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ダンジョン作成記  作者: MS
第三章
96/102

異伝 地下迷宮竜宮の姫君 その二

 高い天井から水晶で造られた複数のシャンデリアが吊るされ、広大な室内を照らす。

 淡い桜色の壁紙、雛壇になっている玉座一帯の床は桜材が使われている。

 下段は激しい戦闘にも耐える広いダンスホール状で、曇り一つ見当たらない程に磨かれた大理石製の床がシャンデリアの光を照り返し白い輝きを放つ。

 玉座の真横に二体の美しく明かりを乱反射する右手に上半身が乙女で下半身が魚である人魚の紫水晶、左手に水瓶を肩に捧げる薄桜色した水晶の乙女像が飾られていた。

 他にも、少し離れて様々な色合いの水晶で作られた乙女像が合わせて十二体、玉座を中心に等間隔で左右に並ぶ。

 そんな地下迷宮の心臓部、DM(ダンジョンマスター)室の中央付近に、朝の入浴と朝食を済ませたこの地下迷宮竜宮の姫主君サクラ、彼女の側近中の側近である男装の麗人ナイア(ナイアール)が入室する。

 女王でなく姫と呼ばれるのはサクラが未だに十代前半の容姿故だ。

 十四歳の夏休み、高校受験対策に塾へと家を出たのがサクラの覚えている最後の記憶である。

 他の個人(プライベート)的な記憶ははっきりとは残っていなかったが、それだけは鮮明に残っていた。

 家族の顔も名前も、何処の学校に通っていたのか、友達は……、そしてDMとして過ごした十九年の月日がさらに記憶を薄めている。

 異世界ミニチガンの一年は地球の一年三百六十五日ではない。

 故に多少の誤差はあれども、サクラが召喚されて十九回目の夏を過ぎたのは確かである。

 だが、サクラはどう見ても十代前半の青い果実であり、とても女として成熟した肉体には見えない。

 ただでさえサクラは成長期が遅いらしく、召喚直後の肉体年齢は十四歳だったはずなのだが、実年齢より幼い外見をしていた。

 召喚直後はショートボブだったサクラの髪は腰付近まであるストレートヘアになったが、身体は成熟する様子はない。

 十回しか無理だった腹筋が三十回可能となったり、日々のダンジョン内採取にて体力(スタミナ)が付いたりはしている。

 これはDMとしての特質で永遠の若さを持ちながら肉体を鍛える事が可能な為だ。

 尤もDMは地下迷宮創作の基礎たる創作P(ポイント)――魔物を創作(うみだ)したり地下迷宮の増改築に消費される――を使い自己改造(カスタム)を施せば、外見はもとより性別や種族すら変える事が可能である。

 外見年齢も、流石に赤子の姿は難しいが初々しい幼児から腰が曲がった皺だらけの老人まで好きな年齢にカスタムする事も。

 だが、地下迷宮竜宮にはカスタム機能は根幹機構(システム)に組み込まれておらず。

 自己カスタムから魔物カスタムも不可能で、サクラはカスタムという概念すら知らない。

 DM室玉座後方のドアから入室したサクラとナイアを、玉座の前で所属する隊員を女性体のみで結成された親衛隊がサクラを待ち受けていた。

 サクラの姿を目にいれた親衛隊長アポレナと親衛隊員四名が、膝を付き、(こうべ)を垂れて出迎える。


「おはようございます、姫様」

「おはようございます、アポレナさん、ベルタさん、ダリナさん、エステルさん、ガリナさん。

 今日もよろしくお願いしますね」

「勿体ない御言葉」


 そんな親衛隊員一人一人の名前を呼びながら視線を投げ掛け挨拶したサクラに、代表してアポレナがくぐもった声で挨拶と受け答えをした。

 同時に親衛隊員達は頭を一段と深く下げ、伸ばしていた尻尾を横に掃いて敬意を表す。

 基本的に地下迷宮の中核部と呼ばれている、重要施設やDMのプライベート空間は最下層に位置する。

 魔物創作や地下迷宮の増改築を行い、それらの根源である魔石を守る最後の砦であるDM室。

 衣類や調味料といった生活用品から武器防具の購入が唯一可能な執務室。

 他にも迷宮の主、DM用の私室である寝室や風呂等の入浴施設など一帯が地下迷宮中核部と呼ばれている。

 竜宮は現在地下五階層まである地下迷宮であり、ダンジョンとしては中堅に位置した。

 ただ国家などの他勢力による介入――魔物の間引きによる迷宮側戦力調整や死刑囚投入などによる地下迷宮成長促進――がなければ、ここまで深くなった地下迷宮を攻略するのは至難だ。

 そして地下迷宮竜宮近郊にダンジョンの成長を操作(コントロール)出来る程の勢力は存在しなかった。


「それでは巡回(物資回収)に行きましょう」

「本日は何階層を?」


 無口、というかサクラが理解出来る日本語に酷似した魔物共通語を発音し難い親衛隊員達、蜥蜴人(リザードマン)に代わりナイアが訪ねる。


「三階層に行こうかと思いますけど、ナイアさんはどう思いますか?」


 ナイアは頭に叩き込んである竜宮の採取部隊の予定を照らし合わせ、三階層回収隊を午前中休ませる事に。

 もとより過剰に溜め込んでも問題ないのでナイアにサクラがどの階層を散歩(サクラ本人はジョギングの積もりなのだろうが)する事にしても反対する積もりはない。


「では背負子に水袋(リザードマン達には水瓶)を用意します」


 三階層を分類するならば森林に包まれた湖風の階層で、ミニチガン世界のウウゥル大陸で見られる様々な薬草、茸、木の実、シーダ材やエルム材を主とした木材が採取可能である。

 他にも階層に住まう魔物達がサクラを見掛けるたびにあれこれと貢物をするので、それらを回収する容器も必要だ。

 竜宮にはサクラを害するような魔物は一体たりとも存在しない。

 親衛隊が追随するのは護衛にではなく荷物持ちとしてだ。

 基本的に逆ピラミッド状に広がる地下迷宮は上の階層程広い。

 サクラの足と体力では、途中途中で魔物達が貢物を捧げに来て会話をする小休憩をいれても二時間ぐらいが限界である。

 十九年間、ほぼ毎日続けている体力作りの成果としては疑問が浮かぶ結果だろう。

 これにはナイアの暗躍があり迷宮に住まう魔物らにジョギング中のサクラを見掛けたら声を掛ける様に根回ししている為だ。

 サクラにも「地下迷宮に住まう魔物と話をして、不満や要望を聞き出して解決するのがいいDMです」と囁いており、ナイアから彼女への負担軽減策だと見抜けず素直に実践していた。

 まだ地下迷宮が浅く狭い頃ならいざ知らず、現状でもしサクラ自身が戦わねばならない状況に陥ったらその時点で負けだ 。

 サクラも努力はしているがカスタムが使えない以上、基礎能力値が隔絶している守護魔物を退けられる侵入者に抗う術はないに等しい 。

 無論、ナイアもサクラと協議して対策は講じてはいるが 。

 ならば サクラが多少の体力をつけるよりも、彼女を守る魔物達と交流させた方が結果的に良い、というのがナイアの考えだ。

 魔物に根回し可能な程に顔が広く交渉力を持つナイアならば 、サクラの手を(わずら)わせずともそれらの調査も解消も可能である。

 というか、サクラの耳にいれるのはよくなさそうな問題はナイアが動いて耳にも目にもいれていない。

 これだけだとナイアが実権を握ってサクラはお飾りのDMに思えるだろう。

 だが、魔物達から圧倒的な支持を受けているサクラの代理だからこそ――ナイアの能力もあるが――の交渉力だ 。

 ナイア自身も魔物達の信望がサクラに集まるように他にも様々な策を弄している。

 豆知識だが魔物には大小様々な縄張りがあるので、帰り道は貢物等で足を止められる事もなく帰還可能だ。

 手早くナイアが親衛隊を使い準備を整えると、サクラ一向は毎日の日課である体力作りと地下迷宮が生み出す様々な物資回収を兼ねた巡回に向かう。

 広大な地下迷宮を足だけで移動するには時間が、規模によれば数日掛かる事もある。

 それを少しでも解消する為に、DM室、地上出入口、各階層へ降りる階段部屋には転移(テレポート)用の魔法陣が用意されていた。

 今日は三階層でジョギング予定なので、二階層階段部屋に転移魔法陣を起動させ、サクラ一行はDM室から転移して姿を消すのだった。

 二階層に四ヵ所ある三階層に降りる階段部屋、サクラ一行七名はその内の一つに転移した。


「皆さん、大丈夫ですか?」


 転移魔法陣の性能や安全性は問題ない。だが、偶に目眩や吐き気などの転移酔いに襲われる為、サクラは同行者に一応確認を取る。

 何故一応かといえば、酔い易い要員は同行者から外しているからだ。

 サクラ以外は転移に強い耐性を持つ魔物で揃えている。

 それでも同行する魔物がその日の体調などで酔う可能性があった。

 サクラが逆にナイアから介抱されるより少々多いぐらいの頻度で。


「はい、サクラ様。

 我等卑しい僕にまで御配慮頂きありがとうございます。

 ……はい、誰も問題ありません」


 ナイア自身、サクラの心配りに瞳を潤ませながら手早く親衛隊の調子を確かめ代表して応えた。

 親衛隊はリザードマンばかりの鱗におおわれた爬虫類顔に加えて表情がないので解り難いが、サクラに対し五名全員が一糸乱れずに跪き、頭を垂れて太くて長い尻尾を使い感謝と敬意を表す。

 この様に今でこそサクラはナイアや地下迷宮の魔物達と親密な関係を結べている。

 だが、こうなる前には様々な出来事があった。

 召喚直後、家の玄関を開けたら見知らぬ美女が跪いていた、目を白黒させ何が何やら理解出来ず混乱したサクラが家に逃げ帰ろうとする。

 しかし気付けば握っていたはずのノブも、家も消え失せておりサクラは茫然自失。

 そんな状態のサクラに跪いていた美女、ナイアが状況を簡単に説明、大まかに纏めると地下迷宮その物が(あるじ)たるDM(ダンジョンマスター)を欲して素質があるサクラを強制召喚したと伝える。

 それに対しサクラは震えながらも勇気を振り絞り、誘拐だ、家に帰してと訴えた。

 そんなサクラにナイアは親切丁寧に異世界への送還は今の地下迷宮や自分には不可能であると申し訳なさそうにしながらも口にする。

 なるべくサクラを刺激しないようにDMである利点を伝えて、帰還は不可能なのだから覚悟を決めてDMとして生きて行くべきだと説得しだす。

 だが、サクラはひたすらに権力も永久の寿命や若さも欲しくない、地球に、家へ、家族の元に帰してと泣き綴る。

 DMとして生きるしかない、嫌ですお家に帰して……、平行線をたどる主張の張り合いに業を煮やしたサクラは、ナイアを振り切り寝室から毛布を一枚強奪すると当時はまだバスとトイレが一体化していて小さかったバス部屋に内から鍵をかけ閉じ籠る。

 その後もサクラから罵詈雑言をぶつけられてもめげずにドア越しに説得を繰り返すナイアが運ぶ食事は無論として水すら口にせず、サクラは三日間程毛布にくるまり泣きすごした。

 さんざん泣いた事が良かったのか、三日程の断食にてか、バスに入室するドア越しに聞かされたナイアの真摯にサクラを案じる声にほだされたのか、他の理由か、あるいは全ての要因が絡まった為にか解らないがサクラは白旗をあげて第一次籠城戦を敗退する。

 水分不足や空腹で弱ったサクラに甲斐甲斐しく世話を焼きながら、早くダンジョンを構築して地上に繋げなければ地下迷宮もろとも全てが消え失せてしまう、とナイアは彼女の身を案じて必死で真摯に説得を繰り返す。

 もし自分が気にいらないのならば首を差し出すのでどうかダンジョン構築を、そう真顔かつ瞳に宿る覚悟や醸し出す雰囲気にナイアの本気を感じたサクラは、死なれても迷惑だし時間制限があるならば共に滅びれば良いと切り捨てた。

 もはや家に、記憶にはっきりと残っていないが家族の元に帰れないのならばナイアから説明された地下迷宮の意義である殺しの片棒を担がせられるぐらいならば、とサクラは自暴自棄が混じったナイアが望む方向とは真逆に覚悟を決める。

 今度はナイアがサクラの覚悟に正面から利点(メリット)欠点(デメリット)を説く正攻法による説得を諦めた。

 勧誘策としてならばデメリットも細やかに説明するのは下策だろうが、交渉術の一環としてならば及第点だろう。

 早急に信頼関係を築かなければならない現状、目先の目的(地下迷宮を構築して地上に繋げる)を優先して、後々に生物を殺さなければならない事や魔石を狙って地下迷宮に侵略者が現れる事などのデメリットを秘していたら、そうなった場合、サクラからナイアへの信は消え失せる。

 人間(ひと)の心理として異郷にて寄る辺ない孤独の身ならば親身に接してくれる者に頼り心許すものだ。

 だが、ナイアはサクラからすれば誘拐犯の一味という認識が強いらしく心を許す素振りが薄い。

 ただサクラには通じないだろうが彼女を選んで召喚したのは地下迷宮自体で、そこにナイアの意思やらは微塵も関与していない。

 同意もなしに無理矢理召喚されたサクラへの同情、召喚直後の混乱した様子や説明を受けた後の涙目での抗議にナイアが自覚していなかった琴線に触れ、またDMを手助けするという自身の存在価値(レゾンデートル)から親身に接している。

 しかし、このままでは時間切れによる抹消で姫様(サクラ)の命がない。

 確かに自暴自棄混じりではあるが他者の命を奪ってまで生き残ろうとしないのは、幼さからくる潔白からだろう。

 それならば、まだ策はある。ナイアは例えサクラから恨まれ憎まれようとも彼女を生かす事を誓う。

 サクラとはまだ四日の付き合いだがその性格はほぼ掴んだ。

 自分の命すら捨てれるサクラの潔白さは他者の命が絡めば覆るだろう、己のそれは彼女にはまだ価値が低そうだが。

 ならば虐げられる弱者から綴られれば……。

 ナイアはサクラの召喚前から地下迷宮に自分と同じように用意された農場部屋で働く犬人(コボルト)を使う事に。

 ナイアはそのコボルトの住みかであり仕事場でもある農場部屋に急ぎながら、失敗した場合の為に次策を考慮しながら足を速めるのだった。


※ ※ ※ ※ ※


 断食で弱ったサクラが寝室で臥せていると、ドアからノック音が聞こえてナイアから入室の許可を伺われる。

 食事は少し前にナイア自身が持って来て介助してくれたので、またDMという訳が解らない存在への就任についての話かな、と溜め息を付く。

 ナイアが本気で己の身を案じて親身になって世話をしてくれているのは分かるし、嘘をついているとはサクラも思っていない。

 しかし、魔物(モンスター)やら創作やらという話を信じられないサクラは、こうやってベッドで休みながら冷静に考えて、ナイア自身ももしかしたら誰かに騙されているのではないだろうかと思い付いていた。

 記憶がうやむやなのも、そんな薬か何かがあるからで、自分は誘拐とか拉致されただけではないかと。

 ならば今度は感情的にならないように冷静に話さなきゃ、そう考えて許可を出す。

 入室を許可したサクラの視界にナイアが薄汚れた二足歩行する犬を連れて部屋に入って来るのが見えた。

 ナイアは「お加減いかがですか?」と優しく気遣いながらベッドのすぐ側まで近寄るが、サクラは犬人間ともいえる大きな犬に釘付けだ。

 その二足歩行する犬といった姿の魔物であるコボルトはサクラからの刺すような視線に震えながらもドア近くの床で土下座をしていた。


「遅くなりましたが姫様が口になされる食材の多くを作っている魔物をご紹介しようかと」


 意外な程に食い付いたサクラの様子に内心で驚きながらも顔などには出さずナイアは策を進める。


「ほへ?」


 背中にチャックは、チャックはないかと目を凝らしていたサクラはナイアに声をかけられた時に変な返事をしてしまう。


「姫様がお元気になられてから、コボルトが働く農場(部屋)までご足労頂き、紹介しようと思っておりましたが、これらに姫様の意向を伝えた処、どうしても姫様に謁見したいと。

 御寝室を汚してしまい申し訳ありません」

「はい、ええっと、お気になさらず?」


 そう頭を下げたナイアを余所に、サクラはまだ信じられない、信じたくない事実を目の前にして軽い混乱(パニック)状態に陥っていた。


「姫様の御慈悲に感謝を」


 これからおこなう一世一代の大芝居に向けて、唇を舌で舐めるとコボルトに鋭い視線を飛ばすナイアだった。

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