥じた。

 これでは確かに戦力が足りなくなる、創造主であるネームレス様の体面を保つ事を優先しすぎだ、と。

 二階層で実戦慣れした第二世代と呼称されるゴブリンを、護衛に奨める事も考えていたエレナだが取り留める事にする。

 もし彼女が奨めていても、ネームレスは首を縦に振らず却下していた。彼が第二世代を戦力として連れ出す事に不安を感じている為だ。

 現在、ゴブリンは第三世代製造の為ランとフジャンを除く畑の女性陣、種としてハブとディギンの両名は身動きがとれない。女性側は妊娠していても普段とたいして変わらないが、ネームレスが戦闘行動を禁じている。男性側は性も根も尽き、ついでに命も尽きかけているので動けない。薬や器具で無理矢理立たせて、乗られているので動けなくても第三世代製造に問題はなかった。鬼かゴブリン……小鬼でした!

 この様な理由で抜けた女性陣とハブ、ディギン。女性陣がやり過ぎて殺さない為に影響力の強いラン、万が一の事態に精霊魔法で癒しが可能なフジャンも第二階層実戦訓練から抜けていた。

 そしてネームレスが第二世代ゴブリンに不安を抱く事件が発生する。第二世代ゴブリンから死亡者が出たのだ。生死を賭けた戦闘を行っている、つまりあちらも殺しに掛かってくるのだから逆襲を受けて露と消える事態もある。戦術を練り上げ全力を尽くし力及ばずに倒れたのならネームレスも不安は感じなかった。

 己自身が指揮を執り共に二階層実戦も経験、その時の見事な連携や戦闘に問題はなく員数を確保する為に第三世代製造を命じたのだ。

 しかし、女性陣やハブらが第三世代製造に抜けた途端に吹き出た諸問題、そして止めのゴブリン勢初の死傷者。これらの出来事で再教育が必須だと、ネームレスは第二階層を利用した実戦訓練をーー副産物の剥ぎ取り品や採取物収得を諦めてーー中断。スチパノによる再教育中である。資金問題も目処がたったので、新たな武器の習得訓練も平行に叩き込んでいる。

 原因として上げられるならば、小隊の指揮官役の雌ゴブリンが第三世代生産(ギシギシアンアン)の為に不在で統率が乱れていた。同じ理由で、危機時に我が身を顧みず救援に入っていたハブとディギンが居なかった為に常に受けていた古参(ベテラン)からの手厚い援護がない。フジャン不在で魔法抜きでの応急処置しか出来なかった等で、あまりにも第一世代に依存する戦術思考と精神構造を身に付けてしまっていたからだ。

ハブとディギンの懸命な努力と姿勢が、彼らの子供を宿し産み落とすぐらいには好感度を持つ第一世代ゴブリンの手心を呼び込み一種の過保護になっていたのである。

 第一世代が不在となったので、普段ならば自己鍛練に勤しむ骸骨兵長イースと修練所にて指導を行っているスチパノが監督。だが必死に戦死者を出さない事に腐心していたハブとディギン、修練に重きを置き実戦なのだから死傷者が出るのも当然と捉えるイースとスチパノの違いにより援護は必要最低限に抑えられていた。

 常に同じ戦場、手が届く範囲に居ない場合とてあるのだ。ある程度の危機は自力でくぐり抜けて貰わねば困る。奇しくも似た結論を出したイースとスチパノの死傷者を前提にした調練は、ネームレスの認可を受けて教育となったのだ。

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